集合R に2つの演算“+”と “·” が定義されていて次の条件をみたすとき,Rはかん環であるという:
(1) R は加法“+”に関してアーベル群をなす(その単位元を0と書く).
(2) R は乗法“·”に関して単位元をもつ半群をなす(その単位元を1 と書く).
(3) 任意の x, y, z∈R に対して(x+y)·z=x·z+y·z, x·(y+z) =x·y+x·zが成り立つ.
乗法に関する単位元1 を単にR の単位元といい, 乗法に関して正則(可逆)であることを単に正則 (可逆) であるという. また, 加法に関する単位元0 を R の零元という. 乗法が可換であるような環を可換環とい う. なお, (3)が成り立つとき“+”と“·”は分配律をみたすという.
例 B.18 Z,Q, Rは通常の加法と乗法に関して可換環をなす.
零元0 は0 + 0 = 0をみたすから,任意のxに対して0·x+ 0·x= 0·xが成り立つ:
0·x+ 0·x= (0 + 0)·x= 0·x.
これより0·x= 0 を得る:
0·x= 0·x+ 0 = 0·x+ (0·x−0·x) = (0·x+ 0·x)−0·x= 0·x−0·x= 0.
従って,任意のxに対して
x+ (−1)·x= 1·x+ (−1)·x= (1−1)·x= 0·x= 0
が成り立つが,これは(−1)·xが xの加法に関する逆元であること(すなわち(−1)·x=−x)を意味する.
同様にしてx·0 = 0とx·(−1) =−xもわかる. 以上をまとめて:
命題B.19 環において:
(1) 0·x=x·0 = 0.
(2) (−1)·x=x·(−1) =−x.
注意B.20 1 = 0の場合には, 上の命題の(1)よりx= 1·x= 0·x= 0となる. すなわち, 単位元が零元 と一致するような環は零元だけからなる. このような環を零環という(環の定義に0̸= 1を追加して, 零環 は環とは見なさない流儀もある).
零元以外の任意の元が正則であるような,零環ではない可換環をたい体という.
例 B.21 Q, Rは通常の加法と乗法に関して体をなす.
例 B.22 集合R2 に演算“+”と“·”を
(x, y) + (x′, y′) := (x+x′, y+y′), (x, y)·(x′, y′) := (xx′−yy′, xy′+x′y) により定める. このとき,R2は“+”と“·”に関して次の性質をもつ(証明は演習問題):
(1) “+”に関してアーベル群をなす(単位元は(0,0) で, (x, y)の逆元は(−x,−y)).
(2) “·”に関して単位元をもつ可換な半群をなす(単位元は(1,0)).
(3) 分配律をみたす.
さらに, 任意の (x, y)̸= (0,0)は“·” に関して正則である. 実際, ( x
x2+y2, −y x2+y2
) が(x, y) の逆元を 与える:
(x, y)·( x
x2+y2, −y x2+y2
)
= (
x x
x2+y2 −y −y
x2+y2, x −y
x2+y2 + x x2+y2y
)
= (1,0)
B 群・環・体の定義と例 135 (“·” は可換なので逆順に掛けても(1,0) となる). つまり, R2 は“+”を加法, “·” を乗法として体をなす (零元は(0,0)で単位元は(1,0)). なお, (x, y)を x+iy と書くことにすれば,上の加法と乗法の定義は
(x+iy) + (x′+iy′) := (x+x′) +i(y+y′), (x+iy)·(x′+iy′) := (xx′−yy′) +i(xy′+x′y) となる. また, 零元は0,単位元は1 と書けて,( x
x2+y2, −y x2+y2
)が(x, y)̸= (0,0) の逆元を与えるとい うことは
(x+iy)−1= x
x2+y2 +i −y x2+y2 と書ける. このようにして定義される“数”が複素数である.
例 B.23 2つの文字E,Oよりなる集合{E,O}に演算“+”と“·”を
E + E := E, E + O := O, O + E := O, O + O := E;
E·E := E, E·O := E, O·E := E, O·O := O
により定めると,{E,O}は“+”を加法, “·”を乗法として体をなす(証明は演習問題). この体を2元体と いう(Eを “偶数”, Oを“奇数”と読み替えれば,この演算の意味が了解されるであろう).
演習問題
B.1 単位元をもつ半群X において,正則な元の全体は群をなすことを示せ.
B.2 命題B.17を証明せよ.
B.3 (1) 実数を成分とする n 次正方行列全体のなす集合は, 通常の加法と乗法に関して環をなすことを 示せ.
(2) 実数を成分とするn次正則行列全体のなす集合は,通常の乗法に関して群をなすことを示せ.
B.4 (1) 例B.22において, 演算“+”と“·”が(1), (2), (3)をみたしていることを確かめよ.
(2) 例 B.23の {E,O}が実際に体となっていることを確かめよ.
B.5 Rの部分集合で通常の加法と乗法に関して体をなすものは,全ての有理数を含むことを示せ.
C 置換と行列式
本節では,§8 と§9で証明を省略した定理 8.3 (の後半),定理8.8,定理8.12,定理9.3,定理9.10に証明 を与える. いずれの証明においても, n次の置換全体のなす群が重要な役割を演じる.
全体を通して,Sn でn次の対称群,すなわちn次の置換全体のなす群を表す(cf.例 B.16).
C.1 置換の符号
(実数を係数とする)n 個の変数t1, t2, . . . , tn の多項式f =f(t1, t2, . . . , tn)とn次の置換 σ∈Sn に対 し, 変数をσで置換して得られる多項式f(tσ(1), tσ(2), . . . , tσ(n))をσf(t1, t2, . . . , tn)またはσf で表す. こ のとき,明らかにidf =f. また,σ, τ ∈Sn に対して
σ(τf)(t1, t2, . . . , tn) =τf(tσ(1), tσ(2), . . . , tσ(n))
=f(tσ(τ(1)), tσ(τ(2)), . . . , tσ(τ(n)))
=f(t(στ)(1), t(στ)(2), . . . , t(στ)(n))
=στf(t1, t2, . . . , tn), すなわちσ(τf) =στf が成り立つ.
以下では,多項式として
∆ = ∆(t1, t2, . . . , tn) := (t2−t1)(t3−t1)· · · (tn−t1) (t3−t2)· · · (tn−t2) . . . .
(tn−tn−1)
だけを考える(この多項式をt1, t2, . . . , tn の差積という). 任意の置換σに対してσ∆ = ∆またはσ∆ =−∆ が成り立つことは明らかであろう. 互換に対する振る舞いも容易にわかる(証明は演習問題):
補題C.1 σを互換とするとき,σ∆ =−∆.
2 個の互換σ, τ に対しては,上の補題と先に述べたことより,
στ∆ =σ(τ∆) =σ(−∆) =−σ∆ =−(−∆) = ∆.
同様にして,r個の互換σ1, σ2, . . . , σr に対してσ1σ2···σr∆ = (−1)r∆が成り立つことがわかり,定理8.3の 後半の主張が得られる. さらに,以上の議論より:
命題C.2
sgnσ=
σ∆
∆ = ∆(tσ(1), tσ(2), . . . , tσ(n))
∆(t1, t2, . . . , tn) . 上の命題でt1= 1, t2= 2, . . . , tn=nとすると次が得られる:
C 置換と行列式 137 系 C.3
sgnσ=σ(2)−σ(1)
2−1 ·σ(3)−σ(1)
3−1 · · · σ(n)−σ(1) n−1 σ(3)−σ(2)
3−2 · · · σ(n)−σ(2) n−2 . . . . σ(n)−σ(n−1)
n−(n−1) .
置換の符号が問題なく定義されることが確認された以上,次が成り立つことは明らかであろう:
命題C.4 (1) sgn(σ−1) = sgnσ.
(2) sgn(στ) = sgnσsgnτ.
この命題の(1)を用いて,定理8.8は次のように証明される:
定理8.8 の証明 n次の正方行列A= (aij)の転置行列の行列式は
|tA|= ∑
σ∈Sn
sgnσ aσ(1) 1aσ(2) 2 · · ·aσ(n)n で与えられる. ここで,各 σ∈Sn に対して
sgnσ= sgn(σ−1), aσ(1) 1aσ(2) 2 · · ·aσ(n)n =a1σ−1(1)a2σ−1(2) · · · an σ−1(n)
が成り立つ. また, σがSn の元全体を動くとき,σ−1 もSn の元全体を動く(cf.命題B.17). 従って
|tA|= ∑
σ∈Sn
sgn(σ−1)a1σ−1(1)a2σ−1(2) · · ·an σ−1(n)= ∑
σ∈Sn
sgnσ a1σ(1)a2σ(2) · · · an σ(n) となり,これは|A|に一致する.