A= (aij)を(m, n)型の行列とするとき,
Ai1i2...ip;j1j2...jq:=
ai1j1 ai1j2 . . . ai1jq
ai2j1 ai2j2 . . . ai2jq
. . . . aipj1 aipj2 . . . aipjq
(1≤i1< i2 <· · ·< ip≤m, 1≤j1< j2<· · ·< jq ≤n)なる形の行列をAの (p, q)型の小行列という.
また, (r, r)型の小行列の行列式をr 次の小行列式という.
いまA=(
a1 a2 . . . an)
とすると,次の条件(a), (b)は互いに同値である(cf.命題7.17):
(a) a1,a2, . . . ,an は 1次独立.
(b) rankA=n.
以下しばらく,これらの条件を行列式を用いて書き換えることを考える.
まずm=n,すなわちAはn次の正方行列であるとする. この場合,上の条件はAが正則であることと 同値であるから,定理10.3より,次とも同値である:
(c)′ |A| ̸= 0.
次にm > nであるとし,tA=(
a∗1 a∗2 . . . a∗m)
により(n次の)ベクトルa∗1,a∗2, . . . ,a∗m を定める. このと き, 注意7.12と問7.14の(1) より,上の条件(a), (b)は
a∗i1,a∗i2, . . . ,a∗in が 1次独立となるようなi1, i2, . . . , in (1≤i1< i2<· · ·< in ≤m)が存在する ことと同値である. ところが, 上の議論からわかるように, a∗i
1,a∗i
2, . . . ,a∗i
n が 1 次独立であるためには (a∗i
1a∗i
2 . . . a∗i
n
)の行列式が0でないことが必要かつ十分である. またt( a∗i
1 a∗i
2 . . . a∗i
n
)=Ai1i2...in;12...n はA の(n, n)型の小行列である. よって,条件(a), (b)は次と同値である:
(c)′′ |Ai1i2...in;12...n| ̸= 0 となるようなi1, i2, . . . , in (1≤i1< i2<· · ·< in ≤m)が存在する. なおm < nであれば, rankA≤mであるから,条件(a), (b)が成り立つことはない.
以上をまとめて次の命題が得られる:
命題10.10 A=(
a1a2 . . . an
)に対して次の条件(a)–(c)は互いに同値である: (a) a1,a2, . . . ,an は 1次独立.
(b) rankA=n.
(c) Aのn次の小行列式の中に 0でないものが存在する.
例 10.11 3次のベクトルa=t(a1, a2, a3), b=t(b1, b2, b3)が 1次独立であるためには,行列式
a1 b1
a2 b2
,
a1 b1
a3 b3
,
a2 b2
a3 b3
のうち少なくとも1つは0 でないことが必要かつ十分である.
上と同様の議論により,次の定理を示すこともできる:
定理10.12 行列Aとr >0 に対して次の条件(a), (b)は互いに同値である:
(a) rankA≥r.
(b) Aの r次の小行列式の中に0 でないものが存在する.
演習問題
10.1 次の行列の余因子行列を求めよ: (a b
c d
) ,
a b c
0 d e 0 0 f
.
10.2 奇数次の正方行列AでtA=−Aをみたすものは正則ではないことを示せ.
10.3 正則な三角行列の逆行列は三角行列であることを示せ.
10.4 成分が全て整数であるような正方行列Aに対して次の条件(a), (b)は互いに同値であることを示せ:
(a) A は正則でA−1の成分は全て整数. (b) |A|=±1.
10.5 次の連立1 次方程式を解け:
1 1 1
a b c
a2 b2 c2
x y z
=
1 d d2
.
ただしa, b, cは相異なるとする.
スカラーの範囲について 65
スカラーの範囲について
ここまで,行列や数ベクトルは実数を成分とするものだけを考えてきた. また, “スカラー”とは実数と同 義であった. しかし,これまでの議論においては,実数の (厳密には実数全体のなす集合Rの)もつ性質の うち実際に用いられているのは
四則(加法,減法,乗法と除法)が “普通”にできる
ということだけである(ただし一部の具体例や演習問題は除く). 実数固有の性質である“大小関係”や“連 続性”あるいは“1 + 1 +· · ·+ 1̸= 0”は定理等の証明には使われていない.
このことは,四則が普通にできる集合(
たい体という)を任意に指定すれば,その元をスカラーとするような行 列やベクトルの理論が全く同様に展開できることを意味する(体の定義や例については,付録のBを見よ).
例えば,有理数全体のなす集合Qにおいては四則が普通にできるから,有理数だけをスカラーとするような 行列やベクトルを考えても,これまでに述べた定理等はそのまま成立する. Rの代わりに複素数全体のなす 集合Cを考えても同様である.
体 Q, R, Cは無限個の元よりなるが,有限個の元よりなる体(有限体という)も存在する. 有限体におい ては1を何回か足し合わせると 0 になるのであるが, そのような体の元をスカラーとするような行列やベ クトルも考えられる. 有限体上の線型代数は,誤り訂正符号の理論等に応用されている.
67
第 II 部
ベクトル空間と行列の標準化
第I 部においては“ベクトル”とは数ベクトルのことであった. しかし,定理等の証明においては,数ベク トル固有の性質ではなく
ベクトルの和やスカラー倍が“普通” にできる
ことしか用いられていない場合が殆どである. ベクトル空間とは,この“普通”という性質を抽出・抽象化 したもので, (スカラーの範囲を指定した上で) “ベクトル空間の公理” と呼ばれる8 つの条件をみたすもの として定義される. 従って,数ベクトルのなす空間はベクトル空間の最も簡単な例を与える. 第II部の前半 では,まずベクトル空間の公理を導入し, いくつかの例を挙げた後,第 I 部で数ベクトルに対して述べた事 柄の多くが抽象的なベクトルに対しても成り立つことを見る. 必要に応じて第I部を復習して欲しい.
上で述べたような立場から見ると,数ベクトルの空間は抽象的なベクトル空間に“座標軸”を入れたもの と考えることができる. 一般に, 幾何学的な問題は座標の導入により数値化することができるが, 問題に応 じて適切な座標軸を入れると扱いが途端に易しくなることがある. 第II部の後半では,問題がベクトル空間 の線型変換に関係するものである場合に“適切な座標軸”を入れて平易な数値化を得る方法を考察する. 答 えのひとつが行列の対角化であり,もうひとつの答えが行列の三角化である.
全体を通して,第 I部で扱った計算の手法は断りなく用いることがある. また,第II部に続く行列の標準 化について,付録のD とEで述べておいた.
以下では,Kをひとつのたい体(定義や例については付録のBを見よ)とし,K の元をスカラーと呼ぶ. 体と いう言葉に慣れていないならば,K は実数全体のなす体R または複素数全体のなす体Cであると思って も構わない. また,特に断らない限り,行列や数ベクトルの成分はKの元であるものとする. 第 I部と同様 に,スカラーはアルファベットの小文字やギリシア文字の小文字を用いて表すことが多い. K の元を係数と する変数t の多項式f(t) =cntn+· · ·+c1t+c0 (cn ̸= 0)に対し,その次数nをdegf(t)で表す. ただし f(t) = 0の場合には,その次数は−∞と定める. 関係式
deg(
f(t)g(t))
= degf(t) + degg(t), deg(
f(t) +g(t))
≤max(
degf(t),degg(t)) は断りなく用いられる. ここでmax(
degf(t),degg(t))
はdegf(t)とdegg(t)の大きい方を表す.
11 ベクトル空間 I
11.1 ベクトル空間の公理化