• 検索結果がありません。

本章では,自己表現を通した第二言語学習・教育の可能性について実践から検討することを目 的に

4

つの自己表現活動実践を対象に教室相互行為の中での自己表現及びそれを通した専有化

としての言語学習の生起・促進過程の記述・分析を行ってきた。本節では各活動分析を総合し,

考察を行う。

1 .活動実践の概略

各節では,理論編で提示した自己開示的日本語表現活動デザインをもとに,カラーワークを用 いた活動(活動名「カラーワーク

J J  ) 

,自己理解を目的とし,身体を用いた活動(活動名「人生時 計

J )

,自己投射法を用いた活動(活動名「例える

J )

r

相談」形態を用いた活動(活動名「悩みご

と相談J)の

4

つの活動を実践し,その分析を行つ た。

1.1  第

1

回『カラーワーク』

4回の実践のうち初回に行った「カラーワークJは,参加者が自分の気持・感情や考えている こと,体験など,自由に絵で表現し,その後これを他の参加者に日本語で表現する教室活動であ る。この活動は言語による自己表現とともに描画という非言語的手段を併用する点を特徴とする。

本実践では,コーヒーカップの下絵に「今の気持ち」をテーマに描画し,これを全体の前で説 明する活動形態を採用した。本活動において,学習者は多様な自己表現・学習過程を示していた。

本活動を通した言語使用には,既有知識や他者の言葉を積極的に用い,吟味してし、く専有化過程 を示す学習者がいた一方で、,本来の日本語レベルをはるかに下回る表現しかしなかった学習者も いた。そこには,本活動の特性,教師の意図,そして学習者の性格特性や言語学習に対するビリ ーフが作用していた。また,当該相互行為外の文脈が重要な役割を果たしていた。活動は教室を 構成する学習者・教師・活動自体・文脈との相互作用により,学習者ごとに異なる学習を生みだ していたと言える。活動実践とその分析から,本活動における自己表現過程と専有化について,

以下の点が示唆された。

(1)学習者の表現主体としての,また専有化学習主体としての能動性が自己表現とそれを通した 言語の専有化学習において重要である。

(2) 教師の能動的了解が有効な言語支援のために必要である。この能動的了解のためには,学習 者の能動的な自己表現とともに,当該相互行為外,当該授業外の学習者と教師の関係にもと づく共有基盤が重要な役割を果たす。

(3) 一方で,教師の能動的了解が過度に積極的な表現補充として表れると,学習者の表現主体と しての立場を危うくし,自己表現・専有化を阻害する恐れもある。また,共有基盤の存在が 逆に言語がなくとも了解することを可能にし,やはり自己表現・専有化の促進を阻害する場 合も考えられる。

(4) 表現される話題もまた,自己表現と専有化学習にプラス・マイナス双方の影響を与える。

1.2 第 2回「人生時計

J

2

回目に実施した「人生時計」は,一日の内,自分が一番大事だと思う時間を選択し,その理 由を開示・表現する活動であるが,時間選択において床に大きく書かれた時計の図の上を実際に 身体を動かし移動し,また他者との物理的距離感を体験する。

本実践の計画段階では,自分が日本で一番大切に思う時間と中国で一番大切だと思う時間を比 較し,自己理解につなげるとともにそれを表現していくことを主眼としていたが,実際の授業で

は表現時間を制限する時間構成法を用いた。これは,実施機関から与えられた時間的制約ととも に,先行研究で自己理解と言語表現の明確化に有効として推奨されている手法でもあった。しか しこの制限時間を設けタスク化した表現場面では,表現を構築していく相互行為が制約され,分 析対象である相互行為と通した自己表現の場とならなかった。本分析では,身体を動かしていろ いろな時間を選択する中で互いに選択理由を聞きあった活動前半部分を分析対象とした。

まず,活動実践における相互行為と言語使用の特質として以下の

2

点があげられた。

(1)相互行為の組織化の多様性・流動性 (2) 冗談としての即興的で短い発話の多用

(1)については,学習者の能動性,教師の目的意識,時間的制約などの多様な要因の相互関与 によって相互行為の組織化に多様性と流動性が生み出されていた。その中で特に,①学習者の能 動的な働きかけが他の学習者の能動性につながること,②教師の目的意識が学習者への対応に影 響していたことが指摘された。前者について,発話態度だけではなく,表現内容についても,自 己を開示し表現する能動性が,他の学習者の自己開示・自己表現への能動性へとつながる場面が 観察された。また,後者については,教師の指導意図の異なりから,活動が学習者によって異な

るタスクとして実現されていた。

(2)について,即興的な短い発話の活発なやり取りの反面,表現を吟味・交渉していくという 過程はほとんど観察されなかった。しかし,短い発話で発話順番を遂行できることで,日本語表 現への能動性の低いユウには逆に参加・表現への能動性にプラスに作用していた。

1.3 第

3

回「自己投射(例える)J

第3回「例えるJは,自己を色や図形等に投射し,その理由を他者に対し開示・表現すること で,自己認識・他者認識の深まりを促すことを目的とした活動である。

本実践では,自己を色,図形,物,動物の 4つに例える活動とし,全体発表形式をとった。

実践分析の結果,以下の点が指摘された。

まず,学習者の表現・学習過程はそれぞれ異なるが,本活動実践では,まず表現者の能動性が,

聞き手側の支援を可能にしていたことが指摘された。また,上級学習者では教師との相互行為を 通した協働的な自己表現と自己表現内容の構築が見られた。ただし,上級学習者であっても,自 己開示度の高い場合に観察された。反対に,日本語能力の低い学習者では,能動性が見られても 相互行為を生かした形態での協働的な自己表現と専有化は見られなかった。

一方カラーワーク」実践との比較から,相互行為を通した自己表現とそれを通した専有化学 習の生起・促進については,先に指摘された学習者の能動性と支援者の能動的了解という要素だ けではなく,活動によって決定される(されやすし、)自己表現の話題の特性が,いわば「共有知 識基盤活性型」か「言語表現依存型」かという支援の方法に影響し,そこに学習者の日本語能力

もまた関わってくることが指摘された。

以上の本活動「例える」の分析から,本活動における自己表現と専有化について次の点が示唆 された。

(1)学習者の表現行為に対する能動性が言語表現支援にとって重要である。

(2) 本活動実践では,学習者の表現をめぐり活発な相互行為が見られた。しかし,相互行為を通 した協働構築的な自己表現と専有化は,日本語能力上位者で自己開示度の高い場合に観察さ れた。

(3) 本活動は学習者の独自の表現内容を生みだし,それは話し手一聞き手間の共有基盤より言語 表現に依存する支援の型に結びついていた。

178 

1.

4

回『相談(よろず悩み事相談所)J

最終回に実施した「なやみ相談」は,互いに悩みを開示し,アドバイスを行う活動である。本 実践では,学習者が順に悩みを言い,それに対して他の学習者がアド、パイスをするという形態で 実施した。本分析では,教室インクラクション過程の特質を明らかにするとともに学習者の自己 表現と専有学習の過程を検証した。

その結果,本活動実践では,冗談を中心とした発話が優勢で,自己を開示し・表現する場面が ほとんど観察されなかった。言語授業の中で「悩み」というテーマを取り上げることに学習者の 聞に戸惑い・ためらいが見られ,冗談としての談話が中心となった。また,一つ一つの発話が即 興的で短く,言葉を吟味・交渉する過程が見られず,専有化学習という観点からは問題点として 指摘される。

一方,その中にあっても真剣に自分の悩みを開示した学習者の相談場面では,教室の雰囲気が 変化し,他の学習者も自己の経験や考えを開示・表現していった。一人の学習者の能動性が他の 学習者に及ぼす力,教室のもつダイナミズムが示されるとともに,それが教室での自己表現を通

した言語学習に影響を与えることが示唆された。

2.

考察:実践における自己表現と専有化学習

第 1節で述べたように,本論は,教室における学習過程を,学習者・教師・活動・文脈の相互 作用から社会的に構築されていくものとして捉えた。 4つの活動実践分析からは,これら各要素 について,活動における自己表現及び専有化の生起・促進に関係する事項として次の点が示され

7

(1)学習者の自己表現主体としての能動性

(2) 支援者(教師)の能動的了解と「高度な補充

J

(了解企投) (3) 活動の形態とそれが扱う(と予想される)自己表現の話題の特性

この内,学習者の自己表現主体としての能動性は,いずれの活動実践においても自己表現を通 した言語学習の最も前提となる要素であった。自己表現への能動性がなければ,たとえテストで の日本語能力・知識があっても,自己表現は成立しえない。従って,専有化も生起しない。

本実践で専有化の過程が多く認められたギョウは,インタビューで次のように表現への能動性 を語っていた。

筆 者 :中国語だったら,もっとたくさん表現できるのにっていうことはあった?

ギヨウ:はい.中国語だったら,たぶん,同じ形じゃなくて,いろいろの形で,自分の言いたいこ とが話せる.

筆 者 :日本語だから,簡単な表現になる?

ギョウ:ちょっと,つまらないの感じ.

筆 者 :自分でも?

ギョウ:はい.また,同じ形が出てくる.

筆 者 :ほんとは違う表現を使いたかつだけど,同じになっちゃう?

ギヨウ:はい.

このインタビューで、の応答から,ギョウが意識的にいろいろな表現を使おうとしていたことが うかがえる。また特にギョウの積極的な表現の試みは感情・思いの表現において表れていた。こ のような表現への能動性が専有化において重要な要因となっていることが示唆される。

さらに,学習者の表現行為への能動性がなければ,支援者の支援も成立が難しいことを,分析 は示していた。この点については,教師と学習者との関係だけではなく,学習者と学習者の間の