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(1)

ナノ構造を有する水酸アパタイト系材料による 細胞活性の制御

2010

年度

慶應義塾大学大学院理工学研究科

岡田伸之介

(2)

1序章...1

1.1. 背景...2

1.2. 生体材料...3

1.2.1. 生体材料とは...3

1.2.2. 材料表面における細胞活性の制御...4

1.2.3. 生体材料の表面構造の微細化...4

1.3. 水酸アパタイト...5

1.4. 生体材料としての水酸アパタイト...6

1.4.1. 骨結合性とリモデリング...6

1.4.2. 物理的手法による水酸アパタイト材料表面の微細化...7

1.4.3. 化学反応を用いた水酸アパタイトの微細化...7

1.4.4. 擬似体液法による水酸アパタイト微結晶の析出...8

1.4.5. 水酸アパタイトの微細構造が細胞に与える影響...8

1.5. その他のリン酸カルシウム系生体材料...8

1.5.1. β-リン酸三カルシウム...8

1.5.2. 水酸アパタイト/β-リン酸三カルシウム二相系リン酸カルシウム生体材料...9

1.6. 本論文の目的...9

1.7. 本論文の構成...9

Appendix ... 11

A1.1. 骨や歯の構造... 11

A1.2. 骨芽細胞,破骨細胞とリモデリング... 11

A1.3. 線維芽細胞...13

A1.4. 細胞培養...13

A1.5. 細胞接着の仕組み...15

A1.6. 細胞形態のテンセグリティモデル...17

参考文献...19

2水酸アパタイト系材料の作製と構造制御...24

2.1. 序論...25

2.2. 実験器材...26

2.2.1. 試薬...26

2.2.2. 装置...27

2.3. 水酸アパタイトペレットの作製と評価...28

2.3.1. 作製方法...28

2.3.2. 評価方法...28

2.3.3. 洗浄方法...30

(3)

2.3.3.1. 水煮法...30

2.3.3.2. 水煮-乾燥法...30

2.3.4. 結果と考察...31

2.3.4.1. ナノ構造水酸アパタイトペレットの作製...31

2.3.4.2. 反応経路...37

2.3.4.3. 水酸アパタイト焼結体...38

2.3.4.4. 擬似体液法による水酸アパタイト結晶析出...39

2.3.4.5. タンパク質吸着...39

2.3.4.6. ナノ構造水酸アパタイトペレットの洗浄...41

2.4. 二相系リン酸カルシウムペレットの作製と評価...44

2.4.1. 作製方法...44

2.4.2. 評価方法...44

2.4.3. 結果と考察...46

2.4.3.1. 微細構造二相系リン酸カルシウムペレット...46

2.4.3.2. 緻密なリン酸カルシウムペレット...50

2.4.3.3. カルシウムイオン溶出量...51

2.5. 結論...52

Appendix ...53

A2.1. 培地がナノ構造リン酸カルシウムペレットに及ぼす影響...53

A2.2. 免疫化学染色法によるタンパク質の定量...54

参考文献...55

3ナノ構造水酸アパタイト上における骨芽細胞の挙動...57

3.1. 序論...58

3.2. 実験器材...59

3.2.1. 試薬...59

3.2.2. 細胞...59

3.2.3. 装置...59

3.3. 実験手順...61

3.3.1. 水酸アパタイトペレット...61

3.3.2. 培地の作製...61

3.3.3. PBS(-)の作製...61

3.3.4. ラット骨芽細胞様細胞の作製...61

3.3.5. 水酸アパタイトペレット上への骨芽細胞の播種...62

3.3.6. MTT assay...63

3.3.7. ALP assay...63

(4)

3.3.9. 蛍光染色...64

3.3.10. アポトーシスの検出...66

3.3.11. 統計分析...67

3.4. 結果...68

3.4.1. タンパク質吸着...68

3.4.2. 初期接着と増殖...68

3.4.3. ALP活性...69

3.4.4. 細胞の形態...70

3.4.5. アクチンの細胞内分布...71

3.4.6. 接着斑の形成...73

3.4.7. アポトーシス...73

3.5. 考察...75

3.5.1. 結晶の間隙と粒子サイズが細胞に与える影響...75

3.5.2. 細胞の接着と伸展...76

3.5.3. 細胞の増殖...77

3.5.3.1. 接着斑形成の抑制による細胞死...77

3.5.3.2. 伸展の抑制による細胞増殖の抑制・細胞死...77

3.5.4. 細胞増殖とタンパク質...77

3.5.5. ALP活性...78

3.5.6. ナノ構造水酸アパタイトによる細胞活性制御の可能性...78

3.6. 結論...80

参考文献...81

4ナノ構造水酸アパタイト上における線維芽細胞の挙動...84

4.1. 序論...85

4.2. 実験器材...86

4.2.1. 試薬...86

4.2.2. 細胞...86

4.2.3. 装置...86

4.3. 実験手順...88

4.3.1. 水酸アパタイトペレット...88

4.3.2. 水酸アパタイトペレットのタンパク質吸着量測定...88

4.3.3. 培地の作製...88

4.3.4. PBS(-)の作製...88

4.3.5. 水酸アパタイトペレット上への線維芽細胞の播種...88

4.3.6. MTT assay...88

4.3.7. 凍結乾燥...88

(5)

4.3.8. 蛍光染色...88

4.3.9. アポトーシスの検出...89

4.3.10. 統計分析...89

4.4. 結果...90

4.4.1. タンパク質吸着...90

4.4.2. 接着と増殖...90

4.4.3. 細胞の形態...91

4.4.4. 接着斑...92

4.5. 考察...93

4.5.1. 細胞の伸展...93

4.5.2. 細胞接着と増殖...94

4.5.3. 骨芽細胞との比較...95

4.6. 結論...96

参考文献...97

5微細構造二相系リン酸カルシウム上における骨芽細胞の挙動...99

5.1. 序論...100

5.2. 実験器材...101

5.2.1. 試薬...101

5.2.2. 細胞...101

5.2.3. 装置...101

5.3. 実験手順...103

5.3.1. リン酸カルシウムペレット...103

5.3.2. リン酸カルシウムペレットのカルシウムイオン溶出量測定...103

5.3.3. 培地の作製...103

5.3.4. PBS(-)の作製...103

5.3.5. ラット骨芽細胞様細胞の作製...103

5.3.6. リン酸カルシウムペレット上への骨芽細胞の播種...103

5.3.7. MTT assay...104

5.3.8. ALP assay...104

5.3.9. 凍結乾燥...104

5.3.10. 蛍光染色...104

5.3.11. 統計分析...104

5.4. 結果...105

5.4.1. 初期接着と増殖...105

5.4.2. ALP活性...107

(6)

5.4.4. 接着斑... 113

5.4.5. カルシウムイオン溶出量... 113

5.5. 考察... 114

5.5.1. 細胞の伸展... 114

5.5.2. 細胞接着と増殖... 114

5.5.3. ALP活性... 115

5.5.4. 接着斑... 115

5.5.5. 足場の組成および微細構造が骨芽細胞活性におよぼす影響... 116

5.6. 結論... 117

参考文献... 118

6総括...120

6.1. 各章のまとめ...121

6.2. リン酸カルシウム微細構造が細胞に及ぼす影響...122

6.3. 今後の課題...123

6.4. 次世代生体材料の創成に向けての展望...124

本研究に関連した発表...126

謝辞...127

(7)

第 1 章

序章

(8)

1.1. 背景

近年の日本では再生医療の発達に加え,超高齢化社会に突入したことにより,再生医療 に用いられる生体と親和性の高い生体材料のニーズが急速に高まりつつある.一方で,20 世紀後半に入り動物細胞の培養技術が急速に発達したことや[1-2],1990 年に小久保らによ って開発された擬似体液(simulated body fluid, SBF)[3]といったツールが一般化したことに より,生体材料の研究は一層加速しつつある.インプラントと呼ばれる人工歯根を用いた 歯科医療技術の登場は,生体材料が活発に臨床応用され始めたひとつの象徴といえる.さ らに最近では,シート状に培養された細胞を創傷や疾患の治癒に用いる細胞シート工学も 再生医療分野において臨床応用されるようになってきている.

生体材料に用いられる材料自体は近代に入り急激に多様化してきている.生体材料が人 体に埋め込まれるようになったのは18世紀になってからだが,歯のブリッジや部分定義歯 など広義の生体材料の起源は紀元前 700 年(エリトリア)まで遡ることができる[4].ただ しその実態は近代に至るまで純金属か合金がほとんどであった.1700 年代以降に体内に埋 入され始めた生体材料も,骨折部の固定材としての鉄や銀,青銅のワイヤーであった.金 属に並ぶ生体材料として知られるセラミックスが使われ始めたのは,1820 年代に入ってか らで,歯冠用の陶材としてである.また,最初に体内に埋入されたセラミックスは石膏

(CaSO4)で,1890年代から骨補填剤として使用された.石膏は溶解性が高く細胞毒性も示 さないため骨再生に適した材料であったが,機械的強度が低かったため一般化するにはい たらなかった.現在使用されているアルミナのようなセラミックスが広く使用されるよう になったのは1960年代以降である.天然骨の主成分である水酸アパタイト(hydroxyapatite,

HA)に高い骨親和性が認められたのは1970年代に入ってからであり,それ以降骨補填材な

どとして広く利用されている.またポリマー材料が使用され始めたのも20世紀に入ってか らである.最初のポリマー材料はアクリル製のコンタクトレンズで,1930 年代にアメリカ で開発された.そして現在では注射器や血液バッグから人工肺や人工心臓弁に至るまで,

さまざまな用途で使用されている.また最近では,これらの複合体を生体材料として用い る研究や臨床応用も活発に行われている[4-5].

従来の生体材料は治療部位になじみやすいような形に加工されることはあったが,その 表面をミクロ以下のスケールで操作するといったことは行われてこなかった.しかし近年 の研究で,材料表面にミクロやナノのスケールで構造を付与することにより,その生体親 和性が大きく変化することがわかってきている.そのため,最近では研磨や混合焼成,電 気化学処理などの物理的手法やSBFを用いた化学的手法などで生体材料の表面に様々な構 造を付加し,細胞親和性を検討する研究が盛んに行われている.数十から数百µmの気孔を 有し細胞の侵入性を高めた多孔質リン酸カルシウム材料などは既に製造・販売されている.

しかし,ナノ形態が細胞の挙動に影響を及ぼす理由は,表面加工による材料表面の電荷,

親水性,タンパク質吸着量などの変化に拠るとされているが,まだはっきりと理解されて いないのが現状である.特に,骨の主成分であるHAは結晶形態の制御が難しく,材料表面

(9)

に作製できる構造は限られているため,そのナノ形態がいかにして細胞の挙動を左右する かは解明されてこなかった.本研究ではHA系材料の表面ナノ形態が細胞に与える影響につ いて検討していく.加えて,狙った細胞のみを活性化させその他の細胞の活性を抑制する ことのできる次世代の生体材料を指向し,材料表面の微細構造による細胞活性の制御の可 能性についても併せて検討する.

1.2. 生体材料

1.2.1. 生体材料とは

様々な材料のうち,生体に埋入しても異物反応を誘発せず,外科的用途や細胞担体など に利用可能なものを特に生体材料(biomaterial)という[4,6].ここでいう異物反応とは以下 のような現象を示す.

・免疫反応:材料が免疫系細胞に異物と認識され,抗体生産が起こる

・組織反応:材料による物理的・化学的ストレスにより組織に炎症が起こり,また材料全 体が肉芽組織で包み込まれ隔離される(カプセル化)

・血栓反応:血液と材料の接触により血液凝固反応が生じる

・癌化反応:材料から溶出したイオンや離脱した破片が体細胞を癌化させる

・石灰化反応:体液中のカルシウムイオンが材料表面に沈着し,水酸アパタイトが析出す

・骨吸収:高い弾性率を持つ金属材料などの骨中への埋入により天然骨の負荷が軽減し,

骨合成が抑制され骨吸収のみが進行する

ただし,代替骨やインプラントなどの表面における石灰化反応は,天然骨との結合とい う観点から見れば有益な場合もあり,これを促進するための研究も行われている.また,

以上を踏まえ生体材料には次のような性質が要求される.

・非毒性:材料からのイオン溶出や破片の離脱によって生体に対して毒性(細胞の死,増 殖の抑制,癌化,免疫応答など)を生じないこと

・滅菌できること:乾熱,高圧蒸気,ガンマ線,エチレンオキサイドガス,紫外線滅菌な どで劣化しないこと

・生体とのなじみが良いこと:生体組織との結合性,非結合性などが意図したとおり得ら れること

・十分な耐用年数を持つこと

これらの要件をすべて満たした場合に限り,その材料は高い生体親和性を持つ生体材料 として使用することができる.材質としては金属のほかに,セラミックスやポリマーが現

(10)

在の医療現場で使用されている.なお,生体材料とは一般的に人工の材料を指すため,生 体由来の物質(骨,皮膚など)は生体親和性を有していても生体材料とは定義されない.

生体由来物質に比べ人工の生体材料はどうしてもその生体親和性が低い場合があるが,

生体材料を使用するメリットもいくつかある.例えば骨欠損を治療する場合,従来では自 家骨移植や他家骨移植,異種骨移植といった方法が良く取られてきた.しかし,自分の骨 を利用する自家骨移植では免疫反応や感染の心配がない反面,移植量が制限されるという 欠点がある.また他人やほかの動物の骨を移植する他家骨移植,異種骨移植では,自家骨 移植に比べ移植量の制限が少ないが,免疫機構による拒絶反応や,移植骨経由の感染症な どの危険がある.しかし人工の生体材料では,移植量を自在に調整することができる.ま た滅菌可能であるために感染症の危険が小さく,事前に生体親和性を十分に検討されてい るため拒絶反応の心配も少ないというメリットがある.

現在主に使用されている生体材料としてはチタン合金などの金属材料や,アルミナ,チ タニアといったセラミックス材料に加え,リン酸カルシウム系材料が挙げられる.また近 年ではポリ乳酸やポリグリコール酸といった高分子系材料も臨床的に用いられている[5,7].

1.2.2. 材料表面における細胞活性の制御

細胞親和性の高い材料,即ちその表面において細胞との親和性が高い材料が必ずしも生 体材料として使用できるとは限らない.例えば,骨欠損部に対して骨補填材を埋入した際,

初期の段階で材料に反応すると考えられるのは骨芽細胞と線維芽細胞である.天然骨と材 料との界面において骨芽細胞(生体内で骨を合成する細胞)が増殖し骨形成が起これば,

材料は天然骨と結合する.しかし材料表面において線維芽細胞(生体内で肉芽組織を合成 する細胞)が増殖し,1.2.1.で挙げたカプセル化が起こった場合,材料は生体内組織から隔 離されてしまう.例えば,HAとポリエチレンの複合体の場合,HAの含有量が20vol%以下 では材料がカプセル化されてしまうことが報告されている[8].また,細胞シートなどを作 製するための培養基板であれば,細胞活性を向上させる表面と抑制する表面をひとつの培 養基板上にデザインすることで,増やしたい細胞を短期間で狙った形状に増殖させること ができる.そのため,材料表面において必要な細胞を選択的に増殖させることは極めて重 要であると言える.

1.2.3. 生体材料の表面構造の微細化

最近の報告で,生体材料の表面にさまざまな微細構造を付与すると,その上に接着した 細胞の挙動や活性をコントロールできることが分かってきている.例えばBerry らは,7,

15,25 µmの穴が規則的に配列した石英基板上で線維芽細胞を培養すると,7 µmの穴が20

µm間隔で配列している基板上で平滑な基板上に比べ細胞増殖が4%程度向上することを報 告している[9].一方で,直径10 µmの円状の足場の上では直径20 µmの足場上に比べ,細 胞がアノイキス(足場喪失によるアポトーシス)に陥る確率が10%程度から20%程度に上

(11)

昇するという報告もある[10].またTobiasらの報告によれば,Ra = 5.70~1.12 µmのラフネ スをもつチタン表面上にラット由来骨芽細胞とヒト由来線維芽細胞を播種した結果,骨芽

細胞はRa = 5.70 µmの表面上で,線維芽細胞はRa = 1.12 µmの表面上でそれぞれよりよい

増殖性を示すという[11].このような足場構造に対する細胞種による応答の違いについては 他にもいくつか報告されている[12-14].

また最近では材料表面にナノスケールの凹凸を付与することでもその細胞親和性が変化 することが知られてきている.例えば,平滑面に比べ数十nmの表面構造を持つアルミナや チタニア表面上でラット骨芽細胞の接着や増殖が向上するという報告も[15]を始め,足場の 粗さが細胞活性に大きな影響を及ぼすことが報告されている[16-19].また,直径10 nm 下の細胞接着性の足場を規則的に配置した場合,足場の間隔が58 nm以下の場合はMC3T3 骨芽細胞の接着が促進されるのに対し,73 nm 以上になると阻害されるという研究もある [20].これらは,ナノ構造により材料表面の親水性や電荷,タンパク質吸着量,イオン溶出 挙動などが変化するためであると考えられている.また,天然骨はコラーゲン繊維とHA ナノ結晶の複合体であることも細胞がナノ構造に対して鋭敏に応答する一因であると考え られる(A1.1. 参照).

さらに,幅が数 µm 程度の溝が平行に掘られたような等方性の微細構造上では,細胞の 伸長方向などを制御することができることも報告されている[21-24].さらにナノ構造間隙 の深さが深くなるほど細胞の活性が低下するという報告もある[25].これらの報告から,材 料表面のナノ構造を変化させることで任意の細胞の活性を向上させ,またそれ以外の細胞 の活動を抑制する生体材料を作製することができると考えられる.

1.3. 水酸アパタイト

1786 年 に ア パ タ イ ト と 名 づ け ら れ た リ ン 酸 カ ル シ ウ ム 結 晶 は , 現 在 で は 一 般 式 M10(ZO4)X2で定義されている[26].Mには通常Caが入るが,ほかにCd Srなども入る.

またZO4の位置にはPO4のほかにCO3CrO4などが入り,Xの位置にはOH,OD,Fなど が入ることが知られている.これらのうち,天然鉱物として最も多く算出するのは X の位 置にFが入ったフッ素アパタイト(Ca10(PO4)6F2)である.また,Fの代わりにClが入った 塩素アパタイト(Ca10(PO4)6Cl2),OH が入った水酸アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2),さらに ZO4Xの一部がCO32-に置換された炭酸アパタイトなども存在する.

人体を構成しているパーツの中で,骨や歯といった硬い部分は特に硬組織と呼ばれてお り,その主成分は水酸アパタイト(Hydroxyapatite, HA)である.またヒトをはじめとする 哺乳類に限らず,鳥類や両生類,硬骨魚類など,全ての脊椎動物の骨はHAナノ結晶を主成 分としている(A1.1. 参照).ただし,生体由来の HA は炭酸やマグネシウム,フッ素,ス トロンチウムなどのイオンを微量に固溶している.

HAは前述の通り化学式Ca10(PO4)6(OH)2で表される物質であり,六方晶系の結晶構造を持 つ[27].その結晶はc軸方向に成長しやすい性質があり,化学合成されたHAHA系の天

(12)

然鉱物は六角柱状であることが多い.ただ,動物血清の無機成分を模倣した擬似体液

(Simulated Body Fluid, SBF)中では六角柱状のほかに,板状(あるいはシート状)のHA 結晶が析出することも多い(図 1.1).この時,広く露出している面は(110)面であるという 報告と[28],(100)面であるという報告がある[29].

1.1 リン酸カルシウム無水物結晶をpH 8で加水分解して得られるc軸方向に成長した

HA結晶(a)とSBF中で得られるシート状HA結晶(b)

1.4. 生体材料としての水酸アパタイト

1.4.1. 骨結合性とリモデリング

チタン合金などの金属材料や,アルミナ,チタニアといったセラミックス材料は骨結合 性を持たないため,骨代替材として使用する際には表面処理を施し天然骨からの脱落を物 理的に防ぐ必要がある.しかし1970年初頭,アメリカのHenchらは天然骨に直接結合する 生体材料Bioglass®の開発に成功した[4].Bioglass®Na2O,CaO,SiO2,P2O5から成るガラ スで,通常のガラスに比べナトリウムとカルシウムの含有比率が高く,リン酸を含有して いることが特徴である.また Bioglass®以外にも Ceravital® BIOVERIT®,Cerabone® A-W

(Apatite- and Wollastonite (CaSiO3)-containing glass-ceramic)などの骨結合性ガラス(生体活 性ガラス)が開発されており,現在も骨補填材などとして臨床的に使用されている.しか しこれらのガラス材料は金属材料と同様,半永久的に体内に残存してしまい,天然骨の再 生には至らないという問題点がある.この欠点を解決するために期待されているのがHA 代表されるリン酸カルシウム系生体材料である.HAのあらましについては1.3.で述べたと おりである.骨の主成分がHAであるということもあり,リン酸カルシウム系の生体材料の 中で現在もっともポピュラーなものはHAの焼結体である.HA焼結体が天然骨と結合する ことがわかったのはBioglass®の開発よりもあとの1970年代後半になってからである.しか し現在ではHAは骨補填材としての緻密体のほかに,多孔体や粉末,ペーストなど様々な形 態で臨床的に広く使用されている。ただ,特に焼結HAの緻密体は結晶性が高く,また表面 積が小さいため溶解性に欠ける.骨芽細胞と破骨細胞(生体内で骨を分解する細胞)によ

(13)

る骨の再構築,即ちリモデリングによりHAも経時的に自家骨と置換されては行くものの,

その進行速度は年間数µm程度であり,結局は金属材料などと同じように体内に残留してし まうという問題がある[26].しかし最近ではHAにポリマーを混合して成形し,その後焼成 することで10~数百µmの気孔を持つ多孔質のHA骨代替材が製造・販売されている[5].

気孔の存在によって細胞が材料内部にまで侵入することができるため通常の HA 緻密体に 比べて骨結合性もよく,またリモデリングを受けやすいことが推察される.また気孔率も 自在に調整することが可能である.

1.4.2. 物理的手法による水酸アパタイト材料表面の微細化

HA材料表面を物理的に微細化する方法としては研磨が挙げられる.これは種々な粗さの 研磨材でHA緻密体を研磨することで,表面に様々な粗さをもつHA材料を作製する方法で ある[30-31].また,微小圧子(microindenter)を使用し,HA緻密体の表面に長さ百数十 µm の亀裂を施す手法も報告されている[32].また,粒子状 HAのホットップレス[33]やプラズ マ溶射[34]によっても,表面がナノ~マイクロメートルスケールで荒れたHA材料を作製す ることができる.

1.4.3. 化学反応を用いた水酸アパタイトの微細化

化学反応を用いたHAの合成には水溶液法や水熱法がある.水溶液としてはリン酸カルシ ウム二水和物(dicalcium phosphate dihydrate, DCPD)やリン酸カルシウム無水物(dicalcium phosphate, DCP)などのリン酸カルシウム化合物を水溶液中で加水分解する方法がよく知ら れている.Monmaらは,DCPDDCPおよびα-tricalcium phosphate(α-TCP)の粉末をpH8.5 で加水分解すると,DCPDは直径数百nmの粒子状HAに,DCPおよび α-TCPは太さ数百

nm,長さ数µmの繊維状HA結晶が得られることを報告している[35].また,α-TCP粉末を

pH 9.1~11.5の水溶液中で加水分解すると,長さ数µm,太さ数百nmのロッド状,繊維状

および針状のHA結晶が得られるといった報告がある[36].硝酸カルシウムやリン酸水素二 カリウム,水酸カリウム,フッ化ナトリウムおよびグルタミン酸を種々の割合で混合した

水溶液を150°Cで水熱処理すると,太さ1 µm~数十nmのロッド状HA結晶や,それらか

ら成る花状HA結晶が得られるという報告もある[37].

さらに伊藤らは近年,DCPを中間体とする水溶液プロセスにより,表面が様々な HA ノ結晶で覆われたHAペレットを作製することに成功した[38].この方法では反応溶液のpH やイオン組成を変化させることで,HAナノ結晶の形態をコントロールすることができ,ま たその一次粒子サイズを100 nmから20 nmまで段階的に変化させることができる.またこ HAペレットはマクロには平滑であるため,HA緻密体を参照群として細胞実験を行うこ とで,HAナノ結晶が細胞に与える影響をシンプルに分析することができる.

(14)

1.4.4. 擬似体液法による水酸アパタイト微結晶の析出

材料の表面にHAの微結晶を析出させる方法として擬似体液法が広く知られている.擬似 体液(simulated body fluide, SBF)はカルシウムやマグネシウムなどの金属イオンや塩化物,

リン酸,硫酸などの陰イオンを含有し,動物血清の無機成分を模倣した水溶液である.こ の水溶液はリン酸緩衝系であるが,(CH2OH)3CNH2(tris(hydroxymethyl)aminomethane, Tris)

および HCl を加えることで緩衝能を増強した擬似体液も広く使用されている.また,SBF 中における結晶成長の速度や生成する結晶の形態を制御するため,そのイオン組成は各研 究者によってアレンジされており,SBFの厳密な定義は決まっていない.例えばKasuga は,[Na+] = 213.0 mM,[K+] = 7.5 mM,[Mg2+] = 2.25 mM, [Ca2+] = 3.75 mM,[Cl-] = 222.45 mM,

[HCO3-] = 6.3 mM, [HPO42-] = 1.5 mM,[SO42-] = 0.75 mMの組成を持つSBF中にTiO2ペレ ットを浸漬し光照射することで,その表面に幅1 µm,厚さ数十nm程度のシート状HA 晶が析出することを報告している[39].またNonamiらは,[Na+] = 145.0 mM,[K+] = 5.0 mM,

[Ca2+] = 0.7 mM,[Cl-] = 141.1 mM,[HPO42-] = 9.6 mMの組成を持つSBF中で,TiO2の表面 上に幅数百nm,厚さ数十nm程度のシート状HA結晶が析出することを報告している[40].

1.4.5. 水酸アパタイトの微細構造が細胞に与える影響

微細構造HA上における細胞活性の変化については様々な報告がある.例えば,ウサギ由 来骨髄間葉系幹細胞の初期接着性(播種から 2 時間後の生細胞数)はガラス基板上に比べ ナノ構造HA基板(粒子径20 nm)上で低いが,増殖性やalkaline phosphatase(ALP)発現 量などの細胞活性はナノ構造HA基板上で高いことが報告されている[41].また,長さ100 nm程度,太さ20 nmのロッド状HAナノ結晶を担持させたpoly(ε-caprolactone)膜上におい て,ラット骨芽細胞用細胞の増殖性は HA未担持の膜上に比べ低下するが,ALP活性は向 上することが報告されている[42].しかしこういった報告に使用されているHAの微細構造 は無秩序であるか,あるいは粒子状のような単純な形態であることが多い.加えて,粒径 あるいは表面粗さの制御は細かく行われておらず,また対照群としてHAの緻密体ではなく ガラスやポリマーなど別の物質を使用されていることが多い[14,43-45].また HA の微細構 造が細胞活性に影響を与える原因について具体的に言及している論文も少なく,細胞に与 える影響についての知見は不足しているのが現状である.

1.5. その他のリン酸カルシウム系生体材料

1.5.1. β-リン酸三カルシウム

自家骨と置換される骨代替材として期待されている材料として β-リン酸三カルシウム

(β-tricalcium phosphate, β-TCP)[46]が1970年代に開発され,近年研究者や医師の注目を集 めている.β-TCPHAと似たCa3(PO4)2の化学式で表される物質で,結晶構造は三方晶で ある[27].Ca/P比はHA1.67に対して1.50と低く,pH 4以上ではHAに比べ溶解度が高 いという特長がある[47].そのため生理条件下ではカルシウムイオン溶出活性が高く,細胞

(15)

の挙動もその影響を受ける.例えばSantosらはSaOs2骨芽細胞をHAβ-TCP上で培養し,

β-TCP上ではHAに比べ細胞のALP活性は低下するが,増殖性が向上することを示してい

る[48].現在はHAと同じく数百nmの気孔を持たせた多孔質のβ-TCPブロックが製造・販 売されており,この利用によって四肢の骨折や歯槽骨欠損を短期間でレントゲン所見上完 全に治癒させたという症例報告も出始めている[49-50].

1.5.2. 水酸アパタイト/β-リン酸三カルシウム二相系リン酸カルシウム生体材料

ごく最近では,HA β-TCP の複合体である二相系リン酸カルシウム材料(Biphasic

Calcium Phosphate, BCP)と細胞親和性に関する論文も発表され始めている[51-52].またBCP

材料表面のナノ構造化も行われ始めており,構造が微細化するごとに細胞活性が向上する という報告もあるが[53],従来のHA緻密体などと比べて細胞親和性が向上したという報告 は見当たらないのが現状である.しかし,純粋なHAβ-TCPの緻密体に対し高いBCP 密体が高い細胞親和性を示すという学術論文も報告されてきている.例えば,Tanimoto Kongらは,それぞれβ-TCP含有率が75%と50%のBCP足場上で細胞の活性が最高にな ると報告している[54-55].そのため,BCP の研究は今後ますます活発になっていくものと 推測される.

1.6. 本論文の目的

HA系材料は高い生体親和性を有する生体材料であり,また一方で生体材料の表面にナノ スケールの構造を施すとその生体親和性が変化することが知られてきている.そのためナ ノ構造を有するHA系生体材料は,「生体に対して無害な材料」という視点で開発されてき た従来の生体材料にくらべ,高い生体親和性を有することが期待される.

本研究ではまず,1.4.3.で紹介した伊藤らの報告[38]に倣い,水溶液プロセスにてマクロに は平滑だが様々なナノ形態を持つHA材料を作製し,その材料上に播種した骨芽細胞および 線維芽細胞の挙動を分析することで,HAナノ結晶の特性が各細胞に対してどのような影響 を及ぼすかについて検討する.また,HAナノ結晶を焼成することで,微細構造を持ちHA

β-リン酸三カルシウムから成るBCP材料を作製し,同様に骨芽細胞を播種・培養するこ

とで,微細構造を持ったBCP材料の特性が細胞にどのような影響を及ぼすかを検討し,併 せて材料表面の微細構造による細胞活性制御の可能性について考察する.そしてそれらを 総括し,ある種類の細胞の活性を選択的に向上させ,それ以外の細胞の活性を抑制できる 次世代の生体材料の創成について議論する.

1.7. 本論文の構成

本論文において,第 2 章では以降の章で細胞実験に使用する水酸アパタイト系材料の作 製について検討し,ナノ構造を有するHA材料と,微細構造を有し HAβ-TCPから成る BCP材料を作製について述べた.第3章と第 4章では,作製したナノ構造HAが骨芽細胞

(16)

と線維芽細胞に及ぼす影響についてそれぞれ検討した.第5章では微細構造BCPが骨芽細 胞に与える影響について検討した.第3 章および第 4章において得られた知見から,ナノ 構造に対する細胞の応答の,細胞種による差異について考察した.また第 3 章および第 5 章で得られた知見から,材料の化学的性質の差異によって,その微細構造が細胞に与える 影響がどう変化するかを検討した.第 6 章ではこれらを総括し,次世代の生体材料の創成 についての今後の課題と展望を述べた.

(17)

Appendix

A1.1. 骨や歯の構造

歯(歯冠)はHAを主成分とするセメント質,象牙質,エナメル質の三層構造で成り立っ ているが,HAの含有率や強度などの特性はそれぞれ異なっている[26].セメント質は60wt%

程度のHA ナノ結晶でできており,25wt%はコラーゲンを中心とする有機物,残り 15wt%

は水分である.また象牙質とエナメル質はそれぞれ70wt%と97wt%のHAナノ結晶から成 っており,表層に近いほど多くのHAを含有していることが分かる.逆に有機物の量は象牙

質で20wt%,エナメル質ではわずか1wt%である.なお,各層を成すHAナノ結晶のサイズ

も層ごとに異なっている.セメント質や象牙質では長さ30-50 nm,幅 10-30 nm,厚さ2

-5 nmであるのに対し,エナメル質では長さ100-1000 nm,幅30-60 nm,厚さ10-40 nm となっている.またHA含有量は各層の強度に反映されていて,HA含有率の最も高いエナ メル質は人体の中でもっとも硬い組織であり,そのモース硬度は6~7と,石英に匹敵する.

ところで,HAの本来のモース硬度は5であり,エナメル質はそれを上回っている.これは,

エナメル質が表面にc面を露出するように配向したHAナノ結晶と微量の有機物の複合体で あることが原因である.なお,象牙質とセメント質のモース硬度はそれぞれ5~6および 4

~5となっており,表面から内部(歯槽骨側)へ向かうに従い硬度が下がっていくことが分 かる[56].この階層構造により,歯の表面的な破壊と全体的な破壊が同時に防がれていると 考えられる.

骨は緻密な皮質骨とスポンジ状の海綿骨から成っており,組成の65%がHA,25%がコラ ーゲンを主体とする有機物,残りの10%が水分である[26].骨はオステオン(骨単位)と呼 ばれる柱状ユニットの集合体であり,これが束になって骨を形成している.またオステオ ンの内部にはハバース管と呼ばれる管状の穴が見られるが,これは後述する「リモデリン グ」の痕跡である.またオステオン自体も長さ300 nm程度のコラーゲン繊維が寄り集まっ てできている集合体であり,そのコラーゲン繊維の周囲には長さ20~40 nm程度のHA針状 ナノ結晶が表面に配向して付着している.この複雑な複合構造により,骨は体重による圧 縮荷重だけでなく,ねじりや曲げ荷重といった一般的な無機材料の弱点となる荷重にも耐 えることができる[5].

A1.2. 骨芽細胞,破骨細胞とリモデリング

骨の形成と維持には骨芽細胞と破骨細胞という二種類の細胞が深く関わっている.骨芽 細胞(osteoblast)(図1A.1)は間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)から分化してで きる中胚葉性の接着性細胞の一種で,周囲の環境からカルシウムイオンを取り込み,沈着 する.また同時にコラーゲンを生産し,リン酸カルシウムとコラーゲンからなる骨基質を 形成する細胞である.乳幼児や骨折時に多く検出される酵素アルカリフォスファターゼ

(alkaline phosphatase, ALP)を細胞膜に発現するため,これを定量することで骨芽細胞の骨 形成活性を測定することができるとされている.また最近ではALPの他に,オステオポン

(18)

チン(osteopontin)やオステオカルシ ン(osteocalcin),オステオネクチン

(osteonectin)といったタンパク質の 発現もALPと同様に骨芽細胞活性の 指標とされている.骨芽細胞は骨髄 か ら 得 ら れ る 骨 髄 幹 細 胞 に dexamethasone(図1A.2)を作用させ ることで人工的に分化誘導して作製 することも可能であり,またマウス

MC3T3-E1 骨芽細胞様細胞に代表さ

れる株細胞も細胞バンクや販売業者 から入手可能である.in vitroにおけ る培養法も 1970 年代以降活発に行 われほぼ確立されているため,研究 で広く使用されている.

リモデリングのもう一端を担う破骨細胞(osteoclast)

は,白血球の一種である単球(単核球,monocyte)か ら分化する接着性の多核巨細胞であり,その分化には 骨芽細胞が分泌する RANKL(receptor activator for nuclear factor κ B ligand)などのサイトカイン(細胞間 情報伝達タンパク質)に制御されている[57].破骨細 胞は接着面(腹側)からプロテアーゼの一種であるカ

テプシンK(cathepsin K)や塩酸を分泌し,骨を溶かす.これにより溶かされた骨基質は接

着面から吸収され,細胞内を経由し外側基底膜(背中側)から放出される.このため,破 骨細胞が移動したあとには骨の溶けた跡が確認され,これは吸収窩と呼ばれる.破骨細胞 は酒石酸耐性酸性ホスファターゼ(tartrate-resistant acid phosphatase, TRAP)を発現するため,

これを染色することで破骨細胞形成を確認することができる.また破骨細胞の中ではリン グ状のアクチン(細胞骨格タンパク質)集合体が形成されるため,これを蛍光染色などで 観測することでも破骨細胞形成を評価できる.人工的に培養可能な細胞のうち,長期間培 養を続けても形質が安定している細胞を「株細胞(cell line)」といい,骨芽細胞を始め様々 な株細胞が市販されているが,破骨細胞は通常の細胞と異なり分裂することができないた め,株化することはできない.そのため破骨細胞を用いたin vitro実験を行う場合は単球か ら分化誘導するか,生体内の破骨細胞を直接採取するしかない.

これら二つの細胞は,生体内で骨の破壊と再生を同時進行して行っていく[26,57].すなわ ち,古くなった骨を破骨細胞が分解・吸収し,骨芽細胞が新しい骨を補填していくという 作業が生体内で行われており,これを骨のリモデリングという.リモデリングは成人では1

1A.2 dexamethasone

1A.1 リン酸カルシウム材料上に接着した骨

芽細胞.

(19)

年に5~10%程度進行するといわれている.しかし特に女性の場合,閉経後にエストロゲン

(女性ホルモン)の分泌が減少すると骨芽細胞の活性が低下し,骨吸収と骨形成のバラン スが崩れる傾向がある.この結果引き起こされるのが骨粗鬆症である.

A1.3. 線維芽細胞

線維芽細胞(fibroblast)は結合組織 の細胞で,動物のほぼ全身に存在して いる.大きな特徴は2つあり,ひとつ は骨芽細胞や軟骨細胞と同様に,コラ ーゲンを生産し肉芽組織を作る細胞で あるという点である[58].擦過傷など 軽い創傷では,まず出血を止めるため に血小板と血漿中に含まれるフィブリ ンが「かさぶた」を形成する.そして かさぶたの下では損傷した組織が再構 成され,かさぶたが自然に剥がれ落ち る頃には傷はいつの間にかふさがって いる.これは,創傷周辺の組織から遊 走してきた線維芽細胞がコラーゲンを 分泌して肉芽組織を形成したためであ

る.線維芽細胞のもうひとつの特徴は,培養皿上で培養すると紡錘様の形態に伸展する,

という点である.先に挙げた骨芽細胞や破骨細胞であれば,ALPTRAP といった特徴的 なタンパク質(マーカー)を発現しているが,一般的に線維芽細胞にそういった特徴はな い.最初に樹立され性質の良く知られている株細胞は,1943 年にEarle らが樹立したL929 という,マウスの結合組織由来の線維芽細胞である(図1A.3).また一般的に線維芽細胞は 扱いが比較的簡便で増殖性も高いため,細胞実験に広く利用されている[59-60].

A1.4. 細胞培養

バクテリアの培養に比べ動物細胞の培養の歴史は極めて浅く,その技術は経験則に拠る ところが多い.またポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction, PCR)法が確立される 以前は細胞の同定すら困難であり,また近年に至っても簡便とは言えないため,培養中に 異種の細胞が混入してしまうクロスコンタミネーションが発生しても誰も気づかなかった 時期もあった[60].少なくとも学術的観点から言えば細胞培養は発展途上の技術なのである.

例えば現在では,細胞培養を行う際の培地には通常,ウシ胎児血清(fatal bovine serum, FBS)

などの動物血清を 10%程度加えることが多い.これも実は「血清を加えれば細胞がうまく 増殖する」という経験則に拠る.その原因としては血清に含まれる栄養分や細胞増殖因子,

1A.3 リン酸カルシウム材料上に接着した

L929細胞.

(20)

接着性タンパク質などによるものと考えられてはいるが,はっきりとは分かっていない.

動物の血液成分の詳細が未だ不明だからである.とはいえ,近年では細胞培養の一般的な 手法はほぼ確立されている.バクテリアの培養は寒天培地の上で行うものが有名だが,動 物細胞の培養は基本的に水溶液中で行う.最もポピュラーな培地である,Eagle’s minimum

essential medium(イーグル最小必須培地, E-MEM)の処方を表1A.1に示す.このような,

無機塩,アミノ酸,ビタミン,糖などが混合された粉末培地が市販されているため,これ を超純水に溶解させ高圧蒸気滅菌した後,炭酸水素ナトリウムでpH7.4程度に調整し,

FBSL-グルタミンを加えることで使用可能となる.なお,滅菌及びpH調整までされてい

る液体培地も販売されており,これは購入後にFBS L-グルタミンを加えるだけで培養 に用いることができる(FBSはロット差があり,L-グルタミンは分解が早いため使用前に 加える).ここで,投入された炭酸水素ナトリウムは大気中では徐々に分解して炭酸ナトリ ウムとなり,培地のpHを塩基側に傾けてしまう.そのため,インキュベータ内の空気は5%

CO2雰囲気になっており,培地と空気の間で炭酸緩衝系が形成されている.また同時に インキュベータ内の空気は90%以上に加湿されており,培地の蒸発を防いでいる.

培養は37°Cで行われることが多いが,細胞の種類や培養目的によってはそれ以外の温度 でも行われる.さらに,培地の種類も細胞の種類に応じて変更する.特に,分化能を有す る細胞の場合には,意図しない分化を防ぎまた分化能を維持するため,メーカーや細胞バ ンクに指定された培地の使用を遵守することが重要である.E-MEM以外の有名な培地とし ては,Dulbecco's modified Eagle's medium(ダルベッコ変法イーグル培地, D-MEM)や α-modified Eagle’s medium(α変法イーグル培地, α-MEM),Roswell Park Memorial Institute

medium(RPMI 1640),Ham’s medium(ハムF12培地)など多くの種類のものが開発されて

おり,幹細胞を含む様々な種類の細胞の培養を容易にしている.

細胞の状態は培地の種類のほかにも,FBS の産地やロットといった試薬的な要因や,播 種濃度や継代頻度,実験操作の癖など様々な要因に大きく影響を受ける.そのため,細胞 実験で得られたデータには統計学的分析を加え,また再現性を十分に検討することが非常 に重要である.

(21)

1A.1 Eagle’s Minimum Essential Mediumの処方[61].

無機塩類: ビタミン類:

CaCl2 200 D-½Ca phosphate 1

KCl 400 choline 1

MgSO4 98 folic 1

NaCl 6800 i-inositol 2

NaHCO3 2200 niacinamide 1

NaH2PO4 121.74 riboflavin 0.1

pyridoxal 1

アミノ酸類: thiamine HCl 1

L-arginine HCl 126

L-cystine 24 その他:

L-glutamine 292 D-glucose 1000

L-histidine HCl H2O 42 phenol red 10

L-isoleucine 52

L-leucine 52

L-lysine·HCl 72

L-methionine 15

L-phenylalanine 32

L-threonine 48

L-tryptophan 10

L-tyrosine 36

L-valine 46

処方量 (mg/L)

処方量 (mg/L)

A1.5. 細胞接着の仕組み

血球系細胞を除く体細胞は,一般的に何らかの足場に接着することで生存することがで き,これを細胞の「足場依存性」と呼ぶ(ただし,特に単核球などの白血球系細胞は分化 することで足場依存性を獲得することもある)[62].

細胞は膜貫通型タンパク質の一種インテグリン(integrin)を経由して足場に接着する(図 1A.4)[5,63].インテグリンは細胞が浮遊状態の時には細胞膜全体に分布しているが,細胞 接着時には速やかに接着面へ集合(クラスタリング)し,細胞本体と足場を半径数µm程度 の点で結合する.この接着点を「接着斑(焦点接着,focal adhesion)」といい,細胞接着時 には主に細胞の外縁付近の突起(pseudopodium,仮足)に多く見られる(図1A.5).インテ グリンは全長数十nm,太さ5-8 nm程度で,18種類のα鎖と8種類のβ鎖が2本一対とな って存在している[64-65].その組み合わせ(サブタイプ)は現在25種類以上確認されてお り,それぞれ異なった役割を持つことが知られている[62].

(22)

1A.4 細胞接着の様子.

1A.5 アクチンフィラメントと接着斑.

インテグリンは細胞外基質(extra cellular matrix, ECM)を介して足場に接着している[5,20].

ECMの実体はフィブロネクチン(fibronectin)やビトロネクチン(vitronectin),コラーゲン といったタンパク質で,これらは「接着性タンパク質」と総称されている.接着性タンパ ク質は,アルギニン(R)−グリシン(G)−アスパラギン酸(D)の特異的な配列(RGD

(23)

列)をそのアミノ酸配列の中に共通して持っており,インテグリンはECMを構成するタン パク質中のRGD配列を認識し,結合すると考えられている[66].なお,足場とECMの接着 は,通常の物理吸着によるものであるため,足場の化学的性質(特に親・疎水性)が細胞 親和性に間接的に影響することが知られている[67].そのため,接着性細胞を培養するため のフラスコは通常,ECMとの親和性を高めるため親水処理が施されている.ECMは生体内 であれば血液などの体液,培養系であれば培地に添加する血清から供給されるもので,ま た細胞自身もそれを生産し自分やほかの細胞の接着,伸展,遊走に利用される[58].

インテグリンがECMとの接触により活性化・クラスタリングし,接着斑の形成が始まる と,インテグリンの細胞質側では「裏打ちタンパク質(scaffold protein)」と呼ばれるタンパ ク質集合体が形成される[62].裏打ちタンパク質はビンキュリン(vinculin),タリン(talin),

フォーカルアドヒージョンキナーゼ(focal adhesion kinase, FAK),パキシリン(paxillin)な ど様々なタンパク質群から成り,細胞内各所へのシグナル伝達の発信基地としての機能を 持っている.また同時に,細胞内基質に存在している粒状タンパク質G-アクチン(globular

actin)が結合して F-アクチン(filament actin)が形成され,細胞内に張り巡らされる.「ア

クチンフィラメント」と呼ばれるこの F-アクチンのネットワークは細胞骨格としての機能 を持ち,細胞の伸展や変形,移動など機械的な役割を果たしている.また,細胞内シグナ ルの伝達も担っている.このアクチンフィラメントは接着斑から伸びているため,アクチ ンフィラメントの先端部に裏打タンパク質が観測されれば,そこに接着斑が形成されてい ると推定することができる.ただしビンキュリンは接着斑のほかに,細胞間接着にも集合 する性質があるため注意が必要である.

接着性細胞が足場に接着している間はその細胞内部で常に生存シグナルが発信されてい ると考えられている.そして足場から剥離しある程度の時間生存シグナルが途絶えると,

アノイキス(足場を失ったことにより誘導されるアポトーシス,細胞の自殺)による細胞 死が起こることが知られている[20,68].これは細胞が本来いるべき場所から離脱し,血流な どに乗り別の場所に移動して不要な増殖を起こすことを防ぐためと考えられている.また 癌細胞はこの足場依存性が失われるために体内の各部へ転移するといわれている.

A1.6. 細胞形態のテンセグリティモデル

テンセグリティ(tensegrity)という概念を用い細胞の構造をモデル化する研究が Ingber らによって行われている[69].テンセグリティとは元々は建築学用語であり,圧縮部材(剛 体)と張力部材(弾性体)を組み合わせて構築される構造体である.木材と輪ゴムで作製 したテンセグリティの模型を図1A.6に示す.このテンセグリティでは木材が圧縮部材,輪 ゴムが張力部材に当たる.木材は互いに触れ合うことなく輪ゴムの張力に支えられており,

全体として球体に近い形状をとっている.細胞のテンセグリティモデルにおいては,圧縮 部材はアクチンフィラメントに,また張力部材はアクチンフィラメントと同じく細胞骨格 の一種である微小管にそれぞれ当たる.

(24)

1A.6 木材と輪ゴムで作製したテンセグリティの模型.木材が圧縮部材,輪ゴムが張力 部材に当たる.

1A.6に示したテンセグリティは外力を加えることで変形させたり押し潰したりするこ ともできるが,外力がなくなると内部応力によりまたもとの球形に復元する(図1A.7).つ まり球形が最安定構造である.このテンセグリティを細胞のモデルに適用するということ は即ち,細胞の形態も球体が最安定であるということになる.また細胞は足場に接着する と大きく伸展するが,この為には細胞は内部応力に抗って伸展状態を保つために足場に対 し十分な強度で接着する必要がある.十分な接着強度が得られない場合,細胞は内部応力 に抗うことができず大きく伸展することができないと考えられる.

1A.7 外力によるテンセグリティの変形.外力がなくなると元の球形に復元する.

(25)

参考文献

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図 1A.3  リン酸カルシウム材料上に接着した
図 1A.5  アクチンフィラメントと接着斑.
図 1A.6  木材と輪ゴムで作製したテンセグリティの模型.木材が圧縮部材,輪ゴムが張力 部材に当たる.  図 1A.6 に示したテンセグリティは外力を加えることで変形させたり押し潰したりするこ ともできるが,外力がなくなると内部応力によりまたもとの球形に復元する(図 1A.7).つ まり球形が最安定構造である.このテンセグリティを細胞のモデルに適用するということ は即ち,細胞の形態も球体が最安定であるということになる.また細胞は足場に接着する と大きく伸展するが,この為には細胞は内部応力に抗って伸展状態を
図 2.4  DCPD 粉末(a)および DCP 粉末(b)の SEM 画像.
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参照

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