第 4 章 早稲田大学総合活動型日本語教育の事例分析―シャネルグループ―
4.4 シャネルグループのグループワークの分析
4.4.3 雑誌作成
6月16日から6月30日の間に、シャネルグループは各メンバーのインタビュー 内容についてディスカッションし、雑誌の各自担当の記事および「はじめに」、
「編集後記」を作成した。この段階においては、BBSによる意見交換が注目され た。特に雑誌の記事がBBSにアップロードされてから、コメントのやり取りは活 発になった。しかも、シャネルグループの雑誌作成の段階においては、他のグ ループからの指摘が多いに参考になったことも見られた。この段階のグループ
98
ディスカッション、BBSでの意見交換、および他のグループのメンバーとのやり とりなどを全部「対話」と定義する。
雑誌の記事をまとめることは、同時に「内省」し、自分の考えを整理して他 のメンバーに伝える。そして、BBSでのやりとりやグループディスカッションな どの「対話」を通して考えを構築するプロセスになる。CC2はインタビューから わかったことから、自分の前の「社会についての考え」が見えるようになった し、現在新たに気づいた「社会に結ぶ」ということも得た。
「社会」というと、「舞台」という言葉が頭の中に思い浮かぶ。この舞 台は会社、レストラン、観光地などの実物を背景とし、サラリーマン、
学生、専業为婦など様々な登場人物がおり、更にこれらの人たちの間に 利益関係、愛情、恨みなどの感情が編み込まれている。(中略)今回のイ ンタビューする対象の其上さんは完全の「専業为婦」でもないし、完全 のOLさんでもない。(中略)彼女にとって「働く」がお金を稼ぐ手段より、
ただ社会と結ぶツールの一つである。
今回のインタビューを始める前に、「社会」という言葉に対して、実際 に存在するようなしないようなあやふやな概念であった。今までの私は
「社会」を意識したこともないし、むしろ「社会」より「個人」を常に 意識しながら生活を送っていた。私にとって「社会」は私の生きていく ためのすべてのエネルギーが入っている蜂蜜缶のような存在で、必要な 時にこの缶からエネルギーを汲み取ればいいのだと理解していた。しか し、これはただ一方的な需要関係であり、ただ「社会」から何かをもら いたいだけなのであった。
今回のインタビューを終えて、其上さんの「働く」という言葉が私に 深い影響を与えた。「個人」がただ一方的に「社会」に何かを得るのでは なく、「社会」に何かを払わなければならないことは分かった。「働く」
はその払う形の一種類である。「働き」あっての「収穫」であればこそ、
「個人」と「社会」が初めてより良い関係になるのであろう(シャネル グループ6月21日BBS)。
雑誌の記事を修正し、完成するのには、メンバーたちのコメントのやり取り は非常に重要な役割を果たしていた。CJ1*の以下の書き込みからわかるように、
他のメンバーからのコメントに「痛いところ突かれた」ので、その「痛さ」が
「内省」するきっかけになった。CJ1*は「そこに挙げられた思いもよらないキ ーワードが「利害関係」「give and take」というものでした」という自分の意見に 辿り着いた。このように、雑誌の記事についてコメントのやり取りはグループ
自 分 の 考 え : 個 人 は 社会と一方 的 な 需 要 関係
インタビュー と 自 分 の 考 え を 「 統 合」:個人と 社会は相互 作用の関係 インタビュー か ら わ か っ たこと 社会の イメージ
99
活動の新たな「対話」形式になり、またそれによって、メンバーたちが他人の コメントと自分の考えを統合し、内省し、最終的な見方に辿り着いた。
コメントどうもありがとう。(チェック遅れてごめんなさい)なんか、痛 いところ突かれたなあって感じです(笑)CC2さんの言うとおり、私は「ニ ート=社会に属しない/社会という枞組みから外れた人」というイメー ジを持っていました。(中略)そして、友人へのインタビューで明らかに なった彼にとっての社会とは、やはり「会社組織に属すること」という ものでした。この点は私の予想通りと言っていいでしょうか。しかし、
そこに挙げられた思いもよらないキーワードが「利害関係」「give and take」
というものでした(シャネルグループ6月20日BBS)。
シャネルグループのこの段階の活動においては、他のグループのメン バーからのコメントによって、考えが深まったことも見られた。以下は CK1の記事を例にして説明する。CK1は個人と社会は「言葉でコミュニ ケーション」によって結ばれていると考えていたが、在日韓国人留学生 にインタビューをしてから、個人と社会は共生、ある意味ではgive & take の関係にあるという見方に変わった。
最初、私は言葉、コミュニケーション等々が社会と個人を繋ぐものでは ないかと漠然と思いました。(中略)
でも彼女との対談でその考えが変わり始めました。 言葉は個人と個人を 繋げる一つの手段として大事なのは事実ですがそれより人間と社会の関 係は共生でお互いに欠かせない関係であり、基本的に仕事をしてあろう、
しないであろう関係なく現代社会では両側がいなければならない存在で 助け合っているという考えに同感しました。
例としてワニとワニ鳥の話をしてくれましたがワニとワニ鳥の関係のよ うに個人は社会で自分の役割を果たして情趣感を得て頑張れる関係で社 会はそれに相当する地位や立場、利益関係ができ、両方とも欠かせない 関係に成り立ちます。ある意味ではgive & takeの関係とも言えます。時に はお互い、刺激になって助け合いながら成長する友達のようで時には社 会という家庭が個人を守りながら後押しをしてくれる存在です。だから こそ共生というキーワードが重要だと思いました(シャネルグループ6月 21日BBS)。
CK1の記事に対して、悶々グループのMK1*は「インタビューの前に『ぼんや り』と考えていたことを、インタビューを終えたところで、もう一度掘り下げ て、シャネルのほかの方のインタビュー内容も参考しつつ、考えてみるのはい
イ ン タ ビ ュ ーする前の 考え
イ ン タ ビ ュ ー し て か ら 、考 え が 変わった
自分の考えと イ ン タ ビ ュ ー を統合:共生 メ ン バ ー の コメントは内 省の契機で あった
100
かが」とコメントしてくれた。それに応えて、CK1は見方を再整理して、「個人 と社会をつなぐものは言葉とコミュニケーション」だという見方は変わってい ないことに「自覚」した。そして、個人と社会の共生関係を継続するために言 葉とコミュニケーションはその手段になるという見方に最終的に辿り着いた。
私は個人と社会をつなぐものは言葉とコミュニケーションなどだと今 も思っています。最初、グループのディスカッションでこの意見が受け 入れなかったのでこれではないかもと思いましたが、インタビューを通 して共生というキーワードが重要な分、共生関係を継続するために言葉 とコミュニケーションというものは手段として重要ではないかと思いま した。ただ言葉というのが表に見える手段ではなくコミュニケーション に溶け込みながらも何気なく個人と社会を繋いでくれるのではないかと 思います(シャネルグループ6月22日BBS)。
この段階においては、前章悶々グループの最後の段階で論じたように、細川 先生より「私はこの問題をどう捉えるか」という意見があった。その指摘も雑 誌の記事修正の方針となった(シャネルグループ6月17日BBS)。シャネルグルー プは他の二つのグループと比べると、仲間意識が最もできていた。その仲間意 識で、ファシリテーターが自然発生ということが見られた。特に雑誌編集最後 の段階では、ファシリテーターがCC2に変わった。CC2は自ら最後の編集作業を 申し込み、「編集要項をみんなに指示したり、他人の原稿のミスを直したり、表 紙、背表紙、『はじめに』などの色合わせや模様設計などしたりして、かなり本 気に取り込んでいるように見えた」(CC1*6月30日観察誌)。このファシリテーシ ョンの仕事で、「今までの活動を振り返ってみると、いつもより輝いている」よ うに見えた。CC2はファシリテーターの役割を果たすことで、グループワークの やりがいをより感じ取り、モチベーションも高くなった。それこそ、「学習者为 体」になると考えられる。
30日の授業から今まで新たに気づいたのは、雑誌作業という「共通活 動」を通じて、表面的な穏やかな人間関係を維持することから、すでに
「頼り合う仲間意識」へと発展させてきたことだ。メンバーのCJ2くんが 自ら表紙を設計し、CK1さんが雑誌の「ヘッダー」を作り、CC2さんが全 員のファイルの編集作業をすると自分から申し込んだ。編集はパソコン 作業のことが多いため、結果的にメンバーたちの腕披露となった。編集 に関するグループのやりとりは为にメールで行われているが、CC2さんは 編集要項をみんなに指示したり、他人の原稿のミスを直したり、表紙、
背表紙、「はじめに」などの色合わせや模様設計などしたりして、かなり 本気に取り込んでいるように見えた。特にCC2さんのことだが、今までの
フ ァ シ リ テ ー タ ー の 自 然 発生
他人の質問 で議論の再 構築
ファシリテータ ーになり、モチ ベ ー シ ョ ン が 高まった