第 5 章 微細構造二相系リン酸カルシウム上における骨芽細胞の挙動
5.5. 考察
5.5.1. 細胞の伸展
SEM観察の結果から,緻密なリン酸カルシウムペレット上では1日目と4日目共に細胞 は良く伸展していた.特に 4 日目には細胞はペレットの表面全体を薄い膜状に覆っている 様子が観察された.第3章や第4章においてもHA緻密面上で細胞は薄く伸展していたが,
本実験もこれらの結果と一致している.また,micro-BCP上でも細胞は良く伸展していたが,
4日目の細胞密度は緻密面に比べやや低かった.これは上で述べたとおり,マイクロメート ルスケールの構造の存在により細胞の接着が物理的に制限されたためと考えられる.
nano-BCP1上では1日目と4日目で細胞の数に違いは見られなかった.これは細胞の増殖が
ナノ構造によって制限されているためだが,4日目においても生存している細胞はある程度 伸展している様子が観察された.また一方で,nano-BCP1とほぼ同じサイズの結晶で構成さ
れているnano-BCP2上において細胞の伸展はほとんど見られなかった.これはSEMから観
察される足場の粒子間隙がnano-BCP1では100 nm程度であるのに対し,nano-BCP2では500 nm 程度と広かった事が原因と考えられる(第 2 章図 2.24e-f).即ち,nano-BCP2 上では
nano-BCP1上に比べ,投影面積当たりの接着の有効面積が小さかったため,細胞の接着強度
が低かったと考えられる.そのためテンセグリティ構造(第1章A1.6.参照)である細胞は 自身の内部応力に抗うことができず,伸展できなかったと推測される.
5.5.2. 細胞接着と増殖
3種類のリン酸カルシウム緻密体ペレットdense-HA,dense-BCPおよびdense-TCP上にお いて,dense-TCPで他の2者に比べ細胞の初期接着性が向上した.また,播種から4日目の
細胞数はdense-HAに比べdense-BCPで多く,dense-TCP上ではそれよりさらに多かった.
これらの結果は,ペレット中の β-TCP 含有率が細胞の接着性,増殖性に影響を及ぼすこと を示唆している.またこれは,HAに比べβ-TCPのほうが溶解度が大きく,細胞に対するカ ルシウムイオンの供給が活発であるためと考えられる.インテグリンを経由した細胞接着 はカルシウムイオン依存であるため,カルシウムイオンは細胞の接着,伸展,運動に重要 な役割を担っていることが良く知られている[15-21].また,過去の研究においても,β-TCP は活発にカルシウムイオンを放出するため,BCP上に3T3-E1骨芽細胞を播種すると細胞は
β-TCP相の上に選択的に接着することをYasudaらが報告している[22].本研究では,水溶液
中において 3 種類の緻密体ペレット間からのカルシウムイオン溶出量に差は見られなかっ たが,Yasudaらが示唆したように細胞の接着や増殖は足場のβ-TCP相から供給されるカル シウムイオンの影響を受けたと考えられる.またKongらは平滑で純粋なHAやβ-TCPに比
べβ-TCPを50%含む足場上でTE85骨芽細胞の増殖性とALP活性が最大になることを示し
ており[6],また TanimotoらはMC3T3-E1骨芽細胞の増殖性がβ-TCPを75%含む平滑な足 場上で最大になることを示している[7].これらの先行研究はβ-TCP含有率の最適値が細胞 種によって異なることを示しており,そのため本研究の結果はこれらの先行研究と合致し
なかったと考えられる.
β-TCP を 57wt%含む dense-BCP に対し,ほぼ同じ量の 58wt%の β-TCP を含んでいる
micro-BCP上では骨芽細胞の初期接着性が向上した.micro-BCPでは数µmの粒子状結晶か
ら成る表面の微細構造の存在により dense-BCP に比べカルシウムイオン放出量が高まって いる.そのため細胞の接着活性が高まったと考えられる.しかし,micro-BCP 上では
dense-BCPに比べ,播種から4日目の細胞数が有意に低い結果となった.これはmicro-BCP
の表面がマイクロメートルスケールで多孔質であるため,細胞が接着できる面積が物理的 に制限されてしまい,最終的に到達する細胞数が低下したと考えられる.
nano-BCP1上ではdense-BCPと比べ細胞の初期接着性に有意差は見られなかったが,細胞
の増殖は観測されなかった.また nano-BCP2 上では初期接着や細胞増殖が明らかに阻害さ れた.これは5.5.1.で述べたのと同様に,SEMから観察される足場の粒子間隙がnano-BCP1
では100 nm程度であるのに対し,nano-BCP2では500 nm程度と広かったためと考えられる
(第2章図2.24e-f).またナノ構造上で細胞活性が低下した理由については第3章で示し
たとおり,足場がナノ構造化したことによりインテグリンのクラスタリングが制限され,
それにより伸展が制限されたためと考えられる.またこの阻害効果は β-TCP の溶解効果で は補償することができなかったと推測される.
5.5.3. ALP活性
播種から1日後の時点で,dense-BCPに比べ微細構造を持つBCPペレット上では骨芽細 胞のALP活性が向上することが判明した.特にmicro-BCP上においては7.4倍にまで向上
し,またnano-BCP1やnano-BCP2でも3.6~3.1倍に向上した.これもまたペレットのカル
シウムイオン溶出量と相関していると考えられる.すなわち,dense-BCPに比べ微細構造を 有するBCPペレットでは5.7~7.8倍のカルシウムイオン溶出量が観測されており,これが 細胞のALP活性を引き上げたと推察される.ただし,3種類の微細構造BCPペレットのう ち最も高いカルシウム放出量を示したのはnano-BCP1だったが,ALPはmicro-BCP上で最 大となった.第3章では,接着や増殖など細胞活性が低下するナノ構造HAペレット上にお いては ALP 活性も低下すると考察した.同様の理由で,細胞の接着や増殖が阻害された
nano-BCP1やnano-BCP2上ではmicro-BCP上ほどALP活性が向上しなかったと考えられる.
緻密体ペレット(dense-HA,dense-BCP,dense-TCP)の表面上において,骨芽細胞の接 着性や増殖性はβ-TCPの含有率が増えるほど向上したが,ALP活性は播種後1日目と4日 目の時点で有意な違いは見られなかった.このことから,細胞のALP活性はカルシウムイ オン溶出量に対し接着性や増殖性ほど鋭敏には応答しないと考えられる.
5.5.4. 接着斑
本章では細胞の伸展度合いは各リン酸カルシウムペレット上で異なったが,ナノ構造を 含む全てのペレット上において細胞が接着斑を形成している様子が観察された.しかし第3
章において骨芽細胞の接着斑はナノ構造上では確認されなかった.この差異はやはりペレ ットのカルシウムイオン放出によるものと思われる.上で述べたとおり細胞接着はカルシ ウム依存である.また Nayab らは通常のチタン基板上に比べ,カルシウムイオンを表面に 埋め込んだチタン基板上でMG-63骨肉腫細胞の接着斑形成が促進されることを報告してい る[21].本研究においてはナノ粒子から成る足場からのカルシウム溶出が活発であったため に,その表面上で細胞は接着斑を形成することができたと考えられる.
5.5.5. 足場の組成および微細構造が骨芽細胞活性におよぼす影響
緻密なHA,BCPおよびβ-TCP上で,骨芽細胞の接着性と増殖性は足場のβ-TCP含有率
が上がるほど向上することがわかった.先行研究では足場からのカルシウムイオン供給が 細胞の接着や増殖を促進することが知られている.今回の研究においては緻密なペレット 間におけるカルシウム溶出量の差異は確認されなかったが,細胞はペレットの最表面にお けるカルシウムイオン濃度に敏感に反応したと考えられる.しかしこれらのペレット上に おいては細胞のALP活性に差異は見られなかったため,ALP活性は細胞接着や増殖ほどカ ルシウムイオン濃度に対して鋭敏ではないと思われる.
第 3 章で示したのと同様に,骨芽細胞の活性は足場の地形に大きく左右された.緻密な 表面やマイクロメートルスケールの粒子で構成された足場上では細胞の接着性は良好だっ た.ただし,マイクロメートルスケールの粒子上では細胞が接着可能な面積が物理的に減 少したため,4日目の細胞数は緻密面上より少なかった.細胞のALP活性は緻密なBCP上 に比べマイクロメートルスケールのBCP粒子上で著しく向上した.これは足場の微細化に よりカルシウムイオン溶出量が大きく向上したためと考えられる.一方で,ナノスケール の粒子で構成されたBCP表面では細胞接着が阻害され,緻密面に比べ細胞の初期接着や増 殖が抑制された.しかしナノ構造BCPはマイクロメートルスケールの粒子と同様にカルシ ウム溶出量が多く,細胞のALP活性は緻密面上に比べ高まることがわかった.また,カル シウムイオン放出量の多さは細胞の接着を安定させるため,ナノ粒子上の細胞にも接着斑 の形成が確認された.これらの結果から,細胞の活性は足場の地形的な特性に影響され,
またその特性によって引き起こされるイオン溶出特性もまた細胞の活性に大きく影響する ことがわかった.