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第 2 章 自己表現と「専有化 j としての第二言語学習

第 2 節 「個人化』概念の検討

前章での先行研究および前節での自己表現という観点からの本論の言語観・言語学習観から,

第二言語での自己表現そのものが第二言語学習であるとの考えが示された。

この内,先行研究では,社会文化的アプローチのパフチン派とヒューマニスティック・アプロ ーチ(広義)の両者では,自己を表現していくことをそれぞれ言語を「専有化

( a p p r o p r i a t i o n)  J 

「個人化

( p e r s o n a l i z a t i o n )

Jしていく第二言語学習過程として位置づけていた。

両者の各概念には,背景としている思想や両者の言語観の違し、から相違も見られる。しかし,

自己表現を「言語を個人的意味をもっ自分なりの言葉としていく言語学習」とする基本的主張で 両者は共通している。本研究は社会文化的アプローチの視座に立つものであるが,両者の違いを 同じ現象の異なる特質を示すものとして捉え,両概念を統合していくことで自己表現を通した第 二言語学習についての論考をより充実させていくことができるのではないかと考える。

この内,本節では,ヒューマニスティック・アプローチの提示する「個人化J概念を取り上げ る。

1 .ヒューマニスティック・アプローチの「個人化」の定義

前章では,ヒューマニスティック・アプローチにおける自己表現と言語学習を結びつける概念 として「個人化J (

p e r s o n a l i z a t i o n )

という概念を抽出した。

「個人化」とは,目標言語で自己を表現することによって学習者の内面の思考・感情・感覚等 と目標言語との聞につながりを構築すると同時に,これを通して目標言語を自己と結びついた言 葉,個人的な意味を持つ言語とすることである。また,これによって目標言語が自己にとって意 味があり,かつ実用的言語となるとともに,学習者を内発的に言語学習に動機づける点でも有効 であると位置付けられている(縫部,

1 9 9 9  ;  G a l y e a n

, 

1 9 7 7 a  ;  Moskowitz

, 

1 9 7 8 )

2.  r

個人化Jの言語論

ヒューマニスティック・アプローチでは,言語授業において学習者が目標言語で自己一特に 情意的・内面的事柄ーについて表現し合うことを重視してきた。学習者の人間的成長という教 育目標と,そのためには自己開示し合うことが必要であるとする教育理論に基づき,学習者がよ り内面的・情意的な事柄を開示し,表現していくことが目指された。しかし,このような「言語 授業の「個人化J

J

は,明確な言語論を基盤としたもので、はなかった。

その中で縫部(1

9 9 9 )

のホリスティック・アプローチにおいて,学習者が内面的・情意的な事 柄を表現することが言語・言語学習とどう結びつくのかについての理論的基盤構築が試みられて

いる。

ホリスティック哲学では,人間を「直接体験の世界(言語に支配されない,心と体に内在する 無意識の知性・感情の世界)と言葉の世界(言語に支配された知性の世界)とをもっ存在Jと捉 え (縫部,

1 9 9 9 :   1 3

)中は筆者が縫部の他所の記述から引用・加筆),感情から思想・思考 へ,そして思想・思考から言語へ,さらに言語から言語活動へ,という一連の流れ(コミュニケ ーション)とつながりがあるとする(縫部,

1 9 9 9 :  4 5 )

。このような自己の体験と言語の使用を結 合するコミュニケーションにおいて言語を「個人的人格的特殊的J(繕部,

1 9 9 9 :   4 6 )

に使用して いくことを通して,言語に個人的

( p e r s o n

a1)な感情・価値が付与される。つまり,言語は「コト バ的

( v e r b

a1

a n d  n o n v e r b a

l)意味」だけではなく「自己の内的世界に生起するヒト的

( p e r s o n a

l) 意味

J

(縫部,1

9 9 9 : 2 7 )

を持つ「個人的言語

( p e r s o n a ll a n g u a g e )   J

としての性質を有するようにな

る(縫部,

1 9 9 9 :  2 7 )

3.

個人化のプロセス

縫部のホリスティック・アプローチ,また前章で述べた Galyeanの合流アプローチの諸概念を 併せると,

r

個人化jという概念で表わされる自己を表現することと言語・言語学習とのつながり が次のようにモデル化される。

まず,自己を開示し・表現することを軸とした技法・活動(個人化技法 (personalstrategies)や ヒューマニスティック・エクササイズ)による刺激に対し,学習者の内部に内的な応答(思考・

感情・イメージ等)が生じる (meaningnodes)。学習者はこれを目標言語で表現する(外在化)。

これは自己の内面から生起してきた言葉であり(内発言語(Ianguage企omWl血in)),この過程を 通して感情や思想、・価値等が負荷された (a能ctiveloadings)言葉である。これによって,目標言 語は学習者にとって個人的な意味 (personalmeaning)を持つものとなり,目標言語と学習者(自 己)との間に結びつきができる。このようにして目標言語は「感情レベルの次元と結合したJ(縫 部, 1999:51), 

r

自己の内的世界に生起するヒト的 (personaI)意味」を持つ「個人的言語 (personal language) 

(縫部, 1999: 27) ,あるいは個人にとっての「リアルな言語(今の言語)

(鑓部,1999: 201)として獲得される。

これを図示すると下図のように表される。

教 室 個人化技法・エクササイズ

学習者

personallanguage 

図2.3言語の個人化 (personalization) 

教室での自己表現を主軸とした技法・エクササイズを介して meaningnodes"を生み出すこと で言葉が思想、感情と結合し,単なる学習された言語知識とは異なり,言葉がその個人にとって「真 の実用性Jを持つ言葉となる(縫部,1999: 50・51)。

さらに,人間性教育では,学習者が内発的に学習に動機づけられるには学習対象(第二言語教 育の場合は目標言語)と自己の結びつきを意識すること一学習対象に情意的に関わること

(affective loadings)ーが重要であるとされる。 Meaningnodes"は学習対象と個人的な意味の世 界とのギャップの橋渡しをするものである (Galyean,1979: 122) 

r

個人化Jは内発的動機づけの ためにも有効であると位置づけられる。したがって, 目標言語の「個人化」は学習の「個人化」

でもある。

4.  r

個人化Jとインタラクション

前章でも述べたように,合流教育で開発された個人化を促す技法は,以下の 10の原則に基づい ていた (Galyean,1976:16・19)。

48 

(1)個人的意味

( p e r s o n a lm e a n i n g )

の源としての感情への気づき

( 2 )

直接的なコミュニケーション(

I‑YOU"e n c o u n t e r )  

(3) 非言語的コミュニケーションの活用

(4) 教室の「今ここ」に生きる。

(5) 肯定的で援助的な相互関係の育成

( 6 )  

自己への気づきの手段として

g u i d e di m a g e r y

を活用する。

(7) 選択し,その選択の結果を受け入れることに対する責任 (8) 投射エクササイズの活用

(9) 傾聴

(10)表現の方法としての美術,音楽,演劇,詩の活用

この 10の原則が示すように,目標言語が個人化されるためには,学習者が「今ここjの体験を 通した自己の「経験」を他者と表現し合い・傾聴し合い・フィードパックし合うインタラクショ

ンに全人的に参加することが重要であると考えられている。言いかえれば個人化

J

言語

( p e r s o n a l l a n g u a g e )

はインタラクションへの全人的な参加によって得られる。

そして,この個人化された言語が教室での言語練習と会話のベースとして用いられるため個 人化」された言葉は,自己認識,自己表現,そしてクラスの他者との結ひ、っきのための手段

( v e h i c l e )

ともなる。

5.  r

個人化』のまとめ

本項では,自己表現を通した第二言語の学習とその過程としてヒューマニスティック・アプロ ーチから提示された「個人化」概念について検討を行った。

ヒューマニスティック・アプローチの「個人化」は,先行諸研究から目標言語で自己を表現 することによって学習者の内面の思考・感情・感覚等と目標言語との間につながりを構築すると 同時に,これを通して目標言語を自己と結ひ、ついた言葉一個人的な意味を持つ言語とすること」

と定義することができる。

この「個人化Jのためのプロセスでは,個人の内面を開発することが最も重要な過程として位 置づけられる。そのためには他者との全人的インタラクションを通すことが必要であり,その全 人的インタラクションとその中での自己の体験を通して内発的言語を生起させていくための手 法・活動が重視されている。そしてこのようなプロセスを経て言語を「個人化Jすることによっ て,目標言語が自己にとって意味があり,かつ実用的言語となる。また,この「個人化」を通し て,学習者は言語学習へと内発的に動機づけられるとともに,学習者は言語化を通して自己・他 者を再認識し自己変容・自己成長へとつながる。

3

節 「専有化」概念の検討

次 に 専 有 化 (appropriation)Jについて検討を行う。前章での社会文化的アプローチの先行研 究に,他分野の研究もあわせ,改めて詳細にこの概念を検討する。

1 .   r

専有化J概念の背景

前章では,社会文化的アプローチの諸理論の内,特にパフチンの対話論を取り入れた先行研究 の検討において,第二言語を「自分なりのものとする

J

i自分の意味を表す言葉として使用する」

という「専有化Jという第二言語学習概念を抽出した。

この「専有化」とし、う語は,第二言語教育分野に限らず,他分野においても研究者によって多 様に用いられている語である18 この社会文化的アプローチの理論の内,社会文化論においても ヴィゴツキーの発達理論から派生した概念として「専有化」という用語が用いられている。また,

このパフチンの言語論とヴィゴツキーの発達理論の両方を基盤とする学習概念としても「専有化」

という概念が提示されている (Wertsch,1998)。

ヴィゴツキ一理論からの「専有化」概念は,発達心理学・文化心理学のRogoff(1990)によっ て「内化」の代替語として用いられて以降,発達心理学研究,学習論研究の間で広まっている (Brown, et  al,1993)。このヴィゴツキーの内化理論を源とする「専有化J論も,先のパフチン派 の「言語の専有化Jも,ともに学習における社会的文化的側面と個人的側面の間のインタラクシ ョンを重視する概念であるが,前者はそのインタラクションを通した個人の認知的発達のメカニ ズムとしての概念であるのに対し,後者は「現実の」インタラクションにおける使用される言語 の変化あるいは言語使用の変化とそれがもたらす個人の社会的文化的自己あるいはアイデンティ ティの変容に焦点がある。同じ「専有化J (appropriation) という用語が用いられているが,両者

は基本的には異なる理論的基盤から派生した概念だと言える。

しかし,パフチン理論とヴィゴツキー理論を統合する試みが近年盛んになされており(例えば,

Johnson,2003),自己表現と言語学習の関わりを直接説いたパフチン派の言語の専有化論にとどま らず,社会文化論派の「専有化」研究もまた併せて取り上げていくことは専有化」概念の明確 化において有用であると考える。また,前述のように,同様に社会文化的アプローチの流れにあ る発達心理学者ワーチ(1.V Wertsch)の「媒介された行為J論の中でも,ヴィゴツキーの発達理 論とパフチンの対話思想を併せた独自の意味で提示されており,このワーチの論考をもとに田島 (2003)では「習得jと「専有jという二つの学習のタイプを置く学習論を展開している。以下,

本節では,バフチン派の「専有化J論を中心に,ヴィゴツキー派およびワーチ・田島の知見も合 わ せ 専 有 化J概念の検討を行う。

2.

パフチン言語論における『専有化』

先述のように,社会文化的アプローチの諸理論の内,特にパフチンの対話論を取り入れた先行 研究の検討において,自己表現を通して第二言語を「自分なりのものとする

J

i自分の意味を表す 言葉として使用する」という「専有化」という第二言語学習観が提示されていた。

前章で述べたように,パフチンの「対話Jを軸とした言語思想では,ソシュール言語学が静的 な客体としての「言語」を研究対象にしていたのに対し,その言語の論考の単位を行為主体の意 志・目的が込められた社会的行為としての「発話J (utterance)に置いている。そして,言語がそ れを使用する発話者独自の個人的性質とともに,社会的歴史的に構築された比較的安定した性質 (スピーチ・ジャンル)も持つことを強調していた。このように言語は既に構成されたものであ

18訳語も多様である。本論で用いている「専有化Jは,もっとも広く用いられている茂呂(1997),田島(2003) のappropriationの訳である「専有」をもとに,過程としての意味を明確にするため「専有化Jとした。

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