第 3 章 ナノ構造水酸アパタイト上における骨芽細胞の挙動
3.5. 考察
3.5.2. 細胞の接着と伸展
ナノ構造を有するペレット表面上では,細胞の接着は起こるが伸展が抑制されている様 子が観察された.これは細胞構造のテンセグリティモデル(第1章A1.6.参照)を導入する ことで理解できる.即ち,球状が細胞の安定な形態であり,足場との接着強度が十分であ れば伸展することができるが,不十分であれば伸展することができないという理論である.
本研究においては,骨芽細胞は接着斑を形成することのできる緻密な足場上では十分な強 度で接着しているため,テンセグリティ構造である自身の内部応力に抗い伸展することが できたと考えられる(図3.14a).しかし接着斑が形成できないナノ構造上においては足場と の接着強度が低いため内部応力に抗えず,伸展することができなかったと考えられる(図
3.14b).ナノ構造をもつペレット表面では緻密面に比べタンパク質吸着量が高く(第 2 章
2.3.4.5.参照),また培地中には接着タンパク質と呼ばれる細胞接着を補助するタンパク質が
含まれている.しかし本実験ではそれにより細胞接着がアシストされた様子は見られなか った.このことから,タンパク質吸着量の高い表面であっても,細胞が接着できる有効面 積が不十分であれば細胞の伸展は抑制されることがわかる.
図3.14 緻密な足場(a)およびナノ構造の足場(b)上への細胞接着.
3.5.3. 細胞の増殖
ナノ構造上において細胞の増殖が起こらないか減少したことに関しては,以下に示す 2 つの理論から説明することができる.即ち,接着斑の形成の抑制によるものと,細胞の伸 展の抑制によるものである.
3.5.3.1. 接着斑形成の抑制による細胞死
微細な足場上において細胞数が減少したことは,細胞の接着機構から説明できる.第 1
章A1.5.に記載したとおり,細胞は全長数十nm,太さ5-8 nm程度のインテグリン分子を
介して足場表面に接着している.また,インテグリンがクラスタリングしてからアクチン フィラメントが形成されるまでの一連のシーケンスが完了できなければ,アポトーシス(ア ノイキス)が誘導されることが知られている[33].足場を構成する結晶サイズが微細化し充 填密度が低下すると,インテグリンのクラスタリングが阻害される(図 3.14b).実際,緻 密なHAペレット上では蛍光顕微鏡画像から接着斑の形成が確認された一方で,ナノ構造を 有するペレット表面上では接着斑の形成が確認できなかった.またナノ構造基板上では,
細胞の内部に粒子状のアクチンの存在が確認され,これはアクチンフィラメントの形成が 阻害されていることを示唆している.微細構造基板上における細胞の接着不全と粒子状ア クチンの発生をLebourgらも報告している[34].これらの理由により本研究では,ナノ構造 上において細胞がアポトーシスを起こし,特に30 nm以下の結晶上では細胞の減少が確認 されたと説明できる.
3.5.3.2. 伸展の抑制による細胞増殖の抑制・細胞死
細胞は足場に接着できた場合でも,自身の伸展が抑制されるとアポトーシスを起こすこ とが知られている[35].例えばChenらは,直径50 µmの円状の足場上では細胞は正常に接 着できるが,直径20 µmの足場上ではアポトーシスを起こすことが報告している[12].本研 究においては30 nm以下のHA結晶上で細胞の伸展が著しく抑制されたため,アポトーシス に陥ったと説明できる.
さらに,100 nm程度の結晶上において細胞増殖が抑制された理由も,細胞の伸展抑制か ら説明できる.細胞は伸展することにより分裂する確率が上がり,伸展できない場合は分 裂もできないことが知られている[35-36].本研究において100 nm程度の足場上において細 胞増殖が見られなかったのは,緻密面上に比べ細胞の伸展が抑制されたためと考えること ができる.
3.5.4. 細胞増殖とタンパク質
培地に含まれているタンパク質の中には細胞増殖を促進する細胞増殖因子と呼ばれるも のが含まれている.ナノ構造を有するペレット表面ではタンパク質吸着量が多いため細胞 増殖因子も多く吸着し,それが細胞に供給されることで増殖が促進されると予想されたが
(第2章2.3.4.5.参照),実際には細胞増殖はナノ構造によって抑制された.このことから,
細胞増殖因子が豊富に存在する環境下でも足場が十分に確保できない限り,細胞は増殖す ることができないと推測できる.
3.5.5. ALP活性
細胞の ALP活性は播種から1日目と4日目の時点でそれぞれ,ペレットを構成するHA の結晶サイズが減少する程低下することが分かった.ALP は骨芽細胞の骨形成マーカーだ が,細胞増殖が活性化する基板上に比べ穏やかな細胞増殖が起こる基板上で活性が高まる 傾向がある[37-38].これは細胞自身が状態に応じてALPの発現を制御していることを示し ている.先に述べたとおりナノ構造基板上では細胞の活性が低下しているため,ALP の生 産活性も低下していると考えられる.
3.5.6. ナノ構造水酸アパタイトによる細胞活性制御の可能性
以上の結果から,HAペレット上における骨芽細胞の挙動は次の3タイプに分類される.
タイプ1:接着・増殖し,さらに高い活性を発揮する
タイプ2:接着し生存はするが,増殖はしない
タイプ3:接着するが,アポトーシスに陥る
タイプ1はミクロサイズの粒界を持つdense-HAや,広い平面を持つ80-nm sheet上に接着 した細胞に見られた.またタイプ2のような挙動は100-nm fiberや50-nm fiberといった比 較的大きなナノ構造で構成されたHA表面で観測された.また,30-nm fiberや25-nm needle,
20-nm needle,25-nm flakeといった,特に微細なナノ構造上では細胞はタイプ3のような挙
動を示した.これらの結晶は数百 nm から数 µm の長さを有しているが,それが細胞の活 性を助長する傾向は見られなかった.これは,細胞がナノ構造の間隙に入り込むのではな く,ナノ構造の頂点部のみで接着していたためと考えられる.これらの挙動の違いは,細 胞接着における有効な表面積が減少したことにより,インテグリンのクラスタリングが制 限されたためと考えられる.
インテグリンの状態が細胞の形態や増殖,遊走,分化,アポトーシスなど様々な機能を 制御するという報告がある[17].細胞外マトリックス(ECM)に接着した細胞は,インテグ リンのクラスタリングや接着斑の形成,アクチンフィラメントの構成といったカスケード を経て,細胞核に生存シグナルを伝達する[17,39].これらは本研究における,接着斑の形成 を阻害する足場上で細胞の活性やアクチンフィラメントの形成が抑制され,アポトーシス が誘導された結果を支持している.また以前の研究で,RGD ドット(細胞接着ドメイン)
の間隔が73 nm以上開いた基板上では,MC3T3-E1骨芽細胞の接着が阻害されるという報告
がなされている[33].本研究においては細胞の足場となるHAナノ結晶の間隙が数百 nm程 度あり,これもナノ結晶上で細胞の活性が抑制された一因であると考えられる.
細胞の挙動はミクロンスケールの構造にも影響を受ける.ヒトおよびウシ由来の毛細血
管内皮細胞は20 μm以下のサイズの足場でアポトーシスが起こるという報告もある[12].上 で示したとおり,数十 nm のドット状足場が骨芽細胞の挙動に影響すると言う報告もある
[33].本研究では,HA ナノ結晶を使用することでそれらの中間サイズの構造が細胞に与え
る影響を示した.またHAのナノ結晶から構成されている天然骨は高い生体親和性を有する が,それは天然骨がHAとコラーゲンとの複合体であるためであると考えられる.このため,
ナノ構造HAをコラーゲンなどのタンパク質と複合化することで,天然骨に近い生体親和性 を有する材料を作製することが考えられる.
本章ではナノ構造のHAは骨芽細胞の活性を抑制する事を示したが,細胞の種類が異なれ ばその影響は異なる可能性がある.そこで第4章においては同様のナノ構造HA材料が線維 芽細胞に与える影響について検討する.またHAよりも溶解度が高いβ-TCP は培養系にお いてカルシウムイオンを多量に放出するため,その微細構造はHAと異なる影響を細胞に及 ぼすことが推測される.そこで第5章においては,微細構造を持つHA/β-TCP二相系リン酸 カルシウム材料が骨芽細胞に及ぼす影響について検討する.