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ドキュメント内 方言研究法の探索 (ページ 80-92)

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       方言意識と方欝使周の動態  79 ユイとマブシイとの混交形と認められる。

 表38においても,孤例が見られる。桑名でのババイである。ただし,この 表で上に孤例としたマブイ,マバシイが現われてくるので,これらは孤例で はなくなるわけである。若年層においては標準形マブシイが圧倒的となって

いる。

表38 「まぶしいj

桑  語 長  鳥 名 古 多 知  立

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《ババイ ∠マバユイ 7マバエエ⑭ヒi・ ・wK認ヒ客帽

(〉マ7

jl\メバエエくヨマバシイOヒド層 ○マブシイ

5. まとめ

 以上,各事象について,地域差と年層差に焦点を当て,その動態を観察し てきたが,言語項目に関しては,かつてのことはいざしらず,現況では,い わゆる純粋名古屋弁の周辺に及ぼす影響はほとんどなく,全体的に標準化が 進行していることが判明した。このことと,方雷意識の様相のところで見た 名古屡の影響が強くなった というインフォーマントの内省とはどのように 結びつくのであろうか。

 注意したいのは,ここでの 名古屋の影響 の内容にはおそらく純粋名古 屋弁そのものは含まれていないのだろうということである。若年層において 名古屋弁の評餌自体は多くの地点で低く出ているからである。ここでのイン フォーマントのコメントは,あくまで名古屋を経由しての共通語(東京語)の 普及の状況を意識した表現であると推測される。

 東東語はまず大都市名古屋にくいこみ,そこをセンターとして周辺部,特

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に西方へ勢力を広げているのである。そして,それは,まず長島へ,そして 桑名へと移行的に浸透していることが明らかとなった(調査地点の中では桑 名が東京語化に対する抵抗のもっとも強い地である〉。したがって,この点か らすれば,東西両方誓の境界線はまさに漸次西へ移動しつつあると見徹すこ

ともできるであろう。

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特殊方言音の地域差・年齢差

飯豊毅一 1.はじめに

 山形県西田川郡温海町地区には,共通語の/ku/に対応して,しばしば腫藤]

が聞かれる。筆者が最初にこれを耳にしたのは,1950年であった。国立国語 研究所による鶴岡市民の言語生活の調査が行われ,特に共通語化の実態とそ の要霞を明らかにしょうとする推計学的調査は,方書と共通語との研究界に おいては画期的な調査であった。これは,1948年,占領軍民間情報教育部と 協力して,読み書き能力調査委員会が全国の市町村27G地点で行った読み書き 能力調査の方法にヒントを得ていると言えるが,当時としては,斬新なもの であった。その臨地面接調査が終了して,帰京の際,岡じ庄内地方に属して いても,鶴岡衛と鼠が関地区との悶には,どのような言語差があるだろうか,

調査しておきたいと思った。鼠が関は新潟県との県境にもなっていて,その 言語特徴はその意味でも注目された。そこで鼠が関地区の言語調査を個人的 に行うことにしたのであった。その結果,大まかな言語的特徴は鶴岡市等と ほぼ同様であるが,共通語の/k雛/に対応して[Φ壷]が聞かれるという顕著な 事実を知った。

  [Φ藪feba](来れば),[Φ戯f面to](来ると),[Φ瓢f醸(a](来るか),[Φ面sl]

  (櫛),[Φ面:](食う),[Φanε:](食わない),[Φ磁fε:](暗い),ゆ薩fd過磁r戯3

  (クルクル),陣an飯叫(桑の木),[鮪z還(火事)

 そのことを,内々の話題では報告したが,これを正式の調査に採り上げる 機会を失していた。今回,この件で,調査することが可能になったことを喜 びとする。

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 しかし,この間に,『金沢大学語学・文学研究s(創刊号)に「石規県珠洲 帝方言の グと フ 」が川本栄一郎氏によって報告された。これによると 石川県の珠洲市方書や能登島三三にも同様な事象が見られるばかりでなく,共 通語/hu/に対応して[k司の行われたらしい例もみられるという。すなわち,

古い方讐集をみると,

 ク→フ の例として

 ふし(櫛),ふうき(空気),ふさ(草〉,ふび(首),ふわのは(桑の葉) ,  ふき(茎),ふるま(車),ふすり(薬),ふり(栗),ふらがり(闇)……

 フー・ク の例として

 くみ(文),くね(舟),くろしき(風呂敷),くた(蓋),くところ(懐〉,

 くで(筆),くき(蕗〉,くじさん(富士山),くしぎ(不思議),……

 これについて,川本氏は次のように述べている。

  あるいは,「ク」と「フ」が同じ音で[KΦUl]と発音されていたのを方書  集の筆者が,「ク」の誰りは「フ」にひきつけて書き取り,「フ」の穿りは  fク」にひきつけて書きとるということをしたために,「ク」と「フ」は全  く逆に発音されているという表記のしかたになってしまったのではなかろ

 うカi(P.】.03)。

 そして「ク」と「フ」が同じ音の[KΦUl]に説ることになったのは,

 (1)特に語頭にくる「ク」の場合に,[ku]の母音[u]をはっきり発音し   ようとして唇に力がはいり,その影響で子音[k]が唇音化し,同時に母   音F[u]の唇音的性質が子音に吸収されて弱まり,[聯uI]という音が生じ   たのではないか。

 ② 「フ」の場合はハ行音における[Φ]一・[h]という変化が「フ」に及ん   で[軸1が[hw]に変わったが,特に語頭では力がはいって破裂音の[k]

  が加わり,[KfPru]という音になったのではないか。

 (3)「フ」の[KΦUi]はあとで「ク」の[KΦ田3に統合され,「フ」も「ク」

  も同じように〔KΦUl]と発音されることになったのではないか(pユ01)。

 この報告に述べられている事象は,山形察の鼠が関地区に見られる事象と ほぼ同一一のものと思われる(ただし,その説に賛成するわけではない)。

       特殊方言音の地域差・年齢差 83  すでに,その頃には,筆者は東北の全般を調査していたので,山形県西田 川郡温海町地区のかなり広い範囲に,この「ク」→「フ」の事象の存するこ とを知っていたが,「フ」→「ク」の事象は認められなかったので,もし,石 川県のこの地方に,この事象が認められるなら,それは注目すべきことであ る。しかし,川本氏も述べているように,それは,古い方雷集に見えるだけ であり,1969年当時においては,「ク」→fフ」の事象だけであったという。

筆者の聞いた温海町地区の場合は,すべて「ク」→「フ」と書える事象ばか りであった。

 したがって,この事象は,東北:方言の「キ」→「チ」や東京方言の「ヒ」→

「シ」の事象に類するものと思う。

(i)「キ」→「チ」の例(石巻市)

 [獣mi](君),[箪maff](きまi)),[t∫6:kat](協会),[t∫6:幻磁1(教育〉,

 [t∫董b1wa至i:](きみがわるい),[tSl NtStili:](緊急),[kad3戯:](柿を)

② 「ヒ」一一〉「シJの例(東京)

 [lipaSi](東),[lilili〜i](ひしひし),[〜iOo弓(広い),[jw:〜i](夕陽〉

 これらの場合,この逆の「チ」→「ef」や「シ」→「幾」の例はほとんど 聞かれない。もし,あるとすれば,多くは誤った騒帰に属するものが大部分 である。「ク」→「フ」の場合もおそらく同様であろうと思う。

 また,何故,共通語の/ku/に対応して腫面]が現れるかについては,筆者 は川本氏の見解に対して必ずしも賛成ではない。それらのことについては以 下に述べたい。

 ただし,ここで注意しておきたいのは,山形県温海地区と石潤県能登地区 とに共通して,同様な需語特徴が見られるということである。H本海沿岸は 他の書語特徴にも,同じような例が見られる。すなわち,H本海沿岸に続い て,同じ言語特徴が急速に分布して行く姿を認めることもできるし,また,同

じ書語特徴が,とびとびに分布している姿をとらえることもできる。これは,

H本海が交通路として重要な役割を果たしていることを証するものでもあろ う。たとえば東北方書の特徴とされる財・エの混同」「シ・ス,チ・ツ,ジ・

ズ等の混同」等は能登半島各地や福井県三国町等にも認められるし,文法的

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特徴の「オキラセル」(起きさせる)の使用等も同様である。日本海の交通と 言語伝播についてはもっと十分に,調査を進めるべきであろう。

2.調査の概要

2.1調査の囲的

 山形県西田川郡温海覇地区には,共通語の/ku/に対応して,しばしば,[Φur]

[ΦUl]が聞かれる。これは,語種や地域や使用者の年齢等により,当然,差が あるようであるが,その実態はどうであろうか。また,場面による差もある ようであるが,その実態は,どのようであろうか。すなわち,/ku/一一・[Φ{慧]

[Φ滋3の実態を明らかにしょうとするのが目的である。また,[kw]藩論→

[ΦUU][磁i]がどのような過程を経て,現在のような姿に定着したのかも明ら かにしたい。現実の方言の発音を観察することにより,その変遷・変化のプ mセスを考察することは可能である筈である。

2.2調査 法 2.2.1準備調査

 1980年!0月17目一10月23日の7日間にわたって,山形県西田川郡温海町に おいて,準備調査を行った。温海町の戸沢,濫海,浜中,小岩川,小国,越 沢,鼠が関の7地点と新潟県山北町である。この結果,次のようなことがわ

かった。

 (1)温海町地区の音韻的特徴は,概ね鶴岡市の特徴と同じであり,そのモ ーラ表は次のようになる。

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