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テアル構文とアル存在文の比較

第 6 章 存在文とテアル文

6.3 テアル構文とアル存在文の比較

テアル文を本動詞アルからの文法化であると考える根拠として、補助動詞アルと本動 詞アルとの共通点が挙げられる。ニ格場所句を伴うA型テアル文(益岡のA1型)とア ル存在文との共通点は明白である。

(35) 家の前にはトラックが止めてあり、使用人達が、今夜使うカーペットと水を積 み込んでいるところだった。

(36) ベランダに色とりどりの布団が干してあった。

(37) そこには身近な格言や制作のヒントなどが書いてあった。 (BCCWJ)

これらはそのままアル存在文に置き換えられる。

(38) 家の前にはトラックがあり、使用人達が、今夜使うカーペットと水を積 み込んでいるところだった。

(39) ベランダに色とりどりの布団があった。

(40) そこには身近な格言や制作のヒントなどがあった。

A1型テアル文とアル存在文は同じ文法構造(格配列と名詞句の文法関係を含む)を持っ ていると考えられる。

(41) 存在文: [ 場所-ニ 目的語-ガ アル] A1型テアル文: [ 場所-ニ 目的語-ガ Vテアル]

場所句を伴わないA型テアル文(益岡のA型)は意味的に存在文とは異なるが、あ る変化後の状態が存続していることを表す(結果状態)という点でA1型とアスペクト素 性を共有している。A2型は場所句を除けばA1型と同じ文法構造となる。

(42) A型テアル文: [ 目的語-ガ Vテアル]

このように、A型テアル文が主語なし構文であると考えれば、アル存在文のガ格名詞句 が主語ではないという考察も、不自然ではないだろう。逆に言えば、4章・5章で見たよ

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うに、テアル文の対象の名詞句が目的語のままであるという事実から、アル存在文のガ 格名詞句が目的語のままであるという推論が働くのである。したがって、この章の冒頭 に挙げた一つ目の仮説「存在文とテアル文は類似した構造を持つ主語無し構文である」

については、A型テアル文に関してはそのように考えることが妥当であると考える。

一方、B型テアル文に関しては、アル存在文とは意味的にも構造的にも異なる部分が 多い。まず、意味の面では、ここまで見てきたように、B型テアル文に特徴的なのは、

明確な意図性(目的意識)である。しかし、存在文のアルには意志性も意図性も本来備 わっていない。また、B型テアル文には結果の状態も存続している必要がなく、効果が 存続してさえいればよい。構造的にも動作主である主語が歴然と存在するという点でA 型テアル文とは大きく異なっている。

(43) B型テアル文: [主語-ガ (目的語-ヲ) Vテアル]

しかしA型・B型を通じて、本動詞アルとの関連性を見ることができる。本動詞アル の存在の意味から来る中核の意味は、「存続」であると考えられる。A型はある行為によ って状態(位置)変化した対象物自体、ないしその状態の存続、B型はある行為の結果 として生じる効果の存続を表わす。

本論ではA型テアル文とアル存在文は主語無し構文であると主張しているが、A型テ アル文の語幹動詞となるのは本来動作主を項に持つ動詞で、典型的に他動詞である。語 幹動詞の制約の少ないB型であっても非能格自動詞とは共起するが、非対格自動詞とは 共起しない。2 章で詳しく見たように、Toratani(2007)はテアルの語幹動詞の語彙意味論 的条件として、活動の要素と変化の要素の二つがなければならないことを示した。

Miyagawa(1988)も Matsumoto(1990a)らも語幹動詞の語彙的アスペクトとして変化事象が

必要なことは指摘している。しかし、管見の限りでは、なぜ変化事象に加えて活動の要 素が必要なのか、その理由をはっきり述べた先行研究はない。

本論では、現代日本語でA型テアル構文が非能格自動詞や非対格自動詞を排除する理 由は、テイル形とテアル形の相補的分業の結果であると考えたい。つまり、前述のよう

にToratani(2007)が具体的な提案を行った、動作主の対象に対する活動事象と対象がその

結果受ける変化事象の二つの要素が必要であるという語彙意味論的条件は、それ自体が 独立した文法の制約ということではなく、結果としてこれらの二種類の要素が必要な動 詞、すなわち変化他動詞だけがA型テアル文において用いられる、ということになる。

この相補的分業の誘因となったのは、本動詞アルのガ格名詞句は目的語であり、イルの ガ格名詞句は主語だということであると考えられる。アルは必須項としてガ格名詞句を とるが、そのガ格名詞句は目的語であるがゆえに、本動詞アルと同じ構造を持つA型テ アル文では語幹動詞として表層の目的語のない自動詞は排除される。

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すでに指摘したように、本論ではアル存在文は主語無し構文でガ格名詞句が目的語の ままであると考える。ガ格名詞句は有生であれ無生であれ、その意味役割は対象である。

(44) アル存在文: Yニ Xガ アル 項 目的語

場所 対象

A型テアル文の意味は本動詞(存在動詞)アルの文の意味に非常に近い。そのためA型 テアル文においても、同様の項構造が存在するものと思われる。

(45) A型テアル文: Yニ Xガ Vc-テアル 項 目的語

場所 対象

もし「対象の存在と対象の変化」という要素がA型テアル文にとっての中核的な意味特 徴であると考えるのなら、自ずとA型テアル文において使用可能な動詞が限定されてく る。すなわち、対象を項に取り、その対象が変化を起こすような動詞である。つまり非 対格自動詞と対象変化の他動詞ということになる。

(46) 非対格自動詞 (例)窓が開く

(47) 対象変化の他動詞 (例)太郎が窓を開ける

事実、次の節で見るように、古い日本語ではテアル文において非対格自動詞が用いられ ていた。しかし現代では非対格自動詞の結果状態はテイル文で表わされる。現代日本語 のテアル文で非対格自動詞が使用できなくなったのは、結果状態のテイル形とテアル形 の相補的な分業の結果と見ることができる。非対格自動詞のガ格名詞句は主語性を示す ことを4章で見たが、必須項であるガ格名詞句の文法関係が、イルでは主語、アルでは 目的語という棲み分けがはっきりしたことによって、主語のある非対格自動詞について は常に主語を必要とするテイル形を、逆に目的語のある他動詞については常に目的語を 必要とするテアル形を用いるように文法が再構成されたと考える108。現代日本語におけ る結果状態のアスペクトは、次の二つの型で表される。

108 結果状態の意味で「太郎が窓を開けている」など、他動詞でもテイル形で言える場合もあるが、

特別な文脈がない限り動作進行かパーフェクトの意味になる。しかし、結果状態の意味であって も、やはりガ格名詞句が主語であることに変わりがなく、本論の主張と矛盾しない。イルには主 語が必要なため、目的語がガ格で現れることはないのである。

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(48) 非対格自動詞 テイル形 <結果状態>

(49) 対象変化の他動詞 テアル形(A型) <結果状態>

したがって、A型テアル形は「この分業の結果として」他動詞のみと共起するという現 代日本語の姿が得られたと見るのである。このように考えれば、Toratani(2007)のように A型テアル文が本質的に活動事象と変化事象を要求する(つまり他動詞を要求する)と 考えるのは妥当ではない。動作主は主語位置に現れるか、付加詞の「〜によって」句と して現れるしかない。A型テアル構文の基盤となっている主語のないアル存在文の構造 には主語も無ければ、「〜によって」句も許されない。A型テアル構文の本質が、アル存 在文と並行的な<場所句、対象>という項構造を作り出すことで、対象の変化後の結果 状態とその存在を述べることだとすれば、自ずと動作主項は剥奪されることになる。動 作主項の剥奪はあくまで結果としての現象であり、A型テアル文が動作主(あるいはそ れを含む活動事象)を要求する訳ではないのである。

一方、B型テアル文については有生・無生の区別がなかった古い日本語のテアリから 引き継がれる用法だと考えられる。意味的にはテオクの結果状態として動作主による準 備的意図を含むので、目的語よりもむしろ動作主主語があればいい。このような違いが 生じたのは、A型テアル文とB型テアル文は別々の文法化のプロセスをたどったためで あると考えられる。そう考える根拠が存在文とテアル文の歴史的変遷の中にある。次節 で歴史的変遷と文法化について詳しく見ていく。