第二章 『余は如何にして』の分析
第三節 文学理論による作者問題
3-1 作者の単一性批判
物語の語り手である「私」は、テクスト内で作者と異なる発言をする場合がある。特に、
三人称小説と異なり、一人称の私が書物中に表記されていない場合は、それが作者を表し、
その発言まで作者に由来すると理解される。しかし、物語中の私は、作者と異なる発言や身 振りを見せることができる306。この現象は内村文書、内村書簡、HIBCにおいても観察でき る。本節で実践するのは、自明の私と別の私の比較ではなく、テクストの作者と、テクスト 中の私の比較である。この検討は、作中の私は作者を意味するはずだ、という思い込みへの 批判である。
物語中の私と作者の発言が異なるように見えるのは、読者ないしは解釈者が、「『テクスト の著者よりも、読者である私たちの方が、より情報を持っている」との自負を持っているか らである 307。作者情報(彼の名で刊行された、作品以外の発言など)をすでに知っている 読者にとっては、作品の内容把握は容易である。だが、把握の意味は、作者の意図を正確に 捉え、作品の真偽を判断することを意味することではない。単一の作者による諸作品の中に は、一貫性と矛盾するものも多く含まれ、一貫した作者像を探るためには、読者の側での作 品の選別が必須とされる。読者は、あらかじめイメージ化された作者像(それは偏見とも言 える)を持っており、その特性に合わせて、他の作品を取捨選択してその作者像を仕上げよ うとする。こうして、単一化された作者像が構築されるのである。
物語の私とテクストの私が異なるのはそのためである。筆者も作者の存在は認める。ただ しその作者とは、テクストの「父」ではなく、テクストを生み出した機械的な存在を意味す る。その存在は、書物の誕生と同時に消滅するため、テクストを介した作者のイメージは結 局、解釈者の側の構築物であると言わざるを得ない。以下ではテクストにおける作者の単一 性を解体する。
306 橋本陽介『ナラトロジー入門』水声社、2014年、81-82頁を参照。
307 広沢絵里子「『自伝』と『自伝的』-自伝研究理論における『著者』の問題について」『明治大学教養論 集』(356)、2002年、53頁。
【図14】
作者(私)2
【作品】 A B C
(私)1 (私)1 (私)1
【資料】 A-1 B-1 C-1 A-2 B-2 C-2
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作者の単一性を生み出す構造は、内村物語にも適用できる【図14】。読者ないしは解釈者 はまず(1)ある人物像を想定し、(2)それに適合する資料を集める。次いで、(3)その資 料群から想定された人物像を作者とする。この過程を経て定着した人物像に別の資料を適 用しようとすると矛盾が発生してしまう。解釈者は A、B、C、という異なる系統の諸テク ストを一つに結集させるような万能の作者像を構築することはできない。その問題の解決 策は、作者の思想を作品に合わせて、初期、中期、後期に段階分けすることである。
しかし、一つの作者像は、A、B、C、という系統のいずれかにしか属するので、ある作者 がA、B、Cすべてのテクストを産出したとしても、解釈者はAに属する作者像をBには持 ち込めない。これはA-D群の物語と太田雄三の差でも検討できる。作者像とはテクストの 系統によって分断されてしまうのである308。
以下では、HIBCと内村の諸資料を比較検討する。本検証を通してA-D群の物語は資料 の選択によって構築されていることが明瞭となるのであろう。
(1)HIBC:
Many a case do I know of my own countrymen, who have adapted themselves to Occidental way of life and thought during such training, and come home as a stranger to re-adapt himself to his former surrounding with the utmost difficulty. Boiled rice and smashed beans do not afford him all the nutriment his newly-adapted system requires, and stings upon hard straw-mats cause synovitis and other troubles of his lower limbs.309
308 筆者のような解釈と資料選定過程をフーコーも指摘している。Foucault, Dits, p. 826を参照。
309 HIBC1971, p. 183.
内村書簡:
For a fortnight I was in a state of trance, as it were, amazed at the singular people among whom I came, and of whom, I know, I was one … I had to struggle hard to reaccomodate myself to the Japanese mode of living, and it was indeed a very trying experience.310
HIBCの「Many a case do I know of my own countrymen」の一文は、内村自身についての記 述ではなく、彼の周りの人々について語っているように見えるが、内村書簡では、同じ行動 を「I」がしている。
(2)HIBC:
March 8. - Very important day in my life. Never was the atoning power of Christ more cleary revealed to me than it is to-day.311
内村書簡:
God and Christ are very clear to me now. Though I am imperfect in every respect. I am righteousness because of Christ.312
HIBCにはアマースト大学在学時代の回心物語が載せられている。しかし、内村書簡には アマースト在学以前の回心が語られている。またHIBCにおいて回心の日とされる時期の書 簡を見ても、この重要な日への言及が見当たらない。
(3)HIBC:
Thus persuaded, I made up my mind to study Theology, but upon one important condition; and that was that I should never be licensed.313
内村書簡:
I wish to become a good intelligent clergyman.314
HIBCと内村書簡はハートフォード神学校に入学した動機について食い違っている315。
310 『UKZ』(36)、294頁。
311 HIBC1971, p. 153.
312 『UKZ』(36)、131頁。
313 HIBC1971, p. 173.
314 『UKZ』(36)、127頁。
315 このような指摘は、千葉眞もしている。Shibuya Hiroshi and Chiba Shin, Living for Jesus and Japan: the social and theological thought of Uchimura Kanzō, William B. Eerdmans Pub.Co, 2013, p. 44.
(4)HIBC:
Strong in inculcating obedience and reverence toward our superiors, the oriental precepts are not wanting in regard to our relations to our relations to our equals and inferiors.316
内村文書「東洋的社会組織」:
東洋人の道徳感念に従へば、義務てふ者は下が上に対して持つべき念にして、上から 下に対して大なる義務を有すとは、東洋倫理の教ふる処にあらず、317
HIBCと内村文書は東洋の道徳に対する評価について相反している。上掲の八つの引用文 のうち、HIBCからの引用をA系統とし、内村文書や書簡からの引用をB系統として、二つ に割いてみる。すると A 系統から独自の内村像を構築することができる【図 14】。これは
『余は如何にして』が先行して、A-1、A-2…の資料が選別されたのではなく、記述者の イメージが先行し、『余は如何にして』がA-1となったことを意味する。
同一作者の作品だとしても選定資料によって互いに矛盾が起こる。テクストを二分割す ると、作者像も二分割されてしまう。では、A系統とB系統とでは、どちらのテクストが作 者・内村の本音を表現しているのだろうか。A 系統と B系統を束ねる単一の内村像を構築 は可能だろうか。史的内村研究では、どちらの発言がより正確な内村の資料となるのだろう か。このように統一された人物像の構築は不可能である。
食い違う資料を基に、作者像を統一的に構築できるかどうかは解釈者の技量にかかって おり、構築された人物像(作者像)は、解釈者側に淵源する一つの光に照らされて視覚化さ れる。その光なしに、作者に接近することはできない。したがって、HIBC以外のテクスト に依拠すれば、また別の、新しい内村像が構築できるのである。
ある資料に基づいて内村の思想やイメージが模索されたとしても、それは人間内村の思 想ではなく、特定の資料から得られたメッセージ、あるいはイメージであると言わねばなら ない。武田悠一も同じ指摘をしている。武田はヘミングウェイの作品が読者に与える感銘に ついて、それは「ヘミングウェイという固有名が付けられたテクストを読んだあなたが作り 上げたイメージなのです。…あなたが惹かれたのは、人間としての「作者」ではなく、テク ストだということです」と述べている318。作品から得られたイメージは、「回想する現在の 姿勢如何によって、流動し得る」のである319。
作者像とは、数多の資料の中から、解釈者によって取捨選択され、意味づけられたもので ある。読者が諸作品を束ねる作者の単一性をどんなに固く信じるとしても、テクストに基づ く作者像構築の過程において、実は、その信念はたやすく裏切られてしまうである。
316 HIBC1971, p. 20.
317 『UKZ』(6)、403頁。
318 武田悠一『読むことの可能性』彩流社、2017年、69頁。
319 今関敏子「日記文学に於ける回想と虚構-『建礼門院右京大夫集』を中心に」『日本文学』(33)、1984 年、2頁。
本研究は、内村の私生活 320には関心を持たない。ただ物語の語り手が、想定された作者 を裏切る発言をする可能性があること、作品から読み取れるイメージのすべてが作者の意 図ではない、ということを確認できれば十分である。また作者の後ろ姿を追って、テクスト の中に分け入ろうとする解釈者たちには、出版物と編集者理解も必要である、と物申した い321。テクストの内容は必ずしも作者の意思や意図を反映しないのである。
3-1-1 テクスト作者の単一性批判
書物は、作者一人の手によって完成されるものではなく、編集者の手もそこに加わってい る。出版物は作者と編集者たちとの共同作業の産物である。同様に『余は如何にして』にも 編集者の手が入っている。これを検証するために、本節では、現存する内村の自筆原稿とそ の出版本とを比較する 322。ここで自筆原稿を取り上げる理由は、作品を通して作者の意図 にできるだけ近づきたいという解釈者たちの期待に最大限応えるためである。「信者と現世」
の内村の自筆原稿には次のような一文がある。
是れ イエス が茲に教へ給ふ所である。323
その刊行版では、原稿の文は次のように改変されている。
(1)1914年『聖書之研究』: 「是れ キリスト が茲に教へ給ふ所である」
(2)2001年『内村鑑三全集』: 「是れ キリスト が茲に教へ給ふ所である」324
自筆原稿では「イエス」となっている箇所が、刊行版では「キリスト」へと改変されてい る。この改変は、書物がただ一人の作者による産物ではなく編集者の手がそれに入っている ことの証拠である 325。イエスがキリストに変化したことは、意図的な編集者の手であると 筆者は考える。『内村全集』の編集者であった塚本虎二も「無敎會主義は キリスト・イエス の創の給うた基督敎が無敎會的であったことを主張する」326と表現しているからである。も ちろん、これが塚本による編集の証拠にはならない。ただし、全集の編集員も同一形式で表
320 内村の私生活に関しては、久保山次郎「内村鑑三の傳記」『基督教文化』(51)、1950年、47頁。太田雄 三『内村鑑三』研究社出版、1977年。内村美代子「内村鑑三の日常生活」『内村鑑三月報』(20)岩波 書店、1982年。
321 この理論に関しては、深井智朗『思想としての編集者』新教出版社、2011年。Wilfred L. Guerin, A Handbook of Critical Approaches to Literature, New York: Harper & Row, 1966を参照
322 HIBCの自筆原稿は現在残されていない。
323 【資料3】
324 『聖書之研究』(165)聖書之研究復刻版刊行会、1914年、4月。『UKZ』(20)、324頁。
325 さらに、この自筆原稿には、出版物と異なる用語がもう一つある。それは「鹽」である。自筆原稿の
「鹽」が、出版物では「塩」に置き換えられている。この「鹽」から「塩」への変化は文字の問題であ って、意味としては問題がないと考えられる。
326 「カトリックに対して無教会主義は斯く言う(1)」『読売新聞』、1930年9月2日、朝刊。