第 2 章 日中結果複合動詞の概観
2.3 日中結果複合動詞と英語の結果構文に関する比較
2.3.1 申・望月(2009)
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(60) 主語(卓立項)一致の原則:二つの動詞の複合においては、二つの動詞の意味構造の
中で最も卓立性の高い参与者(通例、主語として実現する意味的項)同士が同一物を 指さなければならない。
(松本1998:72)
日本語の結果複合動詞では、まず「他動性調和の原則」あるいは「主語一致の原則」を守 らなければならない。しかし、この二つの原則だけではまだ不十分である。本研究は日本語 の結果複合動詞において、上記の二つの原則以外に、他の制約も必要であるが、この点につ いては第3章と第4章で詳しく述べる。
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b. 彼は足で地面に落ちていた蒸しパンを平らに踏みつぶした。
c. He stepped the steamed bun flat with one stomp of his foot.
(62) [ x ACT ON y] CAUSE [BECOME [y BE AT- z]]
使役 起動
原因 行為 対象 対象 結果状態
他 踩 馒头 馒头 扁
彼 踏む 蒸しパン 蒸しパン つぶれる He step the streamed bun the streamed bun flat
(申・望月2009:410-411)
第二の型は、中国語の結果複合動詞に対して、英語には対応する結果構文があるが、日本 語では二文に分けてしか表せない型である。(63)の各文において、「彼が目覚める」という 結果を引き起こした原因は「涼しい風が吹く」というできごとである。この場合、中国語は
“吹醒”(吹く-目覚める)という複合動詞で表すことが可能であるが、日本語では「*吹き起 こす」「*吹き覚ます」「*吹き起きる」「*吹き覚める」といった複合動詞で表せず、二文でし か表現できない。その理由は、申・望月(2009)が指摘しているように、日本語には「他動 性調和の原則」(影山1993:117)という制限があるからである。それに従えば、「*吹き起こ す」「*吹き覚ます」はいずれも非対格動詞「吹く」と他動詞「起こす/覚ます」の複合であり、
「他動性調和原則」に違反してしまう。「*吹き起きる」、「*吹き覚める」という非対格動詞の 組み合わせは「他動詞調和の法則」は満たすが、由本(1996)や松本(1998)の「主語一致 の原則」に違反している。「吹く」の項は「風」であり、「起きる」「覚める」の主語項は「彼」
である。この二つの動詞が唯一持つ項が異なっているために、主語も一致せず、非文となっ てしまうのである。
(63) a. 一 阵 凉风 把 他 吹醒 了。
yī zhèn liáng fēng bǎ tā chuī xǐng le
一 類別詞 涼風 BA 彼 吹く-眼覚める LE
b. 涼しい風が吹いて、彼を目覚めさせた。
c. A cool wind blew him awake.
(申・望月2009:412)
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第三の型では、文の主語と結果述語の主語が一致する。中国語にも日本語にも、主語とV2 が叙述関係をもつ「主語叙述型結果述語」がある。例えば、“吃腻”(食べ飽きる)の「~飽 きる」は直接目的語が存在するにも関わらず、主語の結果状態を表している。これ対し、英 語の結果構文には「直接目的語制約」があり、結果述語は目的語としか叙述関係を持つこと ができない。
(64) a. 他 吃腻 了 好 东西。
tā chī nì le hǎo dōng xī
彼 食べる‐飽きる LE 良い もの b. 彼は美味しいものを食べ飽きた。
c. He is tired from eating too much good food.
(申・望月2009:415)
「飽きる」以外に、中国語のV2が“累”(疲れる)や“惯”(慣れる)である場合、日本 語のV2は「~疲れる」、「~慣れる」となる複合動詞が対応する。この理由としては、申・
望月(2009)が述べているように、日中いずれの言語においても、複合動詞のV1が表す原 因事象に結果事象を引き起こす意図性がないものの、V2 が表す結果事象は人間が現実世界 で頻繁に遭遇する自然現象としての生理的・心理的状態変化であるので、V1+V2を「先行事 象―結果事象」として合成可能となるのである。
続いて、第四の型では、中国語では結果複合動詞で表せる複合事象が、日本語も英語も重 文で表されている。(65a)では、V1“洗”(洗う)の意味には“袖子湿”(袖が濡れる)とい う偶発的結果が含まれていないにもかかわらず、中国語では複合動詞として成立する。申・
望月(2009)によれば、英語の結果構文も中国語の結果複合動詞もWashio(1997)の「弱 い結果構文」、影山(1996)の「派生的結果述語」を許容するが、(65)の現象から、中国語 の結果複合動詞は、日本語の結果複合動詞や英語の結果構文と比べ、かなり広い範囲の因果 関係を表すことが分かる。この点について申・望月(2009:442)は中国語の複合動詞をこ う特徴付けている。第一に、中国語の複合動詞は、時間順原則にさえ違反していなければ、
広い範囲の派生的結果述語を柔軟に許す。第二に、中国語の複合動詞は構文のレベルの形式 ではなく、使役化や脱使役化といった操作を語レベルで行うため、様々なV1 とV2の組み 合わせが可能となる。
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(65) a. 洗 衣服 前 先 把 袖子 挽起来,
xǐ yī fú qián xiān bǎ xiù zǐ wǎnqǐ lái 洗濯する 衣服 前 先ず BA 袖 巻き上げる 不然 把 袖子 都 洗湿 了。
bú rán bǎ xiù zǐ dōu xǐ shī le
さもなければ BA 袖 全部 洗う-濡れる LE
b. 洗濯する前に袖を巻き上げて、そうでないと袖が濡れてしまうから。
c. Roll up your sleeves before washing, or else you will wet them.
(申・望月2009:418)
最後の五番目の型では、中国語の結果動詞に日英語では一つの動詞のみが対応する。中国 語では、“杀”(殺す)のような動詞は結果を含まない動作動詞であり、「殺す」やkillのよう な達成動詞ではない。したがって、動作対象の状態変化を保証する「完結性」を内包するた めに、結果複合動詞という形式を取らなければならない。
(66) a. 这 种 杀虫剂, 能 杀死 很多种类 的 害虫。
zhè zhǒng shā chóng jì néng shā sǐ hěn duō zhǒng lèi de hài chóng この 種 殺虫剤 できる 殺す-死ぬ 沢山の種類 の 害虫 b. この殺虫剤は様々な種類の害虫を殺すことができる。
c. This new insecticide can kill many different kinds of insects.
(申・望月2009:419)
この五種類の対応関係のうち、日中の結果複合動詞が対応しているのは第一と第三のタ イプであり、対応していないのは第二、第四、第五のタイプである。後者について、申・望 月(2009)は次のように述べている。まず、日本語の結果複合動詞には「他動性調和の原則」、
「主語一致の原則」があるが、中国語の結果複合動詞にはない。次に、中国語の結果複合動 詞は、日英語に比べると、V2で表される状態が、V1の事象から意図せず生じてしまうよう な非常に偶発的な結果でよく、かなり広い範囲の因果関係を表すことができる。さらに、日 本語、英語において、1つの達成動詞で表現できる事象に対し、中国の“杀”(殺す)のよう な単音節活動動詞は結果性を保証していないため、結果述語が必要となる。
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しかしそれだけではない。日本語の「*履き濡らす」において、「履く」も「濡らす」も他 動詞であり、「他動性調和の法則」に反しておらず、また、「履きつぶす」のように、「履く」
をV1とする結果複合動詞は不可能ではないにもかかわらず、「*履き濡らす」は複合動詞と して成り立たない。さらに、日本語には「*粉々にたたく」のような派生的結果構文は存在し ないが、影山(2004)や石村(2011)は、「撃ち殺す」「たたき壊す」のように、結果複合動 詞が派生的結果構文に相当することがあると述べている。ではなぜ“穿湿”(履く-濡れる)
という派生的結果複合動詞に、「*履き濡らす」が対応できないであろうか。次節ではその原 因について、詳しく考察する。
(67) a. 新买 的 鞋子 不小心 在 下雨天 穿湿 了。
xīn mǎi de xié zǐ bú xiǎo xīn zài xià yǔ tiān chuān shī le 新しく買った の 靴 不注意 に 雨の日 履く-濡れる LE
b. 雨の日にうっかり新しく買った靴を履いて、濡らしてしまった。