第7章 看護師候補者に対する調査 2(教材開発および試用調査)
7.3 看護の専門日本語教育における本教材の意義
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期間内に学習できなかったため,4 人は未学習とした。グループワークも全員高評価だっ た。また,3)看護や介護のテーマの読解問題に関しても,全員高評価の選択肢を選んでお り,さらに,学習者の中には,選択肢「もっとやりたい」を選んでいた学習者もいた。ま た,余白に「内容を理解するのに役に立つ」と記述していた学習者もおり,本教材は全体 的に高い評価を得たと言える。
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岡庭豊(編) (2015)『看護師・看護学生のためのレビューブック 2016 第17版』,
MEDIC MEDIA,基-13より転載
図 7 看護過程
図7より,看護過程を展開する第一段階のアセスメントには,主観的情報と客観的情報 が含まれており,取得した情報を基に分析し,対象者の全体像を把握するとなっている。
その主観的情報の取得する際,患者および家族から話を聞くことになるが,患者および家 族の話には省略が生じる,出来事が時系列に整理されていない等,困難な点が予想される。
そのような患者の話を整理して聞く能力を身につけるには訓練が必要である。実際の医 療現場で交わされる音声言語はその場で消失してしまうので,難度が高い。そこで,本教 材では,書記言語である投稿記事の読解を媒介として状況を正確に把握する訓練を試みた。
その効果について例を挙げて述べる。
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なお,改訂版教材を作成の際,投稿記事を取捨選択し,各課の順序も変更したため,以 下の文章で何課と述べているのは,改訂版教材の課に相当するものとする。
第6課「医師の言葉」は,自転車で大けがをした事例である。自転車で側溝に落ち,顔 面を縫う大けがをした投稿者は,搬送先で手当てをしてもらった後,近所の外科に通って 傷自体は治った。しかし,近所の外科で傷を縫い直さないと傷痕が残ると言われ,手術目 的で総合病院を受診したときの出来事である。総合病院では,若い男性医師と年配の男性 医師が登場し,手術をめぐって投稿者との3人の会話が展開される。この時の若い男性医 師から言われた一言に投稿者が傷つき投稿した。結局,年配の男性医師の病院へ行き手術 を受け,傷跡をきれいに治してもらったというものである。
この課では,別々の病院が 4 カ所出てくるが,学習者たちは全ての病院を把握できず,
また,どの病院でどのような処置が行われたのかを読み取れていなかった。学習者の躓き の原因は多様であり,「搬送先」という単語の意味が不明,主語の省略,授受表現の動作 主が不明,複数の登場人物等であり,それを日本語教師が一つずつ意味確認を行い,不明 な点の質疑応答を繰り返すことで,学習者は本事例を理解していった。このような練習を 繰り返すことで,どこに注意を向けて話を聞けばよいかを学び,実際の医療現場で患者の 話を聴取する際に,応用することができる。また,ロールプレイで,医師および患者役を 演じる過程で,学習者は演じている患者役の心情を理解し,顔を手で覆い,「先生,そん なこと言わないでください。」(学習者12)と発話していた。このようなロールプレイで は,言語の形式の練習に加え,その場面でのそれぞれの役柄の心情についても理解されて 行われていた。
7.3.2 医療現場での患者や家族とのコミュニケーションにおける意義
篠崎・藤井(2015)は,医療者のコミュニケーションは,一般社会の中で行われるコミュニ ケーションとは次の点で異なると指摘している。①医療が人間の「生命」に直接関わって いる点,②医療現場では,患者は感情的に負の状況にあるという点,③医療は人が直接触れ 合う人中心の現場であるという点である8。
まず,①については,医療現場では,「誕生」の瞬間や,「生と死」の狭間,「死」の 瞬間など,一般社会では非日常的な場面に遭遇することがあり,様々な状況下で「生命」
8 篠崎・藤井(2015)『看護コミュニケーション―基礎から学ぶスキルとトレーニング―』医学書院,
p.4,5
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に直接関わる医療を提供する際,患者や家族が直面している状況に合わせたコミュニケー ションが必要となると述べている。
次に,②の負の状態とは,怒り,悲しみ,苦しみ,不安,恐怖,絶望,怨み,不満とい った感情が心の中で湧きおこっている状態のことであり,患者は非日常的な医療現場で不 安や恐れを抱えている。医療者にとって医療現場は日常の場であるので,一方が日常,も う一方が非日常の場であることを認識してコミュニケーションをとるべきことだという。
さらに,③に関しては,医療者は直接的または間接的に人々と関係を持っており,患者 も医療者も感情を持っているが,患者は負の状態にあり,そのことが感情へ影響すること を考えてコミュニケーションをとることが必要だという。
このような医療現場におけるコミュニケーションを意識し,看護師としての対応力を身 に付け,経験的知識を蓄積することが重要である。本教材を媒介として,学習者が経験的 知識を蓄積したことを例を挙げて説明する。
1つ目の例は,第4課「検査の不安」である。総合病院で,子宮内膜の組織検査をする ことになった投稿者は,事前に子宮内膜の組織検査について調べており,検査はかなりの 痛みを伴うと知り,非常に恐怖を感じていた。すると,投稿者の不安を察した総合病院の 看護師が,組織検査に付き添ってくれ,そばで励ましてくれたので,つらい組織検査を何 とか乗り切ることができたという内容である。本課のポイントは,子宮体がんの疑いがあ ると言われ,「がん」を意識した投稿者の心情,および,かなり痛みを伴うと知った子宮 内膜の組織検査を受ける投稿者の心情を理解することである。さらに,組織検査時に緊張 して全身に力が入らないように,腹圧をかけないような声かけ,例えば,「口を少し開け て,ゆっくり呼吸してください。」,あるいは,「上手ですよ。」「もうすぐ終わります よ。」のような励ましの声かけができることである。組織検査時の場面をロールプレイさ せたところ,どのクラスでも組織検査を受ける患者への声かけができなかった。投稿記事 の「看護師の励ましのおかげで(子宮内膜の組織検査を)何とか乗りきることができた」
(括弧内は,筆者注釈)の「看護師の励まし」という文言から,「励まし」を辞書で調べ,
「頑張れ,頑張れ」と声かけした学習者がいた。そこで,検査時の患者の緊張や不安な気 持ちをリラックスさせる声かけを考えさせた。すると,リラックスという言葉から趣味や 家族の話をする学習者もおり,状況や心情が全く理解できていないこがわかった。筆者が 実施した3クラスにおいて声かけができなかったということは,学習者の国では検査時の 声かけを行っていない可能性が高い。未経験のことを学習者にとって外国語である日本語
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で表現するのは,非常に困難であったが,本課を学習し検査時の声かけのロールプレイを 実施し,経験的知識として獲得できたと言える。
2 つ目の例は,未経験のことが日本で就労する中で経験的知識となり,改訂版教材を使 用した際に経験的知識が生かされた例である。
第 2 課では,投稿者の夫が倒れ,入院する中,投稿者の実兄が夫と同疾患で死亡する。
実兄の葬儀後に夫の病院へ行った際,心労からか投稿者がふらつき,そばにいた看護師に 血圧と脈を測ってもらったというものだった。その課のロールプレイは,投稿者が看護師 に,実兄が投稿者の夫と同疾患で亡くなった話をした場面の声かけである。これまで日本 で患者の死を体験したことがある学習者21は,「心よりお悔やみ申し上げます」と発話し ていた。経験的知識は繰り返し発話することにより,習得され,必要な時,必要な場面で 使用できるものとなる。特にこのような「死」と関連する会話の場合には,声量,声のト ーン,発話のスピードにも配慮するよう指導した。さらに,積極的に話しかけるよりも「そ うですか。」と相づちを打ちながら静かに傾聴することも,重要な看護技術であることを 伝えた。
また,文化差からくる背景知識に大きな認識の相違が見られたものがあった。2 例挙げ る。
まず,前述の第2課においては,「実兄の葬儀」という文言が使われている。学習者の 国の葬儀について問うと,一般的には,遺体は腐敗しないように薬剤処理をし,2 週間ぐ らい安置されるという。その前で,親族が集まり,飲食,音楽,踊りでにぎやかに過ごし,
とても楽しいものだと言い,投稿者の「心労」が理解できていなかった。葬儀は悲しいも のという日本人の死生観が全く共有されないことが分かった。
次に,第8課「自立支援」では,元看護師が自立支援の立場から,看護ケアについて意 見を述べている。投稿者は,ベストの看護とは,看護師が患者に言われるままに全てケア するのではなく,患者の病状や退院後の生活を考え,患者ができることは患者自身でする ように促し,励ましつつ見守り,患者ができた時には一緒に喜ぶということを学習した。
学習者3は,母国では高齢者には何もさせず,若者が代わりにすることが高齢者を大切に することだと話し,自立支援という看護観は持っていなかった。このような学習者の背景 知識を,指導者側が知るためには,一つ一つのケースを学習者と話し合うことで,相違を 明らかにしていく以外に方法がない。本事例を学習後,学習者11は,アンケートに母国の ことわざを挙げ,「その人に魚をあげると日中だけのプレゼントです。しかし,どうやっ