第 2 章 先行研究レビュー
2.5 活動型教育の試み
2.5.1 活動理論
活動理論は、人々の協働(collaboration)による文化的、歴史的な「活動システ
ム(activity system)を研究の基本的な分析単位とすることに由来する。活動理論は、
1920年代から1930年代初め、ロシアにおいてレフ・ヴィゴツキーが創設した人 間研究の文化歴史学派を起源とする(山住, 2004)。エンゲストローム(1999) によ れば、活動理論は、ヴィゴツキー(Vygostsky, 1978)を中心とする第一世代、レオ ンチェフ(Leontev, 1981) を中心とする第二世代、エンゲストロームを中心とす る第三世代と、「三つの世代」を通して発展してきた。
第一世代は、ヴィゴツキー(Vygostsky, 1978) を中心とするもので、媒介 (mediation)のアイデアを生み出した。このアイデアはヴィゴツキー(Vygostsky,
1978, p.40)の有名な三角モデル、「複合的な媒介された行為(mediated act) に具体
化されている(図 2-4 参照)。それは一般に、为体(subject)、対象(object)、そし てそれらを媒介するアーティファクト(mediating artifact)からなる三つ組み合わ せで表される。ヴィゴツキー(Vygostsky, 1978)の理論は、人間行動を「文化や歴
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史に媒介された社会的実践活動」として理解し、文化的アーティファクトを人 間の行為の要因として取り入れる点で画期的だった。
(a)
(b)
図2-4 (a)媒介された行為のモデル(Vygotsky, 1978, p.40)と(b)その一般化
しかし、第一世代は分析単位がもっぱら個人に焦点化されていたという限界が あった。この限界は、レオンチェフを中心とする第二世代によって克朋される ことになった。
レオンチェフ (Leontev, 1978) の为な貢献は、「活動」概念を革新させた点にあ る。具体的にはレオンチェフは、活動に「分業」と「協業」という新たな要素 を組み込み、そして活動の背後には「動機 (motive)」が存在しており、活動が
「動機」によって方向付けられていることを明らかにした。すなわち、レオン チェフは個人的行為と集団的活動との重大な差異を明確にしたのである。彼の 活動の概念によって、为体における個人と共同体との複合的な相互関係に焦点 が合わせられるようになった。
しかしながら、レオンチェフは、ヴィゴツキーのモデルを集団的活動システ
X
刺激 反応
为体
(個人、2人組、グループなど)
媒介の手段(ツール)
(機械、文字、音声言語、身振り、建築物音楽など)
対象/動機 成果
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ムのモデルへと明確に拡張することはなかった。これに対してエンゲストロー ムを中心とする第 3 世代は、先は述べた二つの世代の限界である単独の活動シ ステムへの限定を超え、活動理論の新たな潜在力を開拓することに成功してい る。
図2-5 集合的活動システムのモデル (エンゲストローム, 1999, p.79)
エンゲストロームは、「人工物」、「コミュニティ」、「ルール」、「分業」に媒介 された「対照的な活動」のシステムをモデル化した(図 2-5 を参照)。「为体」は 特定の観点によってどの行為为体を選ぶのかに応じて、個人或いはサブグルー プを指し示す;「対象」は、「生の素材」、あるいは「問題空間」を指し示す。「活 動」はそれらに向けられるのであり、またそれらは成果へとモデル化され転換 されるのである。そのことを助けるのが物質的或いはシンボリックな、外的或 いは内的な、「ツール(媒介の働きをする道具や記号)」である。「コミュニティ」
は多様な諸個人、或いはサブグループからなる。「分業」はコミュニティのメン バーの間で課題を水平的に分かつことと、権力や地位を垂直的に分かつことの 両方を指し示している。「ルール」は明示的或いは暗黙的な統御、規範、慣習を 指し示している。「それらは活動システムの内部で、行為や相互作用を制約して いる。活動システムの構成要素の間では、普段の構築が進んでいる。人間は、
道具を使うだけでなく、それを普段に更新し発達させもするのであり、それは 意識的なこともあれば無意識的なこともある。彼らはルールに従うだけでなく、
それを作ったり、作り直したりするのである(Engestrom, 1993)。
対象 媒介する人工物(ツールや記号)
ルール コミュニティ
主体
分業
? 成果 意義・意味
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そして、コール (2002)は、次のように理解している。
この図の頂点に、(中略)基礎的な为体・媒介物・対象の関係が ある。これは、対象に対して働きかける行為を介して为体が対 象を変換する媒介行為の水準である。しかし、行為は、三角形 モデルの底部にある他の成分との関係においてのみ「そのよう なものとして」存在する。共同体19とは、同じ一般的な対象を共 有する人々である。規則20とは、活動システムのなかで行為を制 限している顕在的な規範や慣習である。また労働の分業は、共 同体の成員間での対象に向けられた行為の分業を意味している。
活動システムのいろいろな成分は孤立しては存在せず、人間生 活の結果や原因として恒常的に作り出され、更新され、変換さ れる。(コール, 2002, pp.194-195)
エンゲストロームの集合的活動システムのモデルは、「人々の認知・学習・思 考・感情・意思が文化に媒介された活動システムの文脈の中で生起する社会的・
歴史的過程であること、人間の精神や意識が活動システムの中で状況化され分 かち合われていることを明らかにする。つまり、人間の学習は集合的活動によ って達成されるのであり、学習は活動システムの中にあるとともに活動システ ムについて学習することなのである」(山住, 2008)。
エンゲストローム (1999) によれば、集団的活動システムのモデルにおいて は、個人の行為と全体的な活動システムとの間の衝突として、矛盾が不断に生 み出される。この根本的な矛盾は、それぞれの社会経済体制で異なる歴史的形 態を取り、分業から生じてくる。また以下の通りの四つのレベルを持っている。
中心的活動の各々の構成要素における第一の内的矛盾 (二重性);中心的活動の 構成部分の間の第二の矛盾;中心的活動の優位な形式の対象/動機と文化的によ り進んだ形式の中心的活動の対象/動機との間の第三の矛盾;中心的活動とそれ らの隣接する諸活動との間にある第四の矛盾がある。エンゲストローム (1999) は四つのレベルの矛盾を次の通りに論じていた。「第一の矛盾は、活動の三角形 の各頂点内の交換価値と使用価値の内的葛藤である。第二の矛盾は、各頂点同 士の間に現れる矛盾である。(中略) 第三の矛盾は、文化の体現者(例えば教師) が、文化的により進んだ中心的活動の対象と動機を、現在優位にある中心的活 動に導入する時に現れる。(中略) 第四の矛盾は、中心的活動と隣接する活動と の間に、その相互作用を通じて出現する矛盾である。(中略) 矛盾は自己運動の
19 「共同体」は「コミュニティ」のことである。
20 「規則」は「ルール」のことである。
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原理であり、発展がもたらされる形式である。」(エンゲストローム, 1999,
pp.91-95)。先行する段階や形式の矛盾を解決するものとして、質的に新しい活動
の段階と形式が立ち現れる。従って、活動システムの中の矛盾は、実践活動の 発展のための原動力となると言えよう。「学習活動の本質は、当該の活動の先行 形態の中に潜在している内的矛盾を露呈しているいくつかの行為から、客観的 かつ文化・歴史的に社会的な新しい活動の構造(新しい対象、新しい道具、な どを含む)を生産することである。学習活動とは、いくつかの行為群から一つ の新たな活動への拡張を習得することである。伝統的な学校教育は、本質的に は为体を生産する活動であり、伝統的な科学は、本質的には道具を生産する活 動であるのに対して、学習活動は、活動を生産する活動である」(エンゲストロ ーム, 1999, p.141)。
図2-6 学習活動の構造
(エンゲストローム, 1999, p.144)
エンゲストローム (1999) によれば、学習活動は人間の活動ネットワークにお いて、科学・芸術活動、他方に労働活動或いは他の中心的な生産的実践の間を 媒介する。また、固有の対象とシステム構造を持つ。Cole (1983) は目標を発見 するということが、活動の本質的なことだと述べていた。学習活動は、個々バ ラバラの要素を、「システム的な活動の文脈で分析、結合し、それらを、創造的 解決を要する矛盾へと転換し、それらを文化-歴史的に社会的な生産的実践の中 で質的に新しい活動構造へと拡張し、普遍化する」(エンゲストローム, 1999, pp.141-142)。エンゲストローム(1999)は学習活動の本質的な特質、つまりその転 換的、拡張的な性格を図2-6のように示していた(図2-6を参照)。
新しい活動 文脈 問題 方法論
モデル
集合的 個人的
集合体のルール 個人のルール
集合体の共同体 個人の共同体
集合体間の分業 個人間の分業
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Engestrom (2001) は協働を重視する活動システムの性格を強調し、最小限二つ
の活動システムの相互作用を分析単位にすると論じていた。そこで、Engestrom
(2001)は、基本的な活動システムのモデルを、相互作用する活動システムのモデ
ルへと拡張した(図2-7参照)。
図2-7では、「二つの活動システムが対象1から両者の『対話』を通して対象 2へ拡張する。この拡張によって、双方の対象は近づき部分的に重なり合うこと になる。そして、そうした『第3の対象』は『変革の種子 (Seed of transformation)』 を生み出していく。つまり、新たに立ち現れてくる『第 3 の対象』が、それぞ れの活動システムへフィードバックされることによって、もとの活動システム を変革していく原動力が生まれるのである」(山住, 2004, p.94)。
図2-7 最小限二つの相互作用する活動システムのモデル (Engestrom, 2001, p.136)
このように、活動理論は第一世代のヴィゴツキーの研究に基づく「媒介され る行為」の概念、そして第二世代のレオンチェフの研究に基づく「集団的」活 動の概念を中心として展開してきた。第一世代・第二世代と比べれば、第三世 代の活動理論は、「水平的な次元」、つまり、「文化多様性」の次元を強調する理 論となっている。そこで、活動をすることを通じて、多様の文化の文脈にある 暗黙的・暗示的知識を明示化するかどうか問わずに体得できるのである。また、
エンゲストローム(1999, p.ⅰ)は「人々は自らの周りの状況を変えることによって、
いかに自分たち自身を変えることができるのか」と問いかけて、セルフ・ナレ ッジの変更にアプローチする理論となった。