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2章 中国語 u(wu) の教え方・学び方に関する考察
母音の観察の難しさには定評がある。「母音は、クチムロぜんたいを共鳴洞として発音さ れる音であり、音色は、そのクチムロのかたちによって、さだまるものであるから、発音 部位などというものは、きわめてさだめにくい」(橋本 1981、p.219)のである。
u(wu) は中国語学習の最初期に習う音の一つであるが、やはり母音観察の難しさのせい
で、多くの学習者が苦労している。あるいは難しさに気づかず不正確な発音のまま長年学 習を続けている学習者もいる。外国語大学で中国語を専攻した筆者自身、特に[u]の調音 方法を教わった記憶もなければ、中国人教師から発音の間違いを指摘されたこともない。
にもかかわらず、驚くほど長期間、筆者は実は間違った発音をし、その上間違った教え方 をしていたかもしれない。というのは7、8年前、舌位と狭めの位置に関して改めて学習 する機会があり、筆者のそれまでの u(wu) に対する理解が極めて不十分であったことがわ かったからである。中国語の u(wu) は、口腔後部の狭めが必須であるのに、その口腔後部 の狭めを筆者は十分に理解していなかったのである。
陈(1986)では後舌の位置について赵(趙)元任のユニークな説明を紹介している。
汉语的 u 发音和日语不同。唇更圆,更突出,舌面隆起点在后,舌位最高。赵元 任先生在《汉语入门》中的描写是最生动的。他说发 u 时,应该好像嘴里含着一大 口水一样。(陈 1986、p.60)
日下(2002)では[u]の音色を決定する基本的な要素として舌の位置と後舌の盛り上が りを挙げている(p.36)。
[u]の舌の位置がいちばん奥で狭い母音だということは、奥舌面が盛り上がっ ているということです。奥舌面が盛り上がっているということは、前舌面が凹ん でいるということです。(中略)この空間が十分にあるからこそ[u]はこもった 感じの母音になるのです。(日下 2002、p.36)
筆者は時折発音矯正の仕事も行なっており、対象の日本語母語話者学習者の u(wu) の発 音が正しくないことを発見した場合、「この音は円唇・突き出しだけでなく、後舌が高いこ とが重要な要素である」と必ず指摘した上で矯正するのであるが、そうした学習者はすべ て一様に驚く。なぜなら、彼らは自分から発音矯正を受けるくらいであるから、熱心に中 国語を学んで来ていてしかも学習歴は数年以上にわたる場合がほとんどなのに、極めて基 本的とも言える知識を自身が持ち合わせていなかったことを知らされたのだから。彼らは
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その時に至るまで教師からも教科書などからもそうしたu(wu) の後舌高位に関する情報は 与えられていなかったのである。筆者はそうした実態を知りたいと考え、日本で出版され ている中国語の教科書/指導書の記述、現場の教師の説明、学習者の理解という三つの角
度から、u(wu) が日本国内でどのように教えられ、学ばれているかを調べ、本論 2.1 で述
べた。また、日本語母語学習者によるu(wu) の不正確な発音はなぜ生まれるのかを、本論 2.2で考察してみた。さらに2.3でこの不足していると思われる情報を学習者(元学習者も 含む)に提示する実験を行なって、学習者のu(wu) の発音にどのような変化があるかを観 察してみた。
2.1 主に日本国内では
u(wu)
はどのように教えられ、学ばれているか。上記を調べるため、3種の調査を行なった。まず一番目に、現行出版されている中国語 教科書/指導書で u(wu) をどのように説明しているかを調べた。この目的は、もちろんこ うした教科書/指導書を俎上に載せその優劣を論じることではなく、全体として日本国内 の教科書/指導書の u(wu) に対する説明がどうなっているかを調べることである。(2.1.1)
二番目に、現在日本国内のさまざまな教育機関、たとえば大学や民間の中国語学校など で実際に教鞭を執っている教師の方々18名にアンケートをさせていただいた。この目的 ももちろん、各教師の方々の教授法の優劣を論じることではなく、全体の傾向がどうなっ ているのかを調べることである。(2.1.2)
三番目に、大学や民間の中国語学校など主に日本国内の教育機関で現在中国語を学習中、
または過去学んだことのある学習者達の中国語 u(wu) に対する理解がいかなるものかを、
やはりアンケートによって調べた。但し、留学経験を有するものも含む。(2.1.3)
上記のうち二番目と三番目のアンケートはいずれも2007年1月から2月にかけて行なっ た。教科書/指導書の調査は、当時行なったものにその後2010年初頭までの調査を加えて ある。
2.1.1 教科書/指導書の記述・表示に関する調査
筆者が容易に入手できる中国語教科書/指導書のうち、少しでも発音の説明のあるもの を選び、その記述や図示がどのようなものであるかを調べた。全部で教科書/指導書は 37冊、17冊が単独著者16人、20冊が共著、共著のうち前記単独著者1人を含むも のが2冊あった。出版元は15社である。教科書/指導書の中国語u(wu) の発音に関する 記述・表示を調べ、筆者が重要ポイントと考える5項目に集約し、表にしたのが表2Aであ る。縦方向の上から下に、今回調査した教科書/指導書37冊を番号で並べ、発音専門書 の場合、番号の横に「専門」と記した。横方向の左から右に1)外部形状記述、2)外部
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形状図示、3)内部形状記述、4)内部形状図示、5)聴覚印象その他という項目を並べ た。外部形状記述とは、外から容易に見える形状の記述のことである。但し、外部形状と はいうものの、口周辺の構造を考えれば、外部の動きに内側も連動するのは自明のことで ある。外部形状図示とは外部形状を図示したもののことで、今回得られたのは唇付近を正 面から見た形と唇を横から見た形の2種である。内部形状記述とは、口腔内部の調音器官 の形状の説明のことであり、具体的な調音器官とその形状や動きを記述してあるもののみ、
ここに配した。内部形状図示とは内部形状を図示したもので、今回得られたものは正中断 面図のみである。聴覚印象その他は、具体的調音器官の形状や動きには言及せず、音を「聴 覚印象」や「感じ」で形容してあるもの、1)~4)に配列できないものを配した。原文 に「日本語ウ」などとあった場合、字数節約のため「㊐ウ」のように省略文字を使用した。
本論では特に断りのない限り、日本語とは東京方言を指す。
表2A-1 ×は「記述や図示なし」を意味する。㊐は「日本語」を意味する。
網かけは不適切な記述を表わす。
対象書番号 専門の場合
頁
1)外部形状 記述
2)外部形状 図示
3)内部形状 記述
4)内部 形状図示
5)聴覚印象 その他
1
p.15
円唇・突出 × 舌を奥へ引く × [u]
2
p.15
円唇・突出 唇正面 × 有 ×
3
p.3 p.26
円唇・突出 唇正面・横 × × 口の奥から声を 出す
4
p.1
円唇・突出 × × × ×
5
p.15
円唇・突出 唇正面 × 有 口の奥から発音
6 専門 p.7
円唇・突出 唇正面・横 × × のどの奥から声 を出すウ
7
p.3
唇の形に注意 唇正面・横 × × ×
8
p.5
円唇・突出 × × × のどの奥からウ
32
表2A-2 ×は「記述や図示なし」を意味する。㊐は「日本語」を意味する。
網かけは不適切な記述を表わす。
対象書番号 専門の場合
頁
1)外部形状 説明
2)外部形状 図示
3)内部形状 説明
4)内部 形状図示
5)聴覚印象 その他
9 専門
pp.10-11
円唇・突出 唇正面 舌面後舌狭母音 有 ×
10 × × × × ×
11 p.17
円唇・突出、先が 震えるように
× × × ×
12 p.4
円唇・突出 × × × ×
13
p.9
円唇・突出 口笛のよう
× × × ×
14
p.15
円唇・突出 ストロー
唇正面 × × 奥よりの音色
15
p.11
円唇・突出 × × × ×
16
p.3
× × × × ㊐ウとは音色が
ずいぶん違う
17 専門 p.18
円唇・突出
ストローの口 ×
×
×
㊐ウのイメージ は忘れる。喉の奥 から声を出す
18 専門
p.9、p.25
円唇
唇正面
ピンポン玉をくわえた ように空間をおちょ ぼ口でくわえこむ。
空間をつくるために 舌根部を上げ、舌先 を下げる。
有
日本語でいう ならウではなく オに近い
19 p.3
円唇・突出 ㊐ウより唇を 前に突き出す
×
×
×
×
20 × × × × ×
21 × × × × ×
22 × × × × ×
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表2A-3 ×は「記述や図示なし」を意味する。㊐は「日本語」を意味する。
網かけは不適切な記述を表わす。
対象書番号 専門の場合
頁
1)外部形状 説明
2)外部形状 図示
3)内部形状 説明
4)内部 形状図示
5)聴覚印象 その他
23 p.8
円唇・突出 × × × ×
24 p.1
円唇・突出 × × × ×
25 p.9
円唇・突出 × × × ×
26 × × × × ×
27 p.4
円唇・突出 × 舌先を下歯茎から 離す
× 口の奥からウ を出す
28
p.13
円唇・突出 唇・正面・横 × × 口の奥から声 を出す
29 × × × × ×
30 p.9
円唇・突出 唇正面 × 有 ×
31 p.2
円唇・突出 × × × ×
32 専門 p.35 p.99
円唇・突出、
オの位置を変え ず唇だけを思い 切り突き出す
唇正面・横
上下の歯を噛みあわ せない。舌全体奥、
舌先を下の歯茎奥に 固定
有 ×
33 p.6
円唇・突出 唇横向き、㊐ウ と比較
舌を奥上方へもち あげて「ウー」
と発音
有
(㊐ウと比較し ている正中断面)
×
34 専門
p.36 円唇・突出 × × × ×
35 p.6
円唇・突出 × × × ×
36 × × × × ×
37 p.13
円唇・突出 × × × ×
34
37冊の教科書/指導書のうち具体的な調音の説明のない10番、16番、20番、
21番、22番、26番、29番、36番の8冊を除くと、何らか調音の説明を持つもの は29冊である。具体的でない記述や意味があまり明瞭でない記述は不適切と考えて網か けをしてある。29冊のうち28冊(96.5%強)が外部形状の説明(記述)として「円 唇」を、27冊(93.1%強)が「唇の突き出し」を挙げている。(表中ではスペース省 略のために「突き出し」を「突出」と簡略化した。)その両方を挙げているものは27冊(同)
ある。一方、内部形状について記述してあるのは6冊(約21%)である。また、唇の正 面や横からの口形を描いた外部形状図示は全部で12冊(約41.4%)、内部形状図示の 正中断面図は7冊(約24.1%)あった。7番の「唇の形に注意」という記述はやや消 極的で不適切であると考え網かけをしてあるが、図示では「円唇・突出し」を提示してい る。
全体的に、「円唇・突き出し」という外部形状の記述が圧倒的に多い。図示の項目でも、
外部形状12冊に比べ、内部形状7冊は少ない。「聴覚印象その他」において、1番の[u]
は音声学の知識のない者にとって理解しにくい情報なので除くと、3番、5番、6番、8 番、14番、16番、17番、18番、27番、28番の10冊に言及がある。1)の外 部形状説明についてのみ、円唇と突き出しを別個に考え、残りの項目2)~5)とともに グラフにしたのが図2-1である。
図2-1 u(wu) に関する記述項目別合計件数(全29冊)
このグラフを見ると、円唇・突き出しという外部形状に関する記述と外部形状図示の件 数が、内部形状説明および内部形状図示の件数を圧倒的に上回っていることが分かる。