2. 音韻論
2.7. アクセント
2.7.1. 五島列島方言のアクセントについて
五島列島方言のアクセントの考察は、まず平山(1938)が挙げられる。平山(1938)は宇久 町を含む五島列島で、十五ヵ所の町村を調査し、「五島列島のアクセントは以上調査地の 範囲に於いては凡て私の一型アクセントと称してゐるものに包括される」(p.1)とまとめて いる。地域別では、特に玉之浦、三井楽等を中心とする福江島西南部の地方を以下のよう にまとめている。
(77) 二音節名詞 ○● ○○▲15(▲は助詞、●・▲は○よりも高い音節)
それに対し、福江島及び本山村、富江町、久賀島、奈留島を中心とする大部分の地域に ついて、総じて平板のアクセントであるが、わずかに高い音節があることを指摘し、以下
のようにまとめている。
(78) 二音節語 ◎○〔◎○〕 ○◎△〔◎◎△〕
(△は助詞、◎は○・△よりもやや高い音節、〔 〕内は第二音節が独立性 に乏しい場合を示す)
そして、「試みに上記の図示による高低の差を二型以上の方言に行はれる高低の差と同 様にして発音するならば土着の人は大変耳障りを感じ、全平の発音を以てすれば一般に奇 異に感じない有様である」(p.4)ことを述べている。本稿で扱う宇久町方言も、こちらに該 当すると述べられている。
同様の調査として、古瀬(1969)は、宇久町を含む五島列島全体で二十五ヵ所を調査して いる。福江島西南部は単独で○[○となるが、助詞がつくと○○[△となる。その他の地域で は、単独で○]○となり、助詞がつくと○[○]△となるが、丁寧な発音では全平になると指 摘している。二音節名詞に限っては、平山(1938)と古瀬(1969)は同様の結果が出ているとい える。
しかし、片山(1960)は、五島列島内でも地域によって違いがみられることを指摘してい る。町として発展している地点では平板化が進み、カトリック・隠れキリシタンの地域で は曖昧音調から一型音調に、半農・半漁の地域では尻高一型であると述べている。
また、下村(1968)は富江、奈留、魚目の三ヵ所のアクセントを調査し、多型アクセント>
二型アクセント>一型アクセントという変化を述べている。富江方言は一型で、単独では
○[○となるが、助詞を付けた場合に中心地では○]○△が優勢となり、離れた地域では○
○[△となる。奈留方言は二型であり、○[○と○]○があり、それは類別語彙の1・2類対3・ 4・5類の対立である。魚目方言は老年層では二型だが、青年層では一型である。老年層で は単独で○]○とあらわれ、助詞をつけると1・2類は○○[△、3・4・5類は○]○△となる。
青年層では単独で○[○が優勢で、助詞がつくと○[○]△が優勢であると指摘する。
平山他(1969:14)は五島列島方言が、広い地域で話者にアクセント型知覚のない崩壊ア クセントであると述べている。その地域は富江、福江、樺島、久賀島、岐宿、若松、新魚 目、上五島、有川など五島列島全域を指している。そのなかで、宇久町も崩壊アクセント であると述べられている。五島列島方言のなかでも、玉之浦方言や三井楽丘郷方言の話者 はアクセントの型知覚がみられ、統合一型アクセントであることを述べている。
2.7.2. 宇久町方言のアクセントについて
五島列島方言として多くの記述があるのに対し、宇久町方言のアクセントについて細か く記述したものは、ほとんどみられない。平山(1951)においては、五島列島全体を通じて記 述し、「この音調には、下五島の中の上記の地方のみでなく、更に上五島の若松村・濱ノ 浦村・北魚目村及び北松浦郡に属する宇久島の方言もほぼこれと同じである。(中略)こ れら諸地方の音調の型はすべて「平板」とすべきものなのである」(p.266)とされ、直接の 記述はされていない。また、古瀬(1969)においても、宇久町山本を含めた調査を行っている が、他の調査地点と同様であるという記述で終わっている。
宇久町の野方方言を記述した中村(2018:23-24)は、野方方言を「崩壊型の無アクセント 体系をもつ方言」と述べている。その根拠に以下の4つを挙げている。
(79) 1. 各回ごとの発話で、句の冒頭で上昇ピッチパターンに一定の傾向は見られる
ものの、同一の形式におけるピッチの実現の仕方にはばらつきがあること。
2. アクセント類ごとのピッチパターンの一般化ができないこと。
3. ピッチへの自覚の有無を4名の話者に尋ねたところ、すべての話者がピッチ に無自覚であったこと。
4. 調査者が異なるピッチで同一の形式を発話した際、同音異義語との弁別機能 や容認度のちがいが全く生じなかったこと。
平方言においても、アクセントの聞き取り調査を行ったところ、話者によって語のピッ チパターンにばらつきがみられ、上記と同様といえる結果であった。したがって、平方言 のアクセントも、中村(2018)に従い、崩壊型の無アクセントであると考える。
1 この地域では、この撥音/N/を使ったことば遊びがある。/miN=no # miN=ni # miN=no # hjaQte # miN=no # miN=no # itaka/(右の耳に水が入って、右の耳が痛い)というものであ る。
2 野方方言のテ形現象については、中村(2019)に詳しい考察がある。ただし、中村(2019) は、有元(2007)と異なり、野方方言のテ形現象は平方言と同じタイプであると述べてい る。
3 /hum-/'踏む'の場合は、/huNdesimota/がみられる。
4 有元(2007)には、この音韻規則に「i挿入ルール」も示されている。平方言のタイプAb
(Ad)方言には無関係であるため、省略している。
5 平方言でも、まれに[niɕ](西)のように発話されることがある。インフォーマントは
[niɕi] ~[niɕ]~[niç]と捉えていると考えられる。頻度では[ç] が高いと考えられる。
6 玉之浦方言では、/si,zi/が[ç]になっていない/kasi/[kaɕi]'菓子'や/kazi/[kaʒi]'火事'などの用例
も挙げられている。
7 平山他(1969:59)には、樺島方言で/ha'i/[hai]'橋,箸'のように/h/が脱落することもあると述 べられている。
8 九州方言では、「オナジ」が「オナシ」となっている語形もみられる。この語形は //onasi//の可能性もある。
9 大きな石の上に乗って、玉乗りをする遊びのこと。
10 /omoHroka/という回答もあった。どちらも使用可能であるとのことであった。
11 月川(1997)では「対馬」も/tuHma/になるという記述がある。しかし、調査ではインフォ ーマントが[ç]にならないと判断したため、用例には挙げていない。
12 中村(2018)では/us/に対して、「牛」と「臼」という両方の語が併記されている。本論 文では、意味の区別に触れないため、便宜的に「牛」を代表させる。
13 ただし、/mukaH=wa/昔は''を[mɯkaça]と発話する話者もみられた。
14 平方言で、//umi//(海)を[uN]と言うが、[Nː]とも言う。このとき、[Nː]は例外となる。
甑島里方言を記述した森他(2015:18-19)では、/NNme/(梅)、/NNdomo/(俺たち)などの 例から、/NN/のみモーラ音素の連続を認めている。
15 本稿ではアクセントの高低を表すのに、○]○というように、[(上昇)、](下降)、=
(平板)、といった記号を用いる。しかし、(77)では、以下の(78)との対比を明瞭にする ため、あえて○(低)、●(高)を用いている。