第9章 看護師候補者のための学習デザイン
10.3 今後の課題
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そこで,常に看護師国家試験合格後の本格的な就労を意識し,現場につなげる専門日本語 教育を実施するため,第 9 章で挙げた3 点を看護分野における専門日本語教育への提言と する。
1. 施設内研修の日本語指導においては,日本語教師は看護師国家試験問題そのものは 扱わず,看護の専門家に任せる。
2. 施設内研修の日本語指導においては,訪日前日本語研修および訪日後日本語研修で 習得した総合型の日本語教育を基に,看護場面での語彙を使いながら,看護業務で必 要な文型および表現を理解レベルから使用レベルにまで伸ばすことを目指す。
3. 何度目の受験で看護師国家試験に合格できたかが重要ではなく,看護師候補者の日
本語力,および,専門知識の個人差を考え,一人一人のライフサイクルの中で学習 計画を立て,指導すべきである。
149 師として何ができるのかを検討した。
そして,筆者が今回採った手法は,看護師候補者の看護師国家試験の合格率が低いという ことから,看護師候補者の看護師国家試験の誤答原因を調査し,専門知識以外で看護師候補 者にとっての困難点を調査したことだった。この手法は,これまでの日本語教育で行われて いるレディネス調査やニーズ調査,目標言語調査からでは見えてこない看護師候補者の問 題点を把握することができた。看護師候補者との対話を通し,看護師候補者にとって何が難 しく,どのような点で躓いているのか,その原因を追及した。それを基に,看護師候補者の 日本語力を向上させるための専用の教材が必要だと考え,日本語教師が使用できる看護場 面を扱った教材を開発した。この手法は,看護の専門分野のみならず,他の分野においても 活用できるであろう。つまり,各専門分野において,学習者が何ができずに困っているのか を,学習者との対話を通して把握することが第一である。その上で,その困難点を克服する ため,日本語教師と専門家が連携し,各専門分野の就労現場での指導方法を共に考え,指導 していくべきであろう。
就労を目的とした専門日本語を考えたとき,学習者には,実際の就労現場があり,その就 労現場に参加するために日本語が必要となる。日本人と協働するためには,専門家との関係 性も重要となる。しかし,専門家と良い関係が構築できていれば十分と言えるのだろうか。
そこに日本語教師が介在することにより,専門家が気づかないことに日本語教師が気づく ことができる。つまり,日本語教師は,学習者と対話しながら困難に感じている点を掘り起 こすことができるだけでなく,その困難点を解決していく過程で,学習者の国と日本との差 異が生じている場合,日本のやり方を押しつけるのではなく,対話を通して,お互いのやり 方を尊重しながら,日本での方法を受入れさせていける。これは,外国人との接触経験が多 い日本語教師の対応力である。
本教材を用いた試用調査においても,学習者が興味を示したのは,ロールプレイであった。
しかし,実際の授業では,なかなか学習者同士では会話を作ることはできなかったが,会話 を作る過程において,学習者は母国のやり方を紹介し,日本の社会文化背景を聞くことによ り,その差は差として捉え,日本での行動規範や思考様式を納得し取り入れていった。その 際,日本語教師はファシリテーターとして,学習者の既習の知識を引き出したり,他の学習 者から出た経験的知識を学習者全員の経験的知識となるように共有させたり,あるいは,新 しい知識および日本語表現を与えたりしながら学ばせていく。そのような指導を通して,本 教材で学んだことが就労時の日本語表現として活用されることにより,学習者自身が就労
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現場に参加できたと確信することになるだろう。このような方法は,時間はかかるものの,
講義形式では身につけることが難しい知識を体得させることができる。
さらに,同様の試みは,各専門分野によって特有の専門性はあるが,特定技能においても 可能である。特定技能は,「特定技能1号」と「特定技能2号」があり,「特定技能1号」は 受入れ分野で相当程度の知識又は経験を必要とする技能水準と,生活や業務に必要な日本 語能力水準の外国人が対象である。「特定技能1号」の在留資格が認められれば来日し,通 算で5年を上限に就労できる。さらに,業所管省庁が定める一定の試験に合格すること等で
「特定技能2号」への移行が可能となり,「特定技能2号」は上限なく在留期間の更新が可 能となる2。特定技能の対象分野は14分野であるが,現在,「特定技能2号」への移行が決 定しているのは,建設および造船・舶用工業の2分野である。特定技能の受入れ枠組みは,
EPAに基づく看護師・介護福祉士候補者の枠組みと似ている。特に,「特定技能1号」の在 留資格では,就労しながら日本語力の向上と専門知識の習得に取り組む必要があり,EPAの 枠組みの「施設内研修」の時期に匹敵する。したがって,本研究における手法は,「特定技 能1号」の外国人に適用できると考える。つまり,単に一般日本語の教科書を教えるのでは なく,各就労場面を意識しながら,日本語学習を進めていくことであり,各分野の専門家と 協力してどのような日本語が必要なのかを考えていくことが重要である。
専門日本語を考えた際,このような手法は,特に介護への応用は可能である。介護には「特 定活動(EPA)」「介護」「技能実習」「特定技能」と4種類の在留資格があり,日本語を伸ば す教材が求められている。実際に,現在,本教材を基に試作版を作成し,看護・介護の日本 語教育に携わっている日本語教師に試用してもらっている状態である。しかし,試作版をど のように活用し,どのような学習者の反応があったのか,また日本語教師自身はどのように 試作版を評価したのかという実態の把握は,まだこれからのことである。
看護および介護分野への外国人の受入れは,比較的新しいものであり,日本語教師の介在 の仕方,学習デザインおよび教材は,まだ確立されていない。本研究を通し,日本語教師の 介在の仕方,および,看護分野の学習デザインに関しては提案することができたが,日本語 教師が使用できる看護・介護分野の教材開発に取り組むのは,今後の課題とする。
2 出入国在留管理庁「新たな外国人材の受入れについて」(平成31年4月)
http://www.moj.go.jp/content/001291692.pdf,(2019年6月1日閲覧)
151 謝辞
本論文をまとめるにあたり,多くの方々にご指導とご協力をいただきました。ここに感謝 の意を表します。
主任指導教員の金沢大学大学院人間社会環境研究科教授・深澤のぞみ先生には,これまで 丁寧なご指導と激励をいただき,心より感謝申し上げます。時に迷い,時に悩んでいる私を 適切なアドバイスで導いてくださいました。先生のおかげで,看護の専門分野における日本 語教師の役割を認識することができました。今後は,本研究の成果を実際の学習指導で生か していきたいと思います。
また,副査としてご指導いただきました金沢大学大学院人間社会環境研究科教授・加藤和 夫先生,同教授・高山知明先生をはじめ,審査を引き受けていただきました同教授・森山治 先生,同教授・吉川一義先生にも心より感謝申し上げます。幅広い視点からのご指摘,およ び,貴重なご指導とご助言をいただきました。
さらに,外務省のEPAご担当の皆様,および,国際厚生事業団のEPAご担当の皆様には,
詳細な情報を提供していただき深く感謝申し上げます。
また,本論文は実際の調査なしにはまとめることはできませんでした。
まず,第6章看護師候補者に対する調査1(看護師国家試験の誤答原因調査)に協力して いただきました元看護師候補者Aさん,Bさん,Cさんに心より感謝いたします。本研究の 出発点となる調査であり,皆様から得られたデータがなければ,その後の研究につなげるこ とができませんでした。調査直後の看護師国家試験において,Bさん,Cさんが合格された ことを知りました。日本で看護師として充実した生活が送れるよう,応援しています。
次に,第7章看護師候補者に対する調査2(教材開発および試用調査)では,開発した教 材の試用調査において,貴重なご意見をいただいたEPA 看護師候補者,元EPA 看護師候補 者,看護学生,EPA介護福祉士候補者の22人の皆様に心より感謝いたします。また,22人 が所属する病院,施設,短期大学看護科の学習担当者の皆様にも,試用調査の許可をいただ き,心より感謝いたします。さらに,看護学生の指導を快く引き受けてくださいました日本 語教師のY氏には,教材の不備な点,授業での学習者の様子,使用した感想等,多くのご意 見をいただき,教材の改善に反映させていただきましたこと,心よりお礼申し上げます。な お,第7章での調査を基に改訂した教材は,金沢大学大学院人間社会環境研究科2018年度 プロジェクト経費の助成を受け,『日本語教師とともに ストーリーで学ぶ看護・介護の日