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第 2 章 自己表現と「専有化 j としての第二言語学習

第 4 節 「専有化 J学習モデルの構築

本節では,ここまでの論考を総合し,本論における自己表現を通した第二言語学習モデルとし て「専有化

J

学習モデルを提示する。

1 .   r

個人化J と「専有化J

前章における自己表現と第二言語教育に関する先行研究の検討から,ヒューマニスティック・

アプローチの「個人イじ

J

,社会文化的アプローチのパフチン派の「専有化

J

は,ともに自己表現を 通してその言語に個人の感情や感覚,思想、や価値観を付加することで第二言語を「自分自身の言

葉にする

J r

個人的な意味をもっ言葉にする

J

ことを指していた。この両概念の明確化を目的に,

2

節では各概念の検討を行った。

ヒューマニスティック・アプローチの「個人化」は,感情から思想・思考へ,思想・思考から 言語へ,さらに言語から言語活動へ,という一連の流れ(コミュニケーション)とつながりがあ るとする言語観(縫部,

1 9 9 9 :  4 5 )

をもとに,この自己の体験と言語の使用を結合するコミュニケ ーションにおいて言語を「個人的人格的特殊的

J(縫部, 1 9 9 9 :  4 6 )

に使用していくことを通して,

言語に個人的

( p e r s o n a

l)な感情・価値が負荷され

( a f f e c t i v el o a d i n g s )

, 

r

自己の内的世界に生起 するヒト的

( p e r s o n a

l)意味J(維部,

1 9 9 9 :  2 7 )

を持つ「個人的言語

( p e r s o n a l l a n g u a g e ) Jとして

の性質を有するようになる (縫部,

1 9 9 9 :2 0

1)ことを指していた。このためには,学習者は内面 を開発し,感情・感覚や価値に気づくようなインタラクシヨンに参加することが必要とされる。

まず,身体・感覚・言語を含むインタラクションを体験し,そのインタラクションの中で個人の 中に感情・感覚を伴って言語が内発する(内発言語:

l a n g u a g e

omWl

i n " )

。このとき,その感 情や思考を伝える媒介となる言語は外部から一例えば教師やテキスト,教材から一 「正しい 形式Jが与えられ,それを用いることで,個人化された言語が伝達される。このようにして得ら れた「個人化j された言語は,そうでない言語と異なり真の実用性」のある言語となる。

一方,社会文化的アプローチの「専有化」は,同様にインタラクションを前提としているが,

言語の他者性・二重性をその重要な概念基盤としている。「自分なりの意味」一思想、や感情など をともなった,

V i t a n o v a   ( 2 0 0 5 )

の表現では「感情的一意志的トーン」ーは,以前から表現主体 が有していたものか,インタラクションの中で自然に生起するものである。対話的インタラクシ ョンの中で,環境や文脈,他者の発話からことばを能動的に選択・吟味していったん取り入れ,

それを自分の表わしたいことを表すために変形・意味の付加・再構築を行う。このためには,イ ンタラクションに能動的・主体的に参加し,特に他者の発話を能動的に了解していくことが専有 化するためにまず必要となる。さらに,前項で示した「専有化J概念では,このように個人のも のとされた言語は,インタラクション,あるいは実践共同体に混乱・抵抗・葛藤を招くため,そ こで意味の交渉・再交渉が行われ,言語はさらに変容してし、く。そして,この「専有化」過程の スパイラルな反復によって,個人と共同体に発達が起こる。

2.

両概念の共通点・相違点

両概念は,言語に個人の欲求や感情・感覚,思想や価値観を付加することで言語が「自分自身 の言葉J

r

個人的な意味をもっ言葉」になるとする点で共通している。また,言語には表現主体の 感情・思想、等,その語の辞書的意味をこえた主観的意味が含まれることを認めている点で,共通

した言語観に立っていると言える。

次 に , 両 者 と も に 傾 聴Jあるいは「能動的了解」を重視する対話的なインタラクションをそ の生起の前提としている。他者との対話的インクラクションの中で言語は「自分自身の言葉」と して理解・学習される。「専有化」では,知識伝達・積み上げ型の学習とは異なる「理解」が可能 になると考えられている。

しかし個人化」では,外言化の前の段階として,個人内に感情・感覚が生起し,内言化され る(すなわち「経験」となる)過程をコミュニケーシヨンとして捉え,このような内的なコミュ ニケーションを促進させるのが他者との対話的インタラクションである。このインタラクション を通して,言語は内発する。したがって,学習者の内面に働きかけ,内言の形成を促進するイン タラクションがヒューマニスティック・アプローチの最も重要な要素であり,この過程を経るこ とで初めて「内発的言語」を得ることができるのであるから個人化jにとって不可欠な要素で ある。この過程を経ることで,内面的に深い経験がなされーすなわち,内言の形成が促進され一,

言語に付加すべき「意味」が生じ

r

個人化」が可能になる。

一方,社会文化的アプローチの「専有化」ではインタラクション(対話)は他者との相互行為 の中で、言葉を作っていく過程そのものである。他者と自己を表現し合う社会的相互行為の文脈の 中で言語の専有化は生起する。「専有化」では,個人の内的コミュニケーション,あるいは内言形

6 0  

成の促進を直接の目的とした教育の方法・技法は取り入れられていない。

この両者の違いを簡潔に表現すれば個人化」が内言形成という個人内のプロセスを特に重視 する学習概念であるのに対し,

r

専有化jは社会的平面での相互行為に重点をおく学習概念である

と言えるだろう。

もう一つの両者の重要な相違は個人化」あるいは「専有化

J

される言語の捉え方にある。

「個人化」学習では,表現に用いる目標言語(語や表現文型)は教師や教材から「正ししリ言 語形式が与えられ,学習者はそれに個人的な意味をもった内容を「入れる

J

(代入する)。これは,

正しい言語形式を用いることが,他者に伝える上で重要であるとの言語観・言語コミュニケーシ ョン観に拠っている。「個人化」では,目標言語は規範的で変形されないものであり,目標言語社 会・文化の規範からの「正しさ

J

が重視される。

一方専有化」では,専有化する目標言語は,学習者自身がインタラクシヨンあるいはその環 境の中から自分で吟味し・選択して取り入れる。また,取り入れた後それを自分の意図に沿うよ う,かつ他者に理解されるよう変形・再編成する。さらにそれが再びインタラクションの場に投 入されると,他者との間で意味の再交渉がなされる。「専有化

J

では,目標言語は目標言語社会の 規範には必ずしも従わず,目標言語自体がインクラクションの場,社会的活動実践の中で協働的

に再構築されていくものと捉えられている。

3.  r

専有化』への『個人化』の融合

以上の「個人化」と「専有化」に関する検討から,第

1

節で示した本論の言語観・言語学習観 と照合し,社会文化的アプローチの「専有化」概念に「個人化

J

を融合していくことを試みる。

上述のように,言語の主観的意味の承認と重視という点で「個人化」と「専有化」は一致して いる。また,その学習プロセスにおける対話的インタラクションの重視という点でも共通してい た 。 し か し 個 人 化jと「専有化

J

ではこのインタラクションの位置付けにおいて,前者が内的 コミュニケーションを促進するもの,すなわち内言の形成を促進するものとして重視しているの に対し,後者では言語の専有化の起こる場として他者との社会的インタラクションが重視されて いた。

前章の細川 (2002)ではことば」を内言と外言からなるとし,両者の往還を言語学習として 捉えていた。インタラクションを通した言語の主観的理解と形成をその学習概念の軸とする両概 念は,ともにこの往還を内包した概念である。しかし,個人化はこの往還の内,特に内言の形成 (内的コミュニケーション)に焦点をあてる概念であり,専有化は外言の協働的な形成過程(社 会的コミュニケーション)を焦点とする概念であると捉えられる。また,前者が自己表現を通し た言語学習における個人内の過程を説明するものであるのに対し,後者は個人間の過程を特に説 明するものであるとも位置づけられる。

つまり,両概念は,インタラクシヨンを通した言語の主観的理解と形成という学習過程のうち,

それぞれ異なる部分に特に焦点を当てた概念であり,このことから,両者は相互補完的な関係に あると言える。したがって,両概念を統合することで,自己表現を通した言語学習を説明する一 つのモデ、ルをなすものとして位置づけることができると考える。本研究は社会文化的アプローチ の視座から教育実践を捉えていこうとするものであるから,実践の場である教室インタラクシヨ ンを研究の中心に据える「専有化

J

概念に「個人化

J

概念を統合していく形をとり,これをあら ためて「専有化J学習モデルとして提示する。この自己表現による第二言語学習の過程である「専 有化

J

学習過程を下図に示す。

~ー園、

/可

エクササイズ 個人化技法

教室

1

教室

1' 

学習者A'

図2.5本論における「専有化」学習

第二言語教室において,参加者間の相互関係と教師の個人化技法やエクササイズを用いた働き かけによって,全人的で対話的なインタラクションが形成されてし、く。ここで全人的とは,参加 者が言語・認知だけでなく身体・感情・感覚的なものも含めた存在として参加しているというこ とであり,また,対話的とは,一方的で、解釈の多様性を許さない伝達ではなく,相互交渉的で,

聞き手もまた表現主体として能動的了解を行う,多様な解釈が可能なインタラクションを指す。

このようなインタラクションによって,表現主体である学習者の内面が開拓され,内言の形成が 促進される(内的コミュニケーション)。こうして形成された内言がインタラクションの中へと外 言化される(自己表現)。この表現過程では,自分の表現しようとすることを表現するための言語 が自分の既有知識や教師や辞書などの提示する言語知識,特にインタラクションでの他者の発話 から選択・吟味して取り入れらる。そして,それらをインタラクションの他者と文脈を考慮、しな がら,自分の表現意図を表す言語として意味を付与し・変形していく(狭義の「専有化J)。こう

して「専有化Jされた「自分の言語」は,再びインタラクションの場へ投入され,そこで意味の 再交渉が行われる。

この過程で実践共同体としての教室の変容・発達が起こるとともに教室の文化も再形成されて し、く。一方で,個人は言語の概念化を進め,さらに個人はこの概念化された言語を他の文脈にお いて用いていく。この過程を通して個人は認知的そして人間的に発達する。なお,以上の過程で は,その専有化されるもの・専有化の方法ともに,個人によって,また一個人の中でも多様で多 方向的に起こる。

本論では,このような「表現主体である学習者が,インタラクションを通して,自分の表現し ようとすることを表現するための言葉を既有知識や他者の発話などから吟味・選択・交渉し,自 分を表す言葉として意味を付与・変形していく

J第二言語学習過程をあらためて「専有化」学習

とし、う用語を用いて表すこととする。

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