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「社会的・倫理的構成要素」

ドキュメント内 エジプト 2012 年憲法の読解 (ページ 56-63)

8条〔国による社会・個人の保護〕

国は,公正,平等および自由を実現する手段を提供し,社会の個々人の間に親愛,相互扶 助および連帯を培う責務を有し,個人の生命,名誉および財産の保護を保障し,すべての国 民の充足を実現するよう努める。これらはすべて法律の範囲内で行われる。

〈解説〉

第8条は,国が社会および個人に対して施す,さまざまな保障や保護の責任性を定める。

1971年憲法には相当する条項がないので,「新規」の条項とする。

本条では,「国」al-dawlaを主語として,「保障/提供する」takfalu,「~の責務を有する」

taltazimu bi~,「保障/保証する」taḍmanu,「~に努める」ta‘malu ‘alā ~の四つの動詞を 述語とする。なかでも,社会の人々が互いに培うべきものとして,「親愛」al-tarāḥum,「相 互扶助」al-takāful al-ijtimā‘ī,「連帯」al-taḍāmunの三つを挙げる。前二者は過去憲法にまっ たく見られず,後者の「連帯」が唯一,1971年憲法7条「社会は社会的連帯にもとづく」にて,

「社会的連帯」al-taḍāmun al-ijtimā‘īの語で表現されていた。ただし1971年憲法のこの規定 は,社会体制の一般原則を述べたものであり,「国が社会に提供するもの」を定める本条の 意図および用法とは大きく異なる。

本条では,「個人の生命,名誉および財産の保護」や「全国民の充足の実現」の確約など,

これまで以上に国家による積極的な社会保護の姿勢が示されている。単に「社会の構成要素」

を指摘するというよりも,国家が関係を結ぶ社会諸層を特定しつつ,社会に対する温情主義 的姿勢を示しているようだ。

〈関係条項〉

9条〔安全・安心・機会均等の保障〕

国は,安全,安心および機会均等を,すべての国民に区別なくもたらすことに責務を有する。

〈解説〉

第9条は,国家が社会にもたらす三つの事柄を定める。同内容を示す1971年憲法8条と

比べて,構文や内容に重要な変更や追加が見られる,「変化」の条項である。

本条では,「国」を主語として,「すべての国民に」li-jamī‘ al-muwāṭinīnに対する「安全」

al-amn,「安心」al-ṭuma’nīnaおよび「機会均等」takāfu’ al-furaṣの保障が定められる。同 様の内容を示す1971年憲法8条「国は機会均等をすべての国民に保証する」と比べ,主体・

客体は同じだが,動詞が「保障する」takfaluから「もたらすことに責務を有する」taltazimu

bi-tawfīrに変更されている。過去憲法においては一貫して「保障する」の語で用いられて

きたので,より積極的な関与を示す「責務を有する」への変更には意図があると考えるべき であろう。

また,保障されるべき内容は,1971年憲法8条では「機会均等」だけであったが,本条 ではその前に「安全」と「安心」の二語を掲げている。これら二語は類似した概念であるが,

「安全」の語が動詞の「安全である/安全を守る」amuna,「安心」の語が「平穏である/静

める」ṭam’anaに由来することから,それぞれ「安全」「安心」と訳出した。

これらが保障される客体は,過去憲法と同じく「すべての国民」であるが,本条ではさら に「区別なく」dūna tamyīzという強調の表現が追加されている。この「国民間の平等」の 強調は,本憲法の第6条や第33条とも関係するだろう。

〈関係条項〉

10条〔家族・母子・女性の保護〕

家族は,社会の基礎であり,その支えは,宗教,倫理および愛国心である。

国および社会は,エジプトの家族が有する本源的性質を維持する責務を負い,家族の結束 と安定を求め,家族が有する倫理的価値の強化と保護を求めるものとする。これらは,法律 の組織するところによる。

国は,母子福祉を無料で提供する。国は,女性が有する家族への義務と公の職務の間の調 和を支援する。

国は,一家の稼ぎ手である女性,離婚した女性,および夫と死別した女性に,特別な保護 を与える。

〈解説〉

第10条は,家族を社会の基礎と定める第1項,エジプト的家族原理を国と社会の両方が 守る責務を定める第2項,国家による母子・女性保護を述べる第3項,国による働く女性の

保護を述べる第4項からなる。同様の内容を示す1971年憲法9条と比べ,保護の内容や対 象範囲を拡大した,「変化」の条項である。

第1項では,「家族」al-usraを支える「土台」qiwām-hāとして,「宗教」al-dīn,「倫理」

al-akhlāqおよび「愛国心」al-waṭaniyyaの三つが挙げられる。これらの表現は,1971年憲

法9条1項とまったく変わらない。過去憲法においても1954年憲法案48条の初採用以来,

1956年憲法5条,1964年憲法7条と,変わらず受け継がれてきた。ただし1954年憲法案では,

この一文は「母子保護」の規定と合わせて一条をなしていた。1956年憲法および1964年憲 法ではこの一文のみで一条をなしており,本条の第2,3項に相当する内容はそれぞれ別の 条項に記されていた。

第2項は,1971年憲法9条の第2項に同様の規定があり,その多くを受け継ぎつつ,変 更を加えたものになっている。家族を重視する価値観を強調し,「エジプトの家族が有す る本源的な性質」al-ṭābi‘ al-aṣīl li-l-usra al-miṣriyyaとして,家族にエジプト社会の本質や 伝統を担わせようとする意識が読み取れる。変更点としては,1971年憲法9条において は,主語が「国」al-dawla単体であったのに対し,本条では「国および社会」al-dawla

wa-l-mujtama‘の二者になり,国家と社会が共同して行うものと見なされるようになった。述語

となる動詞には共通して,「~に努める」taḥraṣu ‘alā~という語が用いられている。しかし 1971年憲法では,家族やそれに関わる価値観の「保全」al-ḥifāẓに「努める」ことが求めら れただけであったが,本条では家族を守る「責務」al-iltizāmを担うこと,および家族の「結 束」tamāsuk-hāと「安定」istiqrār-hā,家族的価値の「強化」tarsīkhと「保護」ḥimyāt-hā の促進に「努める」ことが求められる。こうした変更は,国による家族制度へのより大きな 介入を予期させる。なお,こうした内容の規定が初めて採用されたのは1971年憲法であり,

まだ内容的に固まっていない感がある。

第3項は,短い二文からなるが,「母子福祉の保障」に関する前半と「女性の公私役割の 調整」を定める後半で,内容および過去憲法における系譜が大きく異なる。前半の「母子福 祉の保障」は,1971年憲法において,第9条「家族は社会の基礎」に続く第10条として,「国 は母子の保護を保障する」と簡潔に定められていた。これに対し本条では,「国は母子福祉 を無料で提供する」として,「保護」ḥimāyaをより具体的な「福祉/サービス」khidmātとし,

その「無料提供」bi-l-majjānを確約することで,国による母子保護政策をさらに進めたもの となっている。過去憲法を見ると,1964年憲法19条および1956年憲法18条では,「国は 家族への支援および母子の保護を保障する」と定め,1954年憲法案第48条では,「家族は 社会の基礎」と「家族の支援および母子の保護の保障」が合わせて述べられていた。ここで いう「家族の支援」da‘m al-usraが指すものは明確ではないが,この語は1971年憲法10条 では削られ,代わりに「国による青少年の保護・育成」が定められた。この青少年保護規定 は本条には入らず,本憲法で新設された第70条「児童の権利」および第71条「青少年の保護」

として新たに独立した条項となっている。

第3項の後半では,「女性が有する家庭への義務」wājibāt al-mar’a naḥwa usrat-hāと「公 の職務」‘amal-hā al-‘āmmの間の「調整/合意」al-tawfīqを国が支援することが述べられ る。1971年憲法11条に同様の条項があるが,若干の変更が見られる。まず1971年憲法で は,同内容を含む1956年憲法19条および1954年憲法案43条と同じく,「社会における職 務」‘amal-hā fī al-mujtama‘と表現されていたが,本条では「公の職務」‘amal-hā al-‘āmm に変えられた。その意図は明確ではないが,「公の」al-‘āmmの語には,労働に限定されない,

より広範な政治的・社会的活動が含まれると考えられる。

また,1971年憲法11条では,この一文に続けて,「国は,政治的・社会的・文化的・経 済的生活の諸分野における男女間の平等を,イスラームのシャリーアの諸規定に反すること なく,保障する」と定められていた。この表現は,1971年憲法制定時に加えられたもので,

公の権利面での男女間の「平等」musāwāを説いているが,同時に「イスラームのシャリー アの規定に反することなく」dūna ikhlāl aḥkām al-sharī‘a al-islāmiyyaという制限を課して いた。これは,同じく1971年憲法で加えられた第2条の規定「イスラームのシャリーアを 立法の源泉の一つとする」と共通して,社会・政治の諸側面における宗教の役割を公に認め るものであったといえる。したがって,本項の内容は一見「女性の公の権利」を認めるリベ ラルなものであるが,他方で,女性だけに先験的に「家族的義務」を認め,かつこうした女 性観をイスラームのシャリーアによって補強する姿勢が見られるものであった。そのため,

権利・義務における男女間の平等を求めるリベラル勢力から反発を受け,同項の削除や改め が求められていた。結果的に,本条では男女同権およびシャリーアに関する表現の両方が削 られ,女性が有する公私の義務の調整だけが言及されている。

最後に,第4項「働く女性に対する保護」の規定は,今回初めて採用されたものである。

ここで興味深いのは,保護の対象として,「一家の稼ぎ手である女性」al-mar’a al-mu‘īla,「離 婚された女性」al-muṭallaqa,「夫と死別した女性」al-armalaの三点が挙げられていること である。これらの表現からは,一家の男性を稼ぎ手として想定しつつ,そうした男性を何ら かの理由により欠くために「働かざるをえない」女性を対象にしていることが読み取れる。

したがって,女性を対象とする社会権の拡大ではあるが,その背景には,男性を主たる稼ぎ 手とする伝統的・イスラーム的な価値観が見え隠れする。このような「男性を欠く」女性に 対する施策は,国家を擬似的な長とする家父長的価値観の表れともいえるだろう。

〈関係条項〉

ドキュメント内 エジプト 2012 年憲法の読解 (ページ 56-63)