第 5 章 テアル構文の構造と格標示
5.1 テアル構文の構造
5.1.1 A 型テアル文と B 型テアル文の構造
具体的にテアル構文の構造を検討する前に、前提となる単文構造の構造を概観する。
本論ではEPPの素性がlittle-vにあり、little-vの指定部に外項が併合されると考える91。
89 これ以降、便宜上A型テアル文のアルを[ar1]、B型テアル文のアルを[ar2]、と表記する。
90 ただし、条件が整わないとLocationは導入できないこともある。2.6を参照されたい。
91一般的にIまたはTにEPP素性があり、その制約は普遍的に強いとされるが(Chomsky 1995な ど)、日本語の場合、EPP素性がないという議論もある(Kuroda 1988など)。Saito(2006) は、
日本語の場合使役文の埋め込み主語が主語性を持つことから、little-vの指定部が主語であること を主張している。しかしSaito(2006) は非対格自動詞や受動文ではvがEPP素性を持つとしてい るが、それ以外の文については結論を保留している。本論では暫定的に全てのvにEPP素性があ ると仮定する。またKishimoto(2012)は尊敬語の現象を説明するために、VP, vP, HP(尊敬語の投射)
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そして little-v の指定部にあるものが主語であり、主語性を得ると考える (Saito 2006,
Takano 2011 など)。また、長谷川(1999)、Kishimoto(2012)、Nakatani(2013)などに倣い、
拘束形態素は述語上昇により上位の機能範疇や補助動詞などに編入され、語幹動詞が v まで順次上がっていくものとする。そして本論では主格付与はTの指定部では行われず、
TがEPP素性を持っていないと仮定しているため、名詞句はTの指定部に上昇すること はないものとする92。
まず、非能格自動詞文の構造を次のように考える。非能格自動詞文の場合、動作主で ある外項が存在し、内項は存在しない。そのため、VP 内ではθ 役割の授受は行われな い。外項は動詞が単独で付与することができず、必ず動詞がlittle-v主要部に編入した後、
動詞+v の複合体が(動詞が元々持っていた)動作主の役割をその指定部に与える。動 詞がvに上昇・編入した後、「太郎」が併合し、Agentの役割を受け取ると同時に、EPP を満たす。この段階で「太郎」は主語性を得る。[V-v]はさらにTに編入する。
(3) 非能格自動詞 太郎が泳ぐ
次に他動詞文を見る。典型的な他動詞の場合、外項が動作主で、内項は対象である。
内項のθ役割はVP内で目的語に付与される。動詞がvに編入し、その結果「太郎」が
併合し、Agent の役割を受け取ると同時に、EPP を満たす。この段階で「太郎」が主語
と認定される。
がその順で上むきに階層構造を作ると考え、vPの指定部が主語の属性を与えるとしている。本 稿はこれらの研究にならい、vPの指定部に入る要素が「主語」と認定されるという立場を取る。
92 これに対して、Kishimoto(2012)やNakatani(2013)などは主格主語はvPの指定部に併合され、そ の後、TPの指定部に上昇すると考えている。これはTPの指定部において主格が認定されるとい う想定があるからである。本稿の直接の研究対象であるテアル文に関しては、主語がTPの指定 部まで上昇することを支持するような積極的な証拠が見当たらないため、TP指定部までの移動 は想定していない。しかし仮にその上昇が経験的に裏付けられたとしても、本論の主張には影 響がない。
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(4) 他動詞
太郎が窓を開ける
これに対し、非対格自動詞は外項がなく、内項のみを持つ。Fukuda(2012)に倣い、非 対格自動詞文の場合、VP を取る機能範疇をvunaccと表記する。内項のθ役割Themeは VP内で目的語に付与される。動詞がvunaccに編入した後、複合体は付与されていないθ 役割をもう持っていないため、外から新たな項を併合することはできない。EPPを満た すためには、何かがvunaccPの指定部に存在しなければならず、これはVP内の目的語の 繰上げによって達成される。これにより非対格自動詞の内項は主語性を得る。
(5) 非対格自動詞 窓が開く
このような構造の考え方を前提とし、テアル構文の構造を考察する。テ形については
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語幹動詞が補助動詞に編入されたとき93、形態音韻的操作によりテ形になるものとする94。 では、補助動詞アルの範疇は何であろうか。Kishimoto (2012)はテイル文の構造におい て、イルは独立した語彙項目として V に生成され、その上位にある機能範疇 vasp の主 要部に上昇すると主張している。
(6) 雨が降っている(動作の継続)
(7) 床が濡れている(結果状態)
93 後に見るパーフェクト・テアル文(B型)や「受身+テアル」の文(C型)では間にvが介在 することがあるが、vには音形がないため、語幹動詞と補助動詞の連結の場合に準じてアルの直 前の音形のある動詞(受身形態素を含む)がテ形になる。
94「はじめる」などのアスペクト助動詞や多くの複合動詞では連用形接続となるが、本論では連 用形接続となるかテ形接続となるかは語彙的に決められていると考える。つまり、後接する要素
(補助動詞やアスペクト助動詞など)が語幹動詞の活用形を選択していると想定する。しかし、
テの意味をどこまで考えるかは研究者によって意見が分かれており、例えばKishimoto(2012)や Nakatani (2013) はテをタの異形態として、テをTと位置付けている。またOshima (2014) は、接 続した時のアクセントの変化など、音韻的な根拠から、テ形を「連用形+助詞」と捉えている。
また内丸(2006)はテをアスペクト主要部と位置付けている。一方Miyagawa and Babyonishev (2004) やMuraki (1986) はテに意味をもたせていない。補助動詞用法のテ形接続では、語幹動詞と補助 動詞の間に「さえ」などのとりたて詞を入れることができることから、イ形接続との結合性の違 いが指摘されるが、同時に否定極性などの観点から複文構造とは異なることも指摘される
(Nakatani 2013など)。本論では補助動詞用法において、テ形は単なる連用形の活用の一種と考
える。このことについては6.5で詳しく述べる。
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本論では、アスペクト的性格を持つ補助動詞イルとアルは同一範疇に属するものとする。
Kishimoto (2012)にならって、アルはVとして生成され、後に上位のvaspに上昇する要素
と考える。またvaspはEPP素性を持っておらず、その指定部に要素を牽引することはな い。本論ではテ形のテを独立したTとは考えておらず、本動詞の形態的変異の一種とみ なす。一つの単文においてテ形は繰り返し使用できるが、このような仮定をすることで、
テが出る度に新たなTPを作ることを避けられるという利点もある。
(8) (すでに箱を)開けてみてもらっていた。
やはり一つの複合動詞として形成されるのに、そこにテンスがいくつもあるというの は、現実の感覚とは合わないと思われる。Tが時制を表す以上、時制の解釈のプロセス において、単文でありながら、複数の時制要素をほぼ空虚な形で処理しなければならな いのは、システムとして不必要な余剰的操作であろう。
A型テアル文の構造は概略次のようなものとなる。
(9)
A1型テアル文(ニ格場所句を伴う存在表現)の構造を次のように考える。A型テアル 文のアルを便宜上[ar1]とすると、語幹動詞が[ar1]に、そして T にと順次上昇し、複合体
(complex)を作ると考える。アルはvPではなくVPを補部にとる。アルの機能が動作
主を削除して主語無し構文を作るものだと考えれば、このような構造も自然であるとい
113 えよう。
V として生成される[ar1]はVP を補部にとり、それに加えて場所句を取る。ただし、
ニ格場所句の位置は統語上あるものの、条件によっては導入できないこともある95。ま
た、[ar1]が取る場所句の項は語幹動詞「植える」が取る場所句の項と二重に表出するこ
とはなく、そのような場合には語幹動詞の場所句が抑制されると考える(ニ格場所句に ついては2.6を参照されたい)96。
(10) A1型:存在表現テアル 庭に桜が植えてある
[ar1]がVPを取るということは、その直上にvPの層がないことを意味し、したがって、
vの持つEPP素性によってvPの指定部に名詞句が併合されることもない。つまりvPの 指定部が主語と認定される位置と考えるなら、A型テアル文には主語が生成される場所 がない、つまり主語無し構文であることになる。Miyagawa and Babyonishev (2004) はT
95 詳しくは2.6を参照されたい。
96語幹動詞がもともとニ格を取る動詞の場合に、テアル文に現れるニ格場所句の由来を特定する ことは難しい。[ar1]が随意的にニ格場所句を導入するのであれば、そうした動詞の場合のみその 機能が制限されるという状況はあり得ないものではない。しかし表面上現れているニ格場所句 が作用の到着点ではなく存在の場所であるという母語話者の言語直観を重視するのであれば、A 型テアル文におけるニ格場所句は常にアルが導入するとした方が自然である。
(ⅰ) 机の上に本が置いてある。
(ⅱ) 冷蔵庫にりんごがむいてある。
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にEPP素性があるとしているが、彼らも同様に、A型(intransitivising resultative)のテア ル文ではEPP素性のないTを提案している。彼らの主張では、EPP素性について、「非 対格自動詞を含むv PをとるT以外のTで普遍的に強い」として、テアル構文ではEPP 素性のないTを想定している。しかし、アルが非対格自動詞だからということであれば、
(テ)イルも同じ特性を持つはずだが、(テ)イル97にはEPP素性があると考えられる。
この違いは、テアル文が場所句を伴う存在動詞アルの性質を継承していることを示して いる98。つまり、もともと主語のない存在動詞アルの構文にならってNPの位置にVPを 埋め込んだと考えられる。すでに4章で見たように、再帰代名詞や尊敬語のテストで見 る限り、このA型テアル構文のガ格名詞句にもニ格名詞句にも主語性が認められない。
また、[ar1]は他動詞およびト節を取る動詞のみと結合し、非能格、非対格とは共起しな
い。これは[ar1]が 語幹動詞のAgentを背景化し、かわりにThemeを前景化するという特 性を持っているため、これに矛盾しないθ枠、つまりAgentとThemeの両方を持つ動詞 としか結合できないからである99。つまりAgentとThemeを持つ動詞と結合して、その
Agentを消し去り、Themeを卓立させるのがアル([ar1])の機能であるといえる。
次に、ニ格場所句の現れないテアル文の構造を見る。先の構造と同様に、[ar1]が語幹 動詞を主要部に持つVPを選択し、[ar1]のVがvaspに上昇する。要素が入らないニ格場所 句の位置をΔで示している。
97 本動詞イルには命令文にできるなど、非能格としての側面もあるが、通常の用法では非対格 だと考えられる。歴史的に見ると中世までは「居る」は動作動詞であったが、テイルの用法に関 してはイルが有生物の状態を表す状態動詞として定着してから確立した用法であり、非対格自 動詞と考えることが自然であろう(福嶋 2000、金水 2006、神永 2009など参照のこと)。
ただし命令文に関しては、通常は音形の無い二人称の動作主が常に存在するため動作主の無い 非対格自動詞は命令文にならないものの、祈願文などの場合はこの限りではない。この意味では アルも命令文にできる。
(ⅰ) 志は高くあれ (ⅱ) 君に幸あれ
しかしこの種の文は命令形を使っていても、聞き手への動作を促すものではなく、常に二人称の 動作主(音形の無いPRO)を含む通常の命令文とは異なる。これは命令文の種類の問題として、
ここでは分析に含めない。
98 存在表現には場所句を伴うものと、所有など場所句を伴わないものに大きく分けられるとい う考えがある(西山1994、Muromatsu 1997, 金水2006など)。テアル構文に関しては、この場所 句を伴う存在文が文法化したものだと考える。
(ⅰ) 机の上にリンゴがある。
(ⅱ) 太郎に妹がある。
(ⅰ)のガ格名詞句は、Themeで、目的語であり、ニ格はあくまで場所句であり、主語の無い文で
あると言える(久野1973も参照のこと)。それに対して所有文の(ⅱ)は、能格型(Kuroda 1992 など参照)で、ニ格で現れる「太郎」が主語となっている。存在表現については6章で論じる。
99 これについては前述のToratani (2007) のLACと本質的に同じ考え方を採っている。ここでは
ト節もthemeと見做している。