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この様な教育課程が編成できた理由として次の4点をあげている。
・3学年(3学級)が設置され、担任が4名いたこと。校舎が普通学級とは離れて おり、毎日の日課は独自の運営ができたが、主要な行事には適宜参加できたこ
と。
・生徒の入学には、選考条件により、重度あるいは申間遮に近い者は排除でき、特 殊学級としてふさわしい者を入学させたこと。
・過去に長い積み上げがあり(実質的には54年度から)、また卒業生も50名を こえ、卒業生の実態からも学校での指導内容や方法の検討が可能であったこと。
・設備、備品、教具の購入に国費のほか、1γrAからの援助もあり、かなり充実でき
たこと。
全体としては、指導要領の立場と特に異なる点はなく、合科統合的な指導の立場
を濃く出している17)。
作業学習や生活単元学習が教育課程の中でしっかりとした位置づけを持ち、年間 指導計画の中に組み込まれているのが分かる。
作業教育の立場について当時の担任は次の様に記している。
「職業教育を限定的技術的なものとしてでなく、広く社会職業への適応の教育と してとらえ、学級での全指導が社会、職業への適応の指導を考える。このために必 要な知識、技能、態度を具体的経験をとおして身につけさせて行く生活経験学習を
1年より3年へと系統的、発展的に組み、これを生活単元学習と呼び全指導の中心 としている。しかし、この生活単元学習だけでは職業的自立は最も必要な働く態度 一養護学校学習指導要領の具体的目標を借りれば、◇協力者となってまじめに働く ようにする。◇責任感を高め、自己の役割を果たす。◇生産活動に参加する態度を 養う。◇能率的に仕事をする。◇自分の仕事に誇りをもち、働くことに喜びを見い だしてかげひなたなく働く。一等の面の徹底が期し難いので特にこの勤労態度、作 業態度の養成を重点的に指導するため4つの作業(印刷、ぞうきん、なわない、農 耕)を、更に男女別の違いによる考慮は班別作業学習の中においても実施するが、
将来の家庭生活や職業生活の初歩的知識、技能、態度の養成を目標に木工、金工及
び簡単な機械機具の取り扱い等を内容とする男子の技術と、家事、調理、縫製等を 内容とする女子の家庭との男女別作業学習を設けている。職場実習については、就 職とか直接的な技術の習得ではなく広く現実の職場での経験を与える意味で一就職
とは関係なく一全員を対象に3年の生活単元として取り上げている。」18)
62年からは、作業班別に、農耕、なわない、ぞうきんの3つの作業を実施して いたが、63年度には印刷が加わり4種目となる。63年度の週時程は、作業班別 の作業が8時間、それに技術(男子)家庭(女子)が2時間で合計10時間(35
%)となっている。
ぞうきん班の作業は、製品として1ケ月50〜100枚を天満屋へ納入していた。
規格をきめ、ぼろ布を集め、洗濯、ぼろほどきとアイロンかけ、ぞうきん縫い、販 売という一連の工程の中での作業であった。印刷班の作業は、63年度からブート 式印刷機1台とわずかな活字をもって、主として名刺の印刷をしていた。印刷の技 術は、担当の安芸教諭が市内の印刷所に出かけて習得したものであった。なわない 班が近くの農家からわらを買い、製品を業者に売り、農耕班が生産した野菜は給食 室に買ってもらうなど、各作業班ともに、国費や17rAから若干の援助があったもの の、独立採算が原則であった。これは、 「一般生産社会の生産様式を教育的に導入 して学校内に持ち込むことにより、具体的できめの細かい、しかも現実度の高い学 習場面を用意し、職業的能力を開発育成し、技能や態度、作業意欲や生産社会機構 の学習までの広範囲な学習内容を効果的に習得させようという学校工場方式の意図 にもそうものであった。」19)
62年には、3年生10名(男子7名、女子3名)に対して職場実習を実施して
いる。実習先は、市内の岡山紡績(株)と八王寺ブロック(株)であった。その大 要を以下に示す。(実習のねらい) ①実社会へ適応する能力の養成 ②家庭の啓蒙
③職場の啓蒙 ④一般社会の啓蒙
(実習実施と考察)
(1)職場の開拓(学校・公共職業安定所・保護者)
(2)教師の職場訪問
(3)実習適格者の選考
(4)保護者への同意、協力を求める。
(5)生徒への事前指導
(6)教師と職場による実施期日、期間、方法の決定
(7)学校長による壮行の会
(8)実習方法と実習実施
(職場実習についての問題点)
・精薄児教育、しかも中学生という年齢で果たして好ましいかどうか。
・会社の選択二二のある職場の選定が効果を上げるための第一の条件ではないか。)
・働き手としての労働に耐え得る体力の養成と性格面での陶冶の徹底が必要ではな
いか。
報酬については、八王寺ブロックにおいては、男子1日100円、岡山紡績にお いては、1日男子75円、女子50円に出勤日数をかけた金額を支給されている。
分配については、保護者の了解を得て、能力により若干の差をつけて分配してい る。 (報酬を受けて、段階をつけることにより、現実度の高い学習の場とする一手 段としょうとする立場は、71年度の6月〈高等部3年生〉の実習まで引き継がれ
る。)
63年度と64年度は、前付属中学校長で育成会専務理事であった小松原の斡旋 により、市内の特殊学級3年生が合同で、市内のカバや食品(株)において3週間 の実習を行い、付属中学校からも3名の生徒が参加した。しかし、そのころ他県に おいて、職場実習が労働基準法違反の理由で摘発されたことが新聞で報じられ、中 止のやむなきに至っている20)。
62年度の3年生は11名であった。しかし、職場実習に参加したのは10名で
あり、「実習適格者の選考」により、1名は選別されたものと考えられる。1960年度には「教育課程一就職先のくらしから一」というテーマで研究が行われ ており、精薄児が実社会に就職したとき、何が一番社会的に要求されるのかを、社 会的な要請という立場から教育課程の内容を見直している。また、61年度は「教 育課程一丸調性について一」というテーマにより職場で要求される「すなおにきく」
「かげひなたなく働く」「気をきかせる」などという態度は、学校の学習場面で具 体的にどの様な方法で指導したらよいかを研究している21)。
当時の担任は、 「昭和30年から33年のころ中学校障害児学級工場方式が強調され ていた。私は、学校工場方式に魅力を感じながらも学級園作業を中心とした作業単 元学習を行っていた。しかし、生徒の卒業・就職という現実にぶつかったときこれ でよいかという不安がだんだんと強くなり、その解決策として現場実習を選ん
だ。」22)としている。
1965年度から特殊学級を母体として付属養護学校が発足する。養護学校発足 と同時に教官も増員され、教育観や経験の違いから必ずしも共通の考え方に立脚し 得なかったとされる。以下は、65年の校内研究授業(製図)の反省会での討議の
模様である。
旧1「製図を取り扱うことに問題がある。書くことよりも読むことの方が大事なの ではないか」
新1「職業と作業学習の関係がわからない」
旧1「これまでの計画では指導要領の中の内容を分け、作業学習に取り入れてい た。作業学習は生産的な面を取り上げるが、技術は作業学習中の1領域であ
る。」
新1「T定規の使い方を始めに指導することが大切ではないか。」
旧2「授業以前の問題がある。すなわち、生徒の実態に合わせ、能力のある者には 書かせるといった能力別の指導または編成がいるのではないか。」
新2「能力別編成には反対である。学習内容は同学年の者が同学年の内容のものを 身につけるものだ。この子らにとっては、学年というものが一つの大きな誤り である。従って同学年の中で能力の低い子は、先生の補助により指導する。」