第 7 章 中心対称場での運動 99
7.2 球面波
rlim→0r2U(r) = 0 (7.14) を満足しているという条件で、波動関数の原点近傍での振る舞いを調べよ う。原点近傍でR(r) ∝rsと置いて(7.9)に代入し、r→ 0なる極限を取 る。すると(7.13)、(7.14)よりs=ℓであることがわかる。すなわち
R(r)∝rℓ (r→0) (7.15)
7.2 球面波
空間の並進対称性がある系では運動量pとエネルギーE=p2/2mが保 存し、波動関数は平面波ψ∝eℏip·rとなる。球対称な系ではエネルギーに 加えて角運動量ℓと磁気量子数mが保存する。このような自由な(すな
わち、U(r) = 0)波動関数を考えよう。以下ではエネルギーEの代わりに
波数k:=√
2mE/ℏを考える。前節の議論と同様に波動関数は
ψkℓm =Rkℓ(r)Yℓm(θ, ϕ) (7.16) と書ける。波動関数に関する規格直交条件は
∫ ∞
0
r2dr
∫ π
0
sinθdθ
∫ 2π
0
dϕψk∗′ℓ′m′ψkℓm = 2πδ(k−k′)δll′δmm′ (7.17) 角度方向の積分を球面調和関数の直交性(5.37)を利用して実行すると
∫ ∞
0
r2drRk′ℓRkℓ= 2πδ(k−k′) (7.18) このとき、動径方向の波動関数は
1 r
d2
dr2(rRkℓ) + [
k2−ℓ(ℓ+ 1) r2
]
Rkℓ = 0 (7.19)
を満足する。
ℓ= 0の場合は、境界条件(7.13)を満足する(7.19)の解は Rk0(r) = 2sinkr
r =:χk0(r) (7.20)
で与えられる2。ℓ̸= 0の場合は
Rkℓ(r) =rℓχkℓ (7.21)
2(7.20)に線形独立な解2sinrkr は原点で発散する。
とおくと
d2χkℓ
dr2 + 2ℓ+ 1 r
dχkℓ
dr +k2χkℓ= 0 (7.22) 両辺をrで微分すると
d3χkℓ
dr3 + 2ℓ+ 1 r
d2χkℓ dr2 +
(
k2−2ℓ+ 1 r2
)dχkℓ
dr = 0 (7.23) これを変形すると次のように書けることがわかる。
d2 dr2
(1 r
dχkℓ dr
)
+ 2ℓ+ 2 r
d dr
(1 r
dχkℓ dr
) +k21
r dχkℓ
dr = 0 (7.24) これを(7.22)と比較すると
χkℓ+1= 1 r
dχkℓ
dr (7.25)
であることがわかる。この漸化式を繰り返し用いることにより χkℓ=
(1 r
d dr
)ℓ
χk0 (7.26)
が得られる。これに(7.20)を代入すると Rkℓ = 2(−1)ℓrℓ
kℓ (1
r d dr
)ℓ
sinkr
r (7.27)
が得られる。ここで、因子(−1)ℓは便宜上導入した。因子k−ℓは規格化条
件(7.18)を満たすように決められた。
動径方向の微分方程式(7.19)でx=kr、y=Rkℓとおいてkを消去す ると
1 x
d2
dx2(xy) + [
1−ℓ(ℓ+ 1) x2
]
y= 0 (7.28)
となる。これは2階の斉次微分方程式なので2つの独立な解を持つ。その うち、原点で正則な解は球ベッセル関数jℓ(x)、正則でない解は球ノイマ ン関数 nℓ(x)と呼ばれる。
jℓ(x) = (−x)ℓ (1
x d dx
)ℓ sinx
x =
√ π 2xJℓ+1
2(x) (7.29) nℓ(x) = −(−x)ℓ
(1 x
d dx
)ℓ cosx
x =
√ π 2xNℓ+1
2(x) (7.30)
(7.29)は上で議論したように原点で正則である。これと比較して(7.30)は
正弦関数が余弦関数に置き換わっていることからわかるようにjℓとは独
7.2. 球面波 103 立であり、原点で特異性を持つ。球ベッセル関数を用いると(7.27)は次の ように書ける。
Rkℓ= 2kjℓ(kr) =
√2πk r Jℓ+1
2(kr) (7.31)
r→ ∞の漸近形は、1/rn (n≥2)の項を無視すると Rkℓ→2sin(kr−ℓπ/2)
r (7.32)
と書ける。逆に原点近傍(r→0)での振る舞いは(7.27)のsinkrを展開し て、微分した後でrの最低次の冪が主要項になることに注意すると、r→0 で
(1 r
d dr
)ℓ
sinkr
r ≃ (−1)ℓ (1
r d dr
)ℓ
k2ℓ+1r2ℓ (2ℓ+ 1)!
= (−1)ℓ k2ℓ+1
(2ℓ+ 1)!! (7.33)
これから
Rkℓ= 2kℓ+1
(2ℓ+ 1)!!rℓ (7.34)
となり、(7.15)とコンシステントな結果が得られる。
散乱問題ではしばしば定常状態が問題になる。外部から粒子が次々と入 射して、それが他の粒子にあたって散乱されるような状況である。そのよ うな場合は、波動関数は原点(すなわち、他の粒子の位置)でゼロになる 必要はないので、(7.29)と(7.30)の線形結合が解になる。両者を線形結合 してできた特殊関数は次に定義される球ハンケル関数である。
h(1)ℓ (x) := jℓ(x) +inℓ(x) =−i(−x)ℓ (1
x d dx
)ℓ eix
x
=
√ π 2xHℓ+(1)1
2
(7.35) h(2)ℓ (x) := jℓ(x)−inℓ(x) =i(−x)ℓ
(1 x
d dx
)ℓ e−ix
x
=
√ π 2xH(2)
ℓ+12 (7.36)
h(1)ℓ は中心から外向きの波、h(2)ℓ は内向きの波を記述している。これから ℓ= 0の波はAを定数として
Rk0± = A
re±ikr (7.37)
となる。一般のℓの場合は
Rkℓ± := (−1)ℓArℓ kℓ
(1 r
d dr
)ℓ
e±ikr r
= ±iA
√πk 2rH(1,2)
ℓ+12 (kr) (7.38)
定在波の時と同様にr → ∞での漸近形は R±kℓ →Ae±i(kr−ℓπ/2)
r (7.39)
であり、原点近傍での振る舞いは R±kℓ →A(2ℓ−1)!!
kℓ r−ℓ−1 (7.40)
で与えられる。
もし単位時間当たり1個の粒子が流れ出ている状況を考えよう。流れの 密度は粒子の速度をv=ℏk/mとしてj=v|ψ|2で与えられるので、原点 を中心とする半径rの球面全体にわたる積分をしたものが1になる。すな わち、立体角要素をdΩとして
∫
r2dΩj=r2v|Rk0+|2 =A2v= 1→A= 1
√v (7.41)
ここで、|ψ|2に含まれる球面調和関数の立体角積分が1になるという性質 (5.37)を使った。
原点から十分に離れた場所では、原子間相互作用や1/r2に比例する遠心 力ポテンシャル((7.19)の最後の項)は無視することができる。したがっ て動径方向の波動関数は
1 r
d2(rRkℓ)
dr2 +k2Rkℓ= 0 (7.42)
に従う。この方程式に一般解は Rkℓ = 2
r sin(kr−ℓπ/2 +δℓ(k)) (7.43) で与えられる。ここでℓπ/2は(7.32)による。また、δℓ(k)はℓ波の位相シ フトと呼ばれ、rが小さい領域で重要な相互作用の効果を表している。