本章では、新規上場企業の IPO に関して公開価格の過小値付けと流通市場でのトレーダ ーの投資戦略、流動性コストの関係性を分析した。
まずモデル分析によって、フリッパー戦略と呼ばれる投資スタイルが公開価格に流動性 プレミアムを要求することで、過小値付けが発生すること、言い換えれば初値収益率が上昇 することを Ellul and Pagano(2006)のモデルを紹介することで確認した。
続いて、モデルから導出された仮説にもとづいて、2016 年に新規上場した日本の企業 を対象に実証分析を行った。主な結果は次のとおりである。まずビッド・アスク・スプレ ッドや VPIN は、過小値付けと有意に正の相関を示している。このことは、IPO におい て、複合的にさまざまな流動性要因が、公開価格を押し下げる原因となっていることを表 している。そして、特に一部の巨大企業を除いたサンプルにおいて、流動性コストがプレ ミアムとして要求されていることが示された。このことは、特に IPO の規模が小さく、流 通市場においても流動性が小さな企業では、顕著に流動性プレミアムが企業の新規資金調
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達を困難にするという問題を明らかにしている。以上のことから、企業の財務戦略に関す るインプリケーションが導かれる。それは、企業が主体的に流動性を増加させる財務戦略 をとることで、より円滑に資金調達を行うことができるというものである。
また、プライス・インパクトについては、流動性変数の候補として採用したものの、統 計的な有意性を示すことはなかった。このことは、投資家にとっての流動性プレミアムの 原因に、注文の価格変化性がそれほど重要視されていない可能性を表しており、投資家の 取引戦略をさらに考察する糸口となるものである。
最後に、本章に残された課題について言及する。まず、提示された仮説において、特に フリッパーの関心の対象となるビッドサイドの流動性が、過小値付けの原因となっている という点について、本章ではデータの制約から検証できていない。これは、過小値付けに ついて、効果的な財務政策を行うならば、売りと買いで非対称な対策をとることを必要と するもので、その検証の意義は大きい。また、企業の IPO 政策に関して、近年オーバーア ロットメントを導入する企業などが増加している。オーバーアロットメントは、一時的な 需給の調整のために、売り出し枚数以上の株式を主幹事証券会社が流通させるもので、流 通市場の流動性に大きな影響を与えていることが予想される。よって、このような IPO 状 況をより反映した分析が行われることが必要だと考えられる。
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6 章 日本株式市場のフラグメンテーションと東証へのインパクト分析
536.1 はじめに
近年、世界的な最適執行意識の高まりから、旧来の取引所とは異なる新市場が誕生し、そ の取引が活発化してきている。証券会社や独立エージェントの一部が、自身の執行ニーズを 満たすような市場を自発的に作り上げ、新市場として参入させてきたからである。米国では、
UTP 制度を背景に取引所の競争は熾烈さを増している54。また、MiFID の改正により、EU では2008年から市場競争が解禁されている55。
そして、このような世界的な潮流は、日本市場においても例外ではなくなってきている。
日本でも PTS やダークプールと呼ばれる新市場が2010年以降、急激に市場のシェアを拡大 し始めてきている。このように、統合されていた取引(執行・約定・決済など)のプロセス が、複数の市場に分断された状態は、証券市場の「フラグメンテーション」と呼ばれている。
【図 6-1 を挿入】
【図 6-2 を挿入】
図6-1は、日本株式市場の取引環境を示している。日本における証券市場は、伝統的に取 引所内取引である東証が中心となっている。しかしながら、実際には東証以外のさまざまな 取引が許容されている。立会外では、大口・バスケット取引専門の ToSTNet が付帯してい るし、取引所外では PTS や内部執行といった市場が利用可能である。このように、日本株 式市場においても、取引が複数の市場で成立しているのである。
図6-2は、取引所外の市場規模の推移を示している。2010年頃から、その規模は徐々に拡
53 本章の内容は、松本(2017)を加筆・修正したものである。
54 UTP 制度(Unlisted Trading Privileges)とは、非上場取引特権制度とも呼ばれている米 国市場特有の制度である。一般的に、ある取引所に上場した銘柄はその取引所でしか取引 することができない。これに対し、UTP 制度を活用することで、上場申請されていない他 の取引所においても、この銘柄が取引できるようになる。これによって、一部の取引所に 上場した銘柄は、同時に複数の市場で取引されるようになる。米国市場の制度に関するサ ーベイは、大墳(2014)や公益財団法人 日本証券経済研究所(2016)が詳しい。
55 MiFID(Markets in Financial Instruments Directive)は EU 圏内における証券市場及び投 資事業を規定する規制の 1 つで、取引所集中義務の撤廃も規定されている。これにより、
EU においても証券会社の内部執行や PTS の参入が認められるようになった。
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大しており、その中でも特に PTS 市場が急激に成長していることがわかる。その規模は、
全市場における10%を占めるようになり、定着しつつある。以上のように、日本の株式市場 でも、フラグメンテーションが起こっていると考えられる。
本章では、日本の株式市場を対象に、このような市場のフラグメンテーションが東証の流 動性にどのような影響を与えているのかを検証する。2012年10月の TOB5%制限ルールの 廃止後、日本での PTS の取引規模は急成長している。2005年には株式取引全体の1%にも 満たなかったそのシェアは、現在では約10%、2000億円/日にも及ぶようになっている。さ らに、2017年5月には金融商品取引法の改正で、PTS のおける信用取引を解禁されるなど、
PTS の市場の規模は今後高まることが予想される。しかしながら、今までの日本の株式市 場は、東証を中心とした取引所に集約されたシステムであったため、フラグメンテーション が市場の流動性や価格形成にどのような影響を与えているかを検証した研究は日本では少 ない。以上のような市場構造の変化の背景の下、PTS 取引の増加がメインマーケットであ る東証の流動性に与えるインパクトを分析することが本章の目的である。
6.2では、フラグメンテーションの影響を検証した先行研究を紹介し、本章との関連性を 説明する。次に6.3では、パネルデータを用いた実証分析を行う。まず、フラグメンテーシ ョン変数や流動性変数を定義し、推定方法に言及する。また、続けて実証結果から最適なフ ラグメンテーション比率を推定する。最後に、6.4では本章の結論を示し、残された課題を 整理する。