第1節 個別指導の定義と意義
特殊学級教育をその教育方法という視点から考える場合、多様化した在籍生徒一 人一人に適した教育をいかに提供するかということが問題になる。文部省は、 「新
しい学力観」を打ち出し、 「個性を生かす」教育が「新しい学力観」を支える大き な柱の一つに数え上げられており、IEPは、これを実現させるものとして最有力視
されている1)。
本章において取り扱う「個別指導」とは、いわゆるIEPのことではない。従って
「最も制約の少ない環境」 「各機関の専門家との協議」 「財政的援助」等とは関係 がない。ここで扱う「個別指導」とは、個々の生徒に対して、その特性に応じたキ メ細かい指導計画と授業における指導法のことである。
個々の生徒に応じた適切な教育を保障するというとき、それは教師の中心的な仕 事である授業づくりの充実ということが大切な柱としてあげられる。そして現在、
現場教師の実践による指導法の確立ということが重要な課題と考えられ、子どもに 合わせた指導内容・方法を検討することが急務とされている2)。
財団法人安田生命社会事業団が、1990年から5年間にわたって行ったIEP長
期調査研究報告書の「現状の問題点」によると「多様な障害やニーズをもつ子ども たちの集団であっても、一斉指導が中心になっている場合が少なくない。一人一人 に十分な課題が用意されていないため、『待つこと』や『その場にいること』が子 どもたちの課題にされてしまうこともある。また、集団の中での個別配慮では、ど うしても指導内容が画一的となり、部分的に参加する課題しか用意できない。そも そも、一人ひとりの子どものニーズに基づいた課題を最初に設定し、そこから一・斉 指導の内容を検討するという発想がいつまでたっても生まれてこない。」3)として おり、学校現場において個別教育計画が求められる背景を「時代の流れ」と「シス テム上の不満」という2点から考察している。 (図1)〈時代の流れ〉
◇ノーマライゼーション
◇ライフスタイル重視
◇チームプレイ
◇障害特性の理解と発展
◇世界の個別教育計画
〈システム上の不満〉
◇情報の共有
◇情報の引き継ぎ
◇情報の集約方法
《個別教育計画》
◇時代の変化に対応
◇個々のユニークなニーズに答える
◇蓄積・活用される情報
図1 個別教育計画を求める現状
この様な「現状の問題点」から、個別教育の在り方に関して、IEPの理念を基底 とした教育実践が現場においても注目され始めている。アメリカ合衆国やイギリス において定着したIEPが、日本においてどこまで受け入れられるか疑問の余地もあ るが、 「障害児を含め全ての子どもたちに対して行われる教育に『公正さ
(Equity)』を強く求めている」4)姿勢には見習う点も多い。田川(1996)は、
「学校や学級が専門的な障害児教育の指導の場として生きる今後の道は、徹底した 個別教育プログラムの立案と実践ではないだろうか。」5)としている。
この様に、個々に適した教育を提供しようという動きは、制度の上では1993 年度より実施された通級制度に具現化された。その意義について宮崎(1995)は
「教育形態の一層の多様化、通常の教育関係者に障害児の理解、健常児の障害児に 対する意識の変革、障害者自身の一層の自立意識の育成等を促進すること」6)とし ている。しかし、93年の文部省調査によると、通級による指導を受けているの は、97.6%が小学生で、中学生は少なく、主として言語障害児が小学校において 他校三級により指導を受けているという結果が出ており、通級指導教室制度化の意 義は満たされていない7)。
教育方法の主軸として「個別指導」が重要な役割を果たそうとしている現在、過 去の特殊学級教育における「個別指導」的な教育方法を認識し、理解した上でIEP の良い点について取り入れてゆく必要があるものと思われる。
過去の教育方法を考える場合、いわゆる「生活か教科か」といった教育内容と密 接に関わる指導形態論と、授業を展開する上での純粋な教育方法論に分類して考え る必要がある。本章では、 「個別指導」という視点から授業を展開する上での教育 方法について取り扱う。
1960年代は、 「生活か教科か」という学習形態についての論争が紛糾した時 代である。その様な背景の中で、一般教育からの見解として波紋を及ぼしたもの に、次の様な論理があった。 「精神薄弱教育における生活単元学習の形態が是か否 かは別にして、基本的に教育の組み立て、実践のありかたこそ、真にこの教育の成 果を決定する。」8)というものである。そこでは、教師が実践において必要とされ るのは、子どもと教材との的確な把握と、展望をもった統一の技術であり、教材と 子どもの相互作用に注目し、それを結びつけていく技術を追及していく必要があ
る。どのような学習形態においても、常に両者の緊張関係が自覚されていなければ ならず、この緊張関係が失われる場合、教材単元学習は、一方的な教材の伝達にな るであろうし、生活単元学習は、その生活経験からの上昇のない平板な学習にな る。実践を与えられた形式、モデルの模倣として行うこと、悪い実践の定型からの 脱却が必要であるとしている9)。
授業実践というものを考える時、多様な生徒に対する教授法として「個別指導」
という視点は必要不可欠であり、授業を行う教師は、誰もがその困難さに直面する 筈である。言い換えれば、現在の様に「個別指導」という言葉が頻繁に使用される 以前から、実践の上での「個別指導」は行われていた筈であり、個々の実践を検証 することで示唆を与えられることも多いものと思われる。
註
1)篠原吉徳「IEPに学び、 IEPにて指導する」 『障害児の授業研究』No.64、
明治図書、p.12、1997。
2)宮崎直男『障害児教育改革論』明治図書、p.1、1995。
3)財団法人安田生命社会事業団『個別教育計画の理念と実践一IEP長期調査研究報
告書一』、p.5、1995。
4)前掲書1)、p.12。
5)田川元康「個別教育プログラムのすすめ」『実践障害児教育』Vol.275、
学習研究社、p.1、1996。
6)前掲書2)、p.125。
7)前掲書2)、p.116。
8)望月勝久『戦後精神薄弱教育方法史』黎明書房、p.70、1979。
9)前掲書8)、pp.70−71。
第2節 個別指導の実態
(1)岡山市立石井中学校の場合
1963年度の資料(第2回岡山県特殊教育研究大会)より岡山市立石井中学校
における教育方法を検討する。
(生徒の実態〉
氏名性別 学年 CA lQ(WISC) 対人的適応 対課題的適応
H・S(男) 3 15:0 88
指導力もあり級友の立場を 揄 した行動がとれる。
かなづちの使用も上達して ォたし、製品もていねいに ナきるが、作業速度はやや
る。
H・T(男〉 3 14:7 66
級友の作業が気になり注意 ヘを欠く。特にHOの行動
気にする。
作業速度は劣るが10月より 墲ュ打ちができだした。
Y・Y(男) 3 15:2 38 作業中もむだ話しが多い。
ウ師の指示にはよく従うが 壕モをすぐ忘れてしまう。
他人の作業のかたずけなど 烽謔ュする。釘のうちそこ ネいも多く製品をこわすこ
ニもある。
K・M(男) 3 15:5 29 車輪つけのグループには適 桙ナきだした。他のグルー vの者とは話しをすること 熄ュない。
斜視もあって車輪つけ作業 ヘ時間がかかるが、作業態 xは向上してきた。
M・K(男) 3 16:1 28 自分に気に入らないことが
?驍ニ級友をたたいたりす 驕B車輪つけのグループの
?ナはリーダーである。
車輪つけは興味をもってす 驕B比較的長時間(2時間)
アけられる。
A・M(男) 3 16:6 31 無ロであり、級友とは全然 福 きかない。返事は時々 キる。放課時間も1人で席 ノ座っている。
単純な作業は与えられると ェ気づよくするが、自分か 迯゙料を用意してすること ヘない。材料がなくなると
カつとつしている。
(以下6名省略)
(本時案)
・自分にわりあたえられた責任をはたせるようにする。(High)
本時の目標 ・自分にあたえられた仕事がだまってできるようにする。
不良品が見分けられるようにする。(Low)
学習活動 作業内容 指 導 上 の 処 置
・出時の学習について ・前時の作業の反省を思い出させ、発展的に本時の学習
話しあう。 に導入する。
・HT,SY,TYに多く発問する。・今日の作業の責任者を 決める。
・作業の準備をする。 ・どのように材料を置いたら能率的であったか考えさせ ながら準備をさせる。
・第3班は教師の指示に従って準備させる。
・作業開始時刻、終了時刻、作業時刻を確認させる。
・グループに分かれて ・第1班 ・NKは釘が出たままでぬかずに次の班に送ることがあ 作業をする。 HS,NK,HTは るので注意する。
木箱のわく打 ・HSには作業速度を要求してみる。
ちをする。
・第2班 ・YY,TY,OKは底板のならべ方が粗雑になったり、わか YY,TK,OK らないときがあるので、教師の点検をまって次の作業 MY,TY,SY にかかるようにさせる。
は底板を打つ
・第3班 ・不良品をみつけたら車輪をつけないようにさせる。
MK,AM,KM ・製品は10個ずつ並べさせる。
は玩具の車輪 っけ作業をする
・生産高を貴重する。 ・小黒板への生産高の記入は個々にさせる。
・今日の作業について ・責任者に生産簿へ記入させ、今日の生産高を発表さ
話し合う。 せる。
・後始末をする。 ・自分の班のかたづけを責任もってさせる。
・自分の班がすんだら他の班のかたづけを進んで手伝 うようにさせる。
・第3班は教師の指示でかたづけさせる。
(r第2回岡山県特殊教育研究大会』pp.28−291963)