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上記のように信念の更新に伴い相互認識の作用が刻々と変化する中では、自衛的動機 が相互認識されたスタグハントの状況でさえ、緊張が解消されずに維持および強化され うる。この状況を

R.

ジャービスはセキュリティ・ディレンマと表現し、誤認という緊 張形成要因を挙げたのであった。

要するに、スタグハント下における相手国の動機に対する認識が軍拡やシグナリング などの新情報(事象)の出現によって、自衛的動機から拡大的動機へと更新される時、行 動主体とその認識側の動機に対するギャップが拡大することで、国家間の相互認識作用 は囚人のディレンマのそれへと変化する。この相手国の動機に対する認識の変化に伴い、

拡大的動機(DC>CC)のみが強く認識されれば緊張が再形成されていく。

ジャービスはこの相手国の動機に対する認識の変化により、従来緊張維持あるいは緩 和に向かうはずのスタグハントの状況から緊張がいかに形成されるかを攻撃・防御バラ ンスと攻撃・防御区別性を用いて説明した。攻撃・防御バランスが攻撃優位、すなわち 拡大的動機の具現化する確率が高いと認識され、かつ相手国の兵器体系が攻撃的か防御 的かの識別が困難である場合緊張が生じるという

1

つの経路を明示したのであった77

以上の点を踏まえ、次に抑止モデルとスパイラル・モデルを比較してみよう。上記の ような相手国の動機に対する認識が緊張形成に及ぼす相互認識作用は、

2

つの理論―抑 止モデルとスパイラル・モデル78―に区分可能である。

1

つは抑止モデルである。この抑止モデルにおいてはオフェンシブ・リアリズムをそ の理論的土台とし、期待効用アプローチを採用する。抑止モデルに依拠すれば、国際体 系がアナーキーであるがゆえに国家はその不確実性に苛まれるが、その不確実性から生 じる不安を払拭するために必要な量を定量化することはできないため、覇権国となるま で力の最大化に努めざるをえないという前提に立つ。

この脈絡において、国家はその不安を埋め合わせようとパワーを常に最大化しようと するアクターとして捉えられる。換言すれば、抑止モデルにおいては国家は選好が明確 かつ不変、そして効用最大化のために合理的選択をするアクターであるという前提がな されており、これは期待効用アプローチそのものであるといえる。

この国家は合理的なパワー・マキシマイザーであるという前提を下に、抑止モデルで はシステムの不安定化は被抑止側の拡大的動機と行動によって一方向的にもたらされ

77 逆に言えば、攻撃・防御バランスが攻撃優位ではなく、かつ軍事力の攻撃・防御区別性が確保されてい る状況においてはアナーキーによる不確実性を克服し、セキュリティ・ディレンマを回避し、社会にとっ て効用が最大化された合理的帰結へと達しうることを示唆しているともいえる。

78 抑止モデルとスパイラル・モデルの定義についてはR. Jervis(1976), Perception and Misperception in International Politics, Princeton University Press, pp. 58-113. またS. Van Evera(2009), “THE SPIRAL MODEL vs. THE DETERRENCE MODEL”, http://ocw.mit.edu/courses/political-science/17-42-causes -and-prevention-of-war-spring-2009/lecture-notes/MIT17_42S09_spiral4.pdf, accessed on Sep. 5. 2014.

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ると主張する79。これは抑止モデルの論理がチキンゲームに比喩され、その代表例にヒ トラーが率いるナチス・ドイツが引き起こした第

2

次世界大戦が挙げられる点から顕著 であろう(図

2-2

参照)80

(図2-2)抑止モデルの論理:チキンゲーム 出典:筆者作成

また抑止モデルにおける相互認識作用が、相手国の拡大的動機を前提としているとい うことは、前述の

V.

チャの主張を踏まえると論を俟たない81

すなわち、抑止論者からすれば被抑止側からの一方的な現状変更を試みる行動によっ て緊張が形成されるのを防ぐには、相手国に拡大的行動を採った場合の期待効用の低下 を認識させうる抑止政策が最も適切である一方で、協調政策は被抑止側の拡大的動機の 具現化を助長することで現状変更を伴う行動を起こさせる愚策―宥和―とみなす。さら に言えば抑止論者の観点からは、協調政策はチキンゲーム、囚人のディレンマゲームに おいてアクターが選好として持つと推定される拡大的動機(DC>CC)を刺激するのであ った。

もう

1

つの理論は認知心理学の要素を取り入れ構築されたスパイラル・モデルである。

代表的なディフェンシブ・リアリストの一人である

R.

ジャービスがセキュリティ・デ ィレンマを「ある国家の安全を強化しようという試みが、他の国家の安全を低下させる 時に起こる(状況) 82」と定義したように、各国が自国の安全のために取る行為が、拡大

79 ただし、相手国の視点からはこの抑止と被抑止の関係性が逆転する点には留意が必要である。ちなみに オフェンシブ・リアリズムと古典的リアリズムとの違いは、拡大的動機が権力欲(will to power)などの内的 要因によって生じたとするのか、アナーキーという国際体系から生じたとするのかにある。

80 DC>CCとなるのは囚人のディレンマでも同じである。

81 Cha and Kang (2003), op cit., pp. 14-15.

82 R. Jervis (1978), “Cooperation under the Security Dilemma”, World Politics, 30(2): pp. 167-214,

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的な意図の有無にかかわらず相手国の安全を相対的に低下させることで失う不安を刺 激、相手国の軍備拡張などの対抗措置をもたらす。より厳密に言えば、セキュリティ・

ディレンマは行動の主体の拡大を意図しない限定的な現状変更が、その行動の認識側か らは限定的ではない現状変更、すなわち拡大的動機を源泉とした行動と誤認されるがゆ えに、さらにその限定的な現状変更を抑止するための自衛的行動がとられるという悪循 環-緊張のスパイラル-が形成されるのである83

さらには誤認は「不確実性の下、プレイヤーが自分の意思(目的、政策、信念、恐怖 など)を正確に反映するシグナルを送信しても、これらは相手プレイヤーによって無視 されたり初期信念〔筆者注:本論においては相手国の動機に対する偏見〕に整合するよ うに曲解されたりする84」ことで起こる。

このスパイラル・モデルにおいては、国家の選好は不変ではない。国家はアナーキー の中では常にパワー・マキシマイザーであるという前提には立たず、安全(security)の 確保を認識すれば先制攻撃や軍拡といった拡大的行動を自制(prudence)できるアクタ ーであると考える。ゆえにアナーキーによる不確実性によってもたらされる不信は、国 家がいかに相手国の動機を認識するかによって緩和されうる。

例えば、国家

A

が国家

B

の動機を拡大的であると認識した場合(greedy states)、国 家

A

は 生存のため拡大的行動を採らざるをえず緊張のスパイラルが上昇していく。こ の一方で、国家

A

が国家

B

の動機を自衛的あるいは拡大的ではないと認識する場合

(security seeker)においては、緊張のスパイラルは生じない(図 2-3

参照)85

p. 169.

83 行動の主体が判然としない事象が誤認を起こす場合もある。

84 鈴木(2000)、前掲書、p. 76。

85 Glaser (1997), op cit., pp. 171-201.

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(図2-3)スパイラル・モデルの論理:囚人のディレンマ/スタグハント 出典:筆者作成

スパイラル・モデルに依拠すれば、システムの不安定化は拡大的動機に基づかない抑 止側の自衛的行動が被抑止側によって脅威と誤認され安全の低下の認識をもたらすこ とにより危機へと発展していく。換言すると、自衛的行動であってもその行為の源泉が 相手国から正確に認識されずに拡大的であると誤認されれば、その相手国の過剰な軍事 的対抗措置を喚起しうるのである。したがって、抑止モデルでは抑止政策によって拡大 的動機の具現化を防ぐ必要が説かれる反面、スパイラル・モデルにおいては逆に抑止政 策は相手国の失う不安を刺激することで軍拡をともなうカウンター・バランシングを促 進し、緊張形成をもたらすものとして捉えられ、協調政策こそが緊張の緩和をもたらす と主張する。このスパイラル・モデルの論理は囚人のディレンマとスタグ・ハントの例 を用い説明がなされ、代表例としては第

1

次世界大戦が挙げられる。

アナーキーによる不確実

→国家の動機は拡大/自衛

国家A:軍拡

→自国の安全↗

国家B:安全↘と認識

→失う不安を埋め合わせ

→軍拡

国家A:安全↘と認識

→失う不安を埋め合わせ

→軍拡

緊張のスパイラル 抑止→非合理的帰結へ 協調→非合理的帰結、回

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(表2-1) 抑止モデルとスパイラル・モデルの対比 筆者作成

抑止モデルとスパイラル・モデルの比較において、かつてジャービスは「抑止論者は 防御側の意思力を攻撃側が過小評価しまいかと案じる一方、スパイラル論者は双方が相 手国の敵意を過大評価しまいかと恐れている86」と表現したが、緊張形成要因を抑止モ デルは被抑止側の期待効用に焦点をあて分析する一方、スパイラル・モデルは心理的誘 因による非合理的な選択が生じうる点に注目する。この差異を土台としつつ、抑止モデ ルとスパイラル・モデルには以下

3

点において違いが見られる(表

2-1

参照):

1

に抑止モデルとスパイラル・モデル間における差異は、相手国の動機に対する認 識にある。前述のように、抑止モデルでは主観に基づき敵対国の動機は拡大的であると 認識し、スパイラル・モデルにおいてはアナーキーという国際体系の中で動機は拡大 的・自衛的ともに混在するという前提に立つ。よって、国家は常にパワー・マキシマイ ザーであるとは捉えられない。換言すれば、抑止モデルにおいては国家は自らの安全が 保障されても、拡大的行動を通じてより多くの安全を求めるのに対し、スパイラル・モ デルでは国家は自らの安全が保障されれば拡大的動機の具現化をしうる状況下におい ても、拡大的行動を自制しうる。

2

に抑止モデルはスパイラル・モデルとは異なり、相手国の動機に対する認識のギ

86 Jervis (1976), op cit., pp. 58-113.