• 検索結果がありません。

第 3 章 早稲田大学総合活動型日本語教育の事例分析―悶々グループ―

3.4 悶々グループのグループワークの分析

3.4.1 自分のテーマを見出す

景・グループ内役割に対する認識の向上

4月14日の第1回授業から4月28日の第3回授業の間に、悶々グループの メンバーは、各自意見を出し合うグループワークの結果、「個人と社会を結ぶ」

について各自のキーワードを見出した。各メンバーの体験に基づいて考えつい たキーワードは、それぞれの興味を持っていることであり、自分の活動テーマ になった。この期間を「自分のテーマを見出す」段階とする。グループ協働の 場で、学習者为体としてのメンバーが自分でテーマを見出したのである。MJ1*

は次のように理解していた。

総合活動型日本語教育は、学習者は与えられたテーマをこなすのでは なく、自分自身の中からテーマを探るというのがミソである。自分で テーマを設定し、そのテーマに基づいて活動を行うため、授業を通し て自分自身の課題と深く向き合うことになる28(MJ1*62日観察誌)。

悶々グループの活動を時間の流れに沿って見ると、漠然とした「社会」の概 念について、4月14日の一回目のグループディスカッションでは、「自立した 個人が愛を共有する場」という意見に統一されたが、メンバーの個人的な体験 についての発言が尐なかったために、互いの理解が深くなかった。それで、実

28 下線、番号およびコメントは筆者による。以下同。

個人の文 化 を 言 語 に転換

60

習生29 の MJ1*とMJ2*は、個人的な体験を語る場を目指して、メンバー同士 の信頼関係が十分に築かれる必要があると意識していた(MJ1*, MJ2*. 4月14日 観察誌)。4月21日に新しいメンバーMC1 を迎えて、2回目のグループディス カッションから活発な意見交換ができるようになった(MJ1*4月21日観察誌)。

グループのメンバーが、自分の体験に基づき意見を出す行為は、自分が属し ている文化から、「個人と社会を結ぶ」というテーマに関する暗黙的な知識を 言語化し、グループディスカッションの場で共有することを意味する。各メン バーは、議論の場で異なる経験に基づいた意見を出し、自分の属する文化やそ れに基づく行為に対する認識を刺激した。「自分の思っていることを言葉で伝 える難しさを実感した」(MJ2*4月21日観察誌)である。それは、暗黙知を言語 化することの難しさを指摘していた。次に、他人の異なる意見を聞くことで、

自分の意見がよりはっきり見えてきた。「今回いざふたを開けてみたら、まず

『社会』の及ぶ範囲についての認識が、メンバー間でかなり違っていた」(MJ1*

4月21日観察誌)。

具体的には、以下の下線のところの示した通りに、他のメンバーの異なる意 見を聞くと、自分の暗黙的な文化に気づくようになった。そして、自分の考え が明確になり、交換した。最終的にグループ内で共有される意見を得ることが できた。このプロセスは、すなわち、個人レベルの文化知識を言語化し、共有 することを通じて、グループの文化なる。それは、個人レベル文化知識の「言 語化」であり、グループとしての意見になるのは、「社会化」になる。

「社会は何らかの形で利益を生み出すものでなければならない」「社会と 繋がるとは働くことだ」といった意見に対する、「家庭の中の赤ん坊や为 婦、学生は社会的な利益を生み出していないのか」といった反論も出さ れたが、異なる立場の意見を示し合ったことで、「社会と繋がるとは、人 間関係を築くことに他ならない」「私たちは既に社会の中に存在してい る」という気づきをグループ内で得ることができた(MJ1*4月21日観察誌)

4月28日の悶々グループのディスカッションに、メンバーの考えが衝突し、そ れを解消させようとした結果、新聞という形でクラスのテーマを表現すること になった(MJ1*4月28日観察誌)。その日の活動報告によると、各自が「個人と社 会をつなぐ活動案」を持ち寄り、「インタビューがよいという意見と、何か『創 造』できるものがよいという意見が出されたので、両方をつなげて、各自がイ ンタビューした内容を新聞にするという方向」になった。TAを除く5人のメンバ

29 実習生は、ファシリテーターでありながら、グループの一メンバーでもあるという二重 の立場にいる。

文化的知識 を 言 語 に 転 換 し 、 グ ル ープで共有

61

ーが、グループの話し合いから「自覚」が高まり、それぞれ「個人・自律」「社 会・共生」「愛」「つなぐ・結ぶ」「日本語・考える」という自分の調査するキー ワードを決めた(悶々グループBBS)。

この段階では、MJ1*とMJ2*はグループ活動に自分のことを「ファシリテータ ー」と位置づけながら、グループワークをよりよく支援できるよう努めていた。

MJ2*は最初「義務感のようなものを感じていた」(MJ2*4月21日観察誌)。MJ1*

は、まず「一参加者として、学習者とともに気づきの体験を重ね、新たな創造 に加担する存在であってもいい」と考えた。そして、4月28日の授業後、メンバ ーの「考える」のは、「議論の中で立ち止まらされたとき、例えば反論されたと きや言いたいことが伝わらなかったとき」と気づいて、「考えるきっかけ」を作 れるファシリテーターになりたいとその日の観察誌に記されてあった (MJ1*4 月28日観察誌)。

また、この段階では、教師はクラスを見守るだけで、ほとんど干渉しなかっ たが、介入はあった。それは、4月28日の授業に、各グループは活動としてイン タビューしようということについて話し合っているところを、教師は「なぜそ の人にインタビューするか」と問いかけたことである。その日の活動報告によ れば、教師から問いかけられたことで、肝心なところが突っ込まれ、悶々グル ープのメンバーが新たに考え直すことになった。

インタビューの対象者は、各自の判断で、「この人に聞きたい!」とい う人を選ぶことになりましたが、今の段階では、「なぜその人なのか」と いう説明が、今一歩不十分なメンバーもいるので、それをきちんと説明 できるように考えることが今週の宿題になりました(悶々グループ4月28 日BBS)

この段階の活動を図3-2で表すことができる(次頁図3-2を参照)。ファシリ テーターたちは、試行錯誤しながら、より良いディスカッションができるよう に場づくりを実践していた。そして、教師の「見守り」と適切な介入によって、

大事なポイントが突っ込まれ、考えるきっかけとなった。メンバーは個人レベ ルの文化に基づいた意見を表現し、共有した。また、新たな気づきを得て、考 えが深まった。この自覚によって考え付いた意見はまた表現され、共有された。

この循環によって、メンバーのセルフ・ナレッジの文化が言語化され、社会化 される。

文化知識 を 言 語 に 転換

62

3-2 悶々グループの協働「自分のテーマを見出す」段階