第二章 『余は如何にして』の分析
第一節 自伝解体のための準備
なりし乎』における内村鑑三」『紀要』(23)、2007年。藤原正彦「内村鑑三『余は如何にして基督信徒 となりし乎』」『文芸春秋』11月号文藝春秋、2008年。佐伯彰一『日本人の自伝』講談社、1974年。
内村鑑三 [ほか] 著『日本人の自伝』(3)平凡社、1981年。鹿野政直編『日本人の自伝300選』別巻
(2)平凡社、1982年。
283 『柏木義円集』(2)未来社、1972年、261頁。
284 「経験:我々は作品について学校や大学校で勉強する、我々はこのようなタイプの書物を専門書店で 探し、我々は日常の会話の中で文学の作者を引用するのに慣れている」Tzvetan Todorov, Les Genres du Discours, Paris: Éditions du Seuil, 1978, p. 14.トドロフの「経験」と「慣れ」という定義を佐々木健一の理 論で説明すれば次のようである。ある日、彼は自分が教える生徒たちに音楽を聞かせ、その感想を聞 いた。感想には「タイトルを知らないと不安になる」、「作者との一致を確認したい」などが書いてい た。(佐々木健一『タイトルの魔力』中央公論新社、2001年、5頁)筆者がその中で注目したのは「そ の作者との一致を『確認したい』というのは、自分の観賞体験が「間違っていない」という安心を得た いからに相違いない」ことである。(同書、6頁)佐々木健一が述べた「安心を得たい」という表現は バルトの「安定的感じ(sentiment de sécurié)」であり、(Roland Barthes, Critique, p. 19.)トドロフの「appris à l` école」がその安心を与えるのであると筆者は考える。バルトはそれについて次のように述べてい る。「我らがある作者に抱いたイメージによってその作者を確認することと同じである。本当に同語反 復である」Roland Barthes, Critique, p. 19.
『余は如何にして』の作者として定着した内村は神話化作業によって創出された、教祖像 である。本分析では、R・バルトの「作者の死(La mort de l`auteur)」285また、M・フーコー の「作者の失踪(L`effacement de l`auteur)」286という概念が必要とされる。記述者たちや研 究者たちは「まず何よりも作者の伝記、実生活上のあらゆる細部を掘り出すことに必死にな り、作品の言葉の意味は、伝記的事実に還元されて」287いたからである。R・バルトは次の ように指摘している。
文化の流れの中で見られる文学のイメージは、作者と、人格、歴史、趣味、情熱に圧 倒的に集中されている。批評家たちは、相変わらず、大抵の場合、ボードレールの作 品は人間ボードレールの失敗からのことであり、ファン・ゴッホの作品は彼の狂気か らであると…と言うことによって成り立っている。作品の説明はいつもその人側か ら模索される。288
本研究では、作者の意図や歴史的な作者、作品と作者の関係といった概念は、テクスト分 析の妨げとなるとして、退ける。「作者の生涯(Vie de l`auteur)」、「ジャンルの規則(lois du
genre)」、「歴史(historie)」という研究基盤は、長らく、テクスト分析の「客観性(objectivité)」
に太鼓判を押す判断基準であった 289。これら三つの条件を満たさない研究、論文などは客 観性を欠いていると評価されてしまう。だが、このような安全を確保するための理論は、客 観性を希求する学者たちの妄想である。上記の三条件は定着した前提を意味し、その前提を 確認することで研究内容の安全性(つまり、客観性)が保障される。内村研究においても三 条件の充足は、神話化作業の記述への追従を意味する。
テクスト解釈への取り組み方は二つに分けられる。文学解釈と文学解説である 290。前者 は作者には関心を示さず、後者は作者の意図を探る。筆者は文学解釈の支持者である。『余 は如何にして』を資料とする既存の諸研究は、テクストの分析ではなく、内容の解説であり、
その立場は文学解説に該当すると言える 291。どちらの立場に立つかによって、客観性の定
285 Barthes, Le bruissement, p. 61.
286 Foucault, Dits et écrits, p. 817.
287 武田悠一『読むことの可能性』彩流社、2017年、96頁。
288 Barthes, Le bruissement, p. 62.
289 Barthes, Critique, p. 17.
290 Ibid., p. 49.
291 このような解釈の立場は文学ジャンル分析に限られることではない。佐々木健一は美術解釈にも「教 養派」、「番美派」という二つの系統があると主張している。(佐々木健一『タイトルの魔力』中央公論 新社、2001年、3頁)「教養派」とは、絵を鑑賞する前に、画家の名前、その記述などを頭に入れて絵 を鑑賞する者で、「番美派」とは、ただ絵を鑑賞し、次の絵を鑑賞する者である。この場合、ある作品 に書かれている作者名とは「コード」の機能をも持っていると言える。つまり、作者名とはテクスト とテクストを横断する解釈者が指示する資料を示すためのレッテルである。例えば、『完全犯罪』とい う書物を筆者が言及した場合、読者はそれが何を示しているのかに迷うであろう。つまり、加田伶太 郎、楠田匡介、小栗虫太郎のうち、筆者が言及した書物は何かという問題である。それをはっきり示 す「コード」が作者名であり、出版年である。これは資料の出処を意味することであってテクストの
義も変わる。内村研究の場合、作者探求の作業は、結局、定着した神話化作業を前提として いる。R・バルトはテクストと作品とを区別したが292、それに倣い、筆者も、固定された定 義が作用する場を「作品」、流動的なのものを「テクスト」と呼ぶ。本研究はテクストの分 析を試みるのであり、作品を対象としない。他方、内村物語の記述者たちにとっても、『余 は如何にして』は作品であった。
2-1 自伝の解体
『余は如何にして』は、解釈者の立場にしたがって様々なジャンルへと分類され得る多様 性を持つテクストである。それが可能となるのは、そのジャンルを支える第二次資料がある からである。『余は如何にして』の自伝という分類も、様々なジャンルの中から選択された ものであり、それを可能にしたのが内村物語である。また、作者像も解釈の立場にしたがっ て変化し、統一された作者像を見出すことは容易でない。統一された作者像とは最大公約数 でしかない。
『余は如何にして』は自伝という前提の解体を試みる筆者はそれをグレーの領域に置く。
R・バルトの用語を借りれば「零度(degré zéro)」化する。『余は如何にして』をグレー、あ
るいは「なまの状態」に置けば 293、テクストに関して取り組むべき作業が明確となるだろ う。本節では『余は如何にして』の前提としての自伝が、様々なジャンルの選択の結果であ ることを証明する。筆者は、『余は如何にして』を自伝に分類することが間違いであると主 張するつもりはない。それはそれなりの価値を持つからである。しかし、既存のジャンルを 解体することによって新しいジャンルが見えるのである。
2-1-1 HIBCと『余は如何にして』におけるジャンルの多様性
神話化作業から解放された『余は如何にして』をどのようなジャンルで読むことができる であろうか。ジャンルの多様性は図書館分類法にも見出せる。図書館分類法の標準はメルヴ
「父」を意味することではない。ある作品から作者の意図などを探るのが目的であるという立場とそ れではない立場、つまり、バルトとピカールの立場をCompagnonは次のように要約している。「(1)テ クストには作者の意図によって語られたこと、ピカールが言うよに、「明白し、明晰な意図」を探すこ とが必要であるし、それで十分である。これは解釈の正当性の唯一な根拠である。(2)作者の独立的 な意図は決してテクストの中で発見されない。それが解釈の正当性の根拠にはならない」Compagnon,
Le démon, p. 49.このことは、つまり、「歴史的な価値判断がまじり込んできて、それを汚す前の『なま
の状態』」(内田樹『寝ながら学べる構造主義』文藝春秋、2002年、80頁)を意味すると筆者は考える。
292 「作品は手の中から掌握されるが、テクストは言語活動の中から掌握される」Barthes, Le bruissement, p.71.
293 つまり、「歴史的な価値判断がまじり込んできて、それを汚す前の『なまの状態』」(内田樹『寝ながら 学べる構造主義』文藝春秋、2002年、80頁)を意味する。
ィル・デューイのDDC294である。NDC、KDCなどはDDCの方法を借用し、各国の状況に 合わせて再構築された図書分類法である。以下ではDDCとNDCを実例とする。
【図9】
書名 出版年 分類 内容
How I Became a Christian:
Out of my diary.
1913年 DDC 239 230
Christianity 239
Apologetics and polemics 余は如何にして基督信徒
となりし乎。
1935-38年 DDC 289 280
Christian denominations and sects 289
Other denominations and sects How I Became a Christian:
Out of my diary.
1968年 DDC 895 890
Literatures of other languages 895
Literatures of East and Southeast Asia
余はいかにしてキリスト 信徒となりしか。
2017年 NDC 198 190
キリスト教 198
各宗派、教会史
図書館は、DDCとNDCの分類法にしたがって、HIBCと『余は如何にして』を自伝には 分類せず、「組織神学」、「キリスト教」などに分類している。『余は如何にして』を「組織神 学」、「教会史」などのジャンルで読んでも構わないのである。
『余は如何にして』の教会史への分類はどのような基準に基づいているかは少し曖昧だ が、それに札幌独立教会の物語が載せられており、作者とされている内村が無教会の創始者 であるゆえに分類されているのかもしれない。あるいは、『余は如何にして』が内村の自伝 ではなく、作者による第二の身体物語であるため、そのように分類されたのかもしれない。
いずれにせよ、神話から解放された『余は如何にして』は自伝として分類されていない295。
294 Dewey Decimal Classificationの略語。
295 NDCは宗教を分類する時、『宗教年鑑』を参考している。無教会の場合は「198.99」(その他:神智教、
無教会主義)で分類されている。(小林康隆編『NDCの手引き』日本図書館協会、2017年、106頁)ま た『宗教年鑑』には無教会が収録されていない。(文化庁編『宗教年鑑』参照)NDCの個人伝記の分類 は七つで細分化されている。そのうち、(2)宗教家の個人伝記は「その宗教家が帰依した宗教の宗派・
教派・教会の分類の項目を見つけ、その記号を付与する」(同書、113頁)という基準を立てている。