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本節では,最終回の第4回目に実施した活動「相談

J r c

よろず悩み事相談所J

)

の分析を行う。

以下では,この活動の概要について述べたのち,活動における自己表現と学習の分析を行い,考 察を行う。

.活動実践の概要 1.1  活動の概要

日本語自己表現活動としての「相談J

r c

よろず悩み事相談所J

)

は,参加者が自分の悩みを開示 し,他の学習者はそれに対しアドバイスをするというものである。直接的な出典は,構成的グル ープ・エンカウンターのエクササイズとして紹介されたもの(林, 2001)から引用したが, HLA 

としては,第3章での技法分類であげた Galyean(1976)の原理の内,特に(2)

r

直接的なコミュ ニケーション」を生かすとともに,

( 5 )   r

肯定的で援助的な相互関係の育成」にも沿ったものであ る。活動の趣旨から, Moskowitz (1978)の分類では, Sharing myselfに分類される。また,先行 実践研究から,クラス内人間関係の形成にも有効であると考えられた(家根橋・二宮, 1997)  1.

2 教師の活動選択の意図

前回(第3回「例えるJ)授業後の観察者・西川,参加者・田山へのインタビュー及び話し合い で,ユウの発話が少ないこと,またチンも本来所属する 3組の時と比べて発話が減っていること が指摘され,これは1組と一緒であることに原因があるのではないかとの意見が出された。異な るクラス・入学年度・日本語レベルの者からクラスを構成したのは,

r

先輩」あるいは「日本語上 級者Jが「後輩J

r

日本語能力下位者」に対して支援を行う関係が形成されること,また両グルー プ聞に感じられた組踊の解消に対する活動の効果を期待したためで、あった。しかし,前3回で両 グループ聞に活発な交流は見られなかった。

この原因として,活動の形態が考えられた。前

3

回の活動形態では,一学習者が発表を行い,

それを他の学習者は聞く形式が中心で,相互の交流を促進する形式で、はなかった。そこで,第4 回には学習者同士の会話を基本とした活動形態の活動を選択することとした。このような教室談 話構成の工夫は前章でのKramsch(1993)でも推奨されている点でもあった。本実践では,この 種類の活動の内,実践者(本研究者)が他の実践で使い慣れている本活動を採用した。実際の授 業・活動展開の概略を下表に示す。

4

.5

. 1授業と活動の展開

展開 授業・活動の内容

1  授業の流れの説明(授業後のアンケート及びイ ンタビューについて)

ウォーミング・アップ: 「私は私が好きですJ 3  インストアクション(内容・手順の説明)

一人ずつ悩みを言い,全員が順にアドバイスを

する。

5  アンケートとインタビュー(個別)

168 

W B  

チン

E  

地図

西川 コウ

図4.5.1教室配置図

2.

自己表現活動の展開

最終回,学習者たちはリラックスした様子でいつもの席に座った。はじめに,教師が買ってき たドーナツを配り,それを食べながら授業後のアンケート及びインタビ、ューの予定を説明した。

その後,活動へのウォーミング・アップを兼ねたショートエクササイズ「私は私が好きです」

を行った。これは, HLAに属する活動で,グループ (3人組)で順に「私は私が好きです。 だ からです。」という文型を使って話し,制限時間(実践では3分)までこれを繰り返すものである。

もし好きなところがどうしても見つからない場合は私は私が嫌いです

J

に変えて発表する。し かし,実際にこの活動を始めると,みな嫌いです

J

の方を多く使い,また特に男子学生リン・

コウは「嫌いですJの理由を「かっこいいから」等,冗談を繰り返していた。

この後,自席に戻り,ショートエクササイズの振り返りを行った。それをもとに

r r

嫌い」が 多かった人はそれを相談しようj と活動「相談」の導入を行い,悩みを打ち明ける表現「実は,

んです

J

,アドバイスの表現

r " ' " '

たほうがいいですよ

J r

",",といいですよjを提示した。同時に,

「ここで言えることでいいです」と指示した。

この後,活動「相談

J

に移り,教師が順に「相談役

J

を指名し,指名された学習者が自分の「悩 み

J

を話し,他の学習者が一巡,一つずつアドバイスをしていった。学習者は,教室で「悩み」

を打ち明けるという活動に,何を「悩み」として話すか戸惑ったようであった。結局,ギョウが

「寝不足

J

,コウ「足のけが

J

,イン「気が短し、J.ユウ「太っている

J

,リン「彼女が少なし、

J

,そ して最後にチンが「し、つもうちを思い出す」との各自バラバラの「悩み」を話した。これらの「悩 み」に対する「アドバイス」にもどこまで真剣にするのかという点で戸惑いが見られ,元談・悪 ふざけが多く,全体として自己を開示・表現してし、く場面が見られなかった(参考資料

1

参照)。

【参考資料

1

】コウの相談 教 師 : じゃあ,コウさん

コ ウ : いま,一番,悩んだことは,実は,あしたは, 100キロ,始まります。いま,足,傷が,つけ,

教 師 : 傷があります。傷があります。けがをしていますから。けがをしています。

コ ウ : うん

教 師 : しているんです。心配ですか?

コ ウ : はい

教 師 : 歩けるかどうか

コ ウ : 歩ける。もちろん歩ける。でも,汗,で,あ,しみる,とか,お風目,に,入れない,とか 教 師 : ああ,お風日に入れない

チ ン : 男の子ですから,大丈夫です コ ウ : パカもん

教 師 : いま,もう,はげましでしたね。大丈夫ですって ギョウ: コウさん,強いだから

コ ウ : 炎 症

教 師 : 炎症する。ああああ コ ウ : 炎症,心配する

教 師 : あ,炎症を,心配しています(IしみるJと板書しながら) チ ン : しみる,しみる

教 師 : しみるってわかる?

コ ウ : あいたたたた

教 師 : 例えば,怪我をしています。水,が落ちます。すると コ ウ 中 国 語 )

教 師 : 大丈夫ですよ。男だから。じゃ,インさんのアドバイス。はげまし イ ン : がまんする。がまんしたら。がまんして

教 師 : ください?

イ ン : がまんしてください

教 師 : がまんしてください。ありがとは?

コ ウ : なー 教 師 : ユウさん

コ ウ : 冷たいなあ

冷たいなあって(笑)ユウさん

足が" xx切ったほうがいいですよ(皆笑) 足を切ったほうがいいですよ

パカもん。これもっと, ,  痛いですね

じゃないか 師

ウ 師 ウ 師 ウ 教 ユ 教 コ 教 コ

このような戸惑いと冗談を中心とした活動展開の最後に,チンが「悩み」を言う役となった。

この中で,チンはこの「相談」という活動を真剣に捉えいつもうちを思い出す」という,第 1 回

2

回の活動でも彼女がずっと口にしてきた悩みをテーマについて自己を表現していった。こ こではこのチンの悩み相談部分に注目し,この活動の相互行為の特質とそこにおける学習者の自 己表現について分析を行う。

3.活動における自己表現過程:チンの悩み

本項では,チンの悩み相談場面の分析を通して,活動のインタラクションの特質を示すととも に,その中での学習者の参加と自己表現・学習について記述・分析を行う。

チンの相談(断片1)

チンは,日本語能力ではクラスで一番下であり,本人も感想ノートに「自分の話すは友達より 下手だと思います

J r

自分の日本語はレベルが低いです」と繰り返し記述しており,それを自覚し ていた。それでもここまで,毎回積極的に教室活動に参加していた。

最後の「相談役」となったチンは,

r

悩み」を「うちを思い出す」ことと話した。

「うちを思い出す」は,チンが第 1回「カラーワーク」では「今の気持ち」である「さびしさ」

の表現の中でも頻繁に用いた言葉であり,また,第

2

回「人生時計」では,選択する時間を指定 する役の際,チンは「一番うちを思い出す時間

J

を指定していた。「うちを思い出す」ということ はチンにとって本当の懸案で、あった。

実践者の意図としても,このように本当の「悩み」が開示されることが活動の本来の意図であ り,上述の教師の本活動導入意図で、あった。

しかし,これに対し,コウ・リンがここまでの活動の流れ同様彼氏を探して J

r

子どもつく って」とさかんに冗談で応答し,他の学習者も笑って対応した。

断片

1

に見るように,リンの元談発話07

r

彼氏を探してください」に乗じて,コウが「子ども うんで

J

と冗談をエスカレートさせている。教師は教室管理者として発話を繰り返し,クラスの

「お姉さん」的存在であるギョウに応答を指示した。

3 . 1  

←チン発表

←教師文型指示

←教師指示

←リン冗談発話 うちを

【断片

1

】チンの相談

01  チ ン : 私は私が好き,好きじゃない, (他学習者,笑)嫌いです。いつも,

思い出す

ん?うちを思い出すんです。はあー はし、

いつもうちを思い出してしまうんです lまし、

ん一。何かいいアドバイス

うん。彼氏を探してください(他学習者,笑) (笑)

いやだよねー, うん

彼氏を,そんなに,っき,つきあって, ←コウ冗談発話

←コウ冗談発話 なに, [ 

[xx  なにもってー

子ども,いっぱい,あー,

ん?なにをなにを?

子ども(他笑), [うん 教 師 :

チ ン : 教 師 : チ ン : 教 師 : リ ン : チ ン : 教 師 :

コウ ギョウ:

コウ 教 師 :

コウ 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4  

nunununununununU

4 1 4

1 ←コウ冗談発話

170 

15 教 師 : [ああ,せっかく言ってるのにねえ。あのね,あのね,例え ←教師教室管理 ば

1

16  コ ウ : うんでー

17  教 師 : まあいいから,一年半,いますよね。で,まだ4か月。むかし,そうでした ←教師教室管理 か?じゃあ,ギョウさんからどうぞ。ふざけちゃだめ

3.2  ギョウの応答とチンの再表現(断片2)

教師に指名されたギョウは,チンの悩み「うちを思い出す」に対し,

r

思い出すならそのまま思 えばいいじゃなし、

J

r

どうして「うちを思い出す」ことに悩んでいるのか」と応答した。

しかし,この応答は日本語能力上の問題からチンに通じず,教師が再表現を試みる一方,チン は他の学習者に中国語で支援を求め,学習者は自発的に中国語で支援を行っている。この談話を 通して

r

思い出すなら,思い出したらいいじゃないですか

J

という問いがチンに返された。

その一方で,コウは依然,元談を言い続け,チンが教師に抗議し,コウは謝った。

【断片

2

】ギョウの応答とチンの再表現 (18‑21省略)

22  ギョウ: 思い,出したら,なに,そのまま思い,思えばいいじゃない(笑) ←ギョウ応答 23  教 師 : ああ

24  ギョウ: どうして,悩んでいる 25  チ ン xx (ごく小声)

26  教 師 : どうして。うん。もう一度じゃあ。んー(コウ:(小声で)彼氏)。思い出す ←教師再表現

27  チ ン 28 

29  教 師 : 30  チ ン 31  ギョウ:

32  教 師 :

33  チ ン 34  教 師 : 35  コ ウ 36  教 師 : 37  コ ウ 38  教 師 : 39  ギョウ:

40  教 師 :

なら,思い出してもいいんじゃないですかつて。どうして悩んでるんですか って

悩んでるってなんですか(?) 

(周りから中国語) (コウ:ひとこと言えば,わかるかれし(?))  思い出したら,出すなら,出してもいいじゃないですか?

(中国語で周りに聞く) (中国語で長く応える)

思い出すなら,思い出したらいいじゃないですか。書いとこうかここに(板 書。その間,コウはずっと中国語で話している)今いい文だ、ったからね。思 し¥

コウシシンさんは,いつも悪いことばかり言います。どうすればいいですか。

あの,

コウシシンさん。今だめよ はい。すみません

思い出してしまうなら(板書しながら) がまんできない,もう

(笑)思い出しでも

いいんじゃないですか(小声) いいんじゃないですか

3

.3  チンの再表現(断片3)

←チン支援求め

←学習者支援

←教師再表現

←チン母語求め

←母語支接

←教師再表現 表現再提示

←チン抗議

チンは,ギョウから返された「思い出すなら,思い出したらいいじゃないですか」という問い に,なぜ「うちを思い出す」ことが困ったことなのかを説明し始めた。ゆっくりと,簡単な表現 を使ってではあるが,チンは主体的に表現を試みうちを思い出すと勉強できなくなるし,さみ

しい気持ちになる

J

という理由を説明した。

このチンの表現の進行の中で,談話官頭で、冗談を言っていたリンが真面目な調子で応答しよう としていた

( 4 7 )

。一方で,コウはさらに冗談をエスカレートさせ,西川が厳しく対応し,教師は コウの発話を無視し,談話を進行させた。