3. 形態論
3.3. 動詞
3.3.5. 派生接尾辞
派生接尾辞には、以下のものがある。
(119) 平方言の派生接尾辞
-(s)ase-'使役'、-(r)are-'受身、可能、自発、尊敬'、-(j)aje-'可能'、-(i)kir-'可能' -wor-'進行'、-tjor-'結果継続'、-tjok-'先行'、-(i)mas-'丁寧'
派生接尾辞の/-(s)ase-/'使役'、/-(r)are-/'受身、可能、自発、尊敬'、/-(j)aje-/'可能'は、あとに 続く接辞によって語幹がeになるときとuになるときがある。これは母音語幹動詞と同様 である。派生接尾辞末が子音の形式は、子音語幹動詞と同様の接続をする。
3.3.5.1. 使役/-(s)ase-/
子音語幹動詞とサ変動詞のsに/-ase-/で接続し、母音語幹動詞のeとカ変動詞の ko に/-sase-/で接続する。
(120) a. /nom-ase-N/'飲ませない':ノマセンじゃった(飲ませなかった)
b. /okir-asu-ru/'起きさせる':花子に ひとーで オキラスー (花子に一人で起きさせる。)
c. /ker-ase-re/'蹴らせろ':俺も ケラセレよ(俺も蹴らせろよ)
d. /s-aseQkure-re/'させてくれ':おーば おまえよら 手前 サセックレレよ
(俺をお前より手前にさせてくれよ。)
3.3.5.2. 受身・可能・自発・尊敬/-(r)are-/
子音語幹動詞とサ変動詞のsに/-ase-/で接続し、母音語幹動詞のeとカ変動詞の ko に/-sase-/で接続する。
この派生接尾辞は、「受身」「可能」「自発」「尊敬」という4つの意味で用いられる。
まずは、「受身」の用例を挙げる。
(121) a. /tatak-are-ta/'叩かれた':太郎が 次郎かー タタカレタ (太郎が次郎に叩かれた)
b. /s-ase-rare-jor-u/'させられている':稽古 サセラレヨーとよ
(稽古させられているのよ)
次に「可能」の用例を挙げる。
(122) a. /nor-are-N/'乗ることができない':船の 出んてん ノラレン
(船が出ないから乗ることができない。)
b. /s-aru-ru/'することができる':
機械の よーなったてん 今日わ しごっの サールイよ (機械が直ったから今日は仕事ができるよ。)
「自発」は、「思い出す」などの知覚に関する限られた動詞にみられる。
(123) /omoidas-aru-ru/'思い出される':
昔の もんば 見れば 前ん ことが オモイダサルーなー (昔のものを見ると、昔のことが思い出されるなあ)
「尊敬」での使用は、伝統的な平方言ではみられない。対外的な場面で、「尊敬」を表
す必要があるときに用いられるもので、共通語での使用ともいえる。
(124) /ko-rare-ta/'いらっしゃった':コラレタ(いらっしゃった)
3.3.5.3. 可能/-(j)aje-/
子音語幹動詞とサ変動詞の s に/-aje-/で接続し、母音語幹動詞のe とカ変動詞の ki
に/-jaje-/で接続する。r
語幹化した動詞である/mir-/'見る'や/okir-/'起きる'には、/mir-aje-/や/okir-aje-/と接続する。
(125) a. /s-aju-ru/'することができる':いっも 稽古 しちょーてん サーユーだい (いつも稽古をしているからできるよ。)
b. /ki-jaje-N/'来ることができない':島にキヤエン(島に来ることができない)
3.3.5.4. 可能/-(i)kir-/
子音語幹動詞に/-ikir-/で接続する。母音語幹動詞のe、カ変動詞のki、サ変動詞のsiに接 続するときは、形態素のはじめの母音の/i/を脱落させ、/-kir-/で接続する。
(126) a. /kaw-ikir-a-N/'買うことができない':びんぶーじゃけん 何も カイキラン
(貧乏だから何も買うことができない)
b. /si-kir-u/'することができる':いっも 稽古 しちょーけん シーキーだい (いつも稽古をしているからすることができるよ)
/-(r)are-/、/-(j)aje-/、/-(i)kir-/の「可能」のちがいは、後述する。
3.3.5.5. 進行/-wor-/
3.3.5.5.1. 子音語幹動詞以外の動詞との接続
この接尾辞は、母音語幹動詞のe、カ変動詞のki、サ変動詞のsiに接続する。/-wor-/は、
母音語幹動詞に接続する異形態に/-jor-/をもつ。
(127) a. /kaQse-wor-u/'被せている':はんずんに カッセオイよ
(はんずん(大きな茶色の瓶)に(蓋を)被せているよ)
b. /uQtuke-wor-u/'打ち付けている':看板ば ウッツケオイよ
(看板を打ち付けているよ)
c. /toke-jor-u/'溶けている':氷ん トケヨイよ(氷が溶けているよ)
d. /tabe-jor-u/'食べている':ごっつん でちょーちゃろ よー タベヨーばい (ご馳走が出ているのだろう、よく食べているよ)
3.3.5.5.2. 子音語幹動詞の語形変化
子音語幹動詞は音便形とは異なる形式で、/-wor-/に接続する。語幹末子音がk、tの動詞 語幹は//kak-wor-//'書いている'が/kaQ-wor-/になり、//mat-wor-//'待っている'が/maQ-wor-/にな る。語幹末子音がn、mの動詞語幹は//sin-wor-//'死んでいる'が/siN-wor-/、//nom-wor-//'飲ん でいる'が/noN-wor-/になる。語幹末子音が r
の動詞語幹は//odor-wor-//'踊っている'が/odoo-wor-/と長音化する。語幹末子音が b の動詞語幹は、動詞によって異なるふるまいをする。
//job-wor-//'呼んでいる'や//tob-wor-//'飛んでいる'、//ajub-wor-//'歩いている'は、/joN-wor-/や /toN-wor/、/ajuN-wor-/のように撥音化する。//orab-wor-//'叫んでいる'は、/oraQ-wor-/のように 促音化する。
以下の語幹末子音の動詞は、2通りの語幹が/-wor-/に接続する。この2通りの語幹の使用 は、同一の話者でもみられる。語幹末子音がgの動詞語幹は、//kog-wor-//'漕いでいる'が/koN
-/と/koQ-/のどちらかで接続する。語幹末子音が s の動詞語幹は、//hos-wor-//'干している'が
/hoH-/と/hoQ-/のどちらかで接続する。この2つの語幹末子音は、調査時において、どちら
かといえば前者が多く回答されるが、後者でも問題なく使用できるとのことである。
語幹末子音が wの動詞語幹は、//waraw-wor-//'笑っている'が/waraQ-/と/wara-/のどちらか で接続する。ただし、g 語幹やs 語幹は/-wor-/の語形に区別がなかったのに対し、w 語幹 は、/waraQ-wor-/か/wara-or-/という区別がある。これは他のw語幹の動詞でも同様である。
(128) a. //kaw-wor-//'買っている':/kaQ-wor-/または/kaa-or-/
b. //suw-wor-//'吸っている':/suQ-wor-/または/su(u)-or-/
c. //utaw-wor-//'歌っている':/utaQ-wor-/または/uta(a)-or-/
//ikaw-wor-//'休んでいる'が/ikoQ-wor-/、//kuw-wor-//'食っている'が/kuu-or/のように、どち
らか一方しか用いられない動詞もある。
3.3.5.5.3. /-wor-/の語形変化
/-wor-/は、子音語幹動詞の語幹末子音に接続するときに語形変化し、/-gor-/や/-bor-/、
/-mor-/などの異形態になる。
(129) a. /hanaH-gor-u/'話している':なーごに ハナヒゴー(長く話している)
b. /kaQ-gor-u/'勝っている':どっちが カッゴーかよ(どっちが勝っているか)
c. /siN-gor-u/'死んでいる':もー シンゴーよ(もう死につつあるよ)
d. /kaQ-bor-u/'書いている':カッボーごたった(書いているようだった)
e. /noN-bor-u/飲んでいる':ビールば みんのごて ノンボー
(ビールを水のように飲んでいる)
f. /noN-mor-u/'飲んでいる':みゃーばん ノンモーばって 今日も 飲もごちゃいよ
(毎晩飲んでいるけれど今日も飲みたいよ)
w語幹動詞が接続するとき、/-wor-/の/w/が脱落して/-or-/になることもある。
(130) a. /kuu-or-u/'食っている':ずーっと クーオーとたい(ずっと食っているんだ よ)
b. /wara-or-u/'笑っている':テレビの よかっの あーろーちゃろ ワラオイよ (テレビの良いのがやっているのだろう、笑っているよ)
c. /suu-or-u/'吸っている':タバコば スオンね(タバコを吸っているね)
これらの接辞を/-or-/と解釈した理由は、w 語幹動詞に/-wor-/が接続するならば、動詞語 幹末がモーラ音素化すると考えられるためである。
(131) a. /ikoQ-bor-u/'休んでいる':イコッボイよ(休んでいるよ)
b. /waraQ-bor-u/'笑っている':
何の よかこっの あったっじゃろ ワラッボイよ (なんの良いことがあったんだろう、笑っているよ)
c. /suQ-gor-u/'吸っている':タバコば スッゴイよ(タバコを吸っているよ)
r 語幹動詞が/-wor-/に接続するときも/w/は脱落する。このとき r 語幹動詞の語幹末子音 の前の母音が長音化する。
(132) a. /hjaar-or-u/'入っている':
どこどこん みせやに 人間の いっぴゃ ヒャーローばい (どこどこのお店に人間がいっぱい入っているよ)
b. /aar-or-u/'やっている':なんか 売り出しの アーローっちゃろ (何か売り出しがやっているのだろう)
//hjar-wor-u//'入っている'を例に考察を行う。/hjar-wor-u/は、/-wor-/の/w/が脱落したことに
より、/*hja.ro.ru/という3モーラの形式になる。他の子音語幹動詞は語幹末子音がモーラ音
素化か長音化をして、モーラ数を保持している。例えば//kak-wor-u//'書いている'であれば、
/ka.Q.go.ru/になり、4 モーラを保持している。r 語幹が/-wor-/に接続するときは、このモー
ラ数の保持のため、語幹末子音の前の母音を長音化し、代償延長を行っていると考えられ る。ただし、平方言の特徴として、長母音の単音化もみられる。そのため、代償延長をし ていないようにも捉えられる形式はある。
r語幹化した母音語幹動詞である/mir-/'見る'や/okir-/'起きる'は、 /miir-or-/'見ている'や/okir-or-/'起きている'という形式になる。
(133) /mir-oQ-ta/'見ていた':先生も ミロッタばって(先生も見ていたけれども)
「非過去」の/-(r)u/以外の動詞屈折接尾辞が接続する例を、以下に挙げる。
(134) a. /hanaH-goQ-ta/'話していた':そして 一所懸命 はなひゴッタてんなー
(そして一生懸命話していたからなー)
b. /kaQ-gor-e/'書いていろ':てがんば かっゴレ(手紙を書いていろ)
c. /noN-bor-e/'飲んでいろ':黙って のんボレよ(黙って飲んでいろよ)
3.3.5.5.4. 【参考】藪路木島方言の/-wor-/
平方言の/-wor-/の異形態/-gor-/、/-bor-/は、動詞語幹末の子音にかかわらず、どちらの形 式も接続している。宇久町の近隣にある小値賀町の藪路木島方言では、動詞語幹末の子音 によって、この/-wor-/を使い分けている。参考のため、ここに挙げる。
藪路木島方言では、子音語幹動詞に/-wor-/が接続するとき、その子音語幹末にu を挿入 する。
(135) a. //kag-wor-u//'嗅いでいる'→/kaguworu/
b. //das-wor-u//'出している'→/dasuworu/
c. //utaw-wor-u//'歌っている'→/utawuworu/
d. //tir-wor-u//'散っている'→/tiruworu/
ただし、b語幹とm語幹の動詞では、動詞語幹がモーラ音素化し、/-wor-/も語形変化 する。
(136) a. //kam-wor-u//'噛んでいる'→/kaNmoru/
b. //tob-wor-u//'飛んでいる'→/toQboru/
3.3.5.6. 結果継続/-tjor-/
子音語幹動詞の音便形、母音語幹動詞のe、カ変動詞のki、サ変動詞のsiに接続する。r 語幹化した母音語幹動詞である/mir-/'見る'や/okir-/'起きる'は、/mitjor-/'見ている'や/okiQ
tjor-/'起きている'という形式になる。母音語幹で接続するときと、r語幹化した形(r語幹の音
便形に対応する形)で接続するときがみられる。
(137) a. /okiQ-tjor-u/'起きている':花子は もー オキッチョイよ。
(花子はもう起きているよ)
b. /ake-tjor-u/'開けている':1時間前かー アケチョー
(1時間前から開けている)
c. /ki-tjor-u/'来ている':昨日かー キチョー(昨日から来ている)
3.3.5.7. 先行/-tjok-/
子音語幹動詞の音便形、母音語幹動詞のe、カ変動詞のki、サ変動詞のsiに接続する。
(138) a. /kaa-tjok-eba/'書いておけば':きの カーチョケバ よかったばってね (昨日書いておけば良かったんだけれどね)
b. /juu-tjok-eba/'言っておけば':
はよ ユーチョケバ おばさんどば ここに 集めちょったばってんねー
(早く言っておけば、おばさんをここに集めていたんだけれどね)
c. /moQte#iQ-tjok-e/'持って行っておけ':みんも たいそ モッテイッチョケよ