2003‐2009
年における米朝間の緊張維持および再上昇の特徴としては、米朝ともに先制攻撃誘因の発生が観察されていない点である。第
2
次核危機が紛争に発展すること を防ぐために6
ヵ国協議が発足、その集大成の1
つとして9.19
合意が合意されるもの の間もなく頓挫することで、北朝鮮の核兵器開発が進み、その進展につれ緊張レベルが じりじりと上昇していった。しかしながら、
2003-2009
年には先の3
つの緊張形成の事例で見られたような米朝双 方あるいは一方に差し迫った脅威に対する先制攻撃誘因の発生を示すようなシグナリ ング及び軍事シフトが観察されていない。当該期間における緊張形成が危機不安定性の 発生に及ばなかった要因としては、第1
に6
ヵ国協議というリアシュアランス・プロセ スが米朝を含む6
ヵ国によって推進されていたという点を指摘しうる。9.19 合意履行 プロセスにおいては、初期措置および第2
段階措置を経て、2008年6
月27
日には寧 辺の原子炉の冷却塔が爆破されることで、北朝鮮の核開発における動機が拡大的ではな い、すなわち第2
次核危機以来北朝鮮が公式化した核兵器開発を止める意思がある旨が 確認されていた。つまり9.19
合意を通じ、米朝双方は拡大的動機を有していないこと を相互に確認しているがゆえに、心理的圧迫による合理性の変質が生じにくかったので はないかと推察する。第
2
に、この緊張形成過程で米朝に先制攻撃誘因が生じなかった理由としては、北朝 鮮による核実験が米国の失う不安を刺激したにせよ、その核兵器化を行う上で不可欠の 工程―核実験―を経たことにより北朝鮮の核能力の保有が確実となったことで、米国に おいて北朝鮮による核を含む大量破壊兵器に対する不確実性が増した点を指摘しうる。すなわち、核実験が行われ北朝鮮が一定の核技術を保有していることが証明されたこと で、まだ核兵器化には成功していない可能性が高いにせよ、米国の観点からは先制攻撃 を選択し紛争に発展した場合、核が韓国や日本へ使用される可能性がにわかながら生じ ることとなった。
当時北朝鮮がロケット発射実験に成功していなかった点を踏まえると、米朝間の抑止 関係は相互確証破壊が成立するレベルには遠かったといえるものの、それでも弱いなが らにいわゆる核抑止力が米朝間で作用することで、防御優位の状況が生み出されつつあ
수립하려는 미국의 《북조선위협론》 (ミサイル迎撃体系樹立しようとする《米国の北朝鮮脅威
論》)、http://www.kcna.co.jp/calendar/2013/12/12-24/2013-1224-016.html、 アクセス日:2013年 11月8日、を参照。2003年の声明ではこの米国がMD導入のために北朝鮮の脅威を大義として利用して いるという認識を示している。またMDは①自らのカウンター・バランシングを余儀なくするものであり、
また②米国による強硬政策のコミットメントの信頼性の向上、すなわち協調政策の信頼性の低下をもたら すと指摘した。
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った可能性もある。防御優位の状況が米朝間に生ずれば、心理的圧迫が緩和される一方、
合理的選択として先制攻撃を選択しづらくなるのであった。加えて、核拡散の観点から も北朝鮮への先制攻撃は合理的であると言えなかった。米国が先制攻撃と同時に北朝鮮 が持つであろう核格納庫に存在する核物質を即座に確保することは容易ではなく、危機 に乗じて核物質が国外に流出する可能性も否定できないのである。
この反面、
6
ヵ国協議を通じて米朝が安心供与政策を完遂できなかったのはなぜであ ろうか。前述のように、これはコミットメント問題により説明可能である。米朝は、9.19
合意によって相手国の自衛性を認識しつつも、万一相手国の拡大的動機が明らかとなっ た時、「失う恐怖」、すなわち自国の効用のみが損失を被る事態(ワーストケース・シナ リオ)を危惧することで、合理的選択として9.19
合意に基づくリアシュアランスの完遂 を選択できなかった。このようなコミットメント問題による安心供与プロセスの停滞が、米朝双方から相手国の動機に対する疑念を呼ぶこととなり、その疑念を払拭するための 自衛的行動あるいは自衛的抑止行動が相手国からは拡大的行動と映ることで、米朝間の 緊張レベルが徐々にではあるが再び高まっていったといえよう。加えて上述のような合 理的選択がなされる際、米国側においては先の事例に引き続き、同盟管理によって自ら が得る効用が計算されていると推察される。
MD
推進の観点からは、米国にとって北朝 鮮の脅威が消滅する、9.19 合意の完遂は合理的とはいえないデメリットが存在するの であり、これにより米国は協調政策へと転換しにくいと考えられる362。このように合理的誘因が主に作用した緊張形成の構図は、枠組み合意形成後に生じた
1998‐1999
年の緊張形成のそれと類似しているが、差異としては先制攻撃誘因の発生を除けば、北朝鮮の観点からその生存の不安を埋め合わせる自衛的行動として核実験が 実施された点である。米国によるブッシュ・ドクトリンの実行を危惧した北朝鮮は通常 兵器による先制攻撃をちらつかせる威嚇ではなく、実質的に米国を抑止しうる核兵器能 力保有の道へと転換、この実現のための不可避かつ不可逆的なステップとして核実験が 存在していたといえるが、2006 年北朝鮮はこの核実験というルビコン川を渡ったので ある。
これまで北朝鮮が行ってきた軍拡はコストをかけたシグナリングであったとしても 平和利用とみなしうる余地を残していたがゆえに、交渉(bargaining)する余地もあった といえるが、この核実験という事象は同様にコストをかけたシグナリングとしても、平 和利用と見なしうる余地を極端に少なくするものであった。
そうして、核実験は北朝鮮からは自衛的行動であると認識しているにせよ、同盟管理 と核不拡散を目的とする米国の観点からは、それまで曖昧だった北朝鮮の核開発におけ る平和利用と軍事利用の線が明確となり短期的には拡大的動機を孕んだ行動―軍事利
362 MDの東アジアにおける開発・配備問題と北朝鮮の脅威の相互作用については、本論第3~5章も参照。
149
用―であると認識せざるをえなくなった。これまでの緊張形成過程における米朝間の相 互作用は北朝鮮の核爆弾保有可能性のリスクを念頭に置いたものであったが、核実験に よって北朝鮮の核兵器保有が現実化して以後米朝間の相互作用においては実質的に核 の災禍によってダメージを被るリスクが認識されていくこととなり、米朝間の相手国の 動機に対する認識は開いていくばかりであった。
第
3
節 小括以上のように枠組み合意の破綻に起因し米朝間において形成された緊張は、
6
ヵ国協 議が始動、9.19 共同声明が採択されることで情報不完備とそれに伴う心理的重圧の発 生が完全にではないにせよ解消したのにもかかわらず、その緊張は緩和されないまま維 持された。この主要因としては第1
に信頼性の欠如により、米朝双方が相手国のコミッ トメントの信頼性を低く見積もったこと、第2
に6
ヵ国協議中も米朝双方に不可分な問 題が浮上したことによって、相手国の動機に対する認識のギャップが縮小されなかった 点が挙げられる。具体的には①軽水炉提供の時期と、②BDA 問題に端を発する北朝鮮への金融制裁、
そして③無能力化をめぐる検証-査察とサンプリング-という
3
つの問題が米朝間の コミットメント問題に拍車をかけた。上記の要因を通じて生じた失う不安を埋め合わせようと北朝鮮は弾道ミサイル実験 に加え、核実験というこれまでになかった新次元の事象を出現させるに至った。以上の ようなプロセスは
6
ヵ国協議が頓挫する中で米朝間の相互不信が増幅した点を示して いるが、結果として2003‐2009
年においては米朝双方あるいは一方が相手国を差し迫 った脅威であると認識し先制攻撃誘因が観察されるまでには至らなかった点が特徴的 である。これらの問題の根底には、米朝それぞれの疑念の衝突がある。具体的には、米国は北 朝鮮の動機に対して
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つの疑念、すなわち第1
に北朝鮮が9.19
共同声明によって共有 された非核化という目標を達成する意思がないのではないか、第2
にテロリストを支援 しているのではないか、を保持し、北朝鮮はブッシュ・ドクトリンによって表面化した 米国の拡大的動機は依然保持されているのではないか、という疑念保持していたといえ るがこの各疑念が米朝間の誤認を助長したのである。ただし、この双方の疑念は米国に おいてはテロとの戦いを前提とした自衛的動機に起因する一方で、北朝鮮の疑念も米国 の拡大的動機が具現化された場合への備えという自衛的動機に基づいている。またこの双方の相手国の動機に対する疑念は、双方が相手国の行動に多極主義からの 逸脱のサインの
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つである合法性の欠如を認識したことにも起因したとも指摘しうる。北朝鮮からすれば国連決議を経ないまま米国がイラク戦争を遂行したことによりその