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第1図 矢野遺跡における管玉製作工程 (1:3)

ドキュメント内 <88E290D55F3495AA8DFB2E696E6464> (ページ 147-150)

み認められる。施溝は幅 3.5㎜とやや幅広で,深さは2㎜にも達し,断面形状は鈍い「V」字形を呈する。

現状では表面のみ施溝しているが,本来は 389 − A1 + A2 のように両面に施溝することが推測される。

分割された角柱状素材は 4.3㎝× 1.1㎝× 0.9㎝, 4.3㎝× 1.4㎝× 0.9㎝を測り,目的とされる管玉はお よそ長さ4㎝×径 0.9㎝の法量と考える。一方,389 − A1 + A2 は施溝分割技術が具体的に窺える注 目すべき資料である。これは分割された角柱状素材2点が接合し,分割前の長方形板状素材に復元で きたものである。部分的に欠損しているが,施溝は表裏面ともに長軸に平行するように相対して2条 ずつ確認でき,少なくとも3つ以上の角柱状素材が分割されたことが想定できる。施溝は総じて幅4

㎜,深さ2〜3㎜を測る。現状の接合資料をみると,残存する資料の表面ほぼ中央に打点が認められ る。分割面は打瘤が著しく発達し,全体的に大きく歪む。

 一方,389 −1・329 −6は平面形の短軸に平行するように施溝が行われている (短軸施溝) 。 389 −1は長さ 2.5㎝,幅 5.4㎝,厚さ 1.0㎝を測り,表裏面それぞれの右端に施溝が1条ずつ認められる。

施溝の幅は 2.5㎜,深さは 0.5㎜程度と極めて浅く,断面形状は鈍い。このまま施溝分割が進んだ場合,

389 −1からは長さ 2.5㎝,幅 0.8㎝前後,厚さ 1.0㎝の角柱状素材が6点分割できることになる。ま た 329 −6は表面に施溝が4条,裏面右端に1条認められ,表裏1条ずつ施溝する 389 −1とは施溝 手順が異なる。さらに表面が剥落しているため,溝の幅や深さは厳密には分からないが,389 −1よ りも幅広で深い印象を持つ。現状では施溝途中で作業が止まっているが,このまま作業が進んだ場合,

長さ 3.3㎝,幅 0.8 〜 1.3㎝,厚さ 0.7㎝の角柱状素材が5点以上分割できる。

 なお,本調査では施溝具と考えられる石鋸 389 − 4 が出土している。石材は紅簾片岩製である。長 さ 4.8㎝,幅 2.1㎝,厚さ 1.3㎝の小破片であるが,下辺はやや鋭角を呈し,横方向の擦痕が認められ るため,刃部と考えられる。極めて薄く剥がれる板状の紅簾片岩を石材に選択している点は,石川県 八日市地方遺跡 (石川県小松市教委 2003) ,福井県下屋敷遺跡 (福井県埋文センター 1988) ,京都府市田 斉当坊遺跡 (財団法人京都府埋文センター 2004) などに代表されるB技法 (大賀 2001) を主体的に行う 玉作遺跡と共通しており,女代南B群碧玉や石鋸,石針の搬入経路を推測する手がかりとなろう。

③角柱状素材

 接合資料 389 − A1 + A2 の分割後の状態である 389 − A1・389 − A2 の2点が該当する。これら は分割後に行われるべき側面調整や研磨整形が行われておらず,施溝分割直後の状態をとどめている。

前述のとおり両者の表面中央部には打点が認められ,389 − A2 は分割面に打瘤が顕著に生じており,

全体に大きく歪んでいる。389 − A1・389 − A2 は上下端部がそれぞれ欠損しているが,接合状態か ら長さ 4.9㎝,幅 1.3㎝前後,厚さ 0.9㎝の管玉素材を目的としたものと考えられる。このほか,短軸 に平行するように施溝分割された素材は本調査では見付かっていない。

④研磨

 389 −2のみが該当する。これは角柱状素材で,幅及び厚さの計測値から本資料は管玉1個体分の

素材と考えられる。長さ 2.3㎝以上,幅 0.6㎝,厚さ 0.55㎝が現存する。欠損している上端面を除いて

各面は研磨されているが,断面形は方形に近く,表裏面の左右辺には施溝の残痕がわずかに確認でき

ることから,整形のための研磨はほとんど進んでいないと見られる。

⑤穿孔・仕上げ

 本調査では同工程の資料は見付かっていないが,田中ほか 1989 の 45 −2・3が完成品に相当する。

この2点の管玉は緑色凝灰岩製で,それぞれ長さ 14.7㎜×径 5.5㎜,長さ 12.9㎜×径 5.2㎜を測り,と もにやや太身の小形に属する。これらが本遺跡で製作されたものであるかは断定できないが,管玉の 法量は上記の短軸施溝で分割された角柱状素材の法量と大差ない。389 −1と併せて考えると,径約 5㎜の管玉を目的としている可能性がある。穿孔具は想像の域を出ないが,石材や製作技術との相関 関係から石針が想定できるほか,329 − 2 の孔内に残存していた黒色の物質が穿孔に関わる何らかの 手がかりになろう。

 以上が矢野遺跡で主体的に行われている管玉製作技術であるが,上記で検討した資料のほかに,本 調査では管玉生産に関する注目すべき資料が見付かっている。それは軟質碧玉製の直方体素材 389 − 3である。本資料は藁科氏の産地分析で,石川県加賀市菩提・那谷産碧玉に特徴的な女代南B群碧玉 と推定されている。肉眼観察でも濃緑色で緑色凝灰岩よりもやや硬質であることから,前述した緑色 凝灰岩製のもの (389 −3以外) とは原石群や製作技術が明確に異なる。施溝は幅狭かつ非常に鋭く直 線的で,打面転移して直方体素材の施溝分割を繰り返すことから大賀 2001 によるB技法にあたるも のと考えられる。本遺跡でB技法にあたるものは本資料のみであるため,極めて単発的な管玉製作と 考えられるほか,本資料の現工程品の状態で遺跡内に搬入された可能性も考慮する必要があろう (宮 田 2009) 。

4.矢野遺跡における玉作関連遺物の評価と位置付け

①時期

 本遺跡から出土した関連遺物はいずれも溝ないし包含層から出土しているため,時期を厳密に特定 することはできない。ただ,そのほとんどが軟質の緑色凝灰岩製であることや工程別に分類した資料 に共通した製作技術が認められることから,緑色凝灰岩製の関連遺物は総体的にみて同時期に帰属す る可能性が高い遺物群として捉えることができよう。本遺跡で主体的に見られる管玉生産は,①軟質 の緑色凝灰岩を使用すること,②板状素材を介在させるA技法を行うこと,という2つの特徴をもつ。

これらは弥生時代前期後半から中期にかけて山陰地方西部を中心に見られる管玉生産の特徴であるこ

とは言うまでもなく,本遺跡における玉作関連遺物はこの時期の範疇に収まるものと考える

(4)

。この

うち 328 − 3 は藁科氏の産地分析で「沖丈2号遺物群」と推定されていることから,少なくとも一部

は弥生時代前期後半に比定できる可能性もある

(5)

。またB技法による管玉生産は北陸西部から鳥取県

中部にかけて主体的に行われており,弥生時代中期中葉を上限かつ盛行期とし,中国地方では後期初

頭まで断片的に見られる

(6)

。島根県内でB技法の関連資料はこれまで西川津遺跡 (島根県教委 1980) ,

布田遺跡 (島根県教委 1991) ,春日遺跡 (島根県教委 1983) ,古志本郷遺跡 (島根県教委 2003) でわずか

に見つかっているに過ぎなかったが,本遺跡でも1点出土している (島根県古代文化センター 2004,大

賀 2005,米田 2008) 。このことは本遺跡の管玉生産が一時的に他地域の管玉生産の影響を受けていた

ことに加え,やはりB技法の管玉生産は青谷上寺地遺跡が所在する鳥取県中部以西では主体的に行わ

れなかった (米田 2008) ことの証左の一つとなろう。

②管玉製作技術の特徴

 本遺跡における管玉製作技術は,軟質の緑色凝灰岩を主体的に用い,まずは石核から横長の素材剥 片を剥離して,それを研磨によって方形に成形した後,板状素材の長軸に平行または直交するように 施溝分割を行うことで管玉の角柱状素材を作出している。この製作技術は研磨を多用した板状素材を 介在させる点でA技法の範疇で捉えられるが,特に石核から素材剥片を剥片剥離技術によって作出す る技術が顕著に認められることに大きな特徴がある。

 そもそも西川津技法は板状素材を介在させる管玉製作技術という大前提があるにも関わらず,寺 村 1990 による提唱以降,板状素材の表裏面を施溝して棒状素材を分割する点に注意が強く払われて きた。しかし,この点は西川津技法の一工程に過ぎず,場合によっては一次施溝が棒状素材の施溝と 誤認されかねない状況にさえあった。また製作技術の具体的な実態が明らかにされないまま,西川津 技法という技術名称や要約された製作工程が先行して解釈され,弥生時代管玉の製作技術論がしばし ば展開された。しかし,こうした状況に問題を提起し,西川津遺跡出土資料をもとに弥生時代管玉の 製作技術を再検討したのが丹羽野裕氏であった (丹羽野 2004) 。とりわけ丹羽野氏は板状素材の作出 技術に注目し,西川津遺跡では施溝は板状素材を作出することに目的があったことを強調した。他に も示唆に富む指摘がいくつかなされているが,このなかで板状素材を作出するにあたって施溝分割以 外に通常の打撃が行われている点にも触れている。丹羽野氏は,西川津遺跡では打撃で得られた板状 素材がわずかに確認できるものの,こうして剥ぎ取られた剥片は両面が少なからず湾曲しており,板 状素材の表裏面が平行かつ平滑になるまで研磨を行うことは,素材の規格が揃いにくく,労力も大き いのではないかと指摘している。逆に言うならば,一次施溝は,板状素材の分割後の研磨作業に多大

4 2

施溝

剥離

1 西川津

2 布田

3 古志本郷

4 山持 (6区)

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