第7章 看護師候補者に対する調査 2(教材開発および試用調査)
7.1 教材開発概要
看護師国家試験の試験時間は看護師候補者の場合,午前3時間半で120問,午後3時間 半で120問を解くため,1問1分~2分で解答しなければならない。問題文を読み,患者の 病名,病歴,現在の症状から判断し,治療,看護,検査,薬剤の知識を駆使し正答を導く ことになり,看護師国家試験の過去問題を使用した合格に向けた支援では,自ずとトップ ダウン的な読解の過程をとっていると言える。このことは,前述の岡田・宮崎(2012)が,
「国家試験は限られた時間内で終わらせる必要があり,一つ一つの文を丁寧に読む時間は ない。日本人看護師との初期のミーティングにおいても,日本語が理解できるようになる 過程で,国家試験対策関連の学習で『読む』スピードが遅くなってきたことが指摘され,
1 布尾勝一郎(2016)『迷走する外国人看護・介護人材の受け入れ』ひつじ書房
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ポイントを絞って『読む』練習が求められた(p.224)」2からもわかる。トップダウン的な 読解の過程というのは,キーワードを手掛かりに書かれている内容を速読する方法である。
これに対し,語彙や文法を学習し,書かれた内容を理解しながら精読する方法は,ボトム アップ的な読解である。看護師候補者の施設配属時の日本語力は,概ね日本語能力試験N3 レベルであることから,看護師候補者の日本語力不足は明らかである。したがって,トッ プダウンによる看護師国家試験の読解と同時に,ボトムアップにより正確に文章の意味を 読み解くトレーニングをすることが,看護師候補者の日本語力全般の向上を図るためには 必要であると言える。
そこで,看護師候補者に対し,ボトムアップによる読解を行うためには,日本語の構造 や外国人が躓きやすい点を熟知した日本語教師の視点が必要である。しかし,日本語教師 が使用できる看護の専門性を考慮した読解教材はまだ見受けられない。外国人が日本で看 護師として就労するためには,専門知識の習得はもとより,日本社会を熟知し,病を持つ 患者に寄り添うことが要求される。日本社会の現状,患者や家族の生活および心情を理解 するためには,患者および家族からの投稿が有効であると考え,医療に関する投稿記事を 用いた読解教材を開発した。
なお,本教材で扱う記事は,患者や家族,医療従事者から投稿されてものであり,新聞 記者の取材に基づく記事とは区別するため,投稿記事と呼ぶことにする。
7.1.2 開発目的
教材は,日本社会の理解や看護の専門知識,および習得した知識を医療現場へ生かすこ とを目標に開発し,①医療に関する投稿記事を読み,一般語の範囲内で,医療現場で頻繁 に使われる語彙を増やす,②省略されている主語や,動作主と行為の受け手を意識し,内 容を正確に理解する読解力をつける,③日本社会に関する知識を学び,患者の心情を考慮 し,内容について日本語教師と会話することにより医療現場に役立つ日本語力の向上を目 指すことを目的とする。
7.1.3 教材の対象者
教材の対象者は,EPA の制度で来日後,受入れ施設に配属後の看護師候補者である。し たがって,概ね日本語能力試験N3レベルの学習者を想定している。
2 岡田朋美・宮崎里司(2012)「EPA看護師の国家試験合格後の課題―国家試験後の日本語支援者 の役割とは―」『2012年日本語教育学会春季大会予稿集』,pp.223-228
84 7.1.4 なぜ投稿記事か
看護師国家試験の事例を扱った問題では,「Aさん(〇歳,男性)は,~」という形式で 出題され,患者という第三者を看護師という医療従事者が看護の視点から,必要な対応を 行うものである。一方,新聞の投稿記事は,「私は怪我をして△△病院を受診しました。」
「私の母が入院した時,~ことがありました。」のように一人称である「私」を中心に述べ られており,患者および患者の家族の心情がよく表れているため,心情を慮るには投稿記 事が最適であると考えた。初級および中級の日本語の教科書のように,日本語力に合わせ て語彙および文型がコントロールされておらず,また,医学・看護学の専門的な内容では ないが,医療現場の状況が扱われているため,一般からの投稿記事を扱うことにした。
7.1.5 投稿記事の選出
2010年1月5日から2017年7月11日までの中日新聞の医療に関する投稿記事「ホンネ 外来」3をインターネットで閲覧し,患者や家族の心情が現れている投稿記事を選出した。
表 15 選出した投稿記事一覧
記事№ 記事タイトル 掲載日 投稿者
⑴ 「老老介護」気遣って,優しい対応に感謝 2016年3月15日 家族
⑵ 付添人への見守りに感謝 2015年3月31日 家族
⑶ 医師の声掛けで緊張ほどけた 2016年3月29日 患者
⑷ 患者の家族も癒す一言 2016年3月22日 家族
⑸ 看護師の手温かかった 2014年5月27日 患者
⑹ 心強かった看護師の検査付き添い 2016年2月23日 患者
⑺ 透析の不安 医師の説明で楽に 2016年4月19日 患者
⑻ 看護師の言葉に傷つく 2012年5月29日 家族
⑼ 励まして見守る 2012年6月 5日 元看護師
⑽ 「ため口」はおかしい 2012年3月20日 患者
⑾ 患者への礼儀欠く 2012年3月27日 介護福祉士
⑿ 看護師「ため口」は不快 2012年4月3日 看護師
⒀ 敬意もち看護 2012年5月8日 看護師
⒁ 希望わく看護師対応 2014年7月1日 患者
⒂ 顔の傷痕「そのままでも…」にショック 2017年6月27日 患者
⒃ 「年だから」に寂しく 2015年6月30日 患者
⒄ 信頼関係築かぬ医師 2015年6月23日 患者
⒅ 母のみとり あれで良かったのか… 2016年3月1日 家族
⒆ 喪失感,心残りに共感(一部省略) 2016年5月31日 取材記者
3 中日新聞 CHUNICHI WEB 「ホンネ外来」,つなごう医療,中日メディカルサイト,
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/2016041914002971,(2017年7月11日閲覧)
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投稿記事の選出にあたり,看護師国家試験の学習のみならず,医療現場でも活用でき,
看護師としての成長が期待できるよう心がけた。選出した投稿記事についての詳細を,表 15に示す。
7.1.6 教材 1 (初版教材)
初版教材は,表15に示した19の投稿記事を内容で分け,全10課とした。各課の学習項 目,関連する看護の専門知識,使用した看護師国家試験問題数について,表16に示す。
1課につき投稿記事1~5と分量にばらつきがあるが,内容別に投稿記事をまとめたため である。「学習項目」は,語彙や文型・文法などその課に出現する日本語に関して日本語学 習者にとって重要だと思われるもの,あるいは,難しいとされているものを選んだ。
初版教材の特徴は,日本語教師と看護の専門家との連携を念頭に置き,1課につき日本
表 16 初版教材の内容一覧
日本語教師担当 看護の専門家担当
課 投稿記事タイトル 学習項目 看護の専門知識 国試 問題数 1
課
「老老介護」気遣って,優しい対応に 感謝
・~ようとする
・~たまま
・~たびに
・老老介護
・レスパイトケア/
・統計(人口,世帯数)
10 投稿記事※ ⑴ ⑵
2 課
医師の声掛けで緊張ほどけた ・~ようになる
・授受
・杖歩行 投稿記事 ⑶ 2
3 課
患者の家族も癒す一言 ・~ことか
・~がち
・間違えやすい言葉
投稿記事 ⑷ 25
4 課
看護師の手温かかった ・~おかげで,~
・~きる
・AにBが混じる
・看護師国家試験の表現
・セカンドオピニオン き 15
投稿記事 ⑸ ⑹ 5
課
透析の不安 医師の説明で楽に ・否定表現「不」「無」
「否」「非」
・インフォームドコンセント 投稿記事 ⑺ 10
6 課
看護師の言葉に傷つく ・~なきゃいけないんで しょ
・~なさい
投稿記事 ⑻ 0
7 課
励まして見守る 投稿記事 ⑼ 0
8 課
看護師の「ため口」どう思う? ・~以上に
・~ず,~
・コミュニケーションの基礎知識
投稿記事 ⑽ ⑾ ⑿ ⒀ ⒁ 13
9 課
顔の傷跡「そのままでも・・・」に シ ョック
・~とのこと(だ)
・~際(に)
・エイジズム
3 記 投稿記事 ⒂ ⒃ ⒄
10 課
母のみとり あれで良かったのか… ・終末期(グリーフケア/
アドバンスディレクティブ) 13 投稿記事 ⒅ ⒆
※ 投稿記事の番号は,表15の番号に相当する。
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語教師が担当する箇所と看護の専門家が担当する箇所を明記したことである。
7.2 試用調査概要