102 𝐸[𝑃1]
𝑃0
− 1 = 𝑉
𝑉 −1 − 𝜆
1 + 𝜆𝜂 − 𝑧𝑆𝐵
− 1
(5.14)
よって、初値収益率を用いた過小値付けに関する次の仮説を提示することができる。
【仮説3】: 初値収益率は、流通市場における買い価格𝑃1𝐵側のスプレッド𝑆𝐵がより大きく なるほど、より大きくなる。
仮説2と同様に、ビッド・アスク・スプレッドを PIN で置き換えれば、仮説3の派生版と して仮説4を考えることができる。
【仮説4】: 初値収益率は、流通市場における情報の非対称性の尺度 PIN がより大きくな るほど、より大きくなる。
本章では、データの入手性から、【仮説3】および【仮説4】を中心として分析を行う。
また、その際、仮説では言及されなかった流動性指標についても、説明変数の候補と加えて 検証を行うものとする。
103
5.3.1 データサンプリング
本章で扱うデータは、2種類のソースより取得されている。1 つめは、ディスクロージャ ー実務研究会が発行している「平成 28 年版 株式公開白書」から取得した新規上場企業に 関するデータである。このデータソースには、新規上場企業の財務状態や株式所有構造、上 場時の主幹事やメインバンク、上場条件(公開価格や初値、発行株式数、調達金額、オーバ ーアロットメントの採否)などが記載されている。本章は、この情報を過小値付けの大きさ や回帰分析に用いる変数を計算するために利用する。
2つめは、日経メディアマーケティング社から取得した「日経 NEEDS Tick データ」の 2016 年度版である。このデータソースには、日本の各証券取引所に上場している全ての銘 柄の日内取引データが格納されている。データのタイプは、ティックバイティックであり、
ミリ秒単位でのすべての取引情報が利用できるものである。このデータからは、VPIN やビ ッド・アスク・スプレッドといった市場の流動性変数を算出する。表 5-1 は、本章で用いる 変数の一覧を、上場条件、企業のファンダメンタル、流動性に分類して示している。
【表 5-1 本研究で用いる変数の一覧】
分析対象となる企業は、2016 年度に新規上場した一般企業 83 社のうち、上場後の高頻度 データを 14 日間取得できた𝑖 = 60社である。したがって、2017 年に上場した企業であって も、一部がサンプルから除外されている。また、新規上場企業の業種別分類は、表 5-2 のと おりである。サービス業 24 社(28.9%)および情報・通信業 24 社(28.9%)を筆頭に、小 売業 8 社、不動産業 5 社と続いている。2016 年度に関しては、上位 2 業種に新規上場が集 中している傾向が理解できる。
【表 5-2 2016 年度新規上場企業の業種別分類】
続いて、2016 年度の市場環境について言及しておく。なお、2016 年度の新規上場数は、
過去 3 年間と比べて、大きな変動はない50。したがって、上場環境としては極端に有利でも 劣悪でもないと考えられる。ただし、2016 年 6 月には英国の EU 離脱が決定され、11 月に は米国大統領選挙があり、為替・株式ともに大きな変動が観察されている。図 5-1 は、2016 年度の日経平均株価と月別の新規上場企業数および大きな経済イベントを表したものであ る。
50 具体的には、直近の 2015 年度から 92 社、2014 年度 77 社、そして 2013 年度 54 社と なっている。なおその後の 2017 年度では、90 社となっている。
104
【図 5-1 2016 年度の日経平均株価と新規上場数】
5.3.2 推定方法および仮説の設定
本章で検証する仮説は、5.2 節のモデルより導出された【仮説3】および【仮説4】であ る。その内容は、上場後の流通市場における流動性が低い企業は、上場事前における公開価 格で大きな割引を要求されるというものであった。この仮説を検証するために、本章では、
高頻度データを用いた流動性の計測と回帰分析による推定を行う。
以下、それぞれの仮説を再掲する。
【仮説3】: 初値収益率は、流通市場における買い価格𝑃1𝐵側のスプレッド𝑆𝐵がより大きく なるほど、より大きくなる。
【仮説4】: 初値収益率は、流通市場における情報の非対称性の尺度 PIN がより大きくな るほど、より大きくなる。
まず、流動性変数の定義について説明する。本章で用いる流動性変数は、ビッド・アスク・
スプレッド、VPIN、プライス・インパクトの3つである。このうち、ビッド・アスク・ス プレッドとプライス・インパクトについては、表 5-1 に定義を掲載したので、VPIN につい てのみ、その計算方法を示す。
VPIN は、Easley et al.(2012)によって提案された Volume Synchronized Probability of Informed Trading の略称である。Easley et al.(2012)は、日中に発生した売りと買い注文の オーダーインバランスの平均をとることで、情報の非対称性を推定する手法を提案してい る51。
はじめに VPIN の本来の定義について説明する。まず、VPIN の推定では、入手した高頻 度の約定データを Volume bar と呼ばれる単位に区分する。この Volume bar は、最初の約 定データから任意の注文数でデータを分割したものである。続いて、Volume bar をさらに 任意のサイズで Volume bucket に集約する。この際に、用いられるのが Bulk classification
51 VPIN の計測方法は、Abad and Yagüe(2012)が詳しく解説しており、ここではその詳細 に立ち入らないものとする。
105
と呼ばれる分類方法である。Bulk classification では、Volume bar に区分された約定データ を売り主導の注文か買い主導の注文かに振り分けるという処理が行われている。
𝑉𝜏𝐵= ∑ 𝑣𝑖∙ 𝑍 (𝑝𝑖− 𝑝𝑖−1 𝜎𝛥𝑝
)
𝑡(𝜏)
𝑖=𝑡(𝜏−1)+1
(5.15)
𝑽𝝉𝑺= ∑ 𝒗𝒊∙ [𝟏 − 𝒁 (𝒑𝒊− 𝒑𝒊−𝟏 𝝈𝜟𝒑
)]
𝒕(𝝉)
𝒊=𝒕(𝝉−𝟏)+𝟏
= 𝑽 − 𝑽𝝉𝑩
(5.16)
(5.15)式は Bulk classification の方法を示している。ここに、𝑉𝜏は、第τ番目の Volume
bucket を、𝑉𝜏𝐵は第τ番目の Volume bucket のうち買い主導の注文数を、𝑉𝜏𝑆は売り主導の注 文数をそれぞれ表している。𝑉𝜏𝐵+ 𝑉𝜏𝑆 = 𝑉は必ず成立する。また、𝑣𝑖は Volume bucket の中 で𝑖番目の Volume bar の注文高であり、𝑍は標準正規分布の累積分布関数、𝑝𝑖は各 bar の最 後の約定データの価格、𝜎𝛥𝑝は bar と bar の間の価格変化の標準偏差である。𝑡(𝜏)は、第τ番 目の volume time である。
Bulk classification では、各 Volume bar 内の注文数を標準正規分布で重みづけを行い、売 り主導と買い主導の注文に振り分けるという作業を行う。例えば、標準偏差で調整した後の (𝑝𝑖− 𝑝𝑖−1)/𝜎𝛥𝑝 が大きくなる、すなわち価格が極端に上昇した場合には、その Volume bar のうちの注文の多くが、価格を上昇させるに十分なほどの買い注文であったと判断され、𝑉𝜏𝐵 に分類されることになる。以上が、VPIN の計算方法である。
(5.15)式で振り分けられた売り注文と買い注文を移動平均することで、VPIN は計算さ れる。
𝑉𝑃𝐼𝑁 =∑𝑛𝜏=1|𝑉𝜏𝐵− 𝑉𝜏𝑆| 𝑛𝑉
(5.17)
なお、𝑛は移動平均をとる期間のサンプルサイズであり、本章では 1 日を 50 分割して平 均をとっている。また、本章では VPIN の Bulk classification について、正規分布による重
106
みづけを行わず、直接売りと買いを分類する手法ととっている。これは、仲値よりも大きな 価格での約定は必然的に買い注文であることが明白だからである。この代替的な手法は、
Chakrabarty et al.(2015)で提案されているものである。
続いて、回帰分析の手法について説明する。以上の方法によって、得られた流動性変数お よび上場企業のファンダメンタルに関する変数、上場条件に関する変数を、初値収益率に回 帰させる。推定式は、次の(5.18)式である。
(𝐈𝐧𝐢𝐭𝐢𝐚𝐥 𝐑𝐞𝐭𝐮𝐫𝐧𝒊)
= 𝛂 + 𝜷𝟏 (𝑰𝑷𝑶𝑭𝒖𝒏𝒅𝒂𝒎𝒆𝒏𝒕𝒂𝒍𝒔𝒊) + 𝜷𝟐 (𝑰𝑷𝑶𝑪𝒐𝒏𝒅𝒊𝒕𝒊𝒐𝒏𝒔𝒊) + 𝜷𝟑 (𝑳𝒊𝒒𝒖𝒊𝒅𝒊𝒕𝒚𝒊) + 𝜺̃𝒊
(5.18) ここに、𝑖は企業を区別する添え字であり、𝜀̃𝑖は、誤差項である。推定方法は、OLS を採 用する。また、推定に際して、一部の巨大上場案件および金融関連業を除したサブサンプル を構成し、全体サンプルとサブサンプルと個別に回帰分析を行う。
5.3.3 基本統計量
表 5-3 は、各変数の基本統計量を示している。まず、はじめに初値収益率の平均値は、お よそ 0.80 となっている。この 80%という初値収益率は、一般的な株式の収益率よりも極め て大きな値であり、新規上場に対して特殊に大きなプレミアムが要求されていることを意 味している。さらに、過小値付けに関しては、そのレンジも広いことが確認される。これは、
公開価格の実に 3 倍以上の初値がついた銘柄(最大値 3.72)から、初値が公開価格を下回 って、初値収益率がマイナスの値をとるケース(最小値-0.07)まで存在していることから 理解できる。
これらの過小値付けは、市場の需給状況によっても影響されるものである。そこで、売り 出しに対する申し込みの状況を推定するために、人気ダミー(Popular)と不人気ダミー
(Unpopular)を使用する。人気ダミー(不人気ダミー)は、公開価格が仮条件の上限価格
(下限価格)をとった場合に、1をとるダミー変数である。この変数は、もし主幹事証券会 社が公開価格を仮条件の上限価格(下限価格)で決定した場合、ブックビルディングを行う 際に、投資家から良好(不良)な需要申告を受け付けたとみなすものである。全 60 社のう ち、56 社が人気ダミーをとり、1 社が人気ダミーをとっていることから、市場の需要は旺 盛だったことが窺える。
107
企業のファンダメンタルに注目してみると、2016 年度新規上場企業の総資産は、平均値 199 億円、標準偏差 800 億円となっている。中には、総資産が上場以前に、5000 億円を超 える大型上場も散見される。新規資金調達額の平均値は、102 億円である。財務状況を見る と、自己資本比率は 42%、直近の配当性向は 0.10%となっている。
続いて、上場条件に関して着目する。まず、上場市場の選択であるが、サンプル対象とな った企業 60 社のうち、全体の 68%にあたる 41 社が東京マザーズ市場へ上場を行っている。
その後、JADAQ スタンダード、東証 1 部となっている。平均の売り出し証券会社数は、7.4 社で、主幹事業務は大手 3 社(野村、大和、日興)によって、46%のシェアを占められてい る。加えて、売り出し枚数に対するオーバーアロットメント売り出しの割合については、平 均値が、13%となっている。さらに、標準偏差が 6.6%と小さいことから、ほとんどの企業 がオーバーアロットメントを導入している状況が読み取れる52。
最後に、流動性に関する変数の基本統計量を確認しておく。取引コストの代表的な尺度で あるビッド・アスク・スプレッドは、新規上場後の 14 日間で平均 0.01 という値をとってい る。また、VPIN については、平均 17.5%であるが、最大値 47.2%と大きな値がある。この ことから、上場後においても、投資家間で情報の非対称性が存在しており、売りと買いの注 文数に偏りが生じていると考えられる。VPIN の上昇は、その後の大きな価格変動を伴うこ とがあり、上場後の価格の急騰や急落に反応していると考えられる。プライス・インパクト は、平均的に 0.03 であり、大きいほど市場の厚みが小さく、流動性の低い市場であること を示している。
【表 5-3 基本統計量】
また、表 5-4 は変数間の相関係数表である。最初に、初値収益率(Initial_Return)は、
東証マザーズ上場ダミーと弱い正の相関 0.28 を有している。一方で、上場市場の違いに着 目してみると、初値収益率は東証 1 部ダミー、2 部ダミーとは負の相関を有していること が読み取れる(それぞれ-0.29 と-0.23。つまり、新興市場への上場は高いプレミアムが要 求されるのに対して、比較的成熟した市場では過小値付けが観察されないという違いが現 れている。この結果は、Macey and O’Hara(2002)の示した上場市場の保証仮説と整合的で ある。
過小値付けと相関をもつ他の変数として、売り出し枚数に対するオーバーアロットメン ト枚数の割合が挙げられる(相関係数-0.30)。これは、オーバーアロットメントによる追 加の売り出しが、上場後の需要超過状態を解消し、初値の高騰を防ぐ効果をもっているた めと考えられている。この結果は、Benveniste et al.(1996)や Chowdry and Nanda(1996)
52 オーバーアロットメントによる売り出しは、募集・売り出し枚数の 15%を上限とするこ とが日本証券業協会「有価証券の引受け等に関する規則」で定められている。