第 7 章 おわりに
7.1 結論
本論ではまずテアル構文を、存在動詞に近い構造で結果状態の存続を表わすA 型テアル文と、動作主主語を持ち、意図的な動作の結果の効果の存続を表わすB 型テアル文の二つに分類し、さまざまな角度から考察した。テアル構文に意味・
機能の異なる二類型を想定することは、どの先行研究でもなされているが、本 論ではそのような意味・機能的な違いは構造の違いと密接に関連するもので、
これら二つのテアル文のタイプが構造もアスペクトも異なる二類型である事を 主張した。A型は場面描写的であるが、B型は発話時、あるいは基準時まで続く 効果について述べるものであり、準備的な意図という語用論的制約から、弱い 人称制限も含む。またアスペクトの面でもA型とB型は異なることを示した。
A型は単純な結果状態で、非完結相を表わし、B型はある行為の結果の効果が基 準時においても存続しているという、パーフェクト相を表わす。従来あまり注 目されていなかったアスペクトの違いに注目したことと、構造上存在する動作 主の特性に着目することで、格標示の違いだけでは説明できなかった特徴を説 明することができたものと考える。
従来の記述的研究では構造的な違いや主語の有無については検討されておら ず、なぜそのような違いが生じるのか、どこからもたらされるのかが示されて いない。逆に理論的な研究では格配列だけに頼った分類を基盤としているため、
結果として構造と意味・機能との間にねじれが生じている。本論では記述的な アプローチと理論的な分析を組み合わせ、さらに歴史的変遷を辿ることで、よ り精密にテアル構文の特徴を捉えることができたと考える。
本論で検討した二類型のテアル構文の特徴を表1に示す。
表1
型 意味 語用論的機 能
項構造 主語 対 象
の格
アスペクト A
型
位置変化、状態 変化した後の結 果状態の存続
場面描写 (NPニ) [VP NPガVテ]アル 無 ガ 非完結相
B 型
意図的な動作の 効果の持続
準備的意図 [vPNPガ ... Vテ]アル 有 ヲ/ガ パーフェクト相
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本論では、それぞれのテアル構文の主語について詳しく考察し、A 型テアル 文は主語を完全に欠いた主語無し構文とし、音形の有る無しにかかわらず常に 統語上の主語を持つ B 型テアル文と対比させ、両者の違いを構造の違いに帰結 させた。先行研究でも指摘されてきた尊敬語や再帰代名詞による主語性のテス トの結果も、B 型テアル文の特徴を明らかにすることにより、A 型と B 型の違 いをより客観的に示すことができたと考える。「受動型」や “Intransitivizing
Resultative” という用語からわかるように、従来 A 型テアル文では対象を表わ
すガ格名詞句が受動文の主語と同じく主語になっているものとして扱われてき た。この想定が誤りであったことを明らかにし、この種のテアル文におけるガ 格名詞句が主語の性質を持っておらず、目的語のままであることをより明示的 に示すことができた。
さらに、これまで言及されることの少なかった「受身+テアル」の文に着目 し、これを C 型テアル文と呼び、その特徴を分析した。この形式においては、
通常の A 型テアル文とは異なり、ガ格名詞句が主語性を示すこと、テアル文に は生じない「〜によって」句が表出することを示し、こうした振る舞いが、本 論が提案した構造の中で説明しうることを指摘した。
またMarantz (2000)、青柳 (2006) の形態格の理論によって、ガ格とヲ格が交
替可能な文について、理論的な説明を試みた。B型テアル文において、対象の項 がガ格でもヲ格でも現れるという事実がある。成立する文というのは、第一項 として存在する名詞句が音形を持たない要素(ゼロ主語)である場合に、その ゼロ主語を参照するかしないかという格標示規則の適用の違いから、対象の格 の具現の仕方が決まってくる。その場合ガ格かヲ格かという違いは表面的な形 態格の違いであり、それによって意味が変わる、あるいは意味的に曖昧になる ということではない。ゼロ主語を伴う B 型テアル文において対象の名詞句がガ 格になるかヲ格になるかは文法的に自由な選択であるのに対し、統語上の動作 主が存在する(B型テアル文)か否か(A型テアル文)はそれぞれのアルの語彙 的な特性の違いにより決められたものであり、表層の格の違いよりも重要な違 いであると考える。
このような現代語のテアル構文の特徴がどのようにして生じたかのヒントを 得るため、存在文とテアル文の歴史的変遷を辿った。文献とコーパスを調査し た結果、次のようなテアル文の文法化のプロセスが見て取れた。
(1) ①上代から中世(鎌倉時代)までは存在動詞は有生・無生の区別なくア リであった。上代からすでに現代のテイルの用法でテアリが使われて いた。
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②平安時代になるとテアリがタリとなり、主要なアスペクト形式になっ ため、テアリは衰退した。
③中世末期(室町時代)のあたりでタリがタに変化し、過去と完了を主 に表すようになると、アスペクト形式が不足したためテアリが復活し、
主にパーフェクトのアスペクトを表す。この頃存在動詞はアリからア ルとイルへの交替期にあった。
④江戸時代に入るとアルとイルの区別がはっきりする。その頃テアル文 とテイル文への文法化の再出発となる。
⑤1670年(江戸時代前期の終わり頃)のあたりを境に、現代のA型テ アル文が書記動詞と配置動詞で出現し、次第にこの種のテアル文の用 例が多くなる。これが無生物の存在を表すアルからの文法化の再スタ ートとなる。
⑥1770年(江戸時代中期の終わり頃)のあたりを境に語幹動詞が多様に なり、A型での用例が増えるとともに、テアリから意味を引き継いだ
B型テアル文も増え、テアル文全体の用例が増える。
このような文法化のプロセスは、Hopper and Traugott (1993)や Traugott and
König(1991)などで言われている一般的な文法化のプロセスと矛盾しない。文法
化とは、自立的、語彙的な形式が、その内容語としての意味を薄め(semantic
bleaching)、文法的機能を担うことである。そして一旦文法化が起こるとさらに
新しい文法的機能を発達させるが、それは歴史的な一方向性(unidirectional)の プロセスである。テアルの文法化を見ると、まず完了の助動詞ツの連用形であ るテと状態動詞アルからもたらされるパーフェクトのテアリ文から始まり、現 代語のテアル文に関しては、有生・無生の区別がはっきりとした存在動詞アル からの再出発と見れば、本動詞の意味に近い、A 型のなかでもニ格場所句を伴 う存在表現テアル文(A1 型)から文法化が始まっているのはまさに当然のこと である。そして、再文法化の後も中世以前のテアリからのパーフェクトの用法 が細々と残っており、そちらもちょうど1770年のあたりから用例が増えている。
これはテ自体の文法化がより進み、様々な補助動詞に接続できるようになった ことに起因していると考える。つまりテ形に続く補助動詞自体が作りやすくな り一般的な用法になっていき、昔からあったテアリの意味をひきつぐ B 型テア ル文も頻度を高めていった。Kondo(2014)で考察されたテシマウとテオクでも同 様の文法化のプロセスが見られる。江戸時代に入ってから現れた表現であるテ シマウは、初めは本動詞シマウの意味に近い完了を表すアスペクト的な表現で あったのが、1770 年あたりから「遺憾」の意味でも使われるようになり、徐々 に「遺憾」の用例が増えていき、「完了」の用例を上回るほどになった。テシマ
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ウ全体の用例もその頃から増える。一方テオクは古い時代から存在し、意味の 変化はあまり起こっていないが、この 1770 年を境にやはり用例が増えている。
したがって、テ形に続く補助動詞の全般的な転機がこのあたりにあったと考え られる。
このように、現代語のテアル文の意味用法、統語構造、アスペクトを比較す ることによって、格配列だけでは説明できないテアル構文の各類型の特性の違 いを示すことができた。また、歴史的変遷を見ることによって、このような違 いが生じることになった一因を見ることができたと考える。そして日本語の存 在文及び A 型テアル文はどちらも主語無し構文であるという主張をし、問題提 起をしたいと思う。