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第 2 章 テアル構文の類型

2.6 ニ格場所句の導入

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が不適合性を生じるということで、これを語用論的条件として提案した。

このように、Toratani (2007)は語彙的アスペクトの条件と語用論的条件によってテアル 文の適合性が決まるとしているが、それは益岡(1987)でいうA型の文に限られることに は注意が必要である。テアル構文の成立条件に関しては、管見の限りではA型のテアル 文に関してしか考察されていない。それはB型のテアル文には動詞の制約が少ないため であろう。

A型テアル文に比べ、B型テアル文に課せられる成立条件は少ない。B型テアル文で は非能格自動詞も使用可能であり、適切な文脈さえ想定すれば、Matsumoto の言う「描 写可能性条件に必要とされる目に見える証拠」(Matsumoto 1990a)が欠けていても構わ ない。パーフェクトというアスペクトを持つB型テアル文にとっては、A型テアル文に 要求される場面描写性は必須でなく、眼前に知覚できる状況があるかどうかはB型テア ル文の成立に関与しないからである。

(153) いやっていうほど眠ってあるから、二、三日徹夜しても大丈夫だ。

(森田1978:51)

ただし、既に述べたようにB型であっても非対格自動詞とは共起しない。

(154) a. *ガラスが割れてある。

b. *ガラスを割れてある。

(154b)の非文法性は非対格自動詞がヲ格名詞句をとらないという理由からだけではな

い。次の例を見てみよう。

(155) *風が木々を揺らしてある。

「揺らす」のように、ヲ格を伴う他動詞であっても、非意志的な動作を表す動詞はB型 テアル文に使用することができない。つまり、B型の唯一の成立条件はMatsumoto (1990) の言う「意図性の条件(Purposefulness Condition)」なのである。テアル構文の意図性に 関しては2.8で詳しく述べる。

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(156) (Yニ) Xガ Vcテアル Vc=変化動詞 (157) (Yニ) Xト Vcテアル

( ガ格名詞句がなく、補文標識の「と」を伴う場合 cf. 2.3.2 )

本論文の主張はニ格場所句を伴うA型テアル文(すなわち益岡(1987)のA1型に相当する もの)が基本の形であり、ニ格場所句を伴わないA型テアル文(すなわち益岡(1987)の A2型に相当するもの)は、いわば不完全なA型テアル文である、というものである。こ の主張の背景には、A型テアル文に現れるニ格場所句が語幹動詞によって導入されたも のではなく、補助動詞アルによって導入されたものであると考えられる現象がある。一

戸(2001)がこの点を指摘しており、ニ格場所句をアルの項であると分析している。

(158) a. 冷蔵庫にビールが冷やしてある。

b. .*冷蔵庫にビールを冷やす。

(159) a テーブルの上におにぎりが握ってある。

b.*テーブルの上におにぎりを握る。 (一戸2001:44)

「冷やす」「握る」は状態変化動詞、作成動詞であるが、もともとはニ格場所句を取らな い。同様の状況は多くの状態変化動詞において観察される。

(160) a. ひきだしにタオルが畳んである。

b.* ひきだしにタオルを畳む。

(161) a. ベランダにハーブが乾かしてある。

b.* ベランダにハーブを乾かす。

(162) a. 食洗器の中に茶碗が洗ってある。

b.* 食洗器の中に茶碗を洗う。

(163) a. テーブルの上にお弁当が作ってある。

b.* テーブルの上にお弁当を作る。

「畳む」「洗う」「作る」も同様に、もともと項としてニ格場所句があるとは考えられな い。このように、これらのA型テアル文に現れているニ格場所句は全て補助動詞アルに よって導入されたと考えざるを得ない 。したがって、本論文はA型テアル文のニ格場 所句は補助動詞アルが導入したものであると考える36

36 A型だけでなくある種のB型テアル文においてもニ格場所句が補助動詞アルによって導入され

たと考えられる。この点については2.8.3で考察する。

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ところが、テアル文におけるニ格場所句の導入は幾つかの問題を生じさせる。ニ格場 所句の導入が不適切な表現を生む場合が多々あるのである。

(164) *寝室に窓が開けてある

(165) *車にヘッドライトが点けてある。

(166) ??九州に男が殺してある。

(167) ??アメリカにハーブが乾かしてある。

これらのテアル文に使用されている「開ける」「点ける」はもともとニ格場所句を取る動 詞ではない。では、上記の「冷やす」「握る」「畳む」「洗う」「作る」との違いは何であ ろう。また「殺す」「乾かす」では、ニ格場所句が使用できる場合とできない場合がある が、その違いは何であろうか。

(168) 浴室に男が殺してある。

(169) ベランダにハーブが乾かしてある。

ニ格場所句がテアル文において不整合となる理由としては、いくつかの含意に関わる意 味論的な条件と、語用論的な条件が関与していると思われる。まず最初に、含意に関わ る意味論的な条件を考察しよう。繰り返し述べているように、A型テアル文は存在文の 形を継承した存在表現的な構文である。テアル文の意味を分解して考えると次のような 図式になる。

(170) Yニ Xガ Vcテアル

① 変化事象に関する主張: (誰かが)Xを Vした。

② 変化事象に関する含意: Xが変化した。

動作主はA型テアル文においては抑制されているため、不特定の動作主の存在が含意さ れる。語幹動詞が変化動詞であるため、何らかの変化が起こったことが推論される。ど のような種類の変化が起こったかは、語幹動詞の持つ語彙意味論的な情報から読み取る ことができる。具体的な例を取り上げてここに述べた意味関係を調べてみよう。まずは、

もともとニ格場所句を取らない状態変化動詞のケースを検討することにする。

(171) ベランダにハーブが乾かしてある。

① 変化事象に関する主張: (誰かが)ハーブを乾かした。

② 変化事象に関する含意: ハーブが状態変化および位置変化した。

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ここで注意しなければいけないのは、当該テアル文にニ格場所句が現れていることであ る。このニ格場所句はある物体の存在の場所を表しているわけだが、同時にある変化が 起こった結果としての存在場所であることを意味する。ここで導入されているニ格場所 句は補助動詞アルによって導入されたものである。語幹動詞はそのような結果のニ格場 所句を選択しないからである。この結果の存在場所を表すニ格場所句があるため、本来 語幹動詞が備えている「乾く」という状態変化に加えて、位置変化が含意されることに なるのである3738。このため、当該の物体「ハーブ」は位置変化と状態変化を起こして、

その場所に存在することになる。これがもう一つの含意である。

③ 変化事象後の含意: 現在、ハーブがベランダにある。

言い換えれば、「ベランダにハーブが乾かしてある」の場合、その意味は少なくとも「誰 かがハーブを乾かし、ハーブが乾くという変化をし、ハーブはベランダに移動し、現在、

そのバーブがベランダにある」という複合的な意味内容を含んでいると感じるのである。

もともとニ格場所句を取らない状態変化動詞を語幹としたテアル文の場合、

1. 状態変化(語幹動詞の意味から生じる)

2. 位置変化(テアルの意味から生じる)

という二種類の変化が関与していることになる39

37 この位置変化に関する含意がどの程度強いものであるかは十分に明らかではない。しかし後で 見るようなニ格場所句を伴うことができないA型テアル文との違いを示すためには、少なくとも 場所が存在し始めた後で、対象がその場所に移動したと考えなければならいようである。

() ベランダにハーブが乾かしてある (=171)

() *寝室に窓が開けてある (=183)

38既に見たように、A型テアル文は場面描写性の状態文であるため、同じ場所を表す表現でも、

デ格場所句は許容されない。

()ベランダでハーブを乾かした

() ??ベランダでハーブが乾かしてある

39 これは Goldberg (1995)の言う「一義的経路の制約 (The Unique Path Constraint)」 (Goldberg 1995:82)に違反しているように見える。("*Sam kicked Bill black and blue out of the room."など。)

しかし、Goldbergが意図したのは単文内で異なる経路(例えば状態変化と位置変化)について叙

述することができないということであり、テアル文のように語幹動詞と補助動詞アルが融合し た状況にはこの制約は働かないのかもしれない。実際、影山(1996)では、英語において状態変化

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「YにXがVてある」の形をしたA型テアル文において、状態変化と位置変化のど ちらが時間的に先行するかは語彙の意味や世界の様相に依存しているものと思われる。

先に位置変化が起こり、その後で状態変化が起こると思われる例もあれば、逆に状態変 化が先に起こり、その後で位置変化が起こると思われる例もある。

[位置変化が先行]

(172) ベランダにハーブが乾かしてある。(ベランダに移動した後、その場所で乾く)

(173) 鍋に魚が煮てある。(鍋に移動した後、その場所で煮られる)

(174) 冷蔵庫にビールが冷やしてある。(冷蔵庫に移動した後、その場所で冷える)

(175) 食洗機の中に茶碗が洗ってある。

(食洗機の中に移動した後、その場所で洗われる)

[状態変化が先行]

(176) テーブルの上におにぎりが握ってある。(握られた後、テーブルに移動する)

(177) ひきだしにタオルが畳んである。(畳まれた後、ひきだしに移動する)

(178) 玄関の下駄箱の上にお弁当が作ってある。

(作られた後、玄関の下駄箱の上に移動する)

とりわけ、「作る」のような作成動詞の場合、その意味からして、作られる前に移動はで きないので、状態変化(「発生、出現、誕生」)が先行するか、あるいは状態変化がその 場所で起こるか(従って移動はない)、のどちらかである。書記動詞も一種の作成動詞で あるため、このタイプに属する。

(179) 机の上にメモが書いてある。

(出現の場所 ≠ 存在の場所:移動がある)

① 誰かが(どこかで)メモを書いた

② メモが作られ、それが机の上に移動した

③ 現在、机の上にメモが存在する

と位置変化が同時に起こっている例(“Pebbles rolled smooth.”, “The chocolate melted out of the box.”)

を先行研究から引用した上で、「概念構造における場所と状態の融合」を可能な理論的仕組みと して提案している(影山1996:234: (49))。しかし、この一義的経路の制約には、一つの要素が同 時に別々の位置に移動することを禁じている部分もあり、その部分についてはテアル文も制約 に従うようである。もともとニ格場所句を取る配置動詞の場合、補助動詞アルが別のニ格場所 句を導入することはできないからである。

() 誰かが壁にシールを貼った

() *天井に壁にシールが貼ってある