• 検索結果がありません。

二重母音/三重母音の拗音化を予防/矯正する方法の考案と その効果試験のための実験および結果

5.2.1 筆者による仮説――二重母音/三重母音の拗音化を予防/矯正する方法の考案 前節で、学習者の二重母音/三重母音の拗音化を予防/矯正するための情報の不足が、

学習者の中国語二重母音/三重母音の良くない発音を生み出す原因の一つであると論じた。

そこで筆者は、逆に筆者が不足していると推測している情報を学習者に提示すれば学習者 の発音が良くなると、考えた。それが筆者の仮説である。

筆者は、日本語の仮名を用いて中国語の二重母音や三重母音を表すことに限界があるの ではないかと考え、別の提示方法を実践している。それは音楽の音符である。例を図5-

3に示す。単母音 -

i

を4分音符に、-

i

を介音に持つ二重母音を8分音符に、同じく-

i

を介音に持つ三重母音を三連符にたとえる。音楽では三連符は基本的に最初の音が強く長 い点が中国語の三重母音の実情と異なるが、これも逆に一般に日本語母語話者学習者の

i

を短く発音して [

j

] にしてしまう問題の是正に有効であると考える。音符で視覚的に表示 することにより、日本語の拗音の習慣から距離を置くことができる利点も大きい。提示の みならず、手をたたいてリズムを確認しながら発音させることも大変有効である。筆者の 聴覚印象では、三重母音を持つ音節時間長は単母音や二重母音のそれよりやや長い。中国 語の音節が「等時性」を持つことはもちろんであるが、「等時性」と言っても個々の音節が すべて厳密に同一の時間長を持つわけではなく、音声を聞いた時に時間長がほぼ等しい感 覚を与えるということに過ぎない。中国語音声であると同定できる最小単位である「音節」

というものは、時間長の近さもさることながら、聞く者に「一まとまり」の感覚を与える ことが極めて重要であって、それと等時性が相俟って中国語音声の特徴を形作っている。

しかし、学習者の中には「1漢字1音節」を時間長においても几帳面に実現しようとして、

3つの母音を無理やり単母音や二重母音と同一の時間長に押し込めようとした結果、中国 語の三重母音を日本語の拗音にしてしまう場合があると考える。そのため筆者は、学習者 に三重母音を教えたり矯正したりする時「三重母音を持つ音節は、単母音や二重母音の音 節に比べ時間長がやや長いので、時間長をそれらとそろえようとしなくて良い。むしろそ れらの時間長からはみ出す感覚で発音する。そして一つ一つの音がはっきり際立つよう、

特に最初の

i

は長めにしっかり」と説明する。

図5-3にある

jiā

jiāo

を拗音化させて「チャー」「チャオ」のように発音してしまう と、本来(ロ)、(ハ)のリズムだったのに、実際のリズムは(ニ)(ホ)となり、(イ)(ロ)

に近似してしまう。この時

ji

を有声音の「ジ」で発音し、さらに悪いことに、そり舌音を 調音する際、その調音部位が前寄りになってしまうなどすると、

jia

zha

jiao

zhao

は近似してしまう。

j

zh

のみならず、

q

ch

x

sh

の場合も近似してしまう。その 結果、“价”と“炸”、“恰”と“差”、“虾”と“沙”、 “小”と“少”、“叫”と“照”、“巧”

125

と“炒”、“就”と“祝”、“秋”と“出”、“休”と“书”、“建”と“镇”、“钱” と “陈”、

“先”と“身”、“江”と“张”、“强”と“常”、“向”と“上”のような組み合わせがほと んど同様に発音されてしまう現象が発生する。 その上、もし第2声と第3声、または第1 声と第4声、または第2声と第4声を混同したりすれば、誤りは増幅され、話が通じない か誤った意味に誤解される可能性がある。文法的な類推や文脈からの類推で適切に理解さ れれば幸運だが、そうでない場合も多い。

単母音

・・・(イ)

二重母音

jiā ♪♪

・・・(ロ)

*通常、音楽では三連符

3

の最初の音が長いとされる

三重母音

jiāo ♪♪♪

・・・(ハ)

♪ ♩

・・・(ニ)

♪♪

・・・(ホ)

図5-3 単母音、二重母音、三重母音の音符を使ったたとえ

日本語的拗音化は、日本国内の学習者だけでなく、中国で学習している日本語母語話者 学習者にも多く見られる。また、1人のみだが、幼時来日してその後日本で育った台湾出 身の中国語話者(母語不明)のこうした発音を聞いたことがある。

5.2.2 効果試験のための実験と結果

実験の時期は2008年3月から2009年7月にかけてである。最初に、学習者が楽に読め る中国語のテキストを5~10行くらい読んでもらい、その学習者に拗音化傾向があれば、

あらためて筆者のこの実験への参加を要請した。実験の概要は下記の通りである。

まず筆者があるテキストから、初級でよく出てくる、その学習者が拗音化させやすい二 重母音/三重母音を持つ字を選んで、学習者に読んでもらい、それを録音する。次に筆者 の考える矯正方法を実施し、再度先ほどの字を読んでもらい録音する。具体的な矯正方法

126

は以下の の中の記述で、これをクリニックと称する。時間は10~20分である。

1.筆者が図5-3を見せ、手をたたいて(イ)(ロ)(ハ)3種のリズムと、単母音、

二重母音/三重母音との関係を説明する。そして拗音化した音が、元々(ロ)の リズムだったのに(イ)に近似し、(ハ)のリズムだったのに(ロ)のリズムに近 似してしまう例を聞かせる。

2.学習者自身に先ほどの録音を聞かせ、自分の発音が拗音化していることを確認さ せる。

3.筆者が良い例と悪い例を発音し分けて学習者に聞かせる。

4.学習者に先ほど1.で読み上げた字の良い例と悪い例を発音し分けてもらう。

クリニック後の読み上げ時、上で得た情報をなるべく自分の発音に生かすよう、学習者 に依頼した。その結果が表5Bである。後日クリニック以前と以後の録音はCDに移し、そ の番号は被験者イニシャルと同じ欄に<>をつけて表示してある。

被験者11名(5番と9番のみ男性)は、それまですでに中国語学習をある程度行なっ たことがある。その学習の方法、時期、時間、場所は様々で、それらをなるべく忠実に、

しかしごく簡単に記述してある。表の一番左の欄には被験者1~11番を配し、その右の 欄には「被験者がそれ以前発音を獲得した主な方法・場所」を記した。実際に発音しても らった語は、以下の通りである。

1番―― 下午、想、漂亮、家里

2番から11番―― 下、写、时间、想、前边、邮票、漂亮、介绍、家里人

下線を施してあるのが、二重母音/三重母音を含む音節である。この11名の録音を、

ネイティブの中国人(女性、当時51歳)に聴いてもらい、クリニック以前とクリニック 以後の発音を評価してもらった。この中国人は筆者が

u(wu)

の実験を評価してもらった 人と同一人物である。

127

表5B ×-良くない △-あまり良くない ○-まあまあ良い ◎-とても良い ネイティブによる発音の評価

番号 イニシャル 性別<CD>

被験者が発音を獲得した

主な方法・場所 クリニック以前 クリニック以後

1 T.M.

<59>

中国語教室で週1を2か月 上海の大学に留学2年半

×

下午 想 漂亮 家里のみ

○ +2段階 下午 想 漂亮 家里のみ

2 E.Y.

<60>

中国人個人教授週2を4か月 北京の大学留学2年

× ○ +2段階

3 M.M. 都内の中国語教室で2年半 × ○ +2段階 <61>

4 N.W.

<62>

大学で2年、短期留学2回 都内中国語教室半年 上海留学約1年

○ +1段階

5 Y.M.

<63>

中国語教室で1年 × ○ +2段階 声調△

6 K.Y.

<64>

中国語教室で3年 ○ +1段階

7 Y.K.

<65>

中国語教室で3年半 ○ +1段階 有気音△

8 E.T.

<66>

中国語教室で1年9か月 ○ +1段階 第2声△ 有気音△

9 K.I.

<67>

中国語教室で6年半 ○ +1段階

x

sh

ほぼ同じ音 10 Y.O.

<68>

中国語教室で3年半 ○ +1段階

11 N.K.

<69>

3か月上海留学、

日本の中国語教室で3か月

○ +1段階 有気音△

“下”“写”強調しすぎ

1番は、5つすべて拗音化していた。クリニック後は介音

i

によく気をつけている様子 が十分明瞭である。×から○へプラス2段階改善した。

2番は、“下、漂亮、家”が明瞭に拗音化しており、“间、想、前、票”が軽い拗音化、“写、

介”はほとんど拗音化していなかった。クリニック後、全部が改善したが、筆者の判断で は“家”のみわずかに軽い拗音化が残った。やはり×から○へプラス2段階の改善である。

128

3番は、“想、漂、亮”が明瞭に拗音化、“间、前、票、家”が軽い拗音化、“下、写、介”

は拗音化していなかった。クリニック後は、拗音化はすべて改善した上、子音“

x 、 p 、 l 、 j 、 q

”も摩擦や破裂、有気音などがより明瞭になったのは、良いことであった。緩み母音 より張り母音の方がこれらの子音を明瞭に発音できるのであろう。この学習者も×から○

へプラス2段階改善している。

4番は、全体的にクリニック以前の拗音化はさほどひどくなく、チェックをしてくれた 中国人は、クリニック以前の水準を△と評し、クリニック以後はプラス1段階で○となっ た。

5番は、拗音化の典型のような発音であったが、音符によるクリニックを経て、○とな った。この学習者のクリニックは他者より時間がかかり、20分以上かかった。

6番から11番の中では、9番が重症であった。たぶん学習時間が長く、問題ある発音 が定着してしまったからであろう。

全員△から○へ1段階改善した。二重母音/三重母音に焦点を当てて観察・矯正したの で、他の問題、たとえば、有気音の気音が弱いとか、声調が不正確だとか、無気音が有声 音になってしまっているなどが観察されたが、すぐその場で容易に矯正できるものは行な い、そうでなければそうした問題は無視せざるを得なかった。

これを集計すると、効果があったのは全員で100%であった。また11名全員が、筆 者が図5-3で示したような、音符のリズムによる説明を受けたことがなく、また全員が

「良い例と悪い例」を発音し分ける練習をしたことがなかった。この「良い例と悪い例」

の練習は、他の発音矯正にも使え相当効果があると、筆者は考える。たとえば、無気音/

有気音の矯正の時、そり舌音の矯正を行なう時などである。