第58条〔教育権,公教育の監督,初等教育の無償・義務化〕
すべての国民は,良質な教育を受ける権利を有する。教育は,すべての国立教育機関の諸 段階において無償とし,初等教育は義務教育とする。国は,義務教育期間の延長について,
あらゆる措置を講じる。
国は,職業訓練を支援し,奨励する。国は,すべての種類の教育を監督し,国内生産の十 分な割合を教育に割当てる。
国公立,私立,市民的およびその他すべての教育機関は,国の教育計画およびその目的にし たがう責務を有する。これらすべては,教育を社会および生産の要請に結合させるものとする。
〈解説〉
第58条は,教育に関わる権利や保障を扱うものである。教育を受ける権利を定める第1項,
職業教育支援を述べる第2項,教育機関の責務を定めた第3項からなる。1971年憲法18条 および20条にもとづきながら,新たな項目を加えた,「変化」の条項である。
第1項の冒頭では,「すべての国民」に「良質な教育を受ける権利」al-ḥaqq fī al-ta‘līm ‘ālī
al-jawdaがあることが述べられる。これは,1971年憲法18条の「教育は国が保障する権利
である」と比べて,「良質な」‘ālī al-jawdaと形容される「教育権」をより力強く推進する。
1971年憲法18条では,続いて「初等教育の義務化と義務教育延長の努力」が述べられる が,本条ではこの前に「国立教育機関における教育の無償化」が挿入された。この表現は,
1971年憲法20条の文言とほぼ変わらない。このように本条第1項は,1971年憲法18条お よび20条の要素が組み合わせからなる。
第2項では,まず「職業訓練」al-ta‘līm al-fannīの支援・奨励が述べられる。これは新た に追加された規定で,社会問題となっている高い失業率の解決を目指したものと考えられる。
これに続く,「国によるすべての教育の監督」は,1971年憲法18条と同内容である。1971 年憲法では「そのすべての」kull-huと表現されていたが,本条では「そのすべての種類に おいて」bi-kull anwā‘-hiとなっている。第2項末尾の「国内生産の十分な割合を教育に割 当てる」という規定は,今回新たに追加されたもので,教育を支援する姿勢を強調している。
第3項では,「すべての教育機関は国の計画にしたがう責務」が述べられる。1971年憲法 18条では「大学および研究機関の独立性を保障する」との規定が置かれていたが,本憲法 ではそれは次条「学問の自由」に移され,代わりに「教育機関」al-mu’assasāt al-ta‘līmiyya 全般に対する「国の計画にしたがう責務」が定められた。これは,近年エジプトで急増した
「私立の」al-khāṣṣa wa-l-ahliyya学校を念頭に置いていると思われる。また,本憲法60条の
「アラビア語・国史・宗教教育の必修化」とも合わせて,国による教育統制の強化の試みと
いえるだろう。第3項末に記された「教育を社会および生産の要請に結合させること」は,
教育統制の目的を示している。
歴史的には,教育に関わる権利はいくつかの変遷を経てきた。1923年憲法では元来,第 17条「教育は自由」al-ta‘līm ḥurr,第18条「公教育の監督は法定」,第19条「初等教育 は義務,公立機関では無償」の3点から規定されていた。この「教育は自由」とする考え は,1831年ベルギー憲法に由来するものであったが,1954年憲法案28条で「教育は権利」
al-ta‘līm ḥaqqとする考えが導入されるとこちらが主流となり,1956年憲法以降はすべて「教
育は権利」と規定するようになった。
残る2点も同じく1956年憲法を境にして変化を被った。1923年憲法18条の「公教育の 監督は法律による」tanẓīm umūr al-ta‘līm al-‘āmm yakūnu bi-qānūnという規定は,1956 年憲法50条において,「国は公教育を監督し,法律がこれを組織する」tushrifu al-dawla ‘alā al-ta‘līm al-‘āmm, wa-yunaẓẓimu al-qānūn shu’ūn-huと表現が改められた。そして1971年 憲法18条からは,「法律がこれを組織する」という表現が削除され,「(国が)すべての教育 を監督する」tushrifu ‘alā al-ta‘līm kull-hu となった。本憲法では,この「すべての」kull-huが,「すべての種類の」bi-kull anwā‘-hiに変更されている。
1923年憲法19条については,「公立機関」al-makātib al-‘āmmaにおける初等教育の無償 化は,1956年憲法以降,「国立学校」al-madāris al-dawlaを対象とするようになった。1954 年憲法案では「公立学校」al-madāris al-‘āmmaと表記されており,徐々に「国」が前面に押 し出されてきたことがわかる。なお,1971年憲法20条では,「国家教育機関」al-mu’assasāt al-dawla al-ta‘līmiyyaという新たな表現にとってかわられた。
これら3点の変化から,歴史的には,1956年憲法の成立を境として,教育に対する国の 統制が少しずつ強化されてきたといえるだろう。この点で本憲法は,1956年憲法以来の流 れに逆らうものではなく,むしろこれを一層推し進める方向にある。
〈関係条項〉
「教育は,自由である。これに対するすべての抑圧処置は,これを禁ずる。教育に伴う犯罪 の処罰は,法律によってのみ規定される。
国費によって授ける国民教育は,同じく法律によって規定される。」(1831: 17,清宮 1976: 72)
第59条〔学問の自由〕
学問の自由は保障される。大学,科学および言語に係る学術協会,ならびに学術研究機関 は,独立性を有する。国は,これら研究機関に国民生産の十分な割合を割当てる。
〈解説〉
第59条は,「学問の自由」について,自由の保障と学術研究機関の独立性を定める。本条は,
1971年憲法18条および49条を統合し,追加項目を加えたもので,「変化」の条項である。
エジプト憲法では,「学問」は,「学術研究/科学調査」al-baḥth al-‘ilmīとの語で表現さ れる。本条では,まず「学問の自由は保障される」ことが宣言される。1971年憲法では「学 問の自由」は「創作」ibdā’と合わせて規定されていたが,本憲法では「創作の自由」は第 46条になり,「学問の自由」は本条となった。
続いて,大学や「科学・言語に係る学術協会」al-majāmi‘ al-‘ilmiyya wa-l-lughawiyya,
学術研究機関が「独立性を有する」mustaqillaことが述べられる。これは,教育権を定める 1971年憲法18条の「大学および学術研究機関の独立性の保障」の規定に由来する。「大学」
al-jāmi‘ātの語が憲法条項に入るようになったのは,1964年憲法38条が最初であった。こ
れをふまえたうえで1971年憲法の学術研究・高等教育を大幅に拡張させた二つの条項が加 えられ,本条に受け継がれたことになる。なお,「学術協会」の語は本条で新たに加えられ たものである。
最後に,学問に対する国の保障の一環として,前条の第2項にも見られた「国内生産の十 分な割合を割当てる」ことを定め,経済的支援を明言している。
〈関係条項〉
第60条〔アラビア語・国史・宗教教育の必修化〕
アラビア語は,すべての教育機関におけるさまざまな教育課程における基本科目である。
宗教教育および国史の二科目は,大学に先立つあらゆる種類の教育における基本科目とする。
大学は,さまざまな専門的研究に必要な価値観および倫理観を教授する責務を有する。
〈解説〉
第60条は,アラビア語・国史・宗教教育の必修化を定める。アラビア語を基本科目と定 める第1項,宗教教育と国史を定める第2項,大学における倫理教育を定める第3項からなる。
1971年憲法19条を大幅に拡大させた,「変化」の条項である。
第1項は,まずアラビア語を「すべての教育機関のさまざまな教育課程における基本科目」
mādda asāsiyya fī marāḥil al-ta‘līm al-mukhtalifa bi-kull al-mu’assasāt al-ta‘līmiyyaと定め る。この表現は,第2項の「大学以前の」qabla al-jāmi‘īという限定がない分,国立・私立 を問わず,すべての教育課程に適用されるものであろう。主語は異なるが,1971年憲法19 条「宗教教育は,公的な教育課程における基本科目である」の文章構造によく似る。本条の 規定は,本憲法12条の「教育,科学および知識のアラビア語化の推進」を実際の教育課程 に根づかせる役割を担っている。
第2項においては,「宗教教育」al-tarbiya al-dīniyyaおよび「国史」al-tārīkh al-waṭanī について,これらが「大学以前の」教育課程における基本科目となることが述べられる。「宗 教教育」は1971年憲法19条においてすでに言及されていたが,本条で新たに「国史」が 必修化された。
第3項では,大学レベルの教育を対象として,大学機関が学生に「さまざまな専門的研 究に必要な価値観および倫理観」al-qiyam wa-l-akhlāq al-lāzima li-l-takhaṣṣuṣāt al-‘ilmiyya
al-mukhtalifaを教授する責務を定めている。本条から加えられた新規項目であり,その意
図や具体的内容はまだあまり明確ではない。
〈関係条項〉
第61条〔識字教育の推進〕
国は,非識字の解決および男女全世代からの非識字源の根絶のための総合計画を策定する 責務を有する。国は,本憲法の施行から10年以内に,社会の参加を得て,非識字根絶計画 を実行する。
〈解説〉
第61条は,識字問題をとりあげ,非識字の根絶を目指す。1971年憲法21条を発展させた,
「変化」の条項である。
本条は,「国」を主語とする二つの文章からなる。一つめの文では,「国」が主体となって