第 7 章 中心対称場での運動 99
7.4 力学的対称性
ある。ラプラスールンゲ−レンツベクトルが保存することは、RiがHと 交換することを意味している。これは次の交換関係を用いて示せる。
[Li, xj] =iℏϵijkxk (7.66) [Li, pj] =iℏϵijkpk (7.67) [
Li,1 r ]
= 0 (7.68)
[1 r, pi
]
=iℏxi
r3 (7.69)
これらを用いると [1
r, Ri
]
= 1
2mϵijk [1
r, Ljpk−pjLk ]
= 1
2mϵijk (
Lj [1
r, pk ]
− [1
r, pj ]
Lk )
= iℏ 2mϵijk
( Ljxk
r3 −xj
r3Lk )
= iℏ 2mϵijk
(
ϵjlmxlpm
xk
r3 −xj
r3ϵklmxlpm
)
= − iℏ 2m
[(
pi
1 r +1
rpi
)
− 1
r3(pkxkxi+xixkpk) ]
(7.70) [p2l, Ri]
=−iℏk [(
pi1 r +1
rpi )
− 1
r3(pkxkxi+xixkpk) ]
(7.71) が示せる。これらから
[H, Ri] = 0 (7.72)
であることが分かる。こうして、ラプラスールンゲーレンツベクトルR が保存されることが示された。古典力学においてRの保存は、重力ポテ ンシャル1/r中を運動するケプラー問題に現れ、近日点が動かないという 物理的効果を生む。
次に、Riによって生成される群の性質を調べよう。生成子の交換関係は [Ri, Rj] =−2iℏ
m ϵijkLkH (7.73)
[Li, Rj] =iℏϵijkRk (7.74) で与えられる。ハミルトニアンHと交換する複数の演算子が互いに交換 しない場合は、系のエネルギーが縮退することを思い出そう((4.6節参
7.4. 力学的対称性 109 照)。今の例では、角運動量の大きさの自乗L2とラプラスールンゲーレ ンツベクトル(Rx, Ry, Rz)はともにハミルトニアンと交換する保存量であ る。しかし、RiとL2とは交換しない。こうして、異なったℓを持った状 態が縮退する。これが「偶然縮退」の物理的起源である。
後の議論のためにR2を計算しておこう。まず、
p×L+L×p= 2iℏp (7.75)
を用いると
R = e2 4πϵ0
[r
r −c(p×L−iℏp) ]
= e2 4πϵ0
[r
r +c(L×p−iℏp) ]
(7.76) ここで、c= 4πϵ0/(me2)である。これから
R2(mc)2 = [r
r +c(L×p−iℏp)] [r
r −c(p×L−iℏp)]
= 1−c [r
r(p×L−iℏp)−(L×p−iℏp)r r ] +c2[
−(L×p)(p×L) +iℏ(L×p)p+iℏp(p×L) +ℏ2p2]
= 1−2c1
r(L2+ℏ2) +c2p2(L2+ℏ2)
= 1 +c2 (
p2−2 c 1 r
)
(L2+ℏ2)
= 1 + 2mc2H(L2+ℏ2) (7.77)
ここで、3番目の等式を得る際には次の式変形を行った。
r
r(p×L) = 1
rϵijkxipjLk = 1
rL2k= 1 rL2 (L×p)r
r = ϵijkLipj
xk
r =ϵijkLi
( xkpj
1
r −iℏδjk )
= ϵijkLixk (1
rpj−iℏxj
r3
)(7.68)
= 1
rLiϵijkxkpj =−1 rL2 r
rp−pr r =
[xi r , pi
]
= (1
r[xi, pi]−xi [1
r, pi ])
= 1
r3iℏ−xiiℏxi
r3 = 2iℏ1 r よって
R2= ( e2
4πϵ0 )2
+ 2
mH(L2+ℏ2) (7.78)
「偶然縮退」の起源は、4次元ユーックリッド空間内でエネルギーが一 定の4次元超球面の回転対称性(これをSO(4)対称性という)の帰結と みなすこともできる(V. A. Fock, 1935)。このことを理解するために、H がLiおよびRiと可換なので同時対角化可能であることに注意して、以下 の議論ではエネルギー固有値Eを固定して考える。さらに、E <0の場 合、すなわち、束縛状態の場合を考える。このとき、
Ai :=
√
−m
2ERi (7.79)
を定義すると、(7.73)、(7.74)より
[Ai, Aj] =iℏϵijkLk, [Li, Aj] =iℏϵijkAk (7.80) が得られる。これらと角運動量演算子の交換関係
[Li, Lj] =iℏϵijkLk (7.81) を合わせると、角運動量演算子Liと(7.79)で規格化されたラプラスール ンゲーレンツベクトルの演算子Aiが閉じた交換関係(リー代数)を構成 していることがわかる。ここで、Lx, Ly, Lzはそれぞれyz, zx, xy平面内 の回転の生成子である。一方、wを4次元ユークリッド空間の第4の軸と すると、Ax, Ay, Azはそれぞれwx, wy, wz平面内の回転の生成子である ことがわかる。実際、Ax, Ayがそれぞれxw, yw面内の回転の生成子であ るとすると、これらは
Ax = xpw−wpx =−iℏ (
x ∂
∂w −w ∂
∂x )
(7.82) Ay = ypw−wpy =−iℏ
( y ∂
∂w −w ∂
∂y )
(7.83) と書ける。これからAx, Ayの交換関係を計算すると
[Ax, Ay] = −ℏ2 ([
x ∂
∂w,−w ∂
∂y ]
− [
w ∂
∂x, y ∂
∂w ])
= ℏ2 (
x ∂
∂y −y ∂
∂x )
= iℏLz (7.84)
となり、(7.80)が再現されることがわかる。こうして、Li, Ajは4次元ユー クリッド空間内の回転の生成子を構成していることがわかる。このように クーロン場や重力場のようなポテンシャルが1/r型の問題では系の持つ対 称性が通常の3次元回転対称性から4次元回転対称性へと拡大される。
7.4. 力学的対称性 111 4次元空間の回転の生成子の交換関係(7.80)を用いると、水素原子のエ ネルギースペクトルを微分方程式を解くことなく代数的に解くことができ る(W. Pauli, 1926)。
Mi := Li+Ai
2 , Ni:= Li−Ai
2 (7.85)
を導入すると(7.80)、(7.81)は次のように書き換えられる。
[Mi, Mj] =iℏϵijkMk, [Ni, Nj] =iℏϵijkNk, [Mi, Nj] = 0 (7.86) これは、{M1, M2, M3}と{N1, N2, N3}がそれぞれ独立した角運動量演算 子の代数を構成していることを示している。これからM2,N2の固有値 はそれぞれM(M+ 1), N(N+ 1) (M, N = 0,1/2,1,3/2,· · ·)であること がわかる。
さて、(7.86)より、M2, M3,N2, N3の固有値は直ちに分かる。
M2 = ℏ2a(a+ 1) (a= 0,1/2,1,3/2,· · ·)
M3 = ℏµ(µ=a, a−1,· · · ,−a) (7.87) N2 = ℏ2b(b+ 1) (b= 0,1/2,1,3/2,· · ·)
N3 = ℏν (ν =b, b−1,· · ·,−b) (7.88) ここでRの定義よりLはRと直交する。
R·L=L·R= 0 (7.89)
従って
M2 =N2 = 1
4(L2+A2) (7.90)
が示せる。これから、固有状態の量子数はa=bを満足するものでなけれ ばならない。また、(7.79)、(7.78)より
A2 =−m
2ER2 =−(L2+ℏ2)− m 2E
( e2 4πϵ0
)2
(7.91) なので
1
4(L2+A2) =−1 4
[
ℏ2+ m 2E
( e2 4πϵ0
)2]
=ℏ2a(a+ 1) (7.92) が示せる((7.90)参照)。これからエネルギー固有値は
E =− m 2ℏ2n2
( e2 4πϵ0
)2
(7.93) と決まる。ここで、n:= 2a+ 1 = 1,2,· · · は主量子数である。