9.1 結論
日本はかつて世界の太陽電池の製造を牽引してきたが、新興国の台頭により世界シェアが急落し ている。従来のような技術的優位性による国際競争力を取り戻すための手段として、多接合化による 変換効率向上がその一端を担っており、狭バンドギャップ材料を用いた太陽電池による長波長光の有 効活用が必要不可欠である。そこで、本研究では狭バンドギャップ材料であるc-Geを用いたヘテロ接 合太陽電池の研究開発に取り組んだ。
c-Ge はバンドギャップが 0.66eV であり、ボトムセル材料として長波長光を十分吸収する能力があ り、化合物系の多接合太陽電池との格子定数が比較的近いため、化合物多接合太陽電池のボトムセ ルとして使用されることがある。また、同じ14族のSiやSnとの合金は組成比でバンドギャップを調整 できるため、新たな太陽電池材料として研究が行われている。一方で、狭バンドギャップ材料を用いた 太陽電池は、VOCが低く、高温時の性能低下幅が大きいという欠点があるため、c-Si ヘテロ接合太陽 電池で高VOCおよび良好な温度特性を示すa-Si:Hをヘテロ接合層の材料として用いた。
シミュレーション及び実験を通して、ヘテロ接合界面の構造及びバンドダイヤグラムの制御方法を検 討し、最終的には c-Geを用いたヘテロ接合太陽電池として世界最高効率の 7.61%を達成した。主な 成果は以下の通りである。
(1) c-Geヘテロ接合太陽電池のシミュレーションによる検討
シミュレーションソフトとして、ヘテロ接合太陽電池用に開発されたAFORS-FETを採用し、c-Geヘテ ロ接合太陽電池の基礎特性を検討した。c-Ge基板の伝導型とエミッタ材料検討の結果、c-Ge基板中 に発生する拡散電位が大きいと、高変換効率、かつ界面欠陥密度Ditによる変換効率の低下が抑制さ れることを明らかにした。また、少数キャリアに対して障壁となるバンドオフセットが過大であると、生成 された電子正孔対を電流として取り出せないことが示唆された。これらの検討の結果、本研究で検討し た材料の組み合わせの中では、c-Ge(n)基板に対し、c-Si(p)をエミッタとする c-Si(p)/c-Ge(n)が最も高 効率な太陽電池が得られる構造であると考えられる。しかしながら、c-Ge(n)基板は各種金属とショット キー接合を形成することが知られており、ショットキー接合による効率低下を考慮すると、c-Ge(p)基板 を用いた方が高効率となるため、本研究ではc-Ge(p)基板を採用することに決定した。
(2) 基板伝導型の選定と界面処理の影響
a-Si:H/c-Ge(p)ヘテロ接合界面へのa-Si:H(i)バッファ層適用について検討を行い、a-Si:H(i)層なし及
び40nm程度の a-Si:H(i)層を適用すると変換効率が改善することを確認した。a-Si:H(i)層なしの場合 は、界面に直接ドーピング層が存在するため c-Ge 基板内の拡散電位が向上すること、a-Si:H(i)層 40nm適用時はパッシベーション効果が向上しているためと考えられる。
ヘテロ接合界面への処理についても検討を行い、H2による界面処理には太陽電池特性を改善する
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傾向は見られないこと、PH3暴露処理は a-Si:H(i)バッファ層との組み合わせで良好な特性が得られる ことを見出した。PH3 暴露処理に関してシミュレーションを行った結果、a-Si:H/c-Ge(p)界面にドナーと して機能する P を供給することで、界面近傍の拡散電位を増加させるため、変換効率が改善している と推定された。
(3) a-Si:H/c-Ge(p)ヘテロ接合界面の評価
異なる面方位のc-Ge基板を用いたa-Si:H/c-Ge(p)ヘテロ接合界面をTEM、SIMS、SCMを用いた 評価を行った。TEM観察の結果、c-Ge(p)基板上に製膜したa-Si:H(i)層はc-Ge(p)基板との界面でヘ テロエピタキシャル成長を起こしていることを確認した。ヘテロエピタキシャル成長層の厚さは基板面方 位によって異なり、PH3暴露処理を適用すると抑制される。下地層の結晶構造と界面に存在する不純 物の影響を受けていると考えられる。SIMS での分析の結果、PH3暴露処理を適用した場合、界面近 傍に P が存在することを確認した。界面の P の密度はシミュレーションで求めた太陽電池特性が 改善する P 密度の範囲に相当し、シミュレーションとの整合性があることを確認した。また、
SCM を用いた断面観察では、PH3暴露処理を適用した場合 c-Ge(p)基板内の拡散電位が増加し ていることを確認した。これはa-Si:H/c-Ge(p)ヘテロ接合界面に付着したPがドナーとして機能 していることを示唆しており、シミュレーション結果とも整合性している。
(4) ヘテロエピタキシャル成長層の太陽電池特性への影響評価
a-Si:H/c-Si ヘテロ接合太陽電池の場合、エピタキシャル成長層が存在すると著しく太陽電池特性が
低下することが報告されているため、a-Si:H/c-Ge(p)ヘテロ接合界面に存在するヘテロエピタキシャル 成長層の太陽電池特性への影響をシミュレーションで確認した。比較のためa-Si:H/c-Si(p)ヘテロ接合 太陽電池についても同様にシミュレーションを行った。a-Si:H/c-Ge(p)ヘテロ接合太陽電池の場合、エ ピタキシャル成長層とc-Ge(p)基板の界面に0.51eVの伝導帯バンドオフセットが存在し、エピタキシャ ル成長層中の正孔密度が低く抑制されるため、エピタキシャル成長層の欠陥密度が増加しても、太陽 電池特性はほとんど影響を受けないことが示唆された。一方、a-Si:H/c-Si(p)ヘテロ接合太陽電池の 場合、c-Si 基板とのエピタキシャル成長層の界面にバンドオフセットが存在しないため、欠陥密度が増 加するとエピタキシャル成長層内での再結合が著しく増加し、太陽電池特性が低下することが示され、
a-Si:H/c-Siヘテロ接合太陽電池の報告事例とシミュレーション結果が整合することを確認した。
(5) ヘテロ接合形成条件最適化による高効率化
太陽電池特性向上のため、a-Si:H(i)層の製膜条件及び界面処理条件の検討を行い、Dit
低減と、c-Ge(p)内の界面近傍の拡散電位の調整を試みた。PH3暴露処理を適用した場合、c-Ge(p)内の拡散電
位は、a-Si:H(i)層製膜時のヒータ温度の影響を受け、界面に付着した PH3が分解されないヒータ温度 では、ドナーとして機能せず界面近傍の空乏化が起こらないことを明らかにした。また、O2暴露処理を 適用することで、ヘテロエピタキシャル成長層がなくなること、O2暴露処理を適用した場合、PH3暴露 処理を適用しても界面近傍の明確な空乏化は起こっていないが、Ge(100)基板を用いた場合、非常に
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良好な太陽電池特性を示すことを確認した。PH3 暴露処理有無時の短波長感度の差異より、O2暴露 処理適用時においても、PH3暴露処理によって僅かに拡散電位が増加していることを確認している。ま た、ポストアニーリングも界面特性改善に必要な処理であることも確認した。
上述のO2暴露処理とPH3暴露処理によるc-Ge(p)ヘテロ接合太陽電池の特性改善手法は、O2暴 露処理による低欠陥界面の実現と、PH3暴露処理とその後のa-Si:H(i)層製膜、ポスアニールによる界 面特性改善が両立可能であり、c-Ge(p)ヘテロ接合太陽電池の変換効率向上に有効な手法であると 考えられる。この手法を適用した結果、c-Geヘテロ接合太陽電池としては世界最高の変換効率である
7.61%を達成した。c-Ge ホモ接合太陽電池の最高変換効率には及ばなかったが、VOCは BFS 構造
未適用にもかかわらず、世界最高効率の c-Ge ホモ接合太陽電池よりも高く、本研究で見出した手法 を適用すると、非常に良好なヘテロ接合界面が得られることが示された。
9.2 今後の課題と展望
2000 年にドイツで始まり、欧州や日本で導入された再生エネルギーの固定価格買い取り制度により、
太陽電池の市場は爆発的に拡大した。当時は太陽電池の主原料となる c-Si の供給が市場拡大に追 い付かず価格が高騰し、c-Siを原料としない薄膜Si や、CIGS、CdTeなど様々な種類の太陽電池が 開発され市場に投入された。しかし、c-Si の供給能力の増大及び生産技術の進歩による c-Si 系の太 陽電池の価格低下と変換効率向上により、2018 年時点ではc-Si系太陽電池が約97%のシェアを占 めるに至っている。近年の太陽電池に関する研究開発は、c-Si を用いた太陽電池の世界最高効率を 更新した c-Si ヘテロ接合太陽電池、印刷など低コスト製造技術が適用可能であり変換効率向上の報 告が相次ぐペロブスカイト太陽電池に関するものが多い。
本研究のテーマであるc-Geヘテロ接合太陽電池は、超高効率化を目指した基礎研究であり、高価 なc-Ge基板を用いるなど、そのまま市場に受け入れられるものではないと考えられる。しかしながら、
今後も再生エネルギー供給能力の急拡大は続くと考えられ、単位面積当たりの発電能力(変換効率)
向上は至上命題である。c-Ge は、現在主流の c-Si や、盛んに研究が行われているペロブスカイトで は吸収できない長波長光を吸収可能な材料であり、いずれ市場に出回ると考えられる超高効率太陽 電池には欠かせない技術であると考えられる。現在 c-Ge基板は非常に高価であるが、インゴットから 極薄膜にスライスする手法や、原料ガスからの蒸着で高品位な薄膜が得られるようになれば、コスト低 減は可能であると考えられる。また、太陽電池の多接合化に関しても、モノリシック型の多接合太陽電 池では、前後流のプロセスの制約を受け、特にa-Si:Hなどの低温プロセスで作製した太陽電池では、
高効率化が難しい場合があったが、別々に作製した太陽電池を機械的に接続する手法など多接合化 の技術開発も進められている。以上の理由より、本研究で開発したヘテロ接合形成手法は、将来的に 低コスト超高効率太陽電池の実現に資するものと考えている。
本研究で得られたヘテロ接合太陽電池に対するバンドダイヤグラムの制御方針については、同様に ヘテロ接合を有する太陽電池に適用可能であると考えられる。例えば、CIGS太陽電池ではpn接合を
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形成する界面の結晶品質が低く、バッファ層の選定が難しいといった課題があるが、バンドオフセットと ドーパントによる界面近傍のバンドダイヤグラムの積極的な制御により、界面欠陥の影響を抑制できる 可能性があると考える。また、新規材料を用いたヘテロ接合太陽電池の開発時に、本研究の成果を適 用すると、接合を形成する材料の物性値を考慮した材料選定が可能である。さらに、接合形成時にド ーパントを含む原料ガスでの界面処理を検討することで、理想的なバンドダイヤグラムの実現を支援 することができると考える。
また、太陽電池のみでなくGeやGeSnを用いたMOS-FETへの適用も視野に入れることができる。
Geは、現在MOS-FET に主に用いられているSiより電子及び正孔共に移動度に優れ、Si をGeに
置き換えるとMOS-FETの高速化が可能となる。しかしながら、Siと比較し界面欠陥の抑制が難しいこ とに加え、金属との界面でフェルミレベルの価電子帯へのピニングが発生するため、コンタクト抵抗が 大きくなるといった課題が存在する。本研究では、Ge の界面欠陥密度の低減と、界面近傍のバンド構 造制御により太陽電池の高効率化を実現しており、Geを用いたMOS-FETの界面制御にも流用可能 であると考えている。