第 3 章 ナノ構造水酸アパタイト上における骨芽細胞の挙動
3.4. 結果
3.4.1. タンパク質吸着
各HAペレット表面におけるタンパク質吸着量と細胞の挙動との相関を検討するため,各 HAペレットのタンパク質吸着量を測定した.結果は第2章2.3.4.5.に示したとおりである.
3.4.2. 初期接着と増殖
各HAペレット上における播種から1日目と4日目の骨芽細胞の細胞数を図3.6に示す.
播種から1日目の細胞数は細胞の初期接着数,4日目の細胞数は細胞の増殖性を示している.
図3.6 MTT assayで分析した各HAペレット上における生細胞数(mean ± sd).
dense-HAと比較した場合*p < 0.05,また50-nm fiberと比較した場合#p < 0.05である.
すなわち,*で示したデータはdense-HAと有意差があり,#で示したデータは50-nm fiber と有意差がある.
細胞の初期接着数はすべてのペレット上で播種濃度である10,000 cells / pellet程度と大き な違いは見られなかった.一方で,細胞の増殖性(4日目の細胞数)は各ペレット表面のナ ノ構造に大きく左右された.dense-HA 上ではもっとも大きな細胞増殖が観測され,細胞数 は4日目の時点で40,000 cells程度まで増殖した.また80-nm sheet上でも細胞増殖が確認さ
れたが,24,000 cells程度でdense-HA上より有意に少なかった.また100-nm fiberや50-nm
fiber上では細胞の増殖は確認されず,4日目の細胞数は1日目と同じ8,000-10,000 cells程
度で,これはdense-HAに比べ有意に少なかった.さらに30-nm fiber,25-nm needle,20-nm
needleおよび25-nm flake上では3日間の培養で細胞数の減少が確認された.また4日目の
細胞数(増殖性)は基本的にペレットを構成している結晶の一次粒子サイズが減少するほ ど低下した.特に30-nm fiber,25-nm needle,20-nm needleおよび25-nm flakeの細胞数は50-nm
fiberに比べ有意に少なかった.
3.4.3. ALP活性
各HAペレット上における骨芽細胞のALP活性を図3.7に示す.細胞のALP活性は通常,
細胞数で標準化されて示される.しかし本実験では多くのペレット上で細胞数の大幅な減 少が確認されたため,ALP活性を細胞数で標準化した場合誤差が増大し議論が困難になる.
そのため本実験ではALP活性を培養面積(投影面積)で標準化し,単位培養面積当たりの ALP活性という形でデータを示す.これはペレットの骨誘導活性と理解することができる.
図3.7 各HAペレット上における細胞のALP活性(mean ± sd).dense-HA,100-nm fiber
および80-nm sheetと比較した場合*p < 0.05である.すなわち,*で示したデータはdense-HA,
100-nm fiberおよび80-nm sheetと有意差がある.
播種から1日後の細胞のALP活性は基本的にペレットを構成する結晶の一次粒子サイズ が減少するにつれて低下する傾向が見られた.また播種から4日目のALP活性はdense-HA 上で大きく増大していた.一方で,100-nm fiberおよび80-nm sheet上では3日間の培養で ALP活性に有意な変化は見られなかった.また50-nm fiber,30-nm fiber,25-nm needle,20-nm
needleおよび25-nm flake上におけるALP活性は1日目に比べて低下しており,100-nm fiber
および80-nm sheet上に比べ有意に低い値となった.4日目のALP活性は50-nm fiberを除け
ば基本的に基板を構成する結晶の一次粒子サイズの減少とともに低下していく傾向が見ら れた.
3.4.4. 細胞の形態
播種から1日後の骨芽細胞のSEM写真を図3.8に示す.接着性細胞は基本的に,状態が 良いほど大きく薄く伸展することが知られている.逆に,状態の悪い細胞は伸展せず,小 さな球状の形態を取る.
播種から1日後,dense-HA,100-nm fiber,50-nm fiberおよび80-nm sheet(図3.8a1-c1,
h1)上で細胞は比較的大きく伸展しており,サイズは50 µm程度であった.一方,30-nm fiber
および25-nm flake(図3.8d1-e1)上では細胞の伸展度合いが低下し,25-nm needleや20-nm
needle(図3.8f1-g1)上の細胞は小さく丸い形態をとっている様子が観察された.細胞の伸
展度合いは HA ペレットを構成する結晶の一次粒子サイズが減少するごとに低下していく 傾向が見られた.
また,播種から4日目では,dense-HAや80-nm sheet(図3.8a4,h4)上では細胞は1日目
と同様,50 µm程度のサイズに大きく伸展していた.一方で100-nm fiber,50-nm fiber,30-nm
fiber(図3.8b4-d4)上では細胞の伸展は確認されたものの,そのサイズはdense-HAや80-nm
sheet(図3.8a4,h4)上に比べ小さかった.また25-nm needle(図3.8e4)上では一部の細胞
に伸展が見られたものの,多くの細胞は丸く小さい形態をとっていた.20-nm needleや25-nm
flake(図 3.8f4-g4)上では細胞の伸展は見られず,すべての細胞が丸い形態であった.こ
のことからも,やはりHA結晶の一次粒子サイズの低下が細胞の活性低下を招いている様子 が見て取れた.
図3.8 HAペレット上に接着した細胞のSEM画像.
3.4.5. アクチンの細胞内分布
播種から1日後の細胞内のアクチンを赤色に染色した蛍光顕微鏡写真を図3.9に示す.基 本的にアクチンフィラメントは良好な状態の細胞の中では太くはっきりと観測される.ア クチンフィラメントは接着斑を結ぶ細胞骨格であるため,アクチンフィラメントが形成さ れていれば細胞が接着斑を形成していることを間接的に意味する.また蛍光顕微鏡で観察 された細胞のサイズは,SEM で観察されたものより大きい傾向があった.この差異は,蛍 光顕微鏡では細胞を湿潤な状態で観察したのに対し,SEM では凍結乾燥した状態で観察し たためと考えられる.
dense-HA(図 3.9a)上の細胞内に は,アクチンフィラメントが縦横に 張り巡らされている様子がはっきり 確認された.一方で,100-nm fiber,
50-nm fiber,30-nm fiber,25-nm needle 及び80-nm sheet(図3.9b-e,h)上 では細胞内にアクチンフィラメント と同時に粒子状のアクチンの存在も 確認された(白矢印).これはナノ構 造上においてアクチンフィラメント の形成が不完全であることを示唆し ている.また 20-nm needle や 25-nm
flake(図 3.9f-g)上に接着した細胞
内にはアクチンフィラメントの形成 がはっきりとは観察されず,やはり 粒子状のアクチンの存在が観測され た.
図3.9 各HAペレット上における播種から1日目
の細胞の蛍光顕微鏡画像.アクチンを赤で染色し ている.白矢印は粒子状のアクチンを示す.
3.4.6. 接着斑の形成
dense-HAおよび50-nm fiber上における,播種から1日後の細胞内のアクチン(赤)とビ
ンキュリン(緑)の分布を示す蛍光写真を図3.10 に示す.ビンキュリンは細胞全体に分布 しているが,接着斑が形成されると裏打ちタンパク質として接着斑に集合する.仮足の先 端付近にビンキュリンの集合が見られる場合,そこに接着斑が存在していると推測される.
図3.10 dense-HA および 50-nm fiber上における細胞の蛍光顕微鏡画像.(a)は低倍率,(b)
は高倍率の写真.アクチンを赤,ビンキュリンを緑で染色している.白矢印は接着斑を示 す.
dense-HA上に接着した細胞の仮足にはビンキュリンの集合が見られ(白矢印),接着斑が
形成されていることが確認された.一方で50-nm fiber上に接着した細胞には,ビンキュリ ンの集合が確認できなかった.これは50-nm fiber上では細胞が安定に接着できておらず,
dense-HA上ほど大規模な接着斑を形成できていないことを意味する.
3.4.7. アポトーシス
細胞がアポトーシスを起こすとき,細胞内でcaspaseと呼ばれる酵素群が段階的に活性化
することが知られている.細胞(20-nm needle,25-nm flake及び80-nm sheet上)の中で活性
化したcaspase3および7を染色した蛍光写真を図3.11に示す.
図3.11 20-nm needle,25-nm flakeおよび80-nm sheet上における細胞の蛍光顕微鏡画像.
Caspase-3, 7を赤く染色した.
dense-HA上では染色された細胞はほとんど見られなかったが,すべてのナノ構造 HA上
では多くの細胞が染色されていた.このことから,ナノ構造HA上では細胞がアポトーシス を起こしていることが確認された.
一般的に細胞はアポトーシスを起こす際,1)小さく丸く萎縮し,2)細胞核が収縮,3)
アポトーシス小体(apoptotic body)と呼ばれる小胞に分裂,というシーケンスで状態が変化 していく(図3.12).細胞の形態はSEMやアクチン染色で確認されたとおり,HAナノ結晶 の一次粒子サイズが減少するほど小さく丸くなっており,またcaspase染色で確認された細 胞の形態も丸く,また分裂の進行を思わせるごつごつとした形態を取っていた。これらか らも,ナノ構造ペレット上では細胞がアポトーシスを起こしていることが推察される.
図3.12 アポトーシス進行の様子.