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本研究の成果および専門日本語教育への提言

ドキュメント内 1(看護師国家試験の誤答原因調査) (ページ 154-158)

第9章 看護師候補者のための学習デザイン

10.2 本研究の成果および専門日本語教育への提言

先行研究および第8章の病院のインタビュー調査でも見たように,これまで,看護師国家 試験に対する様々な支援が行われてきているが,看護師国家試験合格のみを目標とした支 援では,たとえ合格できても EPA 看護師として本格的な就労をするのには十分とは言えな いことが明らかとなった。指示が聞き取れない,指示を聞き間違える,患者および家族への 対応がEPA看護師一人では難しいことが指摘された。しかし,現実には看護師候補者は看護 師国家試験合格までは,看護補助業務に従事しているため,看護師としての対応力の育成で

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はなく,看護師国家試験合格を目標とした研修が実施されており,日本語教師も看護師国家 試験対策を行う傾向が見られた。筆者は,看護師国家試験そのものは,日本で包括的な看護 教育を受けていない看護師候補者にとって,日本の看護についての知識を増やし,日本の看 護を理解する助けになると述べたが,看護師国家試験そのものの指導は,各設問で問われて いる看護知識を正確に解説できる看護の専門家が指導するのが適切であると主張した。そ の上で,訪日前日本語研修および訪日後日本語研修と日本語力を伸ばしてきた看護師候補 者に対し,施設へ配属後の施設内研修において,どのような日本語教育を実施すればいいの かを探求してきた。

前掲の図2の点線で囲んだ施設内研修の日本語学習は,現在は各病院に一任されている。

しかし,看護師国家試験合格まで2~3年間あるにもかかわらず,病院配属前の1年間で伸 ばしてきた看護師候補者の日本語力を,その後どのように伸ばせばいいのか,日本語の学習 デザインが明確になっていない。

そこで,筆者が提案する学習デザインは,この点線部分の日本語学習を強化することであ り,そのために日本語教師が使用する看護分野の教材を開発した。

これにより,EPAのスタート時点から伸ばしてきた看護師候補者の日本語力を継続して伸 ばし,図8のように各研修が矢印でつながり,さらに,看護師国家試験合格および合格後の 就労につながることを目指し,看護分野における専門日本語教育ついて検討した。

図 8 EPAによる受入れでの看護師候補者の学習デザイン 2

病 院 へ 配

属 不合格

合格

(就労)

施設内研修

日本語学習

●日本語

●看護の

専門知識 看護師国家試験

受験対策 訪日前・訪日後

日本語研修

(1年)

看護 導入 研修 (10日)

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春原(2006)は,専門日本語教育とは,将来のための準備をする場ではなく,〈今・ここ〉

に生きる世界のさまざまな課題に対して,とくに言語問題の切り口から取り組む領域であ ると定義している。さらに,専門日本語は,何事かをなすための,何者かになるための言語 活動であると述べ,看護日本語を学びつつ医療現場で働くことで看護師となり,観光日本 語を習いつつ日本人観光客を案内することで観光ガイドとなっていくという。今回開発し た教材は,医療現場のさまざまな課題に対し,看護師としてどのように対応していくのかを 考えさせる「看護の日本語」を提示したと言えるであろう。

さらに,春原(2006)は,「専門日本語を学ぶ人はすでに個別固有で具体的な世界の成員 である。・・・・・(中略)・・・・・成員,成員候補者であるということは,すでに個別固 有で具体的な世界に生きているということである。つまり,その領域固有の行動規範や思考 様式の下で生きていることになる。・・・・・(中略)・・・・・ある世界の成員となった者 が,その世界へ参加していく過程の一部に日本語学習もある(p.16)」1とも述べている。

筆者が本教材を作成する際,新聞の投稿記事に注目したのは,投稿記事から患者の喜びや 感謝のみならず,怒りや悲しみ,不安な心情が読み取れたからである。さらに,各投稿記事 の裏には,現在の日本の医療現場における行動規範や思考様式が読み取れたからである。そ の行動規範や思考様式を各課のテーマとして取り上げ,各課を学習する前に示した。本教材 を使用し,日本語教師がロールプレイで看護師候補者に疑似体験させることで,経験的知識 を習得させる。そして,医療現場で同様の状況が起きた場合に,習得した日本語表現を使用 することにより,看護師候補者自身が日本の看護界へ参加できたと実感するであろう。

現代の医療の中心は患者であり,医療従事者は患者の尊厳を守りつつ,患者に病気や治療 に関する情報を提供し,患者が自分の治療に対し選択権を持つ時代である。また,日本は超 高齢社会となり,核家族化が進んでいることが,在宅での生活や介護にどのような影響を及 ぼしているのかを知ることも,日本で看護師として就労する際に必要な知識である。さらに,

医療従事者は,患者の言葉を傾聴し,患者の気持ちに共感しつつ,適切に対応する力が求め られる。この適切に対応する力こそが,看護師としてその世界へ参加していく際の経験的知 識である。

そこで,看護の専門教育に日本語教師が係わる意義について検討したところ,看護は人を

1 春原憲一郎(2006)「専門日本語教育の可能性―多文化社会における専門日本語の役割―」『専門日本語 教育』8,pp.13-pp.18

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対象とした実践活動であり,医療現場では看護師の観察力と科学的根拠に基づく看護技術,

および,コミュニケーション能力などが必要となることがわかった。

さらに,看護過程を展開するには情報の収集が不可欠であり,状況の把握および情報収集 をする際に,語彙の意味,省略された主語,動作主と行為の受け手の関係などを理解し,患 者の話を整理して聞く力を向上させるための指導を日本語教師がすべきだと述べた。

また,看護という専門分野は,日常生活と切り離して考えることはできない分野である。

換言すれば,日常生活と看護の専門分野との境界線を引くことはできないということであ り,健康を害するということは,日常生活に支障が出るということである。一例を挙げる。

膝を痛めるということは,正座が困難になるということである。例えば,この「正座」とい う語の意味を学習者に質問したところ,漢字から推測し椅子に姿勢良く座り直したので,意 味を理解していないことがわかった。そこで,実際に座って見せ,意味を理解させた。しか し,これだけでは看護分野での日本語教師の指導としては,十分だとは言えない。膝が痛く て正座ができないということは,茶道や華道などの趣味が継続困難となることを意味する。

あるいは,現代の日本家屋は洋風になってはいるが,やはりまだ,和室があり,普段は足を 崩していても,食事の時は正座で食べる習慣があること,および,法事では正座で長時間お 参りをするなどの日本文化を教え,そのような場合に膝に負担をかけず安楽な姿勢をとる にはどうすればよいかという知識を蓄積させておくことにより,実際の医療現場で患者か ら日常生活に対するアドバイスを求められた際に対応できるのである。

したがって,看護分野の専門日本語教育を考えるにあたり,看護の専門家と日本語教師が 協働で看護師候補者を指導することが重要であり,お互いに知り得た情報を共有し,連携し ながら指導していく必要がある。その上で,看護師国家試験そのものの指導は看護の専門家 に任せ,日本語教師は「正座」の例のような語彙,あるいは7章で実施した医療現場の患者 の心情を考慮したロールプレイなど,看護師国家試験合格後の就労を見据えた指導を実施 することが重要である。同時に,看護師候補者の理解力は個人によって異なるため,既習の 文型および語彙であっても,何度でも繰り返し,徐々に肉付けしながら習得させることも必 要であると考える。そのためには,学習者がどこで躓きやすいのがよくわかり,外国語とし ての日本語の難しさを知る日本語教師の視点が必要となってくる。訪日前日本語研修およ び訪日後日本語研修は,ある程度の人数のクラスで実施されているので,個別に対応するの にも限界がある。しかし,各施設へ配属後の施設内研修では,個別対応も可能であり,未習 得の項目に焦点を当てた丁寧な指導ができる。

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そこで,常に看護師国家試験合格後の本格的な就労を意識し,現場につなげる専門日本語 教育を実施するため,第 9 章で挙げた3 点を看護分野における専門日本語教育への提言と する。

1. 施設内研修の日本語指導においては,日本語教師は看護師国家試験問題そのものは 扱わず,看護の専門家に任せる。

2. 施設内研修の日本語指導においては,訪日前日本語研修および訪日後日本語研修で 習得した総合型の日本語教育を基に,看護場面での語彙を使いながら,看護業務で必 要な文型および表現を理解レベルから使用レベルにまで伸ばすことを目指す。

3. 何度目の受験で看護師国家試験に合格できたかが重要ではなく,看護師候補者の日

本語力,および,専門知識の個人差を考え,一人一人のライフサイクルの中で学習 計画を立て,指導すべきである。

ドキュメント内 1(看護師国家試験の誤答原因調査) (ページ 154-158)