7.1.1 呼気、筋肉の働き、有気音/無気音習得の問題
7.1.1.1 呼気と筋肉の働きの重要性
有気音/無気音は、言うまでもなく呼気が特に重要な役割を担う音である。従来、発話 および歌唱における呼吸は主に胸郭壁(主として内肋間筋)の運動により生成され、腹壁 筋の機能は補助的であり、特に大声を発する場合と非常に長い発話の最後に呼気を発する 場合を除けば重要ではないとされてきた。この説の源となる古典的学説は “The Edinburgh study of speech breathing” (Draper et al. 1959、1960)、(Ladefoged et al. 1958)であ り(仮に「エデインバラ論文」と呼ぶ)、長らく音声言語科学の分野で強い影響を持ち、ま た確実なものとされ続けてきたが(Hixon & Weismer 1995、p.3)、Hixon & Weismer
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(1995)は、上記エデインバラ論文における
a)仕組みに関する情報の背景確立における誤り(原文:“errors in establishing a backdrop of mechanical information”)
b)エディンバラ論文のデータとそれに対する記述との間の不一致(原文:
“discrepancies between data and statements about them”)
c)エディンバラ論文のデータに対抗し得るであろう、呼吸に関する他の知識との 間の相克点(原文:“counterpredictive features between data and other knowledge about breathing”)
d)呼吸器官の様々な部分を成す筋肉の貢献に関係する筋電図情報の採取法、描写 法、および解釈法における不適切さ(原文:“inadequacies in acquiring, portraying, and interpreting electromyographic information relative to
the muscular contributions as different parts of the breathing apparatus”)
これら4つの問題について考察し、そうした誤りや不一致などを実証的手法で指摘した上、
さらにより正確な考察と報告を行なっている。筆者が特に感心したのは、ある患者が腹筋 の神経と筋肉を損傷したため、まず腹壁の機能と次に胸郭の機能がその影響を受け、十分 な歯茎付近の気圧(原文:“alveolar pressure”)を得られないため言語が不明瞭になった り、損傷した腹壁の機能を補うため胸郭の負担が増したりする現象が見られたという報告 であった(Section ”Clinical Signs in Abnormal Function”)。結論として、発話における呼 吸、特に呼気生成には、腹筋群、すなわち腹直筋、外腹斜筋、広背筋なども確実に深く関 わり機能していることを下記のように報告している。
Several distinct functional differences between the accounts are apparent from this brief summary of salient features: (a) the Harvard study(2) suggests that the abdominal wall muscles are activated at all moments during speech production, whereas the Edinburgh study suggests this to be the case only at the ends of very long utterances; (b) the Harvard study suggests that the rib cage wall muscles and abdominal wall muscles are coactivated at all moments during speech production, whereas the Edinburgh study suggests this to be the case only at the ends of very long utterances and that at times only the rib cage wall muscles are activated or there is no activation of any muscles; and (c) the Harvard study suggests that inspiratory and expiratory muscles of the breathing apparatus are often coactivated to achieve net inspiratory, zero, or expiratory muscular pressures, whereas the Edinburgh study suggests this is
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never the case, except for an occasional diaphragm reactivation at the end of very long utterances. (Section “Conclusions”)
発話で胸郭筋群のみならず腹筋群が確実に関係し機能するという報告は、発話時胸郭筋 群(特に内肋間筋)圧倒的優位説に長らく違和感を覚えていた筆者自身の身体感覚にも合 致する。
米山(1997)は
一回の深吸気の後に呼気をどのくらいの時間出しつづけられるかをあらわす指 標を『発声持続時間』という。成人男子で27-30秒、女子でやや少ない。発 声持続時間は話声、歌声を問わず長い方が有利であることは当然である。肺活 量との関係は、肺活量が多いに越したことはないけれども、肺活量だけ多くても それを無駄使いすれば息はすぐなくなるので声の持続時間は短くなる。逆に肺活 量は少なくても、呼気の使い方がうまければ息を長い時間送り続けられるので声 の持続時間は長くなる。その巧拙は呼気調節保持能力のいかんで左右される。そ れには先に述べた呼吸の調節能力、とくに呼気保持(ささえ)の良し悪しが大き く影響する。(pp.59-60)(下線は筆者)
と述べる。米山が述べる、優れた呼気保持(ささえ)能力を持つには肺を取り巻く呼吸筋、
特に腹筋群の働きが欠かせないと、筆者は考える。Kent(1997)は、以下のように、腹筋 群は発話の呼気動作中常に活動を続け、それが音声言語の声門下圧の調節に役立つと述べ る。具体的には、第一に胸郭による呼気動作から最大のメリットを得るための安定した土 台が得られ、第二に腹筋群の動きが継続すれば、必要なだけの吸気を素早く行なうための 横隔膜の最適な長さを保つのに役立つという2つの理由により、会話中腹筋群が活動を継 続している方が明らかに効率上のメリットがあるからである(pp.94-95)。
The more recent view is that the abdominal muscles maintain activity throughout the expiratory phase of speech breathing and therefore help to regulate the subglottal pressure for speech and song. There apparently is an efficiency advantage to the relatively continuous abdominal activity during speech. First, this activity supplies a kind of platform for gaining maximal
advantage from the expiratory actions of the rib cage. If the abdominal muscles were switched off, then the expiratory actions of the rib cage would result in an abdominal expansion that would absorb some of the force
generated by the rib cage muscles――――that is, there would be a net loss of
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effective forces for expiration. Second, the continuous activity in the
abdominal muscles could help to keep the diaphragm at an optimal length to generate rapid inspirations as needed.(pp.94-95)(下線は筆者)
岩田(1979)は「(無気音と有気音の発音には)喉頭調節をノドで覚えこむことが必要
(p.32)」としており、筆者も大いに賛同する。しかし、それと同時にやはり口腔調音と、
肺を取り巻く筋肉による呼気の抑制と積極的な送り出しとの連携運動をも身体で覚えるこ とが必要であると確信する。口腔調音、喉頭調節(具体的には声門閉鎖/狭窄や開大)、そ して筋肉による呼気の抑制/送り出しは独立しているので、その3つのタイミングを適切 に調節することの習得が難しいのである。
7.1.1.2 現代日本語の特質 町田ほか(2003)は
日本語母語話者が日本語の発音の単位としているのは、子音や母音などの音素で はなく仮名である。(pp.2-3)
と述べる。より厳密に言うと、「か」「り」など通常の仮名1字と、「撥音」、「促音」、「拗音 を伴う仮名1つおよびその拗音」を「拍」という音声の単位とする(3)。竹内敏晴(1998)
も、
現代日本語の特質はヨーロッパ語のように、子音から母音へ、コの音なら kか らo へと発音するものではない、ということだ。つまり『コ』は『クオ』ではな いのだ。若い頃、オペラ「夕鶴」の演出者岡倉士朗の助手として稽古に立ちあっ た私は、主役のつうを原信子が歌うのを聞いて仰天した。すでにたぶん百回以上 の劇上演に立ちあって一字一句知りぬいているセリフがそのまま歌われているは ずなのに、まるで一語も聞き分けられないのだった。「ウォアトァスィウォアアン トァグァスクィー」では、なんのことやらわかりようがない。かの女のイタリア 仕込みの発声発音法がまったく日本語の表現と喰い違っていたのだと言うほかは ない。(p.192)
と述べる。後年つう役が、やはり長年ヨーロッパ的歌唱訓練を受けた別の日本人オペラ歌 手に代わって、ようやく「私はあんたが好き」と聞きとれるようになった。その際の「母 音と子音を一緒に出す。エネルギーの80%はこれに注ぎ込むわね」というかの女の苦心 を聞いて、竹内敏晴氏は驚く(p.193)と同時に、次のように考えるに至る。
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現代日本語の場合には、語のはじめから母音が開かれていなくてはならない。
いわばその上に、ちょん、と点を打つように子音がのっかる、とでもいうか。こ うしてこんにちは、のコが始まる。(このような発音法になったのは江戸中期あた りからと言われているようだ。謡曲では明確に子音から母音へと変化している。)
(pp.192-193)(下線は筆者)
現代日本語は母音部が強く大きく、それに先立つ子音部は軽く短いのである。そして筆 者自身も含め日本語母語話者が発出するのは、やはり “ko”でなく「コ」なのである。こ のような特質を持つ日本語を母語とする学習者は、すでにその時点で、明瞭で強い子音部 を持つ外国語の学習においてハンディがあると言える。だからこそ、そうした外国語を学 習しようとする者には、現代日本語の音では、明瞭で強い子音を発出しにくい状況にある ことを伝え、従って同時に外国語の音声習得に際して時には母語にない強い子音が必要で あることを折にふれ伝える必要がある。
7.1.1.3 日本語母語話者の中国語無声有気音/無声無気音習得に関わる困難
日本語母語話者学習者にとり有気音/無気音のどちらが難しいかについては様々論議の あるところであるが、筆者は教授対象の学習者集団のその時の特性、即ち有気音向きの者 が多いか、無気音向きの者が多いかによって異なってくると考える。有気音が困難と考え る教師もおり、無気音の方が困難と考える教師もいるということは、これまでのところ教 師の側で一致した見解は得られていないと考える方が合理的である。筆者のこれまでの個 人的経験では、それまでスポーツを熱心に行なったことのある学習者、および声学や楽器、
特に吹奏楽器を学んだことのある学習者は、有気音をすんなり習得できることが多い。こ れは、そうした学習の中で「呼気の保持(ささえ)」をすでに自然に習得していることが理 由と考えられる。しかし前述したように、無声有気音のみならず無声無気音にも「呼気の 保持(ささえ)」は有効である、というよりむしろ必須である。
一般的に日本語母語話者学習者に対し中国語無声有気音/無声無気音のどちらの指導が より困難かを論ずることは、実際に学習者を目の前にして指導する場合、大して役に立た ない。指導が比較的容易であっても困難であっても、指導は必ず行なわなくてはいけない し、困難であるならば、なぜ困難なのか、どうしたらそれを解決できるか、そしてどうし たら目の前の学習者の能力を向上させ得るかを、教師は努力して考察すべきであるだけだ からである。一人の教師がすべての学習者を教えることはできないし、また目前の学習者 集団が全学習者集団の特質をその種類や比率とともに正確に反映していることは蓋然性と して非常に低く、実際の指導の成否はその時の学習者集団の特質や教師自身の技術レベル によって左右されてしまう事柄でもあるので、一般論としてどちらが困難かだけを論議す るのは無意味なことであるが、現場の教師が2種の音群を教える際どのように感じている