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自己表現活動分析 3:自己投射

本節では,実践第

3

回に実施した自己表現活動「自己投射(例える)

Jにおける自己表現・専有

化過程の分析を行う。以下では,この活動の概要および自己表現活動としての特質について述べ たのち,学習者の自己表現・学習分析を行う。

.活動実践の概要 1.1  活動の概要

日本語自己表現活動としての活動「自己投射(例える)

33は,自分を物や色に例え,その理由 (共通点)を探り,それを日本語で表現していく活動である。自己を他のものに例える手法は,

前章でのGalyean(1976)の10のHLA構成原理34の内,特に投射エクササイズ(projectionexercises)  の使用に当たる。これらのエクササイズはゲ、シュタルトの気づきエクササイズ (GestaltAwareness  Exercise) とも呼ばれ,エクササイズを通して物の中に自分自身を見出すことが期待されている。

「物との「対話」によって自分が自分をどう捉えているかがわかるJ(Galyean, 1976: 18)。日本語 教育では,縫部(1998)によって同様の紹介がなされている(縫部, 1998:  20)。また,物に例え る活動は, Moskowitz (1978),縫部 (2007)では自己発見・自己理解を促進する活動として紹介 されている。 Galyean(1976)同様,自己を他のものに投射することによって通常気づきにくい自 己の側面に気づくことができるとの考え方を基盤としている(縫部,2007:85・86)。また,他者の 開示を聞くことで他者理解も促され,特に,既に知っていると思っている他者の新たな側面を知 ることにもつながると期待される。

1.2 活動選択・実施の意図

本実践第3回においてこの活動を採用した理由は二つある。

一つは,学習者一人一人がまとまった長さの自己表現を行えることである。これは,前回の「人 生時計」では発話順番の頻繁な交替,あるいは制限時間下での表現を求める活動形態を採用し,

言葉を吟味していく過程が見られなかったためである。

一人で自分のことを説明していく形式は

1

回目の「カラーワーク」と同じだがカラーワーク」

が言語形式・談話展開ともに自由だったのに対し,表現形式・内容が「私を に例えると です。

+理由説明」という形に半構造化され,特に日本語レベルの下位のユウにとって表現しやすいと 考えられた。

活動選択の今一つの理由は,互いに「知りあうjことを可能にすることが期待される活動であ ることである。

2

回目授業終了後,授業観察をしていた西川との話し合いの中で,特にリン,コ ウが口頭表現を行う際,チンにはわからないボランティアの話や,ユウ,チンにわからない1組 の話題などを聞き手が知っていることを前提として話していることが問題点として指摘された。

背景には,リンやコウが「この授業の参加者はお互いみな既によく知っている」と思っているこ とがあると考えられた。この点は,終了時インタビュー,アンケートでも両者が述べていた。教 師(本研究者)も,コースをデザインするにあたって,参加者が全く初対面ではないことから,

人間関係作り,特に 知り合う"ことを目的とした活動を初回においても導入しなかった。しか し,第

1

回,第

2

回のユウ,チンの作文,また教室での発話でも,ともに「友だちがいないJ

r

さ びしい」ことが強調され,先の他教師らの指摘も受けて,特に

1

組の

4

人と

3

組の

2

人が改めて

知り合うこと"が必要であると考え,他者に対して自己を開示するとともに,他者理解の期待 される本活動を設定した。

33活動の理論の詳細は第3章参照。

34 10の技法については第3章参照。

また,授業でも上述の問題点を学習者に説明し,聞き手に配慮、した表現の重要性を強調した。

次に,教師の活動実施上の目的・意図について,前回授業後の内省から (1)教師の支援行為 として「反復J,

r

それは ということですか?J 

roo

さんの言いたいのは ということですか ?J という「問い返しJによる「明確化Jを忘れないこと,またそれによる明確化J,(2) 

r

内容・発 話の協働構築Jという自己表現活動実施の上での原理を意識すること, (3) 活動後の振り返り・

共有の時間(シェアリング)を確保すること,の

3

点に留意することを自身で確認した(教師の ダイアリーより)

1.

授業展開の概要

本授業のデザイン時には,この活動に後続して「自分が今回っていること」を開示する活動を 行う予定であった。しかし,実際の実践では時間的制約から本活動のみの実施となった。 実際 の授業・活動の展開を下表に示す。

表4.4.1授業と活動の展開

展 開 授業・活動の展開と内容

コースの趣旨と方針の再説明(聞き手への 配慮の重要性の説明)

インストアクション(目的・手順の提示) 3  個人で考える時間(描画も可)

4  発表

5  授業の感想を順に話す 宿 題 作文(添削後,返却)

チ ン

ユウ

W B  

地図

O

リン 西川

O

コウ

図4.4.1教室配置図

この回のみ,西川の他に別の教師(田山)からも見学依頼があり,参加者として活動に参加し てもらった。田山はユウ,チンの所属する3組の授業を受け持つており,ユウ,チンは田山の姿 にうれしそうな様子だ、った。

授業では,まず冒頭に前項で述べた留意点を学習者に説明し,特に傾聴と傾聴してもらうため の話し手側の配慮、の重要性を周知した。

続いて,活動のインストラクションとして目的・手順を説明した。まず,導入質問として,

r

私 をOに 例 え る と で す 」 と い う 文 を 板 書 し , 例 と し て 1組の女子学生イン,ギョウに自分を動 物に例えると何か,図形に例えると何かを聞き,教師自身も自分を例えると何かを話した。その 後,白紙を配布し,それを 4つに区切り,それぞれの区分に自分を動物・図形・色・物に例える と何かを記入するよう指示した。文字で書いても絵で描いてもよいとした。また,後で全体で発 表するので,理由を考えておくように指示した。

考える時間では,学習者たちは思い思いにイラストを描いたり,凝った絵を描いたりしていた。

また,電子辞書を使ったり,教師や西川,田山に質問して語をきく者もいた。

全員が記入を終えたところで,全体発表に移った。発表の前に,先に板書してあった発表用の モデル文型「私を に例えるとです」を確認し,例えた理由を説明するように指示した。発 表では,一人が続けて

4

例すべてを述べる形とし,まずモデ、ルとして田山に発表を依頼した。そ の後,学習者が指名順に発表していった。

以下では,全体発表における各学習者の自己表現と専有化を,特にその特質を示す場面を中心 に取り上げ,記述・分析を行う。

144 

2.

学習者の自己表現・学習分析

1

チン

田山に続いて,教師は最初の発表者として

3

組の女子学生・チンを指名した。

チンは,日本語能力テストではクラスで一番下位だが,第

1

2

固と積極的に発話し,その 積極的な発話は他の学習者の発話も引き出していた。

しかし,その積極性の裏で,前日の感想ノートには自分の日本語能力を次のように書いていた。

。チンの第

2

回後の感想

私自分の話すは友だちより下手だと思います.ときどき単詞がわかりません.友達の話すは上手です.

私自分の日本語はレベルガて〉くいです.でも自信があります.

このノートの記述からは,自分の日本語能力に関わらず表現に挑戦していこうというチンの姿 勢が読み取れる。

この「例える」の自己表現では,チンはいつもより元気のない様子で,まず,動物について「私,

自分の年が,ヘピですj とへピに例えた。次に図形にうつり,チンは星形を描いた絵を教師に見 せた。以下はその図形の部分の全文字化資料である。

【断片 1‑ 1】チン:図形(※右端の矢印とゴシックは発話の大まかな機能を示す) 01  チン :私をすいけいにたとえると(問。教師に絵を見せる)

02  教師 :あ,これですね。これは,星形。(間)うん。星形と言います。(問)星形 です。(問)星形ですチン :星形

03  教師 :どうしてですか?

04  チン :それは,私は,星形は,んー(間).あの,ごーの,しっちゃ(間)かと←チン表現試行 05  教師 :ん?

06  チン :かど

07  教師 :かど? あ,角,はい 08  チン :あります

09  教師 :はい 5つありますよね 10  チン : は い 。 ん ‑ ( 間 ) は る い ? 11  教師 : は る い ? 問 ) 広 い ? 間 ) 違 う ? 12  チン :じゃありません

13  教師 :中国語でいいよ

(チン,ギョウらの方を見て中国語で相談) 明るい?

明るい

x x

明るい感じがある 明るい,感じ

←チン再試行

←教師了解確認

←チン表現

←教師了解確認

←チン表現試行

←教師了解確認

←チン否定

14  教師 15  コウ 16  教師 17  コウ 18  教師 19  コウ 20  教師

こんな感じ。明るい感じがします ←教師了解確認

21  教師 22  チン 23  コウ 24  教師 25  チン 26  教師 27  チン 28  教師 29  チン 30  教師

うん ←チン肯定

いいかな。明るい感じがします。角が5つあって

(チン,黒板に出て星を書く) ←教師了解確認

:性格が ←チン肯定

はし、 あかるい

明るい? 明るい性格。キラキラ ←教師語葉提供

はし、

キラキラした lまし、

キラキラした性格。えっと,星は,日本で「キラキラ光る」って言います キラキラ

キラキラ。キラキラするですね 31  コウ

x x x  

32  教師 :キラキラ,です。キラキラな性格なんですね。キラキラと明るい性格。

星のように輝く性格なんです。(間)輝いて,いる。星が輝く。キラキラ 輝いている,ですね。

チンは,ここでは,日本語がわからなくとも,インタラクションの他者を利用して表現したい ことを表現しようと試みている。まず,自分を例える「星形」の語については,絵を見せ,そこ で教師から「星形」という語を得,続けて理由の説明 (05以降)では,知っている語を試したり (05 iごーのー,しっちゃう(※頂点の意味

) J

iかと

J

iはるい

J )

,母語で他の学習者に相談した り,板書したりするなどの行為を通して, i明るい性格だから」という意味を通じさせ,それを表 現する日本語表現を得ている。

教師も,このチンの断片的な表現から表現意図を推測しながら,日本語を次々に提示している。

また,コウら他の学習者たちも中国語で支援を行ったり,コウのようにチンの代わりに教師に説 明するなど(16),協力している。こうして,チン,教師,コウらも含めて,言葉の意味を推測し,

言葉を試していく作業の中で,チンの日本語表現が協働的に作られている。

宿題でのチンの作文では,この部分は次のように表現されていた。

私を図形に例えると星形です.星形はいつつ角があります.きらきら光る.それは私の性椙みた いです.私の性信は明るいです.それに私の希望は将来の生活が星形と一緒にきらきら光る.き れいだと思います.

教室で提示された内容と比較すると,作文の後半部分は教室では表現されなかった部分である。

先の協働的な教室インタラクションで,チンが表現したいことすべてを表現できていたわけでは ない。しかし,作文では,教室でのインタラクションの中で得られた語葉を用い,表現が構成さ れており,教室インタラクションがチンの自己表現に生かされている。

続いて,チンは,色では「空の色

J

,物では「草

J

に例えていった。物の場面では,チンは図形 の時と同様,自分が例えたい物を表現する日本語がわからず,草のような線を描いた絵をクラス に指して示した。以下はこの場面の文字化資料である。チンは, 01で暖昧な日本語とともに絵を 示すが,先の星形の時とは異なり,教師に適当な訳語が浮かばずチンが表わしたい物は日本語 では何というのか」ということを話題に,コウ,ギョウ,リンが参加して談話が展開した。

【断片

1

2

】チン:物 01 チン

02 教師 03  コウ 04 教師 05  ギョウ 06  コウ 07 教師

08 チン 09 教師 10 チン 11  教師 12  コウ 13  田山 14  教師 15 チン 16  リン 17 教師 18  ギョウ 19  リン 20 教師 21  リン 22  教師

:私を動物,ものにたとえると,ちいさいXX...(紙に描いた絵を指す) :小さい(間)小さい草?小さい(間)この(板書)中国語で

くさ?くさき?

:草?草かな?

:雑草(笑) :雑草

:どっちかな。でも,イメージが違うんだね。だから,何か気持ちはわか

るんだけど,雑草って,やっぱりすごい強いイメージだけど,強い草で ←教師確認質問 すか?

いいえ 小さい草?

はし、

何て言ったらいいんだろう 雑草

タンポポとかスミレとか かわいい花が咲きますか?

あ.小さい xx やっぱり弱い感じって

うん,弱い。でもやさしい... (間) 小さい,小さい草

なんか,ちゅいされないで, XXX,人にちゅいされない,

なくても元気?

元気,多分

あ,人,人に注目されない? そういうこと?

146 

←チン否定

←教師確認質問

←チン肯定

←教師確認質問

←チン説明試行

←教師・他学官者 のやりとり