eラーニングに関する研究では,マルチメディア・コンテンツによる教材の提示に関す る研究は多くない.一方,従来からの教育心理学の分野において効果的なコンテンツ開発 および学習環境構築手法は,学習中の認知負荷を如何に減少させるかという問題に帰着さ せることが多い.
学習中の認知負荷には,外的認知負荷,本質的な認知負荷の2つの認知負荷がある.本 質的な認知負荷は,学習に必要な認知負荷であるが,外的認知負荷は学習を阻害する要因 となる.外的認知負荷を軽減することが,作業記憶資源を学習内容の理解へ多く振り分け ることへ繋がる.本論では,eラーニングにおけるマルチメディア・コンテンツによる学 習中の外的認知負荷を減少させることを目的とした.
学習中の認知負荷を表現できる人間の情報処理モデルの1つに「デュアル・チャンネ ル・モデル」がある.デュアル・チャンネル・モデルは,人間の聴覚と視覚それぞれ情報 処理を行う独立なチャンネル,聴覚チャンネルと視覚チャンネルが存在し,それら二つに それぞれ決まった容量があると仮定したモデルである.このモデルでは,二つのチャンネ ルを通過する情報が同期することにより,二つのチャンネル内の聴覚情報と視覚情報が相 互作用し,情報伝達効率をより強化する.そして,情報伝達効率を高め,認知容量の配分 を効率化し意味統合に認知資源を多く使うことで,内容理解を深めることができ,結果と して記憶保持も効率化させると考える.
マルチメディア教材研究の第一人者,Mayerは,マルチメディア(Multimedia)を「言 語(ナレーション,文章)と図(絵,写真,図表,動画)を同時提示する方法」と定義し ている.そして,デュアル・チャンネル・モデルに基づく多くの実験から,視覚コンテン ツである図や動画と聴覚コンテンツであるナレーションを同期して提示するマルチメディ ア教材が学習に効果的であることを示唆している.しかし,従来研究の実験は対面授業形 式で行われている.このような実験では,聴覚コンテンツと視覚コンテンツを同時に提示 しただけで聴覚チャンネルと視覚チャンネルの同期は保障されていない.また,eラーニ ングでは,教師が存在する対面授業と異なり,自律的に学習を行わなければならず,従来 の対面授業での実験結果とは異なる可能性が高い.聴覚コンテンツと視覚コンテンツの同 期が取れない場合,デュアル・チャンネル・モデルにおける聴覚チャンネルと視覚チャン
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ネルの相互作用が生起しないだけでなく,同期のための探索に認知容量資源が大きく用い られ,結果として内容理解を著しく損なうことも有り得る.
本論では,マルチメディア・eラーニング環境において,ポインタにより聴覚コンテン ツと視覚コンテンツの同期を支援する教材提示方法を提案し,実験でアイマークレコーダ を用いて視覚と聴覚の同期が改善されることを示した.さらに,それにより学習が改善さ れることを示したことで,これまで暗黙の仮定として扱われてきたデュアル・チャンネル・
モデルの妥当性を示した.
一方,学習者は受講中,ただコンテンツを視聴しているだけではない.学習者は何ら かの方法で書込みやノートテイキングを行っている場合がある.学習中における書込み行 為やノートテイキングの有効性が指摘されており,eラーニングにおいても,ノートテイキ ングやメモ書きにより学習効果を高められることが期待される.しかし,そのメカニズム は明らかにされていない.また,eラーニングの場合,メモ書きに利用する入力デバイス によっては操作にかかる外的認知負荷のために学習活動を阻害する場合がある.タブレッ トPCをeラーニングで用いれば,画面上に直接書込むことができるため,視覚コンテン ツを注視したまま,メモ書きや下線引きが行え,外的認知負荷をもたらさずに学習を進め ることができる.また,タブレットPCはナレーションとも同期が取りやすく,ペンと紙 資料と同じように,ナレーションに合わせ文章に下線を引いたり,ペン先でなぞる等の行 為が注視点を誘導し,デュアル・チャンネル・モデルにおける二つのチャンネルの同期を 支援することが期待される.
本論では,マルチメディア・eラーニング環境において,外的認知負荷軽減,および聴 覚コンテンツと視覚コンテンツの同期を支援する教材提示方法を提案し,同期の向上によ り学習が効率化できることを示すため,デュアル・チャンネル・モデルに基づき,以下の 実験を行った.
1). 聴覚コンテンツと視覚コンテンツの同期をと支援するため,eラーニング・マルチメ ディア教材におけるポインタ提示法を提案し,実際に同期が生起したかどうかをア イマークレコーダで確認しながら,学習効果を分析した.
2). 紙媒体,キーボード,ペンタブレット,タブレットPCによるメモ書きを行いながら のeラーニングを比較し,実際に同期が生起したかどうかをアイマークレコーダで 確認しながら,学習効果を分析した.
1)の実験では,テキスト,静止画,動画のそれぞれのコンテンツとナレーションを同 時提示した場合を比較し,ポインタの有無にかかわらず,動画が最も聴覚と視覚の同期が
取れ,学習効果が良いことが示された.これは,よく設計された動画コンテンツが学習者 の注視点をナレーションに同期して誘導していることを示している.しかし,一般にはこ のような動画コンテンツの制作コストは高く,また,動画で表現できる内容も限られてい る.一方,静止画の場合,ポインタが聴覚と視覚の同期を有意に支援することを示し,動 画とナレーションの同時提示とほぼ同等に同期が取れることを示した.また,ポインタを 用いて静止画コンテンツとナレーションを同期した場合,動画とナレーションの同時提示 とほぼ同等のコンテンツの注視時間が保障されることが示され,学習効果も高いことが示 された.静止画は,制作コストが低いだけでなく,表現できる内容も動画に比べ広がる.
ただし,テキストを静止画に挿入した場合,聴覚と視覚の同期がとりにくくなり,テキス ト情報が学習を阻害することも示した.このような結果より,eラーニングでは,テキス トを挿入しない静止画とナレーションをポインタを用いて同時提示することが最も学習効 果を高める手法であることが示唆された.
2)の実験では,紙媒体,キーボード,ペンタブレット,タブレットPCによるメモ書き を行いながらのeラーニングを比較した結果,ナレーションに合わせて下線を引いたりペ ン先でなぞることで,聴覚コンテンツと視覚コンテンツの同期が支援され,マルチメディ ア教材の有効性を阻害することなく学習できることが示された.また,ナレーションを聞 きながらのメモ書きは,書込み行為が作業記憶における聴覚情報と視覚情報の同期を誘発 し,記憶を促進することを示した.このような結果より,eラーニング環境でのメモ書き では,タブレットPCの利用が最も学習効果を高める手法であることが示唆された.また,
テキスト,静止画,動画のコンテンツで比較したところ,テキストなしの静止画コンテン ツでタブレットPCによる学習効果が最も向上することが示された.
以上から,本論では,ポインタ提示による聴覚と視覚の同期支援と,タブレットPC を利用した書込みを行いながらの学習によって,静止画コンテンツでの学習効果と学習効 率を高めることを示した.
デュアル・チャンネル・モデルに基づく,マルチメディア教材に関する先行研究では,
コンテンツに関わりなく,動画が最も学習効果が高いことが示唆されている.しかし,そ れらの結果は,機械動作や自然現象等のメカニズムについてのみのコンテンツが用いられ ており,動画の利点が享受できる内容に限定されているともいえる.本論でも,従来研究 に従い,実験用コンテンツを作成し実験に用い,注視点をコントロールすれば静止画コン テンツが動画コンテンツとほぼ同等の学習効果があることを示した.実際の教材内容はよ り広範で動画で表現できない場合が多い.近年,文章や概念構造を図示して構造化する手 法も多く提案されている.具体的には,Chambliss and Calfee(1996)は,知識構造を,
(1)過程,(2)比較,(3)一般化,(4)一覧,(5)分類に分け,それぞれの知識構造に応じて,