第43条〔信教の自由,礼拝施設設置の自由〕
信教の自由は守られる。
国は,宗教的な諸儀礼の実践の自由,および啓示宗教に係る礼拝施設の設置の自由を保障 する。これらは法律の組織するところによる。
〈解説〉
第43条は,「信教の自由」を規定する。信教の自由の保護を述べる第1項と,宗教儀礼 の実践と礼拝施設の設置の自由を述べる第2項からなる。1971年憲法46条にもとづきつつ,
追加要素を加えた,「変化」の条項である。
第1項は,簡潔に「信教の自由は守られる」ḥurriyya al-i‘tiqād maṣūnaと規定する。ここ でいう「信教の自由」は,同内容の1971年憲法46条では「信仰の自由」ḥurriyya al-‘aqīda という語で表現されていた。本条で用いられたi‘tiqādは,「人が確信をもって信じるもの」
を意味し,通常は「信条」と訳されるのに対し,1971年憲法で用いられた‘aqīdaは,「人 が信仰し,正しいと思うもの」を意味し,「信仰」と訳されることが多い。どちらかといえ ば前者の語の方が,広く抽象的な意味で用いられ,後者の方がより狭義の宗教的な信仰とし て理解される。エジプトの過去憲法では,1923年憲法以来,「信教の自由」を表す条項には,
この「信条の自由」ḥurriyya al-i‘tiqādの語が用いられてきたが,1971年憲法46条だけは「信 仰の自由」ḥurriyya al-‘aqīdaを用いていた。本条では従来の語法に戻されている。
第1項の「信教の自由」の述語は「守られる」maṣūnaである。同内容の1971年憲法46 条においては,「国は~を保障する」takfalu al-dawlaとする構文がとられ,国による保護 が強調されていた。この点においても1971年憲法は歴史的に特殊で,過去憲法においては 1923年憲法12条から1964年憲法34条に至るまで,信教の自由は「絶対である」muṭlaqa と表現されていた。1971年憲法はこれを「国による保障」にしたことにより,信教の自由 はいかなる状況下でも守られるべき「絶対的な自由」から,国家権力の積極的な介入にもと づく「保護」に変容させた。本条の表現は,1964年憲法以前の形に近いが,「絶対である」
の代わりに「守られる」maṣūnaという語が用いられている。この語は,本憲法の第24条「私 有財産権」においても用いられているが,守る主体も力も明らかではなく,「絶対」に比べ れば弱体化といえるだろう。
第2項は,前半と後半に分けられる。前半の「宗教的な諸儀礼の実践の自由」ḥurriyya mumārasa al-sha‘ā’ir al-dīniyyaは,1971年憲法46条に同内容が見られるが,上述の「信教の自由」
と同じく国家の保障の対象となっていた。これも,歴史的な変遷を見ると,1971年憲法の 表現が特殊であることがわかる。たとえば,1964年憲法34条では,1923年憲法以来の憲 法条項とほぼ同一の文言で,「国は,エジプトで守られる伝統にのっとり,諸宗教および諸
信仰の諸儀礼の実施の自由を保護する」taḥmī dawla ḥurriyya qiyām bi-sha‘ā’ir al-adyān wa-l-‘aqā’ida ṭibqan li-l-‘ādāt al-mur‘iyya fī miṣrと規定されていた。「諸儀礼」を修 飾する形容詞は,1971年憲法では簡潔に「宗教的な」al-dīniyyaと述べられていたが,1964 年憲法以前では,「諸宗教」adyānと「諸信仰」‘aqā’idの組み合わせが用いられていた。「宗教」
と「信仰」の語がそれぞれ複数形で用いられていることには注意を要する。また,1964年 憲法では「エジプトで守られる伝統にのっとり」という修飾節も見られる。(1956年憲法以 前には,さらに長く,「エジプト国内において守られる伝統にしたがい,公の秩序を乱さず,
もしくは礼節を否定しないかぎりにおいて」と表記された。)こうした表現は,国内の多様 な信仰のあり方を認める姿勢やそれを憲法上に表現する工夫であったといえる。これに対し,
1971年憲法の「宗教的な諸儀礼」への変更は,長くなった表現を整理したことで,文章自 体は簡潔化されたが,「宗教的」という言葉一つに変えたことにより,その意味はかえって 明確ではなくなり,恣意的な解釈を許す土台を作った。この変更が2012年憲法に受け継が れたことには,注意しなければならない。
第2項の後半には,「宗教的な諸儀礼の実践」と並列的に新たな文言が追加された。それ は,「啓示宗教に係る礼拝施設の設置の自由」iqāma dūr al-‘ibāda li-l-adyān al-samāwiyya である。この「啓示宗教」al-adyān al-samāwiyyaという語は,イスラームの語彙において,
ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教という,唯一神からの啓示にもとづく三つの「一神教」
を指す。この語は,本憲法の前文にも用いられており,また本憲法の第2条「イスラームの シャリーア規定」と第3条「キリスト教とユダヤ教のシャリーア規定」という構成様式にも 影響を与えたと考えられる。また,国内的文脈では,過去数十年にわたる国内のコプト派キ リスト教徒による教会の改修・新設の許可問題との関係が思い起こされる。キリスト教徒に も「礼拝施設の設置の自由」を認めた点では問題解決への前向きな一歩といえるが,「啓示 宗教」というイスラーム的な「宗教」理解を採用したことで,これに適合しない信仰や宗派,
その他の宗教への配慮は捨象されてしまった。
〈関係条項〉
「信教の自由,その行事を公開して行う自由並びにすべての事項について意見を表現する自 由は,これを保障する。ただし,これらの自由を行使する際に行われる犯罪の処罰を妨げな
い。」(1831: 14,清宮1976: 72)
「何人もいかなる仕方においても,一宗派の行事および儀式に参加し,またはその安息日を 守ることを強いられない。」(1831: 15,同上)
「国はいかなる州はの聖職者の任命または就任にも干渉する権利を有さない。〔後略〕」(1831:
16,同上)
第44条〔使徒・預言者の中傷の禁止〕
使徒および預言者への中傷または諷刺は,すべて禁止される。
〈解説〉
第44条は,イスラームにおいて使徒や預言者と認められる人々に対する誹謗中傷の禁止 を定める。1971年憲法にはない,「新規」の条項である。
イスラームにおいて「使徒」al-rasūlや「預言者」al-nabīという言葉は,開祖であるムハ ンマドに対して用いられることが多いが,イスラームの世界観では,本来,「預言者」は神 の言葉を聞く者であり,そのなかでも「使徒」は神の法(シャリーア)を授かり,広める役 目を与えられた者を指す。この観点から言えば,キリスト教の「イエス」‘Īsāも,ユダヤ教 の「モーゼ」Mūsāも「使徒」であり,「預言者」と見なされる。本条は,このようにイスラー ムの教義のなかで最高の権威を与えられた人間に対する中傷を妨げる規定である。
この条項を作り上げる契機の一つには,アメリカで製作された映画『Innonoce of Muslims』
の流布により,2012年9月に全世界的に引き起こされた「ムハンマド中傷映画問題」があ る。当時,エジプトのメディアにおいては,「中傷」isā’aや「中傷映画」al-fīlm al-musī’a という言葉がこの映画を非難する表現として盛んに用いられていた。本条でもう一つ用いら
れるta‘rīḍという語は,あまりこの映画問題においては用法が見られず,本条における意味
も明確ではない。語義は「暗示する,あてこする,言外に伝えること」であるため,「使徒・
預言者を(正当ではない方法で)暗示すること,ほのめかすこと」であり,2005年9月の デンマークの新聞が引き起こした「預言者ムハンマドの諷刺画問題」を念頭に置き,「諷刺」
と訳出した。
このような内容の規定が,本憲法の「市民的・政治的権利」の章に含められた理由は,本 条が置かれた位置から推測される。本条の前には,より先鋭的で狭小な宗教観にもとづき規 定された「信教の自由」が置かれ,後ろには,通常「信教の自由」と一対にされる「思想・
意見の自由」が置かれる。「思想・意見の自由」から見れば,これが保障されたところで,
すでに先に示された二条により著しい制限を受けていることになるだろう。
〈関係条項〉
なし
第45条〔思想・意見の自由〕
思想および意見の自由は保障される。
すべての人は,自らの意見を,口頭,文書,画像またはその他の出版もしくは表現手段に より,表明する権利を有する。
〈解説〉
第45条は,「思想の自由」を規定する。その保障を定める第1項と,意見を表明する権 利を定める第2項からなる。1971年47条にもとづきつつ,若干の追加が見られる,「変化」
の条項である。
第1項では,簡潔に「思想および意見の自由は保障される」ḥurriyya al-fikr wa-l-ra’y
makfūlaと述べられる。同内容の1971年憲法47条では,「意見の自由は保障される」と述べ,
そこには「思想」al-fikrの語は含まれていなかった。また,1954年憲法案25条から1964 年憲法35条までは,「意見および学問の自由」ḥurriyya al-ra’y wa-l-baḥth al-‘ilmīと表現さ れていた。(「学問の自由」は,本憲法では別途第59条で規定される。)
第2項は,1971年憲法と本条とでは,構文と表現がやや異なる。1971年憲法47条では,
「すべての人間は,その意見を表明し,~の手段によりそれを伝えることができる」li-kull insān al-ta‘bīr ‘an ra’y-hi wa-nashr-hi~という構文をとっていたが,本条では,より直裁 的に「すべての人間は,~の手段により自らの意見を表明する権利を有する」li-kull insān ḥaqq al-ta‘bīr ‘an ra’y-hi~と言い換えている。また,1971年憲法47条の後半部には,「法 律の範囲内で」fī ḥudūd al-qānūnや「自己批判および建設的批判は国民構造を安定化させ る保障である」al-naqd al-dhātī wa-l-naqd al-binā’ ḍamān li-salāma al-binā’ al-waṭanīといっ た表現が付随していたが,本憲法では削除された。「自己批判」の一節は1971年憲法にし か見られない。「法律の範囲内で」は,1923年憲法以来この「表現の自由」の条項に付随し,
これに一定の限度を設けていたが,今回完全に取り払われた。なお,1923年憲法では,「す べての人間は,その思想を表明することができる」li-kull insān al-i‘rāb ‘an fikr-hiと述べら れ,「意見」ra’yではなく,「思想」fikrの語のみが用いられていた。
〈関係条項〉
「信教の自由,その行事を公開して行う自由並びにすべての事項について意見を表明する自 由は,これを保障する。ただし,これらの自由を行使する際に行われる犯罪の処罰を妨げな い。」(1831:14,清宮1976: 72)