第 3 章 早稲田大学総合活動型日本語教育の事例分析―悶々グループ―
3.3 悶々グループのメンバーの
ナレッジの変容
1) MJ1*
日本人実習生MJ1*は、明るい性格の持ち为で、日本語教育研究科修士課程の1 年生であった。フィリピンで1年間日本語教師の経験を持っていながら、チーム ワークや、他人との協働には自信がなかった。MJ1*の「個人の文化」は、母国 の日本および仕事をしていたフィリピンの国レベルの文化、そして、早稲田大 学日本語教育研究科の集団レベルの文化などを内面化したものだと考えられる。
彼女は、受講動機を次の通りに語った。
李さんのアンケートの質問項目に、「なぜこの授業を受講したのか」という問い があった。私自身の答えは、「ディスカッションを経験したかったから」である が、もともとチームプレーを嫌い、個人プレーを好む傾向にあった私は、人と 話し合って何かを決めるということが苦手で、日本語教師として自律すること を目指してこれまでもやってきたけれども、自律するだけではダメで、もっと 他者との繋がりを大切にし、共生する生き方を学ばなければならないと感じて いた (MJ1*4月28日観察誌)。
MJ1*のセルフ・ナレッジの変容は以下の面でまとめることができる。
個人レベルの言語的知識の変容
・自分の表現を創った【言語伝達】
だって「愛」は「合い」でしょ?そのために人は「会う」んだと思います(悶々グ ループBBS5月29日)。
・コミュニケーションが取れない原因が表現力の乏しさにある【言語伝達】
自分と考えの合わない人間を「話が通じない相手」と見なし、異質な存在である
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他者を、心から受け入れるということを十分にしてこなかった。(中略)それは、
表現力の乏しさに因るところが大きかったのではないかと今にして思う(MJ1*5月 12日観察誌)。
・言葉の運用については、「書く」ほうが気持ちを伝えやすい【言語伝達】
話すよりも書くことの方が得意だった。書くことによって自分の思考が整理され、
書いた方が、自分の気持ちを伝えやすいと感じていた。 (MJ1*5月12日観察誌)。
集団レベルの言語的知識の変容
・表現力の習得は言語文化教育の重要なファクターである【言語伝達】
「あなたとは違う私」を上手に伝えていく訓練が必要なのかもしれない。そのよ うな意味で、言語文化教育において、学習者に表現力を身につけさせることも、
重要なファクターなのだと考えるようになった(MJ1*5月12日観察誌)。
個人レベルの文化的知識の変容
・インタビューは自分の原点に触れた【自己認識】
私は大学で日本古典文学を専攻し、卒論では『清尐納言枕草子』を「自律」とい うキーワードで読み解くことを試みた。(中略)古典を学ぶ意義は原点に触れるこ とにあると思っていたが、今回の父へのインタビューを通じて、自分の原点に触 れた気がした(MJ1*6月2日観察誌)。
・インタビューは自分を捉え直す機会となった【自己認識】
私の場合、父の若い頃からの生き方が間接的に影響して、自分は日本語教師を志 すようになったのだということを改めて思い、尐なくとも私にとってこのインタ ビュー活動は、現在の自分を縦断的なつながりの中で捉え直す機会となった (MJ1*6月2日観察誌)。
・クラスは自分を探ることになる【自己認識】
総合活動型日本語教育は、学習者は与えられたテーマをこなすのではなく、自 分自身の中からテーマを探るというのがミソである。自分でテーマを設定し、
そのテーマに基づいて活動を行うため、授業を通して自分自身の課題と深く向 き合うことになる。 (MJ1*6月2日観察誌)。
・他人との網の目のようなつながりの中に存在している【位置づけ】
姉の南アフリカ人との結婚や、父のインドへの思い、様々な要素が複合的に作 用し、現在の自分がいると思った。縦断的なつながりの中で自分の意思が決定 づけられているような気さえした。意識化しないとなかなか気づかないが、私 たちはまるで網の目のようなつながりの中に存在しているのだと思う(MJ1*6 月2日観察誌)。
・事前の申し合わせは創造に良くない【行動規範】
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そのような事前の申し合わせをすることで、かえって「対話」から生まれる「創 造」を遮ってしまうのではないかと思った(MJ1*4月21日観察誌)。
集団レベルの文化的知識の変容
・クラスを社会としたら、グループは個になる【位置づけ】
教室を一つの社会と想定した場合、自分たち(メンバー)の所属しているコミュ ニティ(グループ)も一つの「個」になり得るということを、活動報告の過程で 実体験できたのである(MJ1*5月19日観察誌)。
・他人と文章を分担するのは初めての経験になる【帰属感】
MJ3君、MJ2*さん!さっそく加筆修正ありがとうございます!みんなで一つの文 章を完成させるのって面白いですね。こういうの初めてしました(悶々グループ BBS7月2日)。
・協働はコミュニティの創造につながっている【社会認識】
メンバーそれぞれに役割が与えられ、それを全うしていくことが、コミュニティ の創造につながっているのだと思った(MJ1*6月30日観察誌)。
・自分の役割をこなすことで帰属感を抱くことになる【帰属感】
自分の役割をこなすことが「自分たち」の活動のために必要なプロセスになるの である。この活動を通して、一つの創造に向かう協働をグループとして体験でき たのではないかと思う(MJ1*6月30日観察誌)。
・シェアによって考えが深まる【行動規範】
では「自律」とは何だろう、「共生」とは何だろうという自分の中で未だ説明しき れずにいた部分を、他のメンバーとシェアすることによって、考えを深めていく ことができたと思う。 (MJ1*期末レポート)。
2010年度春学期の総合活動型クラスを通じて、MJ1*のセルフ・ナレッジの変 容は表3-2の通りにまとめることができる。
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表3-2 MJ1*のセルフ・ナレッジの変容
2) MJ2*
日本人実習生MJ2*は、早稲田大学日本語教育研究科修士課程の一年生で、中 国やオーストラリアや日本語で合計10年間日本語教師をしていた。MJ2*の「個 人の文化」は、母国日本の文化、仕事をしていた中国の文化、および早稲田大 学日本語教育研究科の集団文化などを内面化したものだと考えられる。悶々グ ループの活動においては、ファシリテーターとして大いに活躍できた。MJ2*の セルフ・ナレッジの変容は次のようにまとめることができる。
集団レベルの言語的知識の変容
・考えを言葉にするのが難しい【言語伝達】
自分の思っていることを言葉で伝える難しさを実感したことである。(中略)みん なそれを考えていて発言回数が減ったのではないかと思った(4月21日MJ2*観察誌)。
個人レベルの文化的知識の変容
・対話を流す自分のことは初めて意識化した【自己認識】
話の大筋についていける限りは、「なんとなく分かる」というレベルでよしとして いるということを、今回の活動を通して初めて意識化した(MJ2*4月28日観察誌)。
セルフ・ナレッジ 変容内容 コード
個人レベルの言語 的知識
言語伝達 自分の表現を創った
言葉の運用については、「書く」ほうが気持ちを伝えやすい コミュニケーションが取れない原因が表現力の乏しさにある 集団レベルの言語
的知識
言語伝達 表現力の習得は言語文化教育の重要なファクターである
個人レベルの文化 的知識
位置づけ 他人との網の目のようなつながりの中に存在している 自己認識 インタビューは自分の原点に触れた
インタビューは自分を捉え直す機会となった クラスは自分を探ることになる
行動規範 事前の申し合わせは創造に良くない 集団レベルの文化
的知識
帰属感 他人と文章を分担するのは初めての経験になる 自分の役割をこなすことで帰属感を抱くことになる 社会認識 協働はコミュニティの創造につながっている 行動規範 シェアによって考えが深まる
位置づけ クラスを社会としたら、グループは個になる
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集団レベルの文化的知識の変容
・つながりと仲間意識ができた【帰属感】
これらの背景には、お互いのキャラクターをだんだんと分かってきたグループと してのつながりがあり、仲間意識もあると思う(MJ2*6月16日観察誌)。
・発言権が平等に与えられることで、グループの固有性を高めた【帰属感】
学生同士での話し合いは自由な雰囲気で、発言権が対等に与えられており、私た ちは、グループのメンバーが考えていることに反発したり触発されたりしながら、
いつのまにか、「グループ」としての固有性を高めていた(MJ2*期末レポート)。
・対話からつながりが生まれる【帰属感】
私たちは、ひとりひとり別々のことを考えながらも、それを見せ合い、議論を交 わすことにより、「このグループのメンバーである私」という知識を確立していた と思われる。 (MJ2*期末レポート)。
・活動によってみんなが変容した【社会認識】
今回の活動は一人では成しえなかったという点であり、その過程において、各自 が自分の意見を出したことで、自分も、他のメンバーも、尐なからず変容したの ではないかという点である(MJ2*期末レポート)。
・変容の過程を共有することでつながりが生まれる【帰属感】
「対話する」ことによって、自分が変わり、相手も変わる授業である。そして、そ の変容の過程を共有することで、いつのまにか自分と相手との間に「つながり」
が生まれるクラスなのだと言えるのではないだろうか(MJ2*期末レポート)。
・言葉を通じてつながれた【帰属感】
今回は、グループ内の「つながり」が強まった印象を受けたが、グループ発表を 重ねると、クラス内の「つながり」も更に強まるのだろうと思う。日本人、留学 生関係なく、ことばを通して深くつながれることが分かり、非常に貴重な体験と なった(MJ2*期末レポート)。
・対立を避けようとするなら、議論は活性化できない【行動規範】
トピックが数多く出てきたのは、テーマとしてそれを深めるのが難しかったこと もあると思うが、意見の対立を避けたような動きでもあったのかなと思った (MJ2*4月21日観察誌)。
・考えるきっかけに気づいた【行動規範】
人が「考える」のは、議論の中で立ち止まらされた時、例えば反論された時や言 いたいことが伝わらなかった時ではないかと思った。 (MJ2*4月28日観察誌)。
・思考過程を共有することは、本質の見せ合うことにつながっている【行動規 範】
今回は「心から尊敬しているので」や「今なら向き合えるのではないかと思って」