• 検索結果がありません。

本研究のまとめ及び意義と課題

第 5 章 結 論

第 2 節 本研究のまとめ及び意義と課題

.本研究のまとめ

本研究では,第二言語教育に自己表現を取り入れていくことの意義として,専有化としての言 語学習と自己・他者の再認識を経た自己変容・成長という

2

点があることを示した。

はじめに前者について,自己表現を通すことによって,インタラクションの中で言語を吟味・

選択・交渉し,言語に自分の個人的な意味・感情・意志を付加し,これによって第二言語を「自 分の言語」としていく「専有化」としての言語学習過程が,理論研究・実践研究の双方から認め られた。そしてこの過程を通して 2点目の意義である自己・他者の再認識とこれを通した自己 変容・成長の可能性が示された。

この自己表現とそれを通した言語の専有化学習のためには,特に学習者自身の自己開示・表現・

相互行為への能動性,教師の能動的了解に基づく言語支援と内的コミュニケーションの支援,相 互尊重を基盤とする人間関係(教室環境),自己表現・学習者の能動性・内的コミュニケーション の活性化を意図・目的とした活動,及びこれらが有効に作用し合うことを可能にする教室ダイナ

ミズムの形成と活用が鍵となる。

2.

本研究の意義と課題

本研究の意義は以下の点にある。

(1)  第二言語学習に自己表現を取り入れることの有効性について,諸研究を統合し,

r

専有化」

という一つのモデルとして提示した。

(2)  自己表現を主軸とした教育実践における言語学習の様相と学習を促進する要因を微視的 分析により明らかにした。

(3)  自己表現を主軸とした第二言語教育における自己・他者認識とその変容を通した自己成長 の可能性を示した。

(4)  自己表現を主軸とした第二言語教育の方法と実践への指針を提示した。

一方,本研究の課題として,以下の点が指摘される。

(1)  本研究では,専有化学習のモデルのうち,教室インタラクションに見られる言語の選択・

吟味・交渉段階までを研究・分析の対象とした。自己表現を主軸とした第二言語学習・教育 の言語習得への有効性を示すためには,専有化過程のモデルで示された個人の認知的発達

(概念的発達

( L a n t o l f

2 0 0 7 )

)についての研究も行っていくことが必要であると考える。

(2)  自己表現を第二言語教育に取り入れていくことの意義として,先行研究においても,そし て本論第3章での論考においても,自己の成長,特に異文化における自己成長への効果が期 待されている。しかし,この点については本研究では十分に明らかにできなかった。長期的 な実践を通した,この点に焦点を当てたより詳細な研究が求められると同時に,その様な長 期実践のための活動・実践デザインの研究も求められる。

(3)  本研究の実践分析は,一事例の分析に基づくものである。特に,自己表現の扱う領域一思 考を重視するか,情意的内容を重視するかーによって異なる学習・教育となる可能性も示 されており,今後実践研究を継続し,自己表現中心の第二言語学習・教育について,さらに 研究を推し進めていくことが求められる。また,この研究過程においては,他の研究・実践 者との共同が求められる。

1 9 4  

結 語

あらためて,第二言語, 日本語を学ぶとはどういうことなのだろうか。

本論では,これに対し,第二言語で表現し合うことが第二言語を学んでし、く過程であるとする 考えのもとに,その理論と学習の解明に取り組んできた。第二言語で表現し合うということは,

相互作用の中で,表現する自分,そして表現しようとする周囲の人・もの・ことを自分がどう捉 えているのかを,母語と第二言語の間で間い直し,確認し,捉え直し,時に新たに創り出すこと である。また,それは同時に,第二言語自体を聞い直し,捉え直し,自分なりの意味を創り出し,

自分のもの,すなわち自分を表現するための言語としていくことでもある。

第二言語で表現することを通してなされる第二言語学習が,このように自分,自分と他者・周 囲の関係を聞い直し,作りかえてし、く力を持つことは,母語環境から第二言語環境へと移動し,

その文化・社会の下で生きていこうとする第二言語学習者にとって特に重要である。異文化関心 理学の立場から井上 (2001)は留学生を見る視点Jとして,第二言語環境で生活する留学生を (1)学習主体, (2)発達主体, (3)青年, (4)文化的存在, (5)人生移行期, (6)大学・地域という コミュニティの一員, (7)社会階層の一員, (8)対人関係の一員・主体,という

8

つの視点を提示 している(井上,2001:9・19)。従来の第二言語学習・教育研究では,学習者を(1)学習主体として のみ捉えがちで、あった。しかし学習者」は,教室にいるときも,教室外で第二言語で他者と関 係を取り結ぼうとするそのときも,常にこれら諸側面を統合した一個の人間として存在している。

彼らは,そのような一個の人間として,異なる社会・文化のもとで自分なりの「第三の場所」を 見出し,築いていこうと模索しているのである。第二言語で表現し合うことを通して自分,自分 と他者・周囲の関係を問い直し,作りかえていく力を酒養すること,そして,この学習の過程で 自分のものとして第二言語を専有化していくことは,学習者の「第三の場所」の構築を助ける力 となるものである。

この課題に対して,本研究が成し得たことは驚くほど小さく,また暖昧である。教師としての 筆者の実践もこのような理想にはいまだほど遠いことを告白しなければならない。しかし,この 研究が踏み石となって,より明確な理論と,もう少し理想に近い実践への足掛かりとなればと思 う。この拙い研究の背後には,筆者が今までにめぐり逢った・そしていま目の前にいる,たくさ んの「学習者」という友人たちとたくさんの「同僚」という友人たちが立っている。いつか彼ら に自信をもって贈ることのできるような成果を求めて,私自身の模索を続けていきたい。

参考文献

阿久津仁史 (2005)

r

級友からの英語によるポジティヴなフィードパックの自己受容に及ぼす影 響

J

(修士論文抄録私信).

尼ヶ崎彬(1990)Wことばと身体』勤草書房.

石田孝子・森泉朋子・斉木ゆかり・林伸一(1995)

r

グループで学ぶ日本語⑮時間を構成する J アルク『月刊日本語~ 1995年9月号 (93号) pp.74・75.

伊藤美加 (2000)

r

自己関連的情報処理における気分一致効果一自伝想起課題における検討一

J W

心 理学研究』第71巻第4号,pp. 281・288

井上孝代 (2001)

W

留学生の異文化問心理学』 玉川大学出版部.

井上隆二(1995)

r

関与に関する一考察

J

W立正大学人文科学研究所年報~ pp. 30・42.

宇都宮裕章 (2006)W教育言語学論考一文法論へのアンチテーゼと意味創りの教育一』風間書房.

榎本博明(1997)W自己開示の心理学的研究』北大路書房.

岡田弘 (2000)

r

エンカウンターのよしあしとは一 決め手はリーダーの自己開示とスキル

J

園分 康孝・圏分久子・片野智治・岡田弘・加勇田修士・吉田隆江編著『エンカウンターとは何か一 教師が学校で生かすために-~図書文化社 pp. 55・86.

岡村達也(2007)Wカウンセリングの条件クライアント中心療法の立場から』日本評論社.

カーカフ, R. R.著圏分康孝訳 (1992)Wへルヒ。ングの心理学』講談社.

ガーゲン,K. 

J .

著 東 村 知 子 訳(2004)Wあなたへの社会構成主義』ナカニシヤ出版.

蒲谷宏・川口義一・坂本悪 (2006)W敬語表現』大修館書庄.

川口義一 (2005)

r

表 現 教 育 へ の 道 程 一 「語る表現」はいかにして生まれたか‑

W講座日本 語教育』第41分冊早稲田大学日本語研究教育センター pp.1・17.

川口義一 (2007)

r

表現」のための初扱指導一「文法Jも「機能」も,そして「インタラクション」も‑J

W 2 0 0 7

年度実践研究フォーラム予稿集』

菊岡由夏 (2004)

r

第二言語の教室における相互行為一 favoritephraseの使いまわじ'とし、う現象 を通して一

J

W 日本語教育~ 122号 pp.32‑41.

木田真理・小王安恵 (2001)

r

上級日本語学習者の口頭ナラティブ能力の分析一雑談の場での経験 談の談話指導に向けて一

J W

日本語国際センター紀要』 第H号 pp.31・49.

国分久子 (2000)

r

なぜ今エンカウンターか」国分康孝他編『エンカウンターとは何か』 図書文 イ

七 pp.1354.

国分康孝 (1981)Wエンカウンター』誠信書房.

園分康孝編(1990)

W

カウンセリング辞典』誠信書房.

園分康孝編 (2000)W続構成的グ、ループエンカウンター』 誠信書房.

園分康孝・大友秀人 (2001)W授業に生かすカウンセリング』誠信書房.

佐々木倫子・砂川裕一・門倉正美・細川英雄・川上郁雄・牲川波都季編 (2007)W変貌する言語教 育一多言語・多文化社会のリテラシーとは何か一』くろしお出版.

定延利之 (2000)W認知言語論』大修館書庖.

塩谷奈緒子 (2008)W教室文化と日本語教育学習者と作る対話の教室と教師の役割』明石書庖.

菅村玄二 (2003)

r

カウンセリングの条件再考一構成主義によるクライエント中心療法の再解釈 を通して

J

W 心理学評論~ 46巻 pp.233・248.

菅村玄二 (2004)

r

構成主義からみたクライエント中心療法ー構成主義四学派との比較を通して

‑ J

村瀬孝雄・キ捕嘉代子編著『ロジャーズクライエント中心療法の現在』日本評論社 pp. 203221.

田島信元 (2003)W共同行為としての学習・発達』金子書房.

時枝誠記(1941,2007)W国語学原論』上・下岩波書庖

中尾敬・宮谷真人 (2004a)

r

記憶促進に有効な教示の組み合わせに関する検討J

W

広島大学心理学 研究』第4号 pp.11・17.

中尾敬・宮谷真人 (2004b)

r

自己参照過程の効率性は感情価による記憶の統合によりもたらされ 196