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外国人労働者への日本語教育とは

ドキュメント内 1(看護師国家試験の誤答原因調査) (ページ 133-138)

第9章 看護師候補者のための学習デザイン

9.1 外国人労働者への日本語教育とは

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3. 特化型の日本語教育では,「聞く」「話す」「読む」「書く」の能力のうち業務に

必要な日本語能力の習得だけに限るのがよい(p.218)

野田(2017)は,この特化型日本語教育を,看護および介護分野にも適用させている。

以下,3つの主張について,検討する。

まず,1.「特化型の日本語教育では,業務に必要な知識と日本語能力を分けた上で,知 識は扱わず,その業務に必要な日本語能力だけを扱うのがよい」に関しては,「業務に必 要な知識を持っていることと,その知識について書かれた日本語を理解したり,その知識 について日本語で書いたりする能力とは,全く別のことだ(p.213)」と述べ,外国語で受 験できる自動車の運転免許試験の例を挙げている。野田は,車の運転では,日本語の4技 能(「聞く」「話す」「読む」「書く」)は必要がないため,外国語で知識だけが問われ るという制度は,理解されやすいが,看護および介護では,日本語の4技能が必要なため,

業務に必要な知識と日本語能力を分けることが難しいとの判断がされる傾向があると述べ ている。そして,下記の看護師国家試験問題3を例に,この問題の正答は1.プリンである という看護の専門知識は必要だが,このような日本語が読める能力は必要ではないはずだ としている。果たしてそうだろうか。

例1 嚥下障害の患者に食事を再開する場合の開始食で適切なのはどれか。

1.プリン 2.こんにゃく 3.野菜きざみ食 4.コンソメスープ (正答 1番) (看護師国家試験第99回,午前29)

例1の問題を解く鍵は,嚥下障害がある患者の開始食であるため,誤嚥しにくいものを 選択するという専門知識4である。確かに,看護師候補者にこの問題を母国語で問えば,正 答が選べるかもしれない。しかし,母国語でこの問題に正解したからといって,この専門 知識をどのように看護業務に生かすことができるのだろうか。

3 厚生労働省ウェブサイト「第93回助産師国家試験,第96回保健師国家試験,第99回看護師国家試験

の問題および正答について」,

https://www.mhlw.go.jp/topics/2010/04/dl/tp_siken_99_kango_01.pdf,(201931日閲覧)

4 ナースフル「2010年度(第99回)版 看護師国家試験 過去問題」 午前29 解説

https://nurseful.jp/student/contents/kokushi/kakomon/2010/029,(2019316日閲覧)

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例1には,「嚥下障害」「再開する」「開始食」「プリン」「こんにゃく」「野菜きざ み食」「コンソメスープ」という重要な内容語が含まれている。さらに,この問題を解く 過程で,「誤嚥」あるいは「むせる」という語を学習することになる。これらの語彙を看 護の専門家から専門知識と共に日本語で習得することにより,医療現場において日本人看 護師からの指示に正確に対応することができる。例えば,食事介助をする際,日本人看護 師から「○○さん(患者名),嚥下障害があるから,気をつけて」,「△△さん(患者名),

むせないように気をつけて」と言われた場合に,何に気をつけるのかを理解して食事介助 を実施することができる。ところが,母国語のみの試験では,「嚥下障害」「むせる」と いう日本語が習得出来ず,何を指示されたのか理解できない。あるいは別の場面で,「□

□さん(患者名),放射線治療,再開されました。」と申し送りで聞いた場合も,放射線 治療がどうなったのか理解できないだろう。

野田(2017)は,看護師国家試験は,日本語以外の言語で受験することができないため,

例1のような日本語を読む能力が求められていると否定的に述べているが,むしろ,例 1 のような日常の看護業務で使用される日本語は,積極的に学ぶべきだと考える。

さらに,野田(2017)は,「業務に必要な知識と日本語能力を一つ一つ分けていけば,

日本語教育で扱わなくてよい知識は何で,日本語教育で扱うべき日本語能力は何かがはっ きりする(p.214)」 とし,第1章でも述べた2012年度の「看護師国家試験における母国 語・英語での試験とコミュニケーション能力試験の併用の適否に関する検討会」において,

専門的知識や技能を測る試験は英語や母国語で行い,業務に必要な日本語についてはコミ ュニケーション能力試験を課すことで十分ではないかという議論5が,実現しなかったこと を残念だと述べている。つまり,野田(2017)は,日本語教育で扱わなくてもよい知識と 日本語教育で扱うべき日本語能力を分けた上で,日本語教育で扱わなくてもよい知識,す なわち,看護の専門知識に関しては,英語あるいは母国語で理解できていればよいという 考え方である。しかし,筆者は看護の専門知識に関しては看護の専門家が日本語で説明し,

習得させるべきであると考える。

次に,野田(2017)の主張する2について検討する。

5 厚生労働省ウェブサイト「看護師国家試験における母国語・英語での試験とコミュニケーション能力 試験の併用の適否に関する検討会」報告書について(平成24316日)概要

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000025ge6-att/2r98520000025gis.pdf,(201931 日閲覧)

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2 は,「特化型の日本語教育では,日常生活に必要な日本語と業務に必要な日本語を分 けた上で,日常生活に必要な日本語は扱わず,その業務に必要な日本語だけを扱うのがよ い」である。

野田(2017)は,EPA 制度において,施設へ配属前に実施される訪日前日本語研修およ び訪日後日本語研修において,総合型の日本語教育6が実施されていることに関し,「日本 語未習者に対して,日常生活に必要な日本語教育を行わずに特定の業務を行うことに特化 した日本語教育だけが行われることはほとんどないようだ(p.216)」と述べ,総合型の初 級日本語教育は,日本語の文型を網羅することを重視したものであり,場面に応じた日本 語を考慮したものではないとし,最初から業務に必要な日本語に特化した日本語教育を行 うほうが効率的であると述べている。さらに,日常生活に必要な日本語を習得するかどう かは個人が選択することであるとし,業務に必要な日本語を習得するのに,日常生活で必 要な日本語の習得を前提とする必要はないと述べている。

しかし,看護分野においては,日常生活に必要な日本語は,看護業務を行う上でも重要 である。入院患者にとって病院は,生活の場そのものである。また,外来患者においては,

患者は日常生活の一部として来院しており,看護師は,その生活の場で健康の回復および 苦痛の緩和のために,看護ケアを実施している。看護師候補者にとって日常生活で必要な 日本語を学ぶことは,患者をより深く理解し,適切な看護ケアができることにつながると 考える。

最後に,3「特化型の日本語教育では,『聞く』『話す』『読む』『書く』の能力のうち 業務に必要な日本語能力の習得だけに限るのがよい」について検討する。

野田(2017)は,特化型の日本語教育では,4技能のうち業務に必要な技能を精査し,必 要なものだけを重点的に習得されるのがよいと述べている。その例として,看護・介護業 務では,特に「聞く」「話す」ことが重要であり,方言など標準的とは考えられない日本 語は,話せなくても,聞けないと業務に支障があるとし,広範囲で使用頻度の高い方言は 意味を理解できるようにした方がいいと述べている。

この点に関しては,方言だけの問題ではなく,第7章で述べたとおり,看護師は看護過 程を展開する中で,患者や家族から情報を収集しなければならず,その際,患者や家族が

6 総合型の日本語教育とは,野田(2017)によると,学習の目的を特化せずに,「聞く」「話す」「読む」

「書く」という4技能をバランスよく習得させる教育のことである。

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何を訴えているのか,正確に整理して聞けることが重要である。

さらに,野田(2017)は,看護業務では,引き継ぎのために看護記録を読んだり書いた りすることがあるため,看護記録で使用する語彙に特化し,実際に読み書きするものに限 った教育を行うのがよいという。その点では,看護の教科書7の各課末の看護記録を読む練 習,書く練習は実践的で有益であると述べている。しかし,同教科書の事例文は,各課で 取り上げる状況を説明するためのものであり,実際の業務で読む必要がなく,日本語で読 む必要はないと考えられると述べている。

この点に関しても,医療で使用される語彙および表現の習得,まとまった文を読み,書 かれている内容を整理する練習,患者の状況および体調の把握等が練習でき,日本語で学 習する必要があると考える。

以上,野田(2017)の主張する特化型の日本語教育は,看護師業務を狭義の意味でしか 捉えていないと言える。『看護師・看護学生のためのレビューブック 2016 第17 版』8 には,「看護の対象は,病気や障害があるだけでなく,あらゆる健康レベルにある人々で ある(基-2)」と記載されている。あらゆる健康レベルの人々とは,対象は病人のみなら ず,健康な人も含まれるということであり,健康な人に対しては,健康の保持・増進,お

表 28 看護師の主な役割と機能 看護実践に

関する役割

その人にニードに合わせ,身の回りの世 話,相談,診療の補助等を行う。

①健康を維持・増進する人への援助

②疾病・傷害のある人への援助

③社会復帰を目指す人への援助

④終末期・臨死期にある人への援助 教育指導に

関する役割

患者・家族に対して,セルフケア能力を 高められるよう指導する。

①健康を目指すために必要な知識・情報を提供する。

②その人の健康レベルや価値観を確認する。

③必要があれば動機づけを行い,行動変容を促す。

調整に 関する役割

その人のニードを満たせるように治療 環境や地域支援体制を調整する。

①医療チーム間の調整

②地域の支援体制(保健・医療・福祉)との連携

③患者・家族との調整

④生活・療養環境を良好にするための調整とその保持 管理に

関する役割

適切な保健・看護サービス提供のために さまざまな管理を行う。

①生活・療養環境の管理

②看護体制・看護方式の管理

③看護業務の管理 研究・開発に

関する役割

よりよい看護の実践と医療の提供のた めに研究・開発を行う。

①看護技術の検討・改善・工夫

②看護師ステムの研究・開発・改善

岡庭豊(編) (2015)『看護師・看護学生のためのレビューブック 2016 17版』 MEDIC MEDIA,基

-2より,筆者転記

7 海外技術者研修協会(編)(2011)『専門日本語入門 場面から学ぶ看護の日本語【本冊】』凡人社

8 岡庭豊(編) (2015)『看護師・看護学生のためのレビューブック 2016 17版』 MEDIC MEDIA,

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