H.3 複合材料の平均特性
I.1 準備 — ベクトル値関数と常微分方程式
I.1.1 問題の設定
この章は第26版までは英語で書かれていて,英語のみで実施する3年生向けの講義用資料だった。自然科学 や社会科学の種々の分野の基礎的問題は,例えば次のようなスカラー関数u(t)に対する常微分方程式(ODE)で モデル化されることがある。
˙
u(t)=a u(t) ここに上付きドットは時間tについての微分である。そしてこの解は
u(t)=cexp (a t)
と求められるが,cは初期条件で決定される積分定数である。この解はaの符号に依存して収束するのか発散 するのかといった全く異なる特性を持つことから,aが問題の最も重要なパラメータであることがわかる。
これをベクトル値関数u(t)に対する問題に拡張すると,その支配方程式は
u˙(t)=Au, u(t)=⌊v1(t)v2(t)v3(t)⌋t, A=3×3実対称行列 (I.1a, b, c) と記すことができ,初期条件は例えば
u(0)=α=⌊α1α2α3⌋t (与えられる) (I.2)
のように与えられる。3元連立ODEだが,これをどうやって解こう。関数uの3成分から2成分を消去して 高次の微分方程式にする方法もあるかもしれない。しかし,次元がもっと大きくなった場合はその方法は適切 だとは思えない。なおこの章では簡単のために括弧無しの太字で行列を表す。
I.1.2 固有値問題
前述のスカラー関数についてのODEにおけるaの符号が持つ特性を踏まえると,式(I.1)の係数行列Aもや はり解の特性を左右する最も重要なパラメータだと推測できる。では行列の「符号」って何だろう。実はそれ はこの係数行列の固有値問題を考察することによってわかるのだ。つまりλをこの係数行列の固有値とし,e を対応する固有ベクトルとすると,この係数行列の固有値問題は
A e=λe (I.3)
767
で与えられる。このλ(値と符号)が解の特性を左右するのだ。我々が対象とする多くの工学的な問題では,
この三つの固有値はお互いに異なる値を持つので,それをそれぞれλi(i=1,2,3);λi ,λj(i, j)とし,対応す る固有ベクトルをei(i=1,2,3)とする。するとi番目の固有値問題は
A ei=λiei (I.4)
と記すことできる。式(I.4)にetjを左から乗じると
etjA ei=λietjei (∗) となる。同様にj番目の固有値問題の方程式にi番目の固有ベクトルを左から乗じれば
eti A ej=λjeti ej (∗∗) を得る。ただ係数行列Aは対称なのでeti A ej=etj Atei=etj A eiという関係が成立するため,式(∗∗)は
etjA ei=λjeti ej=λjetjei
と書き直される。この式と上式(∗)を辺々引き算すると 0=(
λi−λj
)etjei
を得る。上述のように固有値同士は異なりλi,λjが成立するので,この最後の式からは
etiej=0, i, j (I.5)
という結論を得る。つまり固有ベクトル同士はお互いに直交するのである。これがまず重要な特性だ。
I.1.3 ベクトル値関数の常微分方程式
支配方程式(I.1)を初期条件式(I.2)の下で解きたいのだが,まず解を固有ベクトルを用いて u(t)=
∑3
i=1
ci(t)ei (I.6)
のように表現できると仮定しよう。すると
u˙(t)=
∑3
i=1
˙ ci(t)ei
なので,式(I.6)を支配方程式(I.1)に代入すると
∑3
i=1
˙
ci(t)ei= A
∑3
i=1
ci(t)ei=
∑3
i=1
ci(t)A ei
を得る。この最右辺に式(I.4)の関係を代入すると
∑3
i=1
˙ ci(t)ei=
∑3
i=1
ci(t)λiei
となる。そこで,この式にn番目の固有ベクトルetnを左から乗じると,式(I.5)で示したように異なる二つの 固有ベクトルは直交するので,得られた式の総和のうちn番目以外は零になり,結局n番目の項だけが残り
˙
cn(t)=λncn(t)
を得る。これはスカラー関数cn(t)のODEなので章の最初に示したように簡単に解け,一般解が
cn(t)=kn exp (λnt) (I.7)
と求められる。knは積分定数だ。
したがって,ベクトル値関数uの一般解が u(t)=
∑3
i=1
kieiexp (λit) (I.8)
のように求められたことになる。あとは初期条件式(I.2)を用いてkiを求めるだけだ。そこで式(I.8)を式(I.2) に代入すれば
u(0)=
∑3
i=1
kiei=α
を得るが,果たして簡単にkiを求められるだろうか。ここで重要なのが直交性だ。つまりこの式にetnを左から 乗じて直交条件式(I.5)を考慮すると,ここでも総和のうちkn以外を含む項は零になるので
knetnen=etnα → kn =etnα
|en|2
のように積分定数を求めることができるのである。直交性が重要な理由が理解できたと思う。最終的に解は u(t)=
∑3
i=1
(etiα
|ei|2 )
eiexp (λit) (I.9)
と求められる。
例: 簡単な例として
A=
5 0 0
0 5 −2
0 −2 5
, α=
6 7 8
(与えられる)
を解いてみよう。係数行列Aの固有値問題は
5−λ 0 0
0 5−λ −2
0 −2 5−λ
e=0 (∗)
となるので,特性方程式は
det
5−λ 0 0
0 5−λ −2
0 −2 5−λ
=(5−λ){(5−λ)2−4}=(5−λ)(3−λ)(7−λ)=0 となる。したがって各固有値が
λ1=5, λ2 =3, λ3=7
と求められる。この個々の固有値λiに対する式(∗)から,それぞれの固有ベクトルが
e1=⌊1 0 0⌋t, |e1|2=1, e2=⌊0 1 1⌋t, |e2|2=2, e3=⌊0 1 −1⌋t, |e3|2=2 と求められる。固有ベクトル同士の直交性は各自確かめて欲しい。
そこで式(I.6)のように解の候補を設定すると,最終的にその未知関数ci(t)に対する方程式が
˙
ci(t)=λici(t) となるので,それぞれの解が
c1(t)=k1 exp(5t), c2(t)=k2 exp(3t), c3(t)=k3 exp(7t) と求められる。これを初期条件に代入することによって
k1=et1α
|e1|2 =6
1 =6, k2=et2α
|e2|2 =7+8 2 = 15
2 , k3= et3α
|e3|2 = 7−8 2 =−1
2 を得るので,最終的な解が
u(t)=6 exp(5t)e1+15
2 exp(3t)e2−1
2 exp(7t)e3
と求められる。3元連立ODEを解く際の固有値問題と固有ベクトルの直交性との重要性を実感してもらえた だろうか。