第 5 章 角運動量 57
5.1.3 球面調和関数
規格直交条件(5.27)に角度方向の完全性関係式
∫
dΩ|θ, ϕ⟩⟨θ, ϕ|= ˆI, dΩ = sinθdθdϕ(0≤θ≤π, 0≤ϕ <2π) (5.35) を挿入する。ここで、θ、ϕは極座標
x=rsinθcosϕ, y=rsinθsinϕ, z=rcosθ (5.36) の天頂角と方位角であり、dΩは立体角要素である。すると
∫
dΩ⟨L, M|θ, ϕ⟩⟨θ, ϕ|L′, M′⟩ =
∫
dΩYLM(θ, ϕ)∗YLM′′(θ, ϕ)
= δL,L′δM,M′ (5.37) が得られる。ここで、
YLM(θ, ϕ)≡ ⟨θ, ϕ|L, M⟩ (5.38)
は球面調和関数 と呼ばれる。球面調和関数は固有方程式
Lˆ2YLM(θ, ϕ) =ℏ2L(L+ 1)YLM(θ, ϕ) (5.39) LˆzYLM(θ, ϕ) =ℏM YLM(θ, ϕ) (M =L, L−1,· · ·,−L) (5.40) を満足する固有関数である。M が−LからLまでの整数値をとることに 対応して、各Lの値に対して、2L+ 1個の成分YLM(θ, ϕ)が存在する。M が離散的な値を取るという事実は、角運動量の向きが量子力学(特に、角 運動量演算子が満足するリー代数)によって離散化されたと解釈される。
YLM(θ, ϕ)の関数形を具体的に求めるために、(5.39)と(5.40)の左辺の 演算子を極座標表示 (5.36)を使って書く。このため、まず座標x, y, zに 関する偏微分を極座標表示すると
∂
∂x = sinθcosϕ∂
∂r +cosθcosϕ r
∂
∂θ − sinϕ rsinθ
∂
∂ϕ
∂
∂y = sinθsinϕ∂
∂r +cosθsinϕ r
∂
∂θ + cosϕ rsinθ
∂
∂ϕ
∂
∂z = cosθ ∂
∂r −sinθ r
∂
∂ϕ (5.41)
となる。これらを利用すると Lˆz=−iℏ
( x ∂
∂y−y ∂
∂x )
=−iℏ ∂
∂ϕ (5.42)
が得られる。これを(5.40) に代入すると球面調和関数のϕ依存性が YLM(θ, ϕ)∝eiM ϕ (5.43) であることがわかる。M が整数値をとることは、系を z軸の周りを一周 する(すなわち、ϕ→ϕ+ 2π)と波動関数は元に戻るという波動関数の一 価性の帰結である。
同様にしてLˆx,Lˆyを極座標表示すると Lˆx = iℏ
( sinϕ∂
∂θ + cotθcosϕ ∂
∂ϕ )
(5.44) Lˆy = iℏ
(
−cosϕ ∂
∂θ + cotθsinϕ ∂
∂ϕ )
(5.45) これらを用いてLˆ± を極座標表示すると
L+ = ℏeiϕ ( ∂
∂θ +icotθ ∂
∂ϕ )
(5.46) L− = −ℏe−iϕ
( ∂
∂θ −icotθ ∂
∂ϕ )
(5.47)
5.1. 軌道角運動量 63 となる。これらを(5.9)式Lˆ2= ˆL+Lˆ−+ ˆL2z−ℏLˆzに代入すると
Lˆ2 =−ℏ2 [ 1
sinθ
∂
∂θ (
sinθ ∂
∂θ )
+ 1
sin2θ
∂2
∂ϕ2 ]
(5.48) が得られる。これは、ラプラシアンの極座標表示
∆ = 1 r2
∂
∂r (
r2 ∂
∂r )
+ 1 r2
[ 1 sinθ
∂
∂θ (
sinθ ∂
∂θ )
+ 1
sin2θ
∂2
∂ϕ2 ]
(5.49) の角度部分に比例定数を除き一致していることに注意しよう。
(5.48)を(5.39)に代入し、YLM(θ, ϕ) =AML(θ)eiM ϕ とおくと、AML の満 足すべき方程式
[ 1 sinθ
∂
∂θ (
sinθ ∂
∂θ )
− M2 sin2θ
]
AML =−L(L+ 1)AML (5.50) が得られる。この方程式の解AML を求めよう。まず、⟨θ, ϕ|Lˆ−|L,−L⟩= 0 に(5.47)を代入すると
(∂
∂θ −icotθ ∂
∂ϕ )
⟨θ, ϕ|L,−L⟩= 0 (5.51) これに⟨θ, ϕ|L,−L⟩=A−LL(θ)e−iLϕを代入すると
dA−LL
dθ −LcotθA−LL= 0 (5.52) が得られる。この解は
A−LL=c(sinθ)L (5.53) で与えられる。ここで定数cは|YL−L|2の立体角積分が1に規格化される ように決められる。すなわち、
∫
dΩ|YL−L(θ, ϕ)|2 =
∫ 2π
0
dϕ
∫ π
0
dθsinθ|A−LL(θ)|2
= 2πc2
∫ π
0
(sinθ)2L+1dθ
= 4πc222L(L!)2
(2L+ 1)! = 1 (5.54)
これから
c= 1 2LL!
√(2L+ 1)!
4π (5.55)
が得られる。これを(5.53)に代入すると A−LL= 1
2LL!
√(2L+ 1)!
4π (sinθ)L (5.56)
次に、一般のAML を求めるために漸化式をつくる。(5.29)より
|L, M⟩= 1
ℏ√
(L−M+ 1)(L+M)
Lˆ+|L, M −1⟩ (5.57) が得られるが、この両辺の左側から⟨θ, ϕ|を作用させて(5.46)を用いると
AML(θ)eiM ϕ = eiϕ
√(L−M+ 1)(L+M)
× ( ∂
∂θ +icotθ ∂
∂ϕ )
AML−1(θ)ei(M−1)ϕ
= eiM ϕ
√(L−M+ 1)(L+M)
× ( ∂
∂θ −(M−1) cotθ )
AML−1(θ)
= − eiM ϕ
√(L−M + 1)(L+M)(sinθ)M
× d
d(cosθ)[(sinθ)−(M−1)AML−1(θ)] (5.58) そこでyM := (sinθ)−MAML とおくとyM に関する漸化式
yM = −1
√(L−M+ 1)(L+M) d
d(cosθ)yM−1 (5.59) が得られる。これをL+M 回順次適用すると
yM = (−1)L+M
√
(L−M)!
(2L)!
1 (L+M)!
dL+M
d(cosθ)L+My−L (5.60) が得られる。右辺にy−L= (sinθ)LA−LLを代入すると
AML = (−1)L+M
√
(L−M)!
(2L)!
1 (L+M)!
×(sinθ)M dL+M
d(cosθ)L+M[(sinθ)LA−LL] (5.61) が得られる。これに(5.56)を代入すると
AML = (−1)L+M 2LL!
√ 2L+ 1
4π
(L−M)!
(L+M)!
×(sinθ)M dL+M
d(cosθ)L+M[(sinθ)2L] (5.62)
5.1. 軌道角運動量 65 こうして角運動量の固有状態である球面調和関数の一般公式
YLM(θ, ϕ) = ⟨θ, ϕ|L, M⟩
= (−1)L+M 2LL!
√ 2L+ 1
4π
(L−M)!
(L+M)!
×eiM ϕ(sinθ)M dL+M
d(cosθ)L+M(sinθ)2L (5.63) が得られる。 同様にして、⟨θ, ϕ|Lˆ+|L, L⟩= 0に(5.46)を代入して以上 の計算を繰り返すと
ALL= (−1)L 2LL!
√(2L+ 1)!
4π (sinθ)L (5.64)
が得られる。位相因子(−1)Lは以下の結果が(5.62)と一致するように選
ばれた。(5.64)から始めて上と同様な計算を行うと
YLM(θ, ϕ) = (−1)L 2LL!
√
2L+ 1 4π
(L+M)!
(L−M)!
×eiM ϕ(sinθ)−M dL−M
d(cosθ)L−M(sinθ)2L (5.65) が得られる。これは(5.63)とは一見異なるが同じであることが示せる。
AML は本質的には陪ルジャントル多項式と呼ばれるものである。これを 見るために、AML の微分方程式(5.50)でx= cosθとおくと次の微分方程 式が得られる。
(1−x2)d2AML
dx2 −2xdAML dx +
[
L(L+ 1)− M2 1−x2
]
AML = 0
(−1≤x≤1) (5.66)
この微分方程式はLとMが整数のとき、1価の連続解を持つことが知ら れている。特に、|M| ≤ Lの場合は、陪ルジャンドル多項式と呼ばれる
−1≤x≤1で有界な解 PLM(x) = (1−x2)M2
2LL!
dL+M
dxL+M(x2−1)L (−L≤M ≤L) (5.67) をもつ。M = 0と置いたPL0(x)はルジャンドル多項式と呼ばれる。
PL(x) = 1 2LL!
dL
dxL(x2−1)L (5.68)
こうしてAML(θ)は比例定数を除いてPLM(cosθ)に等しいことがわかる。
PLM(x)は正規直交条件
∫ ∞
0
e−xxMPLM(x)PLM′(x)dx= (L+M)!
L! δL,L′ (5.69) を満足する。YLM の規格直交条件(5.37)を満足するように係数を決めると
YLM(θ, ϕ) = (−1)M+2|M|
√
2L+ 1 4π
(L− |M|)!
(L+|M|)!PL|M|(cosθ)eiM ϕ (5.70) が得られる。これからYLMが一般に次の関係式を満足することがわかる。
YL−M(θ, ϕ) = (−1)M[YLM(θ, ϕ)]∗ (5.71) 特に、M = 0の場合は
YL0(θ, ϕ) =
√2L+ 1
4π PL(cosθ) (5.72)
また、球面調和関数の完全性条件は
∑∞ L=0
∑L M=−L
[YLM(θ, ϕ)]∗YLM(θ′, ϕ′) = 1
sinθδ(θ−θ′)δ(ϕ−ϕ′)
=: δ(Ω−Ω′) (5.73) で与えられる。両辺を立体角で積分∫
· · ·sinθdθdϕすると1に等しくなる ことに注意しよう。
以下に、球面調和関数の例を書き下しておく。
Y00 = 1
√4π Y1±1 = ∓
√ 3
8πsinθe±iϕ, Y10 =
√ 3 4πcosθ Y2±2 =
√ 15
32πsin2θe±2iϕ, Y2±1 =∓
√15
8π sinθcosθe±iϕ, Y20 =
√ 5
16π(3 cos2θ−1)
(5.74)